道北を、二十数年撮影していた私にとって
長い間、サハリンは目の前に有りながら垣間みることのできない土地でした。
しかし、ソ連崩壊後サハリンは稚内から渡航可能となり
私にとって一番身近で興味のある国になったようです。
私が初めてサハリンに渡った時は、ロシアの物不足の映像がテレビに
流れるのも珍しいことでは無かった頃ではないかと思います。
稚内からは、大量の卵が私の乗った船に積み込まれていました。
そんな時物が剰っている国から物不足の国に行くことの不安が
チョット頭をよぎった物でした。
しかし、サハリンに着きロシア人の親しみやすい素朴な姿、物は無くとも
自然の恵みとともに生きる人々の姿を見ると、私の不安は一瞬に消えサハリンの人々が
羨ましくも思えたものでした。
そして、私は人間としての存在感が溢れ出るサハリンの人々の生きる姿に
魅力を感じそのその姿を撮影していました。
フォトコンテスト 2001年7月号 [サハリンに生きる]松井久幸