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みかきもりの気ままに小倉百人一首

2009/06/07 「春過ぎて」

「春過ぎて」は万葉集がオリジナルです。万葉集をひもといてみました。
・万葉集 巻一(27)  天武天皇「よき人の」
・万葉集 巻一(28)  持統天皇「春過ぎて」  白妙の衣ほしたり
・万葉集 巻二(159) 持統天皇「やすみしし」 荒妙の衣の袖は干る時もなし
万葉集 巻一で天武天皇と持統天皇が27,28で仲良く並んでいます。
また天武天皇が亡くなったときの歌「やすみしし」にある「荒妙の衣の袖は干る時もなし」の句が
「春過ぎて」では「白妙の衣ほしたり」の句となり、時間の流れを感じます。
この「春過ぎて」の歌には天武天皇に対する持統天皇の想いが感じられます。

No. 天皇代 作者 できごと、万葉集
2 41代 持統天皇
春過ぎて夏来にけらし白妙の
衣ほすてふ天の香具山
672年7月 壬申の乱(〜8月)
673年2月 天武天皇即位
679年5月 吉野の盟約(草壁皇子を次期天皇であると宣言)
■万葉集 巻一(27) 天武天皇
淑人乃  良跡吉見而  好常言師
芳野吉見与  良人四来三
よき人の  よしとよく見て  よしと言ひし
よしのよく見よ  よき人よく見
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淑き人は良い所をよく見ていつも好いと言うものだ。
吉野をよく見よ 良き人はこんな遠い所までよく見に来る。
※良き人:吉野を良いと思っている人、皇后(持統天皇)を掛けていると思われる。
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681年2月 草壁皇子立太子
686年9月 天武天皇崩御(葬儀は約2年2か月に及ぶ)、持統天皇称制
■万葉集 巻二(159) 持統天皇
やすみしし  わが大君の  夕されば  見(め)し賜ふらし
明け来れば  問ひ賜ふらし  神岳の  山のもみちを
今日もかも  問ひ給はまし  明日もかも  見(め)し賜はまし
その山を  振りさけ見つつ  夕されば  あやに悲しみ
明け来れば  うらさび暮らし
荒妙の  衣の袖は  干る時もなし
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わが大君(の魂)は  夕方になればご覧になる
夜が明ければ尋ねられる  神丘の山の紅葉の様子を
今日も尋ねられるでしょうか  明日もご覧になるでしょうか
その山を振り仰いで見ていると  夕方になると無性に悲しく
夜が明けると心寂しく暮らしております
荒妙の衣の袖は涙で乾く間もありません
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686年10月 大津皇子、謀反の罪で処刑
689年4月 草壁皇子薨去(28歳) [現在の暦で5月7日]
689年6月 飛鳥浄御原令頒布
690年1月 持統天皇即位(46歳)
690年10月 太政大臣高市皇子、藤原宮地を視察
690年12月 持統天皇、藤原宮地を視察
692年6月 持統天皇、藤原宮地を視察
693年8月 持統天皇、藤原宮に巡幸
694年12月 藤原宮遷都
■万葉集 巻一(28) 持統天皇
春過ぎて夏来たるらし白妙の 衣ほしたり天の香具山
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藤原宮に遷都して早いものでもう春が過ぎて夏が来るようです。
まるで白妙の衣が干してあるような真っ白な雲が天の香具山の
空に浮かんでいます。
涙でくれていたあの頃からもう8年半以上たったんですね。
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697年8月 文武天皇即位(15歳)、持統天皇は太上天皇(上皇)として後見
701年8月 大宝律令完成
702年12月 持統上皇崩御

[みかきもり]
天武天皇に対する持統天皇の想いの深さや情の深さが伝わってきます。
藤原宮に遷都し、しばらく忙しい時期が続いていたと思います。
ふと気づくともう夏が来るという時期になっていて、天の香具山の空に真っ白な雲が
浮かんでいたのでしょう。
それを見て、天武天皇といっしょに未来を夢見ながら苦労を共に過ごした時間、
天武天皇が亡くなったときのこと、天武天皇といっしょに見た夢を一つ一つ形にして
きたことなど、いろいろなことを思い出したのだと思います。
持統天皇は感慨深い気持ちでこの「春過ぎて」の歌を詠んだのではないでしょうか。
■参考文献
・新訂 新訓万葉集 上巻        佐佐木 信綱編   (岩波文庫)
・百人一首 全訳注           有吉 保      (講談社学術文庫)
・全訳古語辞典(第二版)        宮腰 賢、桜井 満 (旺文社)

■参考URL
・Wikipedia 天武天皇Wikipedia 持統天皇Wikipedia 文武天皇Wikipedia 草壁皇子Wikipedia 壬申の乱Wikipedia 吉野の盟約Wikipedia 飛鳥浄御原令Wikipedia 大宝律令Wikipedia 藤原京千人万首 天武天皇千人万首 持統天皇天武天皇の年齢研究−天武天皇の万葉歌万葉のとびら(毎日新聞) 天に通じる悲しみ(2009年5月30日)日本文化の窓(駒沢女子大学) おくりびと(2009年3月2日)藤原京探検記 藤原京遷都への道程

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