2007年03月05日 第二章 子育てはセルフラーニングのチャンス

「問題が起ることでセルフラーニングは始まる」とすれば、子育ては問題の宝庫で
す。つまり、セルフラーニングには絶好のチャンス到来。
 私自身、「セルフラーニング」に出会ったのは、3人の子育てで困り果てたから。
子育てでさまざまな問題を抱え、行き詰まる、そのことで私の「セルフ」は活性化
し、エネルギーを生み出していったのでした。

出会いっていうのはすごいタイミングでやってくるものなのですね。人生はいろいろ
あっても神のはからいかなにかでうまくいくようになっているんだなあ、と思いま
す。
最初の大きな問題、今思えばプレゼントは、というと、長男が病気をもってうまれた
ことですね。もともと体育会系で元気一杯の私は、妊娠中も仕事もし、マタニティス
イミングなんかもしながら、なにもかも自分で努力すればうまくいくんだ、という流
れのなかにいました。ところが、妊娠9ヶ月のときの切迫早産での入院。最初のお産
でしたので不安一杯。寝たきりの安静が続きました。忘れもしない昭和から平成に変
わるお正月は病院ですごし、ちょうど時代が平成に変わったのも病院のベットでテレ
ビを見つつ、その数日後の平成元年2月6日に長男が誕生しました。子宮が収縮しない
ように点滴を打ち続け、もう生まれてもいい、ということになったら今度は陣痛促進
剤をうってのお産でした。陣痛はきつかったです。それでもとにかく無事に生まれて
くれた、と思ったのもつかのま。黄疸がひどく、おっぱいを飲んでも勢いよく吐いて
しまう…。なにかおかしい、ということで検査をしてもらうと、腸の回転に異常があ
る、ということで、即、京大病院にうつり生後1週間で大きな手術をすることになっ
たのです。私はもう呆然自失というか、どうしていいのかもわからず、おろおろする
ばかりでした。手術は成功したのですが、自宅に帰ってからは、神経質な子育てがは
じまります。熱がでたといってはさわぎ、こんなこともありました。雨がふって部屋
の中で洗濯物を干している下をくぐったときに、洗濯物がおちてきてしまった。それ
が息子にあったった、といって、病院へ駆け込む。今思えが笑い話にもならないよう
な話ですが、その当時は必死の子育てだったのです。そんな私の苦労にもかかわら
ず、長男の体重は思うようにふえず、よく嘔吐を繰り返す。カンは強く、よく泣く長
男の子育ては大変でした。そして、やはり調子がよくない、ということで、1歳半
で、もう一度、今度は岡山の国立病院で再手術。そこからはおかげさまでみるみる元
気になっていきました。それでも食べ物の好き嫌いは多い、人見知りは強い、お母さ
んからなかなか離れようとしない、友達のなかに入っていけないと、とても手のかか
る息子でした。思えば私がかなりの過保護過干渉だったのだと思います。

長男の2回目の手術も成功し、元気になったころ、次男がうまれます。長男の反省も
あり、次男はできるだけ手をかけないように、なるべく手をださないように、と気を
つけて育てました。でも、それは今思えば放任に近い子育てだったと反省します。そ
のせいかどうかはわからないのですが、とても我慢強い子で、病院で痛い思いをして
も全然泣かず、先生から「いつもこうなのですか?」と不思議がられました。そのと
きは「我慢強い、いい子だ」と思っていたのですが、次男にチック症状があらわれ、
お母さんに甘えたくても甘えるのを我慢しているような、そんなところがあったのか
もしれない、という反省をするようになりました。(チックは小学校高学年くらいま
でいろいろな形で続いたのですが、現在はいつのまにか治っています。)

