学習指導要領の改訂 どうなの 本文へジャンプ

 授業と学びの性格を変える学習指導要領の改訂
                            知里 保 (ちり・たもつ、ジャーナリスト)

はじめに
1、 授業のあり方や学び方をこまかく指示
2、 目標の達成を強いるしくみ
3、 教師には指導の結果責任
4、学校の現実にどう機能するか
5、競わせて格差を拡大するシステム
6、構造改革を教育内容と方法に具体化
7、矛盾と批判を背負っての成立

はじめに

 小学校、中学校、高校、特別支援学校の学習指導要領の改訂方針を、中教審(中央教育審議会)が 2008年1月に答申します。これを受け、文科省が小中学校の新しい学習指導要領を3月に告示します。教科書の編集、検定、採択を経て、小学校は2011年度、中学校は2012年度から実施になるとみられます。文科省は、理科と算数・数学については、1年間の周知期間のあと2009年度から、先行実施することを検討しています。

 この審議をすすめてきた中教審初等中等分科会の教育課程部会(部会長=梶田叡一兵庫教育大学学長、中教審副会長)は、2007年11月7日に改訂方針の中間報告「教育課程部会のこれまでの審議のまとめ」を公表しました。知識・技能を活用する力(思考力・判断力・表現力など)の重視、授業時数増、理数での前回改訂時に削減した学習内容の復活、小学校の英語の新設などをマスコミが報じています。それでは今回の改訂の基本的特徴はいったいどこにあるのでしょうか。

1、 授業のあり方や学び方をこまかく指示

 「審議のまとめ」は全文150ページにおよぶ大部な文書です。そのうち、各教科や領域(道徳、特別活動)は半分以下でしかない68ページです。理念の説明や教科を横断する内容・方法の提示といった総論に82ページを費やしています。学習の内容事項の提示以上に、全体をつらぬく枠組の展開に紙数をあてていることにも、改訂が学習指導要領の基本的枠組の変更を重視したことが現れています。

 「審議のまとめ」は、新しく重視する内容として、活用する力、言語力、重点指導事項例、伝統や文化の重視などをあげています。それは特定の教科・領域にいわれているのではなく、どれもが教科・領域を横断して重要だとされています。その内容をみると、細かい例示、指示が並んでいます。たとえば活用する力では、「観察・実験やレポートの作成、論述といったそれぞれの教科の知識・技能を活用する学習活動」や「記録、要約、説明、論述」を繰り返し強調しています。

 活用する力を、@体験から感じとったことを表現する、A事実を正確に理解し伝達する、B概念・法則・意図などを解釈し、説明したりする、C情報を分析・評価し、論述する、など6項目に分類します。それぞれの項に、「文章や資料を読んだ上で、自分の知識や経験に照らし合わせて、自分なりの考えをまとめて、A4・1枚(1000字程度)といった所与の条件のなかで表現する」といった具体的な内容を例示しています。

 教科ごとにも、たとえば体育で「筋道を立てて練習や作戦を考え、改善の方法などを互いに話し合う活動などを通じて論理的思考力をはぐくむ」としています。理科でも「観察・実験の結果を整理し考察し表現する学習活動を重視する」とします。

 具体的な内容と方法のこまかい提示は、言語力の育成でも同様です。改訂案は、言語力育成をすべての教科・領域で重視すべきだとし、当該教科等の知識・技能を活用する言語活動(レポート作成、論述、発表・討論など)を強調します。特別活動でも「体験を通じて感じたり、気付いたりしたことを振り返り、言葉でまとめたり、発表し合ったりする活動を重視する」のです。

 詳細な指示、例示は、実施の有無を点検するには好都合です。学習内容から離れ、それに関係なく、やったかどうかだけが問われかねないものです。内容がともなわない、操作的なテクニックの習得にしかならないおそれがあります。

