激走!日本一周そのJ

ここまで来ると、ゴールは見えてきた。残りは島根県だが、自分の中では出雲大社を最終ゴールとしていた。出雲大社は神無月(10月)に、全国から神様が集まってくると言われている大国主命を祭る非常に由緒のある神社である。全国にはこの月には神が居なくなるので神無月となるわけだ。天照大神を祭る伊勢神宮と比べても優劣つけがたいほどの場所である。日本人である俺の旅行の最終地点として最もふさわしいと考えたのだ(別に右翼ではないが)!

実は、前職の会社の友人と出雲大社で待ち合わせをしている。その日にあわせて頑張ってきたのだ。かなり忙しかったが、間に合う状況が整ってきた。あとは、明日、明後日の2日間で残り300Km強を走る。雨は未だに降っている。このまま降り続けると厳しい展開が予想される。しかし、この旅行に入ってから自転車乗っている時は半日しか雨が降っていない。走るときは、天気予報をくつがえして雨が止む。屋久島について話すと3日間晴れなんて相当ラッキーと良くいわれる。屋久島は雨が多いので俺が3日間で体験するぐらいを一週間かけるのが普通らしい。俺には遊びの神がついているに違いない!

「何だか明日も晴れてしまうような気がするな〜。」

だって、かなりの晴れ男だから(というより脳天気?)!

下関では駅そばの安宿に素泊まりで泊まった。何故かヤクザの人が多い。風呂に入ると刺青の人がたくさん居た。気にせずそのまま入り、疲れを取ってから風呂を出て服を着る。Tシャツを着たところで、またヤクザが何人も入ってくる。目が合う。するといきなり・・・、

「失礼しま〜す!失礼しま〜す!!」

何だか分からないけど、誰かと勘違いしているようだ。確かに俺は見た目貧弱ではない。異常に黒いし、ヒゲがチャームポイントである!取りあえず「はい!はい!」と手を振りながら脱衣所から出て行った。ヤクザに間違えられたのは、はじめてである。

「まあいいか!」

部屋に戻ると、「サービスです」と書いてある紙とともに料理がおいてあった。素泊まりなのに料理を出してくれたのだ。宿の人にはただの自転車乗った貧乏人としか見られてないようである。ヤクザと貧乏人。人は見方によってぜんぜん違う。でも、違いすぎないか〜〜?

明朝はきっと早いので宿の人には挨拶できないだろう。食事を取り、宿の人にお礼の手紙を書く。

「おいしかったです。どうもありがとうございました。」

常に誰かが応援してくれている。全く知らない人までも・・・。明日も頑張るっきゃないな!!

翌朝、少し寒いが晴れていた。さすが、超晴れ男!出発だ!

山口県は俺にとっては、どちらかというと長州のイメージが強い。幕末の英雄が多い長州は是非立ち寄りたい。長州の中心地萩に行けば、何らかの観光が出来るだろう。その時間を作るために、走り始めた。

今日はどこまで走るかは全く決めていない。明日で終わるので少しでも明日を楽にする程度といった考えがあるぐらいだ。萩までは約110Kmぐらいだと思われる。今までのペースで行き、午前中に到着して、昼食食べるのがベストだろう。

それにしても、良い天気である。昨日の雨が空気を澄んだものにしているようだ。海の色に深みを感じる。西表島から走り続けているが、本州でありながら一番海が綺麗に見える。コースが海岸線沿いを走り続けることもあり、非常に快適だ!また、車も殆ど走っていない。

DSC00807.jpg

「あと一日で出雲大社か」昨日までは、時刻表と戦いながらの移動に最終地点が全く見えていなかった。到着日前日に走り始めてから実感がわいてきた。

「この2日間自転車で走ると言うことを意識しながら大事に走ろう。」

暫くすると、山道に入る。地図にも(アップダウンが激しい)と書いてある。登りは確かに厳しいのだが、この旅行ではどんどんマイナスの感情は出なくなっていた。

いつもなら、「俺何してんだよ〜?」「こんなことしてどうなるんだ?」と、考えが巡って来たものだ。

それでも、走り終わると達成感と心地よい充実感が体を包む。正に生きているという事を実感している。車で軽く行く旅行では、いつも地名から何から忘れてしまうが、自転車で走ったところは、その日の天候からコンディションまで覚えている。刻まれるものが違うのだ。また、歩いて行く旅行も同様である。

「やはり、人力はすばらしい!」

確かめながら走っているうちに、萩に到着した。なんだか整備されていて凄く綺麗な町。丁度、昼だ!前回の200Kmのペースを越える速度で走っている。ひとまず、食事を取りながら萩の観光マップを見る。