そんな長男と次男の子育ての反省から、三男が生まれたときにはどんなふうに関わっ
ていったらいいんだろう。過保護でもなく、放任でもなく、子どもにとって必要な援
助とはなんだろう、教育っていったいどういうことなんだろう、という大きな問いに
ぶつかっていた時期。そんなときに「セルフラーニング」という考え方と出会う出来
事がありました。本人の問題を肩代わりして解決してあげるのでもなく、ほったらか
しにしておくのでもなく、本人が自分で問題にぶつかって考える、その本人が考えた
り乗り越えたりすることのサポートをしていく、という関わり方です。
長男、次男の出産経験から、もっと自然なお産がしたい、と思い、自宅出産の情報を
集めているときにであったのが「自然治癒力」という言葉でした。体には、内側から
自分の体を治そうとしたり、よくしようとする、そんな力が備わっている、というこ
とを知ります。そしてよく通っていた自然食品店で見つけたのが「治さない医療、教
えない教育」という講演会のチラシでした。人に何かを教えようとするのではなく
て、その人がぶつかった問題や問いがその人にしか体験できない学びのスタート。そ
のことを本人が解決していくことを周りの人がサポートする。そして、サポートする
側もいっしょに育つ、という、関係の作り方を学びました。
私は小学校の教師をしていたこともあり、また、長女で、いつもだれかの世話をした
り、教えたりすることがしみついていたようなのです。答えをあげるのではなくて、
相手から「問い」を引き出す。それをいっしょに考える、というセルフラーニング的
な学びのおもしろさに出会いました。そこから、子育てもセルフラーニング的に変化
していったのです。
相手を「コントロールしよう」という姿勢から「コミュニケーションしよう」という
姿勢に変化していく自分を感じました。

それでは、一方的に子どもに「〜しなさい」というのではなく、「こうしてほしい」
という親の思いと「こうしたい」という子どもの思いを、どう折り合いをつけていく
のか。

たとえば、三男が小学校5年生のころのことです。しばらく学校に遅刻をしそうに
なっていました。私がいっさい起こさないと、友達が迎えにきた「ピンポーン」とい
う呼び鈴ではじめて起きたりするのです。「もう行くよ」と友達も待っていてはくれ
ません。そんな日が3日ほど続きました。そんなある日の会話です。
「もう、お母さん、明日は絶対起こしてよ」
「お母さんも朝は忙しいから忘れるかもしれんよ。自分で起きれるように、なんか工
夫したら?」
「目覚ましをかけても、とめてしまう…。もっと音の大きい目覚ましを買って!」
「どうしても買いたいなら、お年玉で買う、という方法もあると思うけど。ほかに方
法はないの?」
「うーん、最近は夜が遅いからなあ」
「何時くらいに寝たいと思っている?」
「遅くても10時かなあ」
「今日はどうする?」
「9時までにお風呂に入って、10時までには寝るようにする」
「朝はどうするの?」
「目覚ましを2個かけてみる。それでも起きなかったら1回だけ起こして。」

そんな会話がありました。
結局次の日は起きることができたけのですが、その次はまた夜が遅くなって、遅刻す
れすれ。やはり、すぐにできるようにはなりませんが、そのつど自分で考えていくプ
ロセスを体験し、どうすればうまくいくか、体験から学んでいるなあ、と思えてきま
す。「遅刻しないでいける」ということが最終目的、というより、そのできていくプ
ロセスを体験してほしい、自分で考えて工夫してやってみることで、できないことが
できるようになることを伝えたい、そんなふうに思っていると、うまくいかないこと
はその子にとって、大切な体験だなあ、それを親がうばってはいけないなあ、と思う
ようになっていきました。


2006年12月29日 セルフラーニングとは何か

(前号からの続き)

第一章 セルフラーニングとは何か

「セルフラーニング」とは何か。
明治時代に義務教育が始まり、一斉授業方式の学校制度が取り入れられました。そし
て、戦後の高度経済成長の社会、効率主義。競争社会、学歴社会の中の受験戦争。そ
して、現代社会において、さまざまなひずみがあちこちで起っているにもかかわら
ず、何か打開策のようなものが見つかっていないと感じられる。
そんな今の世の中において「セルフラーニング」という視点は、なにか混迷している
社会のしくみが変化するキーワードなのではないか、と感じているのです。そんな
「セルフラーニング」とは何か。

