2006年10月13日 新しい時代のうねりのなかにいる、新しい「らくだ」と出会う
東京で、初めて「らくだメソッド指導者のつどい」が開かれた。会場は、上野公園、
不忍池のほとりにある、森鴎外の住居をそのまま残した「舞姫の間」。少し遅れて到
着し、部屋に入ると、平井さんが話を始められたところだった。
久しぶりにお会いする面々、また、新しく指導者になられてはじめてお会いする方も
何人か。あたりを見回して、自分の場所を確保し、一息つくと、平井さんから「社員
の雇用を契約にした」という言葉が耳にはいってきた。1年ごとの契約。つまり、セ
ルフラーニング研究所の社員さんも、指導者と同じ契約関係になるわけだ。おたがい
に、言われたことをするだけの仕事の仕方ではなくて、自分の仕事をどう作っていく
のか、それはその人次第である。同じ一つの大きな何かに向って山を登っていく、登
り方は精一杯、その人らしい方法で。
久しぶりにお会いする平井さんは穏やかな口調で話される。一昨年の5月に倒れてか
ら、「らくだ」をやめようか、と思ったこと。続けていく上でも、これまでやってい
たことをやるのかどうか、指導者養成はどうするのか、考現学は?…と、お先真っ暗
な時期が続いたとか。その間、セルフラーニング研究所の様子がよく見えなかった
り、「らくだはこれからどうなるの?」という不安も指導者たちの間でも(もちろ
ん、私の中でも)あったのだと思う。その間のいきさつを、順番に丁寧に話していか
れた。
セルフラーニング研究所の改革の話の次は、考現学。現在は数名の方に赤入れをして
もらいながら考現学を書いておられる。それがもとになって、「月刊誌クオンタム
リープ」「らくだメソッドテキスト」「すくーるらくだ通信」の3種類の冊子が毎月
発行される。考現学はそのまま1週間毎に冊子になる、そんな書き方を自ら実践され
ている。伝えたい柱をもっていれば、自分が書ける書けないに関わらず、人に赤入れ
を頼み、必要な情報をキャッチし、通信はできていく。
そして、藤田悟さん(教育サポーター)との出会いから始まったカンボジアでの学習
支援。海外でもらくだ教材を使って成果があがることを実感。その後、地域で動くこ
とを始めた平井さんが藤原和博校長(民間から公立中学の校長に抜擢される)の和田
中学に足を運び、カンボジアでの話をきっかけに「ドテラ」(土曜寺子屋・土曜日の
放課後学習の場)でのらくだ教材導入が決まったこと。そこで、自主性にまかせると
やらない生徒を前に、「2時間目の最初にはかならず『らくだ』をやる」という枠の
設定が決まる。ボランティアの学生たちとの共通理解も生まれていく。そんな、初め
て「らくだ教材」を扱う人たちのらくだ指導とそこから生まれた「らくだ学習進行
表」。そこで見えてきたのは、一人一人の進歩に加えて、集団全体の成長、らくだ教
材、らくだ学習記録表の威力。「これらのツールがそろえばらくだ教材の指導には、
養成講座はいらない」という発見。そして「らくだメソッド」の誕生。その実績を
もっての2回目のカンボジア訪問となった。ここでも「集団でらくだ教材を使える」
「どの子も切り捨てることはない」ということが実証される。
それは、今、高いニーズのある放課後学習、基礎学力の定着、学力格差をなくす方法
として、時代の流れの後押しもあり、生まれるべくして生まれた、そんなこの1年ほ
どの流れだったように感じられた。「らくだ」は今、新しい大きなうねりの中にい
る。
その流れの中で、私の教室も変化しつつある。岡山では、「親も子も育つ子育て支援
の必要性」という流れのなかに、らくだの教室の存在価値が生まれているように思
う。「らくだ教材」は子育てのツールとして。教室は、子育て支援の場として。
向っているものは何か。だれも切り捨てない社会。そして、できないことにぶつかっ
たときに「よかったね」と言える人がいる場を作ること。
平井さんの話のあと、午後は元公文役員の国澤健紀さんを囲んでの時間があった。
「指導者には聴く力が必要。大切なのはセルフラーニング」と話す国澤さんには、
「らくだ」と「公文」の接点を感じたが、やはり決定的に違う部分もあきらかになっ
た。「できる」を積み重ねた上に、さらに「できる」がくるという「公文」。これは
公文に限らず、これまでの右肩上がりの社会の常識だろう。「らくだ」は「できな
い」を受け入れることからうまれる自覚、内発的動機、良くなろうとする一人一人の
力、そこから始まると考える。だれも切り捨てない社会の実現には、この視点が欠か
せない。それが「らくだメソッド」であり、そのことで教育観が変わる、関わる人が
育つ。
そんなシステムがこの暗闇の1年間のなかで、そして、時代の流れの中で、生まれて
いったのだ。紙面からの情報だけでは感じられなかった体温のようなものを、この1
日を通して感じることになった。
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