 各教科で重視する「伝統や文化」でも、たとえば「小学校の低・中学年から、古典などの暗唱により言葉の美しさやリズムを体感させ」ると具体的に明示します。総合的な学習の時間では、これまでなかった「育てたい力の視点を例示」します。「審議のまとめ」は「習得−活用−探究」の学力を構想し、そのうちの探究を総合的な学習の時間が担うとしますが、その探究の学習のありようにまで指示を出します。

 小学校高学年で週1時間をあてる英語の新設では、「質的水準を確保するため、国として共通教材を提供する」方針です。この「国定教材」制作・配布は、すでに文科省が2009年度から全国ほとんどの高学年児童に手渡すための予算を、2008年度概算要求に盛り込んでいます。

 教育の内容と授業の方法をこまかく画一化し統制するしかけの構築が、学習指導要領の新たな性格です。学習指導要領は教科書づくりの基準であり、検定意見の根拠にもなります。

2、 目標の達成を強いるしくみ

 今回の改訂のもうひとつの特徴は、態度や思考力をもふくむ目標をたて、その達成を子どもと教師に強いるしくみをつくることです。それには、重点指導事項例、PDCAサイクル、全国学力テストなどがふくまれます。それらが多角的多層的につくる構造です。

 今回の改訂で新たに導入しようという重点指導事項例は、学習指導要領が示す学習内容のうち、@社会生活をしていくうえで欠かせないもの、A義務教育後の学習のため習得しておくべきもの、を文科省が選んで示します。知識・技能だけでなく、思考力・判断力・表現力でも示します。

 「審議のまとめ」は、補充学習をして重点指導事項例の確実な習得を図るためには、子どもたちの学習状況を把握することが必要で、客観的データを得るために、全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)の継続実施が必要だといいます。文科省は、全国学力テストで、知識の問題と活用の問題とを別のテスト問題にし、活用重視を強烈に印象づけました。それは小中学生全員対象のテストを通じた「国定の学力像」の明示です。

 文科省は、「学力低下」論議に対応し、2003年末の学習指導要領一部改訂で、学習指導要領を最低基準として位置付けることによって「発展的学習」をうながすようにしました。その最低基準のなかでもとりわけ重要だとして選び認定する重点指導事項例は、教科書の内容を強く拘束し、全国学力テストととあわせて、現場にその達成を強いることになります。

 もうひとつのしくみが、PDCAサイクルです。一般的には、Plan(企画、立案)−Do(実施)−Check(検証、評価)−Action(実行、改善)を順に実施し、最後の改善をつぎの計画に結びつける、物の生産過程の管理業務改善を図るマネジメントの手法です。国は学校にこの適用を求めてきました。学校は、学習指導要領などにしたがって目標をたて、その達成のために実践し、学力テストなどでその結果を検証・評価し、改善する、というシステムがこの数年で全国の学校に急速に広がりました。

 そのうえにたち、「審議のまとめ」は、「学校教育の質を向上させるために、教育行政において」、Plan(重点事項指導例の提示)、Do(教育条件の整備、教育課程編成・実施の現場主義)、Check(教育成果の評価)、Action(評価を踏まえた教育活動の改善)という「PDCAサイクルの確立が重要である」とします。

 行政と学校の両方をこのサイクルの回転のもとにおくというのが、「審議のまとめ」の提起です。これは、教育内容の大綱的基準を示す学習指導要領の改訂という範囲を大きく逸脱します。国が教育の内容と方法を詳細に定め、その達成を地域と学校に求め、全国いっせい学力テストなど国の基準で検証し、その結果から行政と学校、教師を評価し、改善を求めるという、国家の教育管理システムです。それを学習指導要領改訂を機に日本の教育活動全体の制度にしようというものです。