「セルフラーニング」という言葉を始めて提唱されたのは、教育研究家、セルフラー
ニング研究所の平井雷太氏。平井氏の著書『セルフラーニング・どの子にも学力がつ
く』では、「セルフラーニング」を次のように説明されています。

「教師に頼らず、子ども自身が自分からすすんで、自分の手を使って学習することに
よって、本当の力が身についていくことに気がついたときから、私の教材開発は、完
全自学自習(これを以下、セルフラーニングと呼びます)を可能にする教材の完成を
めざすようになっていったのでした」

教え込む教育から、身につける教育へ。教師中心から、学習者中心へ。依存から自立
へ。やらされる教育から、自分からすすんで学ぶ教育へ。外発的動機から内発的動機
へ。そんな風に変化していくことで、指導者と学習者の関係も、上意下達的な関係か
ら、双方向の関係へと変化していきます。「セルフラーニング」が実現することで、
人と人の関係性も変わっていくのです。親子の関係、上司と部下の関係、医者と患者
の関係、夫婦の関係、組織内での人間関係、ひいては国と国との関係など、あらゆる
人間関係に応用することが可能です。

●内発的動機とは、「進化しよう」とする生命のエネルギー

それでは、「セルフラーニング」が可能となるための「内発的動機」とはなんでしょ
う。それは「やりたい」とか「やりたくない」とか、そんな「気持ち」のことでしょ
うか。

数年前、宇宙飛行士の毛利衛さんのお話を聞きました。毛利さんが次のように話され
たことが、今でも心の奥に響いています。

「地球生命全体の中で自分を考える教育が必要だと思います。生命のもと(ゲノム)
が解
明され、生命はすべてつながっていることが科学的に証明されました。そのことを学
ぶことで、自分が存在していることに、足が震える思いがします。そして、個の挑戦
と、全体はつながっていることも感じます。たとえば、人間が生きていくためには
『喜び』『うれしさ』が必要ですが、人間がどんなときに喜びを感じるかというと、
新しいことに挑戦して『できた!』という瞬間、そして、だれかが『できた!』とい
う瞬間に関わったとき。人のDNAの中には、種を繁栄させていくことが喜びになる
ような細胞がインプットされているのです。人が何かに挑戦する姿は他の人の共感を
呼びます。たとえば、イチローが最多安打記録を打ちたてた瞬間には、日本だけでな
く、世界中の人が喜び、勇気や希望を感じました。だからといって、みんながイチ
ローのようになる必要はなく、自分ができる範囲で何ができるかに、常に挑戦してい
くそのことが、全体への貢献へとつながっていくのです」。

「内発的動機」とは、「進化しよう」とする生命のエネルギーとでも言えばいいので
しょうか。「セルフラーニング」とは「人類が進化しようとする営み」であると私は
とらえたいと思います。ただ、そのことが理屈としてはわかっていても、それを実際
の生活の中で、どのように実現していくのか、そこに落としていくのが意外と難し
い。わかっていること、知っていることと、できることには大きな壁があるのです。
そこで、その「セルフラーニング」を具体的に体験する方法として、「らくだ教材」
があるのです(「らくだ教材」については第6章で詳しくお話しする予定です)。算
数、数学、国語、英語を使って、セルフラーニングを体験することで、その学び方
は、人生のさまざまな局面で応用できるようになります。「らくだ教材」によるセル
フラーニングでは、結果として学力がつくのはもちろん、「学習セラピー」のような
効果があり、大人の方もずいぶんと学習を体験されています。具体的な反応として、
次のような声をよく聞きます。
「最近、カベにぶつかった時、あまり落ち込まなくなりました。何かをクリアした、
そのカベが見えるだけ成長した、ということのように思えてきたからです」
これは通信で「らくだ教材」を学んでいるMさん(30代)の感想です。少し前に自
分の活動の上でうまくいかないことがあったとか。でも、そのときにただ落ち込むの
ではなくて、「次にいくためのステップ、だから今この状況で何をやるか」というこ
とを考えたとのこと。らくだ教材には、一枚一枚のプリントに課題があって、それを
クリアすると、次の少し難しい課題に挑戦していくようになっています。毎日プリン
トにむかうと決めることで、セルフラーニングのスパイラルの中に入り、できないこ
とにむかう力をつけていきます。そんな体験を積み重ねていくと、難しいことにぶつ
かる、ということは、自分がすすんでいる証拠、やり続けていさえすれば必ず次にい
ける、という確信がもてるのです。だから安心して、できない状況を受け入れること
ができるようになっていきます。実際、私自身も何度も体験した感覚です。

