医師不足と自治体病院
 日医ニュース 2007.3.20 『勤務医のページ』より (全国白治体病院協議会会長)
 自治体病院は、他の医療機関がやらない、できない、しかし、その地域でどうしても必要ということで、地域住民の要望により自治体の首長が議会の決議を経てつくった病院で、全国に約1千病院ある。民間病院の少ない、地理的条件の悪い地域に多くあるので、自治体病院の医師不足は直接地域医療の崩壊につながってしまうのが最大の課題であり、毎日その対応に追われている。

 私は、平成17年2月、厚生労働省に設置された「医師の需給に関する検討会」の委員として会議に出席した。医師不足に悩む地域の実情を訴え、正確な資料を基に、将来を見据えた医師需給のあり方と、今、喫緊に取り組むべき異体的方策を議論して答申書を出すべきだと終始訴えてきた。しかし、平成18年6月に答申案として出されたものは、それまでの議論や提言の集約とはまったく違うものであり、現状是認という窒息的意図で書かれたもので、到底納得できるものではなかった。「私が全文書き換える」と言って書き改めて提出したが、一顧だにされず、答申書が提出された。

 答申内容は、2004年の医療従事医師は25万7千人おり、推定必要数より9千人少ないが、2015年には28万6千人、2025年には31万1000人になる。労働時間を48時間おして計算すると、勤務医師は5万5千人、診療所医師は6千人不足と試算できるが、病院にいる時間すべてが労働時間ではない。診療行為のみ、または外来診療をやめれば、すべて週40時間内に収まるというもので、国、地域、病院の工夫によって、医師の生産性を上げることだ、と言うものであった。

 私は憤慨し、自治体病院議員連盟に救いを求め、同年7月に地方6団体代表と共同で、関係省庁幹部を前に、「検討会答申は有害無益だ」と訴え、医師不足対策の具体的提言をしたところ、自治体病院議員連盟から強い支持を得た。同年8月31日、関係4大臣の確認書が出されたが、これには私どもの要望のすべてが盛り込まれており、私どもは十分これに満足している。小児科、産科などの集約化に伴う国の支援、都道府県における医療対策協議会の活性化、自治医科大学を含む大学入学定員の見直し、地域医療支援中央会議の設置、ヘリコプターなどによる、へき地医療の支援充実、医療事故に対する無過失補償制度の検討−等が明記された。

 これからが本番であるが、自治体病院からの医師引き揚げは、依然として止まらない。医師不足になると、診療科の縮小、さらには病院閉鎖に追い込まれる。

 愛知県下の130床の病院では、昨年まで医師が18名おり、市民から親しまれ、経営も健全だった。しかし、今年になって大学からの引き揚げがあり、現在医師は4名しかいない。それらの医師も全員、間もなく辞めるという。当該病院の経営改革委員会で対策が論じられたが、公設民営しかないということになり、公募要件として、外来は最低限、内科、外科、整形外科を置き、入院は慢性期患者、救急は輪番制、現職員はできるだけ多く採用、それに見合う負担金を市が出すことで、近隣の医療機関に応募を呼び掛けている。

 また、岩手県の海浜の中都市では、医師不足と経営悪化を解消する方策として、4年後に市内の県立と市立の二つの自治体病院を統合することが決定した途端、その半年後に市立病院の全医師が辞めていった。

 このような例は後を絶たず、その度に「医の倫理」とか義理人情″をかなぐり捨てた大学や医師に激しく憤慨するのであるが、その根源を考えると、自治体病院がこれまで長い間、医師人事の多くを大学に頼り切ってきたことと、もう一つは、あまりにも劣悪な労働環境が挙げられる。地方の白治体病院では、公務員として多くの制約に縛られ、過労死に近い過酷な労働が強いられる。もし、都会で勤務できれば、こうした呪縛から解放され、好きな時間に診療し、重症の患者は病院に送り、家庭生活もエンジョイでき、そして収入もはるかに高いかも知れない。こうしたことを考えると、自治体病院を去る医師の思いも、十分に理解できる。

 こうした事態を踏まえ、自治体病院としてなすべき対応は、まず第一に、勤務医がゆとりと生きがいを持って働ける労働環境の改善である。それには、病院の集約、再編統合とネットワークの構築、そして、ゆとりある勤務形態の採用が必要である。

 第二には、地域医療を担う医師を自前で育成することである。幸い、自治体病院で研修する若い医師が、年々増えている。

私どもはこれらの医師の育成に、組織を挙げて取り組んでいる。地域医療の確保と発展こそ、日本医療の発展の根底だと信じるからである。


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