『カンマを伴う分詞句について』(野島明 著)
第一章 「カンマを伴う分詞句」をめぐる一般的形勢、及び基礎的作業

第5節 「脈絡内照応性」と「カンマ」の関係


〔注1−53〕

   一部の固有名詞の場合を考えてみる。

固有名詞が通常の固有の外延[normal unique denotation]を有している場合、固有名詞は、非制限的関係詞節[nonrestrictive relative clause]あるいは非制限的並置[nonrestrictive apposition]のような、非制限的修飾要素[nonrestrictive modifiers]によってのみ修飾される。
@Dr. Brown, who lives next door, comes from Australia.
ATheseus, a Greek hero, killed the Minotaur.
(CGEL, 5.64)(文例番号@Aは引用者)
   「固有名詞が通常の固有の外延を有している場合」とは、「固有名詞が通常の固有の外延を有していると話者が判断している場合」のことである。"Dr. Brown"の指示内容は私(野島明)にとっては空虚である。この名詞句は固有名詞であろうと推測しつつも、この固有名詞は「通常の固有の外延を有している」とは私には判断し得ない。従って、文例@の場合、"Dr. Brown"とwho節の間にはカンマが介在すべきであるという話者の判断を共有し得るわけではなく、そこにはカンマが介在すべきであると話者は判断していると判断し得るのみである。文例Aの場合、"Theseus"がギリシャ神話中の英雄であることを私は知っている。この固有名詞は「通常の固有の外延を有している」と私は判断する。従って、"Theseus"と"a Greek hero"の間にはカンマが介在すべきであるという話者の判断を共有し得る。

   固有名詞に関する見解の一つを紹介してみる。

一定の集団にとってのある固有名詞の意味とは、その名の持ち主に関する知識の総体、その少なくとも一部を集団の全成員が所有しているとみなされる知識の総体と考えることができる。(『言語理論小事典』、「指向」の項、pp.395--396)
   "Dr. Brown"を「通常の固有の外延を有している固有名詞」と見なすような「一定の集団」に私は属しておらず、"Theseus"を「通常の固有の外延を有している固有名詞」と見なすような「一定の集団」には私は属している。

   "Dr. Brown"については、「一定の集団にとっては固有名詞」であろうという推測くらいは可能であったが、例えば"the Dover road"については、これを固有名詞と見なしている「一定の集団」が存在するのかどうかの判断さえ私にはつかない。

the Dover road(「ドーバーに至る道」を意味する)は元来は固有名詞ではない。
(Jespersen, The Philosophy of Grammar, p.70)
固有名詞と非制限的修飾要素との関係については、[1−18]参照。

(〔注1−53〕 了)

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