その「セルフラーニング」が可能になる方法の大枠は、次のようなものです。

(次号に続く)

「すくーるふたば」の冬休みは12月30日(土)〜1月3日(水)までです。
よろしくお願いします。みなさま、よいお年を!


2006年11月16日 「やりたいこと」リストベスト10!

「少し早めに退職したんです。これからは、自分のやりたいことをおもいっきりやり
たいなあ」
と話すのは50代のAさん。そういえば先日読んだ本に『人生の100のリスト』という
のがありました。自分のやりたいことをただ、ただ100個書いた、そんな本でし
た。「ファッションモデルとつきあう」「1000冊の本を読む」「イルカと泳ぐ」
「結婚する」「氷河のオンザロックを飲む」…なんていう調子で、著書、ロバート・
ハリスさんのやりたいことリストが100あげてあるのです。私には関係ない、と思い
つつも、なんだか読んでいるだけでワクワクしてくる感じ。

そんなことを思い出して、「今日は最初に、これからやりたいことを10個書き出し
てみて、それをもとに自己紹介をしてみませんか?」
そんな提案をしてみたら、みなさんのってくれて、まずは「やりたいこと」を10個
書くことから、今日の「地域の茶の間」はスタート。

それぞれが「やりたいこと」について話す時間は、なんだか心がほかほかするよう
な、そんな活気のある時間でした。
「船で世界一周のクルージングにいく」
「ダンスを始める」
「着物を着る」
「ペンションを持つ」
「高級料亭にいく」
「英語を勉強する」
「SMAPのコンサートにいく」
「ジャズを習う」

そんなことから「人が気軽に集まれる家を建てる」「地域を活性化させる」「社会を
よくする」なんていうものまで…。

紙に書いてみることで、自分の中に混沌とあったものが、よりイメージしやすくなる
感覚があります。5個くらいまではすらすら書けても、6個めくらいからは「うー
ん、何があるかなあ」と悩みだし、でもそのあとに思わぬ項目がでてきたりする。あ
る方は10個目に「親と仲良くする」なんていう項目がでてきたりして…。

「大恋愛」なんて書いている方もいました。「惚れる」っていうのはすごいエネル
ギーです。人生の中で、とことん惚れ込む、ということができるのは幸せな気がしま
す。それは実在の人であってもなくても、人であってもなくても、そんな惚れ込むも
のがたくさんある人は(相手が惚れてくれるかどうかは別として)なんだかいいな
あ、と思ってしまいます。

ほかには「家のガラクタを整理する」「庭を綺麗に片づける」なんていうのもありま
した。そんなこと、今すぐすればいいじゃない、っていうようなことなんですが、そ
れがなかなかできずに保留されていることがけっこうあるもの。でも、こんなところ
から行動を起こしてみることで、何か流れが変わったりするのかもしれません。

でもみなさん、よくこれだけ書けるものです。そのエネルギーがすごい。人の「欲
望」って、意外と「生きる力」だったりするのかも。先日読んだ、精神科医、斎藤学
さんの本のなかに「どんな治療よりも患者さんによく効くのは、その人のやりたいこ
とがみつかり、それにむかって行動し始めることなんです」というようなことが書か
れていました。それが実現するかしないか、ということではなく、それに向っている
かどうか、ということが重要だとか。

「自分」という今与えられている環境の中で「やりたいこと」をいかに感じていける
か。それはただ頭だけで考えることではなく、何か行動し始め、体験のなかで体で感
じ、見つけていくものなのではないか。でも「やりたいこと」を始めて、それを続け
ていく中では、きっと「やりたくないこと」もやってくるでしょう。そんなスリリン
グな体験をみんなで共有していきながら、応援しあいながら、この地域で楽しくくら
していけたらうれしいなあ。


2006年11月16日 「やりたいこと」リストベスト10!