DSC00801.jpg

行きたい場所は数あれど、全部観光していたら、明日出雲に着かなくなってしまう。いろいろ考えたが松下村塾に絞ることにした。松下村塾は吉田松陰が師事した塾であり、ここから高杉晋作・久坂玄端・桂小五郎(木戸孝允)・伊藤博文などを輩出している。こんな地方でこれだけ多くの日本を動かす人材が出ている事は驚く他は無い。

自転車で少し走ると簡単に発見できた。表側は「松蔭神社」となっており、その中にあるらしい。鳥居をくぐり中に入ると、すぐにあった。

DSC00802.jpg

「こんなに小さいのか?」

しかし、ここ勉強して幕末の日本を動かしていたと思うと、非常に感激した。

松陰は塾生に「君は何のために学問をするのかね」と尋ねる。塾生は「どうも本が読めませんので、よく読めるようになりたいのです」と答えた。すると松陰は「学者になるのではないのだよ。人は学んだことをどう実行するかが大切なんだよ」とさとす。塾での勉強は、ただ物事を知ったり、理屈を言うのではなく、何事も実行していくことの大切さを学べせた。

このようなやりとりには、俺自身大きく影響を受けたものだ。彼らの本に影響されて学生時代ひとりで海外旅行に行ったと言っても過言ではない。実行が無ければ学問は何もならないという考え。良く「ああしたい、こうしたい」と何年も前から言い続けている人が居るが、いつまでも実行に移さないのは、考えないのと一緒なのだ。彼はペリー来航の報をえて浦賀に行き、黒船を眼前に幕藩体制の矛盾と幕府の短命を予見し、海外渡航の志を立てる。当時長崎来泊中のロシア艦に乗り込もうとした。失敗に終わるが本当にすごい行動力であり冒険家であった。当時はUFOに乗るぐらい大変なことだったと思う。

高杉晋作の事は語りだしたらキリが無いので止めておく。このホームページ上でも良く出てくる文言「面白くなき世を面白く」は、現在も通用する彼の名言である。

正に今の自分には最も必要なものである。実行力の大切さを再確認させてもらうには、本当に良い時期に萩に来たものだ。そして、つまらないのが当たり前の世の中を、如何に面白く生きるかが人生大事なのだ。

うだうだ言っていると先に進まないにで、この辺で次へ。

「萩の次はどこなんだろう?良く分からないけど、ひたすら出雲に向かっていこう!」

暫く走ると、やたらとトンネルが続く。前述のとおり自転車のライトが壊れているため。トンネルによっては全く視界が無くなる。足元が見えずに走るのがこんなに怖いものかと思い知らされた。まるで空中を浮いているように感じる。

自転車走行ではトンネルが一番緊張する。トンネルは道の端を当然走るわけだが、あまり綺麗に整備されていないところがある。つまり、泥や事故の後の車の部品、ひどい時には木の板など、いろいろな物が落ちている。本当に危ない。毎回それらで足元がふらつかないように緊張して走る。トラックが近づいてるときに、もしふらふらしたら?もし転んだら?もし運転手が居眠り運転してたら?・・。など考えながらそうならないように走る。服装を明るく派手にするのも目立つようにするためである。本当に命がけだ。当然後ろを向いたり出来ない。何が落ちているか分からないのだ。

トンネル内で走っていると、トラックが後ろから来るときは恐怖である。トンネル内でこだまするエンジン音がどんどん大きくなり近づいてくる。どれぐらいで通り過ぎるかを振り向いて確認できない。本当に怖い。いつも大声で「助けてくれ〜!」と叫んでいるのはいうまでも無い。こわ〜!

トンネルは「○○隊道」と言う風に書いてあるところが多い。これは、隊道はトンネルを意味するのだが、「たいどう」では無く「ずいどう」なのだ。昭和40年ごろまで作られていたトンネルは隊道と呼ぶ。

また、うだうだしてしまった〜。

いくつかトンネル緊張しながら抜けていると、いつの間にか島根県の表示が・・・。

「え〜!あっけないな〜!」

060427_1613~0001.jpg

あんまり良く地図見ていなかったら、島根県には届いてしまったのだ。

「47都道府県制覇だ!」

気を取り直してこの栄誉をひとり喜んだ。別に誰も褒めてくれるわけではないが、これは自分の中での勲章である。本当に良く頑張ったな!正に自分で自分を褒めてしまう。明日は県をまたぐ事にはならないが、本当のゴールは出雲大社である。更に走る。休むと気づくのだが、体力は異常に消耗していた。もう170Kmを越えている。もうこの辺でいいだろう。益田の駅に向かった。明日は130Km前後でつく。頑張って行けば出雲大社の観光も可能だ!明日はついにゴールだ!

本日178Km走行。合計869Km。

icon2099.gificon2097.gificon2098.gif