 これに関係するのが、教科の目標の改訂です。教育基本法と学校教育法の改悪は、教育目的・目標を法定し、そのなかに、愛国心や態度の形成を盛り込みました。「審議のまとめ」は、それをうけとめて、教科の目標で「態度」重視をいっそう強化しています。あわせて「伝統・文化」や規範意識を各教科・領域で強調します。これらの道徳的価値、態度の達成が、国家の教育管理システムのなかで強いられるおそれがあります。

3、 教師には指導の結果責任

 「審議のまとめ」が示す新たな教育管理システムのなかで働き、授業と学びにもっとも直接影響すると思われるものは、評価の変更です。知識・技能、活用力、関心・意欲の3観点を設定し、いずれにも到達目標を設定し、その達成を評価する構想です。

 その出発点は、「審議のまとめ」がいう学力規定です。教育基本法改定にしたがい改定した学校教育法(第30条2項)を引用して、「@基礎的・基本的な知識・技能の習得、A知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等、B学習意欲」を「学力の重要な要素」だとします。その三つを指導要録の評価の観点にして、それにもとずく「指導と評価」を現場に求める構想です。

 「審議のまとめ」は、「評価の観点、考え方、規準、方法、時期等をさらに検討する」として、結論を出してはいません。しかし、教育課程部会の審議のなかで、関係専門部会の委員が報告・提案したのは、「活用力」(思考力、判断力、表現力など)を、知識・技能の習得、意欲・態度とともに、指導要録の評価の3観点(現行は4観点)の一つにして、さらにそれを到達目標化することです。「思考・判断」は数値評価がむずかしいとされていたものを、到達目標化するというのです。

その到達目標にしたがって、単元末直前に、単元で学んだことの理解、定着を確かめるテスト(形成的テスト)をして、その結果から、補充指導、発展学習をするという、ことこまかな方針も、その報告・提案はふくんでいます。

 すでに文科省とそのもとの国立教育政策研究所は、前回学習指導要領改訂時に、指導要録の様式を改め、きわめて詳細な評価規準をつくり提示しました。その結果、4観点(関心・意欲・態度、思考・判断、技能・表現、知識・理解)を別々に評価するために、教師は、発言回数など詳細にチェックして、「関心・意欲」評価の根拠データとするなどして、保護者への「説明責任」を果たすよう求められました。

 そのため「評価活動が複雑になり余裕がなくなった」と多数の教師が実感する事態になり、教育課程部会の審議でも、その現実を指摘する意見が続出して、「審議のまとめ」は「簡素で効率的な学習評価」を検討していくと書かざるえませんでした。しかし「審議のまとめ」は、「指導と評価の一体化により、学校や教師は指導の説明責任だけではなく、指導の結果責任も問われていることを前提にしつつ」評価を検討していくと明示します。

 「学力の三要素」のすべてで到達目標を設定し、その達成状態を国の目標管理システムのもとで検証・評価し、達成の結果責任まで教師に強いることになります。「審議のまとめ」は、「教育課程編成・実施に関する各学校の責任と現場主義重視」という節をたて、現場の創意工夫の必要を提起したあとで、つぎのように学校の責任を強調し、その成果の検証を国が実施し、学校の創意工夫の改善を求めるといいます。

 「このような現場主義の重視は各学校がその責任を全うすることを求めるものであり、各学校の創意工夫の成果の検証が不可欠である。そのため、全国学力・学習状況調査(注・全国学力テスト)や学校評価などを活用して、成果を確かめ、更に改善を図ることが求められる」

 「審議のまとめ」は、いわば学力の「3層構造」を示しているといえそうです。「3層」とは、重点指導事項例、学習指導要領、到達目標・評価規準です。学習指導要領が示す内容を絞り込んだ重点指導事項例、学習指導要領の本体、学習指導要領の内容を詳細に目標化した到達目標と評価規準です。国が達成を求める基準は重層的です。