「少し早めに退職したんです。これからは、自分のやりたいことをおもいっきりやり
たいなあ」
と話すのは50代のAさん。そういえば先日読んだ本に『人生の100のリスト』という
のがありました。自分のやりたいことをただ、ただ100個書いた、そんな本でし
た。「ファッションモデルとつきあう」「1000冊の本を読む」「イルカと泳ぐ」
「結婚する」「氷河のオンザロックを飲む」…なんていう調子で、著書、ロバート・
ハリスさんのやりたいことリストが100あげてあるのです。私には関係ない、と思い
つつも、なんだか読んでいるだけでワクワクしてくる感じ。

そんなことを思い出して、「今日は最初に、これからやりたいことを10個書き出し
てみて、それをもとに自己紹介をしてみませんか?」
そんな提案をしてみたら、みなさんのってくれて、まずは「やりたいこと」を10個
書くことから、今日の「地域の茶の間」はスタート。

それぞれが「やりたいこと」について話す時間は、なんだか心がほかほかするよう
な、そんな活気のある時間でした。
「船で世界一周のクルージングにいく」
「ダンスを始める」
「着物を着る」
「ペンションを持つ」
「高級料亭にいく」
「英語を勉強する」
「SMAPのコンサートにいく」
「ジャズを習う」

そんなことから「人が気軽に集まれる家を建てる」「地域を活性化させる」「社会を
よくする」なんていうものまで…。

紙に書いてみることで、自分の中に混沌とあったものが、よりイメージしやすくなる
感覚があります。5個くらいまではすらすら書けても、6個めくらいからは「うー
ん、何があるかなあ」と悩みだし、でもそのあとに思わぬ項目がでてきたりする。あ
る方は10個目に「親と仲良くする」なんていう項目がでてきたりして…。

「大恋愛」なんて書いている方もいました。「惚れる」っていうのはすごいエネル
ギーです。人生の中で、とことん惚れ込む、ということができるのは幸せな気がしま
す。それは実在の人であってもなくても、人であってもなくても、そんな惚れ込むも
のがたくさんある人は(相手が惚れてくれるかどうかは別として)なんだかいいな
あ、と思ってしまいます。

ほかには「家のガラクタを整理する」「庭を綺麗に片づける」なんていうのもありま
した。そんなこと、今すぐすればいいじゃない、っていうようなことなんですが、そ
れがなかなかできずに保留されていることがけっこうあるもの。でも、こんなところ
から行動を起こしてみることで、何か流れが変わったりするのかもしれません。

でもみなさん、よくこれだけ書けるものです。そのエネルギーがすごい。人の「欲
望」って、意外と「生きる力」だったりするのかも。先日読んだ、精神科医、斎藤学
さんの本のなかに「どんな治療よりも患者さんによく効くのは、その人のやりたいこ
とがみつかり、それにむかって行動し始めることなんです」というようなことが書か
れていました。それが実現するかしないか、ということではなく、それに向っている
かどうか、ということが重要だとか。

「自分」という今与えられている環境の中で「やりたいこと」をいかに感じていける
か。それはただ頭だけで考えることではなく、何か行動し始め、体験のなかで体で感
じ、見つけていくものなのではないか。でも「やりたいこと」を始めて、それを続け
ていく中では、きっと「やりたくないこと」もやってくるでしょう。そんなスリリン
グな体験をみんなで共有していきながら、応援しあいながら、この地域で楽しくくら
していけたらうれしいなあ。


