/// 鉄輪と丑の刻参り  ///  (02/06/10)

 鉄輪(かなわ)とは昔、火鉢の中に置いた五徳のことで、鉄の輪に
三本の足を付けたものです。ヤカンなどを乗せて湯を湧かす為の
ものですが、この鉄輪を逆さまにしてその足にロウソクを結びつけ、
火をつけたそれを頭に乗せ、白装束、髪を振り乱し、白化粧、濃い口紅、
口には櫛をくわえ、胸には鏡を提げ、丑の刻に貴船神社に参り杉の
大木に添えた藁人形に五寸釘を打ち込み呪う…

これが今に伝わる丑の刻参りの姿ですが、この原型は「宇治の橋姫」
伝説にまで遡るようです。宇治の橋姫は悪阻(つわり)に苦しんでいた
ので、夫に「七尋(ひろ)のワカメを海で獲ってきて下さい」と頼みます。
しかし、海に出かけた夫は美しい龍神に囚われてしまいます。

会うことも叶わなくなった橋姫は憎い龍神を呪うことを考え、
その頃、心願成就で知られた貴船に参詣し「私を鬼に変身させてほしい、
そして憎い龍神を呪いたい」と祈願すると、貴船の神は「髪を松ヤニで
固め角を作り、その先に火を灯し、鉄輪を被って、三本の松明を持ち、
宇治川に二十二日間浸りなさい」とお告げがあり、そのお告げの通り
一心不乱に宇治川に浸った橋姫は鬼になったと伝わります。

この伝説が最初に登場するのは「屋代本平家物語」、いわゆる学校で
習う表の平家物語に対する裏の平家物語です。
地主神社に残る五寸釘の跡
この物語は室町時代になると謡曲「鉄輪」と
して登場します。
下京に住む男が後妻を迎えたことを妬み、
先妻は後妻に対しての呪いを考え、貴船に
参詣し、「赤い布を裁ち切り身にまとい、
顔には朱を塗り、頭には鉄輪を乗せ、ロウソク
を灯せば鬼となる」と橋姫伝説と同じような
神のお告げを受けます。
一方の下京の男は先妻の鬼と化した悪夢に
悩まされ、安倍晴明の元を訪ねます。晴明は
人形(かたしろ)をもって祈祷を続け、鉄輪の
女と対決し、やがて晴明の呪術が勝り、鬼は
消え失せます。こんな話が謡曲「鉄輪」では
語られます。
謡曲「鉄輪跡」の碑
橋姫伝説、謡曲「鉄輪」、どちらも多少、
部分的な違いはあるにせよ、基本スタンスは
変わらない話のようです。

橋姫伝説においては、「橋姫」は元来は
水辺、特に橋の守り神とされます。宇治には
橋姫神社がありますが、今は少し宇治橋から
離れてはいますが、元々は宇治橋のたもとに
あったと云います。
また宇治橋に限らず古来の橋には橋を守る
一角、祠が設けられたりしていたようです。
その昔ではその橋姫を鬼と化し何かを伝え
ようとしたものでしょうか。
一方の謡曲「鉄輪」は安倍晴明伝説を作り
上げる過程で、橋姫伝説に目を付けて、
ちょっと話をお借りしたってところでしょうか。

ここまでで気付かれたでしょうか、藁人形を
五寸釘で打ち込むって話は登場しないのです。
この五寸釘の話が登場するのは時代も経て
世の中が文化としても成熟してくる江戸時代
の話です。
今も守られる鉄輪の井戸
今では全てが混同され貴船神社と丑の刻参りが
結びつけられたりしますが、その発端が貴船の
神に心願成就のご利益が備わっていたことと
森も深い神秘的な貴船と云う地がそうさせたの
でしょうね。

ちなみに五寸釘が打ち込まれた跡は縁結びで
有名な地主神社にも残ります。傍らには
「おかげ明神」と云う小さな祠があり、
一願成就、ひとつだけ必ず願いがかなう神様が
祀られています。
その祠の背後には「いのり杉」、「のろい杉」
とも云われる杉があり、無数の丑の刻参りの
五寸釘の痕跡が残ります。

また、下京区の鍛冶屋町には鉄輪の女が住んで
いた所と伝わる場所があり、今はお稲荷さんと
一説には鉄輪の女が身投げしたとも伝わる
鉄輪の井戸が残っています。
このため「縁切り井戸」と云われることも
あったりします。昔は鉄輪を埋めた鉄輪塚も
残っていたそうです。今では江戸時代までの
地名は鉄輪町、でも縁切りにまつわることを
嫌って地名は鍛治屋町になり、縁結びの
お稲荷さんが祀られることになりました。
何処も縁切りと縁結びは表裏一体のようです。

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