第1節 戦国乱世
〔注1-1〕 「カンマを伴う分詞句」は、日本の学校英文法で概ね《分詞構文》と通称されている分詞句に対応する。「概ね」とは、「カンマを伴わない分詞句」も《分詞構文》と見なされることがあるからである(カンマは音声表現では休止に対応する)(《分詞構文》については本章第2節を参照)。
例えば、
My problems are insignificant compared
with the difficulties he faces. (彼らは酒のにおいをさせている彼を家まで送り届けた)[この例では分詞の前に休止は置かれない] (荒木一雄・安井稔編『現代英文法辞典』participial construction[分詞構文]の項)(下線は引用者) A.J.Thomson, A.V.Martinet, A PRACTICAL ENGLISH GRAMMAR (以後PEGと略記)中にも、《分詞構文》と見なせる分詞句(PEGでは分詞構造[participle constructions])にカンマが伴っていない文例を見出すことができる。 Opening the drawer he took out a revolver. (PEG, 276…見出し番号)(下線は引用者) Being a student he was naturally interested in museums = Because/As he was a student etc. (ibid, 277) (下線は引用者) 更に、G. O. Curme, Parts of Speech及びSyntax中にはいたるところに、《分詞構文》と見なし得るが、カンマを伴わない分詞句の例を見出すことができる。 Going down town I met a friend. Having finished my work I went to bed. (Parts of Speech,.15-2, 47-4)(下線は引用者) これらはParts of Speechや Syntax中で再三目にする文例である(Syntax, 20-3ではいずれの分詞句の直後にもカンマが置かれている)。Curmeはこうした分詞句を"predicate appositive"[述辞並置要素](『現代英文法辞典』は「叙述同格語」という日本語を充てている。「同格」という訳語が充てられることの普通な"apposition"に本稿では「並置」という語を充てる。"parataxis"の訳語「並列」はこれを踏襲する)に分類している(Syntax, 6-c)。 E. Kruisinga & P.A. Erades>のAn English Grammar. Vol. I. Accidence and Syntaxには、「自由付加詞[free adjunct]」は「文字で書かれた場合にはカンマによって表示される」(34-1…見出し番号)という記述がありながらも、カンマを欠いた例を見出すことができる(Kruisinga & Eradesの「自由付加詞」には《分詞構文》に相当する分詞句も含まれる)。 Kendle disappeared into the trench and sauntered back to me puffing a surreptitious Woodbine. (ibid)(下線は引用者。"Woodbine"は煙草の銘柄であるという注(p.294)がある) ただし、同書の「自由付加詞」にとってカンマは不可欠である。 同書は、"But hoisted against the pale horizon the five gibbets showed black and skeletal . . . "(ibid, 39)(下線部の次にカンマは置かれていない。下線は引用者)という文例を挙げ、次のように述べる。 この文には自由付加詞はない。なぜなら、明瞭に感知し得る休止がないからである。(ibid) 自由付加詞の存否に関わるほどカンマが不可欠である以上、カンマの欠けた自由付加詞を含む文が示されている二箇所(34-1とp.294)とも誤植のせいでカンマが落ちているという可能性を排除しないが、他方で同書は、「to不定詞を伴う種類の自由付加詞は必ずしも明瞭な小休止という特徴をもたない」(ibid, 34)と述べ、次のような文例を挙げてもいる。 That isn't a commercial traveller: it's our doctor; he's quite a gentleman, though you wouldn't think so to look at him. (ibid)(下線部の前にカンマは置かれていない。下線は引用者)R.W.Zandvoortの場合も「自由付加詞」にとってカンマは不可欠である。 こうした語群(付加詞)が文の他の部分から明白な休止[clear break]によって切り離されている場合、自由付加詞[FREE ADJUNCTS]と呼ばれる。 Zandvoortでは文頭の分詞句には概ねカンマが伴っているが、カンマのない例もある。