2006年10月16日 男性性というやっかいなもの

―男の子の子育てと、夫とのつきあい方―

キンモクセイの香りが窓から流れ込んできます。裏のお宮さんからは、秋祭りの笛の
音も。10月の「ほっとミーティング」は、大人が8人(初参加の方が3名)、子どもが
6人(1歳から4歳)。毎回決まったプログラムはありませんが、その時、その場で
起ったことを大切に、1回1回の場が一期一会の時間です。
さて、今回は何が起るのだろう。今日の話題の中心になったのは「男性性」というこ
とでした。子どもが小さいころの夫はちょうど働き盛り。これから足場を築いて成長
している真っ最中。仕事でがんばっている夫を応援したいのはやまやまなんだけど、
妻は子育てを一人で抱え込んでしまい、いっぱいいっぱいの状態。一生懸命夫のこと
も考えて接しているのに夫は知らん顔。娘はかわいがっても妻の存在を忘れていない
? その反対に、子育てに夢中な奥さんに、夫はさびしい思いをしている?
男の人って、とにかく「男性性」というものを常に確認していないと生きていけない
生きモノらしい。「オレは男だ!」って、どこかで常に言っていたい。そうでない
と、社会の荒波のなかでおぼれてしまいそうな危機感があるとか(これは男性の友人
から聞いた話です)。その「男性性」というものを確認するには、どうしても「女
性」という存在が必要なのだそうです。女性に「素敵!」と言ってもらうか「こいつ
は俺がいないと生きていけない、しかたないなあ」と女性の上に立つか、そうやっ
て、自分の男性性を確認するらしい。女性は子どもを産んでしまえばそんなこと確認
しなくても「女性」であり、子どものあるなしに関わらず、生理は毎月やってくる。
いやでも女性であることを確認しつつ生きている。
男の子が成長し、男性性を確立していくプロセスでは、冒険をしたり、危ないことや
ちょっとイケナイことをするスリルを味わうことが必要なようです。そして、父親と
対決して、父親を乗り越えていくことも大切らしい。先日読んだ、村上春樹の小説
『海辺のカフカ』も、そんな少年の成長過程が描かれていました。旅をする、父を殺
す、女性に抱かれる、そんなメタファーを通して…。男の子がやんちゃをするのをい
ちいち口出しして、女性がイメージするおりこうさんな子ども像に押し込めてしまう
のは危険かも。
「トイレのふたはちゃんとしめて!」「ぺットボトルからちゃんとコップに入れてお
茶を飲んでよ」そんな小さなことから「子どもといっしょに遊んで」「もっと私をほ
めて」など、男性と暮らす生活は気になることいっぱい。ついつい要求する言葉が増
え、それが相手を責める言葉に変わってしまいがち。
今日のやりとりを通していろいろと考えてしまいました。「男の人ってけっこう大変
なんだなあ」「男性性っていうやつを、うそでも(?)認めてあげないと男は生きて
いけないんだなあ」「たとえ自分のほうがすごくても(?)、『あなたはすごい
ね』って言えることで、結構気持ちよく暮らせたりするのかなあ」
これを読んで、男性の方、気分を悪くしたらゴメンナサイ。でも、妻たちも、夫とい
い関係でいたい、仲良く暮らしたい、子どもといっしょに楽しい家庭を築きたい、と
思っているのです。今日夫が帰ってきたら「お疲れさま〜」と笑顔で迎えてビールで
もついでみようかな。


2006年10月13日 新しい時代のうねりのなかにいる、新しい「らくだ」と出会う

東京で、初めて「らくだメソッド指導者のつどい」が開かれた。会場は、上野公園、
不忍池のほとりにある、森鴎外の住居をそのまま残した「舞姫の間」。少し遅れて到
着し、部屋に入ると、平井さんが話を始められたところだった。

久しぶりにお会いする面々、また、新しく指導者になられてはじめてお会いする方も
何人か。あたりを見回して、自分の場所を確保し、一息つくと、平井さんから「社員
の雇用を契約にした」という言葉が耳にはいってきた。1年ごとの契約。つまり、セ
ルフラーニング研究所の社員さんも、指導者と同じ契約関係になるわけだ。おたがい
に、言われたことをするだけの仕事の仕方ではなくて、自分の仕事をどう作っていく
のか、それはその人次第である。同じ一つの大きな何かに向って山を登っていく、登
り方は精一杯、その人らしい方法で。

