初めてこの「街の灯」という作品を読んだ時、こころの琴線に触れるような、気恥ずかしいシーンに何度かぶつかりました。それはこころの内を覗かれたような気持ちでもありました。主人公の考えや思いが、自分のそれと同調すると言えばいいでしょうか。ただそれが、主人公の気持ちがよくわかって嬉しいというのではなく、他人には知られたくない部分を覗かれたような、面はゆい気がしたのです。

この作品の主人公は、見ず知らずの少年が不幸な境遇にあることを知って、自分の手で庇護してやる覚悟があるのかと自問します。この心情にどのくらいのひとが同意できるかわかりませんが、僕はまったく同じことを考えるだろう人間でした。困っている者、しかもそれが弱き者であればあるほど、そういった思いは強くなります。知人であるとか、他人であるとかの別なく、そうなのです。

ところで芹沢文学には個人主義という側面があります。他人を認め、相手の人生を尊重する。それは即ち、いたずらに他人の人生に関わり合うことを戒めるものでもあります。ただこの物語の場合は、対象が子供であるから、主人公や僕のように、それを庇護しようと考えるのはその主義に反しないでしょう。子供を立派に成人まで育て上げることは世の全ての大人の務めですから。

この子供、夏雄にはひとりの姉、はつ子がいます。はつ子もまた不幸な境遇にあって、主人公は彼女をも守りたいという気持ちが、次第に愛に変わっていきます。この感情にも同意しますが、それは純粋な愛とは言えないかもしれません。その理由は2人の関係が対等ではないからです。愛とはお互いがお互いを尊敬し、その存在が相手を高めることができるような、そんな関係が望ましいのではないでしょうか。

それを暗示するかのように、はつ子に更なる不幸が訪れます。その不幸は、物語の中盤にはもう見え隠れしていて、そうならなければいいと願っている読者の期待を裏切って、当然のように訪れるのです。はつ子は不幸な自分のために迷惑をかけられないと、主人公の元を去って物語は終わります。そうです。世の道理とはそんなもので、やはり純粋でない愛は実らないのです。

この作品を読んでいる間、読者である僕は主人公にもはつ子にもなりました。そのどちらにも共感して、読み終えた後、物語の続きを描くのです。その物語では、はつ子が店のお客である医師から適切な治療の指示を受け、長い闘病生活の末に病を克服し、仕事も昼の仕事に変えて、夏雄に、そして主人公に会いに行っていいか迷っているのです。

しかし別れてからもう5年の月日が流れています。主人公にはすでに奥さんがいるのかもしれない。それに挨拶もせずに、夏雄を押しつけるようにして黙って去ってしまった自分が、今更どの顔を下げて会いに行けるというのか。会いになど行けるはずがない。そう淋しく考えながら職場のある銀座の街を歩いているのです。

その時、目の前のデパートから主人公と夏雄が出てくるではありませんか。はつ子は目を疑いましたが、確かにあの人と夏雄です。夏雄はあの人と変わらないくらい背も高くなって、楽しそうに話している姿はまるで本当の兄弟のようです。手には紙袋を提げていますが、大学に受かったお祝いに主人公からのプレゼントの手提げ鞄が入っていました。

夏雄は姉が行方知れずになってからも主人公の庇護の元で勉強を続け、高校では特待生として奨学金が出るほどに努力し、今年、晴れて東京大学に合格したのでした。
「お姉さんがここにいたら、どんなに喜んでくれるだろうな」と主人公が言うのに、
「ええ。本当に・・・どこかで元気にやっているといいけれど」と夏雄は淋しい笑顔を返しました。
「やっているさ」と主人公が肩を叩いた先で、夏雄の表情が見る見る晴れやかに変わるのです。

二人は涙に濡れたはつ子が、横断歩道の手前で立ち尽くしているのに気がついたのでした。そして信号が変わるのも待ちきれないように「姉ちゃん!」と夏雄が駆け寄るのです――。


これは余談ですが、はつ子が主人公に手紙を書き終えて、わがまことが誤解されないようにと祈る場面があります。実は僕もよくそうすることがあります。手紙というのは、こちらがどんなに深い想いを持って言葉を綴っても、受け手は千差万別にその内容を読みとるものですから、細心の思慮を持って書いて尚、文章の一字一句を見直して何度も筆を入れ、それでも最後は祈らずにはいられない。そんなはつ子の想いにこころから共感したものでした。

このエンディングを甘いと笑われる読者もあるかもしれません。ですが、長い不幸があったからこそ、それを乗り越えて努力した者には、最後には希望の光が差してほしい。そんな願いを込めてみました。みなさんは、どんな想いを持って芹沢文学を読まれていらっしゃるでしょうか。機会がございましたら、当サイトにも投稿をお寄せください。

――最後までお読みいただき、ありがとうございました――

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