 教師と学校が、ここまで強権的に責任を追及されると、子どもたちはどうなるのでしょうか。ていねいな指導を受ける条件もなく、自分が抱く問いがだいじにされているという実感をもてないまま、与えられた目標をつぎつぎとこなし、テストで結果を出すことだけが評価されるという日々になりはしないでしょうか。子どもは、管理と競争に追い立てられ、結果の自己責任を求められるだけの存在なのでしょうか。

4、学校の現実にどう機能するか

 「審議のまとめ」を読んだ、多くの現場教師の実感は「こんなたくさんのこと、いったいできるだろうか」というものです。「新しい詰め込み教育が始まるのでは」「現場は対応できないのでは」と心配する声も聞きます。そういう声にたいして、教育課程部会の中心にいる委員は、授業時数の増加と学習事項の増加はバランスがとれたものだという趣旨の説明をします。そうなのでしょうか。

 「審議のまとめ」は、理科、算数・数学、国語、社会、英語、体育で授業時数を増やしました。理科、算数・数学は、前回改訂時に減らした学習内容を復活させたが、その他の教科の学習内容を増やすことは極力抑えた、という考え方です。活用力、言語力など教科横断の新しい内容を教えるためにも、授業時数を六教科で増やしたというものです。

 理数教育の充実を掲げての学習内容と授業時数の増加は、「国際的な通用性」の確保という名目です。要は国際競争力の強化=国際的学力テスト対策です。復活した内容に比べ、授業時数の増加は少ないと算数・数学の教師たちはいいます。

 時数が増えた教科も、増えない教科も、活用力、言語力、伝統と文化、道徳、体験活動を充実させるとしてこまかく指示された内容事項を授業に新たに組み込まねばなりません。それだけでなく、「社会の変化への対応の観点から」教科横断で改善する事項として、情報、環境、ものづくり、キャリア教育、食育、安全教育などで、内容事項が増えます。「学習意欲の向上」のため「職業資格、語学や漢字、歴史などについての各種検定への取組など具体的な目標設定の工夫も重要である」とされています。小学校高学年の担任教師は、英語の時間が加わります。

 これらが新たに加わる意味を認める教師でも、その増加に見合うように、各教科の内容事項を精選した跡がみられない、現場の負担増は必至ではないかという声をあげる人は少なくありません。

 現場はいま、全国、都道府県、市町村それぞれの学力テストの実施と前後の対応など、国と行政が次々と繰りだす「改革」に追われています。そのうえに、改訂が、学習内容とその達成のシステムを抜本的に強めるのは無理があります。それが強行されると、なによりも「わからないまま」放置される子どもが増えます。学力の格差は拡大します。

5、競わせて格差を拡大するシステム

 「審議のまとめ」は、学校間格差の拡大につながる施策を提起します。学校選択制、公立中高一貫校など、学校を競争させるしくみはすでに広がっていますが、改訂の方向はその競争をいっそううながし、しかもそれを学校が「自発的」に「創意工夫」を発揮して競争に打ち勝つしくみなのです。

 そのひとつが、学習指導要領のいわゆる「歯止め」規定の見直しです。これまでの学習指導要領に「(…の)事項は扱わないものとする」とあった規定を変えます。「各学校がそれぞれの創意工夫を生かした特色ある授業を展開できることが更に明確になるように」するためです。その規定は「発展的な内容を教えてはならないという趣旨ではなく、すべての子どもに共通に指導するべき事項ではないという趣旨であるが、この点の周知が不十分であり、趣旨がわかりにくいため、記述の仕方を改め」るというのです。学校が学習指導要領の範囲を超えた高度な内容を教える点での「歯止め」をはずし、どの子にも教える必要はないが、できる子には、もっと難しいことを教えられるようにしようというものです。

 それは、学校内での学力格差拡大を制度として許します。それだけでなく、学校間格差の拡大につながります。いい条件にある学校なら「創意工夫」も可能ですが、そうでない学校はますます困難を背負わされるという悪循環をもたらします。そして「審議のまとめ」は、そういう「発展的」内容の自由化という範囲ににとどまらない新しい制度も構想します。新たな教科の設置など、学習指導要領上は特例措置でなければ実施できない構想を、簡単な条件で認めるというもので、「新たな研究開発学校制度の創設」とされていいます。

