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超実数とかって何?

 普通の実数の性質を持ち、さらにそれ以外の要素や性質も持った普通の実数Rよりも大きな集合です。「実数もどき」ともいえるでしょう。 もちろんいいかげんに作ればいいのではなく、実数の普通の性質を兼ね備えていなければなりません。現代の数学では通常、実数は天下りに与えられるのではなく有理数等から定義されます。有名なものには、カントールの基本列による方法注1)と、デデキントの切断による方法注2)があります。これらは普通の実数を与えますが、定義の仕方によっては普通でない「大きな」実数が出来ます。これらの総称が「超実数」です。

 超実数として最も有名なものは、アブラハム・ロビンソンが構築したもので、一般にただ「超実数」といった場合これを指します。この超実数は普通の実数の他に無限大や無限小を数として含みます。ロビンソンがこの超実数を構築したのは18世紀の素朴な無限小解析注3)に厳密な理論を与えるためでした。
 解析の基礎で最初に微分積分を学ぶときには、無限小をあたかも普通の「極めて小さい数」として扱うことで感覚的に理解できます。その後も、工学など微分積分を「利用」する立場では通常そのように考え、また多くの場合それで不都合が出ることはありません(不都合が出るような関数は通常扱わないからです)。18世紀の微分積分学では「無限小」をこのように大胆に使用し、すばらしい結果を得ました。これが「無限小解析」です。
 しかし、「無限小」を普通の数のように扱うのは無理があり、厳密性が求められるようになってきました。そこで、所謂「極限論」が登場したわけです。このため、現在では大学に入ると極限論に基づいた悪名高い「ε-δ法」注4)が出てきて、何となく分かっていたと思った微分積分がまったくわからなくなると言う羽目に会う人も多いわけです(^_^;)。
 これに対して、無限小を含む超実数をきちんと定義することができれば、極限論はいらないということで大分話題になりました。このように超実数の上で微分積分学の理論を扱うものを超準解析と言います。ロビンソンの理論が発表されたのは1960年頃で、僕がはじめて超準解析の邦訳書を読んだ1980年にはたくさんの本が出版されていたように記憶しています。ところがその後、あまり話を聞きません。どうしたのでしょうか。
 これは、結局のところ超実数の理論が難しかったと言うことに尽きるでしょう。無限小解析や超準解析の結果だけを利用する立場からは感覚的に分かりやすい、と先に述べましたが、厳密な理論を構築する立場から見ると極限論のほうが超実数論よりも感覚的に分かりやすいような気がします。現在、訳書などは絶版になってしまっている注5)ものが多いようです。

 もうひとつ超実数として有名なものに、「超現実数」があります。これはあのTeXで有名なクヌースがコンウェイの理論をもとに小説仕立てで発表したもの注6)です。無人島で若い男女が石版を発見するが、その石版には神が数を創った事が書かれている…と言う話です。一日ごとに、前の日までに得られた数の集合の要素間にデデキントの切断のような操作を行なうことで、新たな数を創っていきます。最終的には実数よりも大きな超現実数の体系が得られるわけですが、第一日にはまだ何の数の要素もないので、神様らしく無から有を創ります注7)。この辺りは見事としか言いようがありません。コンウェイの理論もすばらしいのですが、クヌースの話も良く出来ており、「数学をする」というのは本当はどういうことなのか、を書き上げています。邦訳もありますから、興味のある方にはお勧めです。高校生程度なら楽に読めるはずです。
注1) カントールの基本列による実数の定義方法
 ごく簡単に言うと、第n項がちゃんと定義された有理数の数列a_1,a_2,…a_n…があり、この数列が収束する場合、この数列を収束先の数の基本列と言います。収束先は有理数とは限りません。有理数でない場合を無理数とし、有理数と無理数を合わせて実数とします(細かいことを言うと、まだ収束先に数があるか分からないわけですから、収束先ではなくて基本列自体を「実数」とします。すると一つの実数にいくつもの基本列が対応してしまうので、それらが本当に等しいのか?等ということをちゃんとやりだすと大変です)。
注2) デデキントの切断による実数の定義方法
 またごく簡単に言うと、数直線を適当なところで切断したところの切り口にある数で定義する方法です。切り口は小さい側の数直線のものと大きい側のものと二つありますが、両方が有理数であるという事はありません(この2数をa,bとすると、両方が有理数なら間に「(a+b)/2」という数があるはずで、それはおかしいです)。有理数でない場合を無理数とし、合わせて実数とします(これも細かいことを言うと問題がありますが…)。
注3) 素朴な無限小解析
 理論的に厳密ではないかもしれませんが、有用ですし、この無限小を便宜的に極めて小さな数とする考え方は数学を利用する立場の人には必須です。高校や大学でもっと力をいれて教えてもいいと思うのですが…。
注4) 悪名高い「ε-δ法」
 ε-δ法自体が悪いのではなく、その背後の極限論が難しいということでしょう。ε-δ法そのものは、証明などで厳密に話を進めるときになんでもかんでもε-δにすれば済むので楽です。そもそもそういう楽をするためのシステマティックな方法として編み出されたものだと思います。
注5) 訳書などは絶版になってしまっている
 なんでも流行で、たくさんの種類の本が出版されるけどあっという間に絶版。日本の出版事情って何か間違っていませんかね。
注6) クヌースの小説
 ドナルド・E.クヌ−ス:『超現実数〜数学小説〜』(海鳴社,1978)
注7) 神様らしく無から有を創る
 空集合から出発します。実際に本を読んでいただきたいです。