「分詞句」と記述するか「分詞節」と記述するか、論者によって言葉遣いは異なる(本稿での「句」と「節」の使い分けについては[1−5]参照)。例えば、MICHAEL SWAN, Practical English Usage(以後PEUと略記、数字は見出し番号)では、以下の文例中の分詞句(下線部)は「分詞節」(ただし、後置修飾要素として機能し、修飾の在り方は制限的であるような「分詞節」)である。 I like the girl sitting on the right.(454)〈ぼくは右側に座っている女の子が気に入った。〉また、以下でその記述と文例をたびたび引用することになるRandolph Quirk, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, Jan Svatrvik, A COMPREHENSIVE GERAMMAR OF ENGLISH LANGUAGE(CGELと略記。見出し番号で引用及び参照箇所を示す)ではto不定詞句、toなし不定詞句、-ing分詞句、-ed分詞句を「非定動詞節[nonfinite clause]」と呼んでいる(14.5)。例えば、 The best thing would be to tell everybody.では、下線部"to tell everybody"は「非定動詞節」である(14.6)。「句」と呼ばれるのは"to tell"の部分であり、これは「非定動詞句」である。ちなみに「定動詞句[finite verb phrase]」とは、例えば、"He must smoke 40 a day." (3.53)中の"must smoke"の部分である。 【参考】 《分詞構文》に相当する表現単位は、例えばフランス語文法では「分詞節」と呼ばれ(目黒三郎、徳尾俊彦、目黒士門『新フランス広文典』;朝倉季雄『フランス文法事典』)、 主動詞の主語と分詞の主語が同じばあいには、分詞は主語と同格であり分詞節[proposition participale]とよばれる。分詞節は、時・理由・原因・条件・対立・譲歩などを表わし、一般に副詞節によって書きかえることができる。(『新フランス広文典』p.282)と説明されている("proposition"とはここでは「節」である)。 フランス語の「分詞節」は形態的にも機能的にも、概ね英語の《分詞構文》に重なる。2例だけ紹介する(下線部が「分詞節」)。 Étant très occupé, je n'ai pu rentrer à la maison qu'à dix heures.スペイン語では「現在分詞・過去分詞は分詞構文を作り、時・様態・原因・条件・譲歩などを表わす。」(山田善郎(監修)『中級スペイン文法』p.366) 「現在分詞」と「過去分詞」を用いた例を一例ずつ紹介する。 Viviendo muy lejos, él llegaba tarde a la escuela."Viviendo"は"vivir"(英 "live")の「現在分詞」、"Hecho"は"hacer"(英 "do")の「過去分詞」。 イタリア語の場合。 坂本鉄男『現代イタリア文法』中の「過去分詞の用法」の4.には「時間・原因・譲歩・条件などを表わす従属節(つまり副詞節)や関係節の役を果たすことができる。」(p.276)とある。 時間: Detto questo, usci sbattendo la porta. (= Dopo che ebbe detto...) (斜体は原文通り。下線は引用者)"Detto"は"dire"(英 "say")の「過去分詞」。"questo"は英"this"。 "Detto questo"のような「過去分詞句」については、「直接補語を伴う他動詞の過去分詞は、直接補語の性・数に一致する。つまり。形式的には、直接補語を主語とした受動態節のようになる。」(ibid, p.278)という説明がある。 イタリア語では「現在分詞」ではなくジェルンディオ{gerundio}が、英語の《分詞構文》に相当する表現を導く。 ジェルンディオは動詞の働きと副詞の働きを兼ね備えた機能を持つ法である。つまり英語の分詞構文のように、主節の動詞を説明するいろいろな従属節の働きをする。」(ibid, p.279)"Restando"は"restare"(英"remain, stay")のジェルンディオ。 ドイツ語の場合を簡単に紹介しておく。 藤田五郎校閲、片山操著『改訂 英独比較 ドイツ語文法ノート』には「分詞の用法」の章に e.