 それは、これまであった、研究指定校の制度や、構造改革特区の制度とは、特例措置の内容の設定、申請の主体などでちがっています。文科省が課題を示して、それをやってみようという学校が応募するという研究開発学校制度(いわゆる研究指定校)や、地方自治体が申請し、総理大臣が認定する構造改革特区=構造改革特別区域研究開発学校設置事業(いわゆる「特区研発」)とちがい、「学校や設置者」が構想し申請します。申請の許可にあたっては、学校教育法が規定する学校の目標、学習指導要領が定める教科などの目標、内容との適合性など「一定の要件を満たす」だけでいいとしています。文科相の関与は必要最小限にするようにとの閣議決定があるためです。これまでと比較すると格段の自由化です。

6、構造改革を教育内容と方法に具体化

 学校5日制にともない、学習内容の三割削減などをした現行の学習指導要領は、2002年実施当初から、さまざまな批判と論議を呼びました。経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)で読解力などが低下した結果が出たことも衝撃的なニュースとなり、PISAショックともいわれました。

 「審議のまとめ」が打ち出した、理科、算数・数学での学習事項の復活、授業時数増などは、物理関係3学会(2004年12月)、理数系諸学会(13学会、2004年12月)、数学教育学会(2006年4月)などが中教審に提出した提言、要望に盛り込まれていたものです。「審議のまとめ」がいう、算数・数学での学年を越えての重複学習(反復=スパイラル)は、数学教育学会が求めていました。「審議のまとめ」に、関係学会の批判と提言を受けとめた側面があることは否定できません。

 また、教育学者がひとりもいない教育再生会議の議論と提言の粗雑さ、乱暴さと比べると、「審議のまとめ」には、文脈からそのことだけをとりだせば、教育の常識からしてまちがいとはいえないような文言が散見できるのも事実です。改訂を審議した中教審・教育課程部会が、教育学、心理学の研究者ら教育関係者が委員の多くを占めるのだから、その意見の反映は当然なのでしょう。

 しかし「審議のまとめ」が示す改訂の全体像、新しい学力達成のシステムは、それらの提言、知見の単純な集積には終わりませんでした。言葉のかぎりではもっともな文言も、全体のシステムに組み込まれたなかでは、システムのひとつの手段になってしまっているのです。改訂は、学習指導要領の性格を大きく変化させます。教育内容の基準を示すにとどまらず、授業のあり方や学び方をこまかく指示し、態度や思考力をもふくむ目標の達成を子どもと教師に「自己責任」「結果責任」で強いる、管理と競争のシステムをつくり、格差を拡大するしくみを内包する、という構造の変化です。なぜ、そうなったのでしょうか。

 それは、改訂の基本に、構造改革路線の具体化という方向を置いていたからです。中教審にたいする文科相の諮問は、2003年5月と2005年2月にありました。そこで文科相が提起したのは、世界トップレベルの学力の復活、国語力の充実、理数教育の重視、到達目標の明確化、国民として共通に必要な学習内容の示し方、授業時数の見直しなどです。そのどれもが今回の「審議のまとめ」に盛り込まれています。「国民として共通に必要な学習内容の示し方」は重点指導事項例となりました。

 中教審は2005年10月に、義務教育の構造改革方針(「新しい時代の義務教育を創造する」)を答申しました。それは、「国際的な大競争時代の今日」「諸外国に遅れをとることなく、世界最高水準の教育を目指し」「義務教育の質の向上に国家戦略として取り組む」としました。義務教育の構造改革を推進する宣言でもありました。改訂にかかわっては、「教育の目標を明確にして結果を検証し質を保証する」として、学習指導要領の見直し、目標の明確化、全国学力テストの実施、目標に照らした評価などをうたいました。構造改革を教育の内容とシステムとして具体化するという、改訂の枠組みを示したのです。