久しぶりにお会いする平井さんは穏やかな口調で話される。一昨年の5月に倒れてか
ら、「らくだ」をやめようか、と思ったこと。続けていく上でも、これまでやってい
たことをやるのかどうか、指導者養成はどうするのか、考現学は?…と、お先真っ暗
な時期が続いたとか。その間、セルフラーニング研究所の様子がよく見えなかった
り、「らくだはこれからどうなるの?」という不安も指導者たちの間でも(もちろ
ん、私の中でも)あったのだと思う。その間のいきさつを、順番に丁寧に話していか
れた。

セルフラーニング研究所の改革の話の次は、考現学。現在は数名の方に赤入れをして
もらいながら考現学を書いておられる。それがもとになって、「月刊誌クオンタム
リープ」「らくだメソッドテキスト」「すくーるらくだ通信」の3種類の冊子が毎月
発行される。考現学はそのまま1週間毎に冊子になる、そんな書き方を自ら実践され
ている。伝えたい柱をもっていれば、自分が書ける書けないに関わらず、人に赤入れ
を頼み、必要な情報をキャッチし、通信はできていく。

そして、藤田悟さん(教育サポーター)との出会いから始まったカンボジアでの学習
支援。海外でもらくだ教材を使って成果があがることを実感。その後、地域で動くこ
とを始めた平井さんが藤原和博校長(民間から公立中学の校長に抜擢される)の和田
中学に足を運び、カンボジアでの話をきっかけに「ドテラ」(土曜寺子屋・土曜日の
放課後学習の場)でのらくだ教材導入が決まったこと。そこで、自主性にまかせると
やらない生徒を前に、「2時間目の最初にはかならず『らくだ』をやる」という枠の
設定が決まる。ボランティアの学生たちとの共通理解も生まれていく。そんな、初め
て「らくだ教材」を扱う人たちのらくだ指導とそこから生まれた「らくだ学習進行
表」。そこで見えてきたのは、一人一人の進歩に加えて、集団全体の成長、らくだ教
材、らくだ学習記録表の威力。「これらのツールがそろえばらくだ教材の指導には、
養成講座はいらない」という発見。そして「らくだメソッド」の誕生。その実績を
もっての2回目のカンボジア訪問となった。ここでも「集団でらくだ教材を使える」
「どの子も切り捨てることはない」ということが実証される。

それは、今、高いニーズのある放課後学習、基礎学力の定着、学力格差をなくす方法
として、時代の流れの後押しもあり、生まれるべくして生まれた、そんなこの1年ほ
どの流れだったように感じられた。「らくだ」は今、新しい大きなうねりの中にい
る。

その流れの中で、私の教室も変化しつつある。岡山では、「親も子も育つ子育て支援
の必要性」という流れのなかに、らくだの教室の存在価値が生まれているように思
う。「らくだ教材」は子育てのツールとして。教室は、子育て支援の場として。

向っているものは何か。だれも切り捨てない社会。そして、できないことにぶつかっ
たときに「よかったね」と言える人がいる場を作ること。

平井さんの話のあと、午後は元公文役員の国澤健紀さんを囲んでの時間があった。
「指導者には聴く力が必要。大切なのはセルフラーニング」と話す国澤さんには、
「らくだ」と「公文」の接点を感じたが、やはり決定的に違う部分もあきらかになっ
た。「できる」を積み重ねた上に、さらに「できる」がくるという「公文」。これは
公文に限らず、これまでの右肩上がりの社会の常識だろう。「らくだ」は「できな
い」を受け入れることからうまれる自覚、内発的動機、良くなろうとする一人一人の
力、そこから始まると考える。だれも切り捨てない社会の実現には、この視点が欠か
せない。それが「らくだメソッド」であり、そのことで教育観が変わる、関わる人が
育つ。

そんなシステムがこの暗闇の1年間のなかで、そして、時代の流れの中で、生まれて
いったのだ。紙面からの情報だけでは感じられなかった体温のようなものを、この1
日を通して感じることになった。


すくーるふたば