分詞による副文(章)の短縮という一節があり、(a) 時、(b) 原因、(c) 付帯状況、(d) 条件、(e) 関係文(章)の短縮 (関係詞節の短縮)に分類し、それぞれについて例を挙げている。2例だけ引用する(下線部が「分詞句」)。 Einen Sturm fürchtend, kehrten wir bald zurück (= Da [又は Weil ] wir einen Sturm fürchteten, ......)."fürchtend"は英"fear"の「現在分詞」。"getan"は"tun"(英"do")の「過去分詞」。 ロシア語の場合。 「動詞からつくられた副詞形を副動詞」(和久利誓一『入門ロシア語文法』p.110)といい、副動詞を用いると次のような表現が出来上がる。 Сидя на стуле, она читала (читает) письмо. 椅子に座りつつ彼女は手紙を読んでいた。 (ibid)(太字体は原文通り。下線は引用者) ("Сидя"は不完了体動詞"сидеть"(英"sit")の副動詞形……引用者注)ロシア語においても次のように《分詞構文〕が語られる。 副分詞は原因、条件、譲歩などをあらわす独立性の強い句をつくることができます。これらを分詞構文といいます。 動詞からできた「形動詞形」を用いた次のような文もある。以下の例文中の形動詞[живущий]は、英語の場合の「名詞を修飾する現在分詞」の如き働きをしている。 Мой товарищ, живущий в Мскве, часто пишет мне. モスクワに住む私の友達はたびたび私に手紙をくれる。(ibid, p.113)(太字は原文通り。下線は引用者)("живущий"は不完了体動詞"жить"(英"live")の能動形動詞現在……引用者注)エスペラントの場合は興味あるところだ。John Cresswell and John Hartley, ESPERANTOの第16課から引用する(斜字体は原文通り。下線は引用者。英語の文との対応関係は容易に見て取れるので、エスペラントの文については、特に解説は付さない)。 Wishing to speak to him, I visited his house.同書では副詞節への書き換えは示さず、「こうした分詞句は主節の主辞と同一な主辞を持つ完全な文に拡張可能である」と述べ、次のような置き換えを示している。 Mi deziris paroli al li. Mi vizitis lian domon.過去分詞の場合も同じである。 Li ne estis rimarkita. Li forlasis la domon.ラテン語にも《分詞構文》に相当する表現があると言ったのでは、後先がひっくり返ることになりかねないが、簡単に紹介しておく。 英語の分詞構文にあたる場合や、従属節を用いるところを、ラテン語では現在分詞や完了分詞を用いて表現することが多かった。(樋口勝彦・藤井昇『詳解ラテン文法』p.78)その一例。 aut sedens aut ambulans disputabam.〈坐ったり歩きまわったりしながら私は論じたものだ。〉(ibid)いかにも《分詞構文》らしい例を紹介しておく。 Graeci nautae, videntes Polyphemum, tremuerunt. 〈ギリシャ人の水夫たちは、ポリュペーモス(海神ネプトゥヌスの息子、一つ目巨人族の一人)を見ると、震えた。〉」(F. M. Wheelock, LATIN, p.107)("videntes"が「現在分詞」……引用者注)ギリシャ語についてもほぼ同様である。 分詞の用法の一つについて次のような説明がなされている。 分詞は名詞、代名詞に客観的に附加せられて、定冠詞なしに、主動詞の意味を限定するに用いられる。この際に二つの用法がある。二番目に挙げられているのは英語では《独立分詞構文》に相当する。 もう一つ、英語の《分詞構文》の説明としてもそのまま使えそうな説明。 分詞は述語的用法の一種としていろいろな情況とか場合を示すのに用いられる。その情況は目的、時間、原因、条件、譲歩等様々である。その正確な意味はそれぞれの場合文脈によって判断すべきである。(田中美知太郎、松平千秋『ギリシャ語入門 改定版』p.121)更に、《独立分詞構文》に相当する表現単位は、ラテン語・ギリシャ語のいずれにも見られ、サンスクリットにも類似の語法を見ることができる。 処格絶対節(Locative absolute)は非常にひんぱんに用いられる。すなわち分詞の処格と結合した名詞の処格は、文の示す行動に先立つか、または随伴する外部の情況を示す。この構文は英語で、時間、原因、譲歩および条件を表わす従属節によって訳すことができる。(J.ゴンダ、鎧淳訳『サンスクリット語初等文法』pp.93--94)
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