 2006年から07年にかけての教育基本法や学校教育法改悪で法的根拠をえて、それと一体の方向で、学習指導要領の改訂作業は急速にすすんだのでした。

7、矛盾と批判を背負っての成立

 教育課程部会と、そのもとに置く小学校、中学校、高校の3校種別部会と、各教科や道徳、特別支援、生活・総合など16の専門部会で、文科省が任命した400人の委員が400時間を越える審議をしたといいます。審議のほとんどは、事務局(文科省)が作成した文書を文科省担当者説明し、委員が意見をのべ、その意見のなかから必要な修正を加えていくというやり方ですすみました。

 意見のなかには、現場の実態、教育の条理を正当に反映したものもあります。たとえば、学習指導要領の改訂の趣旨を実現させるには条件整備が不可欠だとの意見は、どのテーマ、どの会議でも続きました。そのため「審議のまとめ」は「教師が子どもと向き合う時間の確保などの条件整備等」をひとつの章(全体は10章構成)にたて、その最初の節を、教職員定数の改善にあてました。教育課程を改訂する方針の文書としては異例の構成になったのです。

 それだけでなく、授業時数の増加を扱う項のなかで、教職員の定数改善を要求する叙述が唐突に書き込まれてもいます。現場はすでに目いっぱい増やしており、これ以上授業時数増をするのは無理だという、時数増反対意見に対応するための叙述でした。政府の教職員削減方針に反する定数増要求が書き込まれる一方、何度も発言があった少人数学級の実現はついに書き込まれないままでした。

 国の既定方針の再考を求める発言もありました。たとえば、全国学力テストについて、「悉皆(全員)調査は数年おきで、その間は抽出調査でいいのではないか。学校現場は、都道府県や市町村独自の学力調査であけくれ、その分析まで手がまわらない」という発言がありました。「審議のまとめ」案が調査の継続をいっており、文科省が調査結果発表で、活用する力に課題があることがわかった、学習指導要領を改訂してそれを重視する、と強調していることを承知で、なお調査の見直しを求めるのです。

 それは教育課程部会の委員だけではありません。「審議のまとめ」への関係42団体の意見聴取の場でも、「ほんとうに悉皆でいいのか。内容の検討も今後必要だ」「(結果を)情報公開で示さざるをえないことから、格差が見えてしまい、安易な学力向上策がとられてしまう」(全国連合小学校長会)という発言がありました。結局は、自治体や学校をランク付けし競争の弊害をもたらすだけであり、子どもにとっては7カ月後に正答不正答の○×結果だけが問題用紙もないまま返ってきてもなんの役にも立たない、意味がないという現実を反映した発言です。

 教育課程部会での審議のなかでは、「到達目標を、思考力・判断力・表現力で示すことができるのか」「規範意識をある方向で強調しすぎると、いかに守らせるかになり、よくない」「規範意識は政治用語になりつつある。徳目主義ではだめだ」「国研(国立教育政策研究所)の評価規準に関係する現場の事務量、負担は現実には相当なものだ」など、改訂の中心課題にかかわる異論、批判も少なくありませんでした。しかし「審議のまとめ」はそれらを退けて成立しました。

 このように改訂の方向が現場の実態や教育の条理に合わないものだという議論が審議のなかで繰り返し交わされているのです。「審議のまとめ」が成立過程ですでに大きな矛盾を抱えていることは明らかです。また、構造改革路線は社会保障の分野などですでに修正を余儀なくされている現実があります。それらの事実は、構造改革を教育の内容と方法にまで持ち込む今回の改訂案にたいする批判の検討と運動を急ぐならば、その全面的強行を許さないことも可能だということを示してはいないでしょうか。

                                     【ver.1 2007/12/11】
ページの先頭へ
トップページへ