青い空、透き通ったマリンブルーの海、白くたなびく雲、のんびりとした空気を運ぶ風の姿。ノースロップ島はまさしく南国の島という風情で僕を出迎えてくれた。
着陸した南部重工の専用機から降り立ちグルリと周りを眺める。
この風景に不似合いな管制塔や滑走路が目に入らなければ、まさしくリゾート地の風景だ。
ふと、こんな所にユキを連れてきたら、喜ぶだろうな。なんて思いも頭によぎる。
そういえば、彼女は買い物や近場には行きたがるけど、こんな島に行きたいなんてねだってきたことは無かったっけ。
まぁ、もっともお互いそんな時間取れないからかもしれないが・・・。
足を止めたまま辺りの景色を目を細めて眺めていると、同行してきた岡沢が声を掛けてきた。
「いい所でしょう。古代さん。」
「ええ。とても綺麗な島ですね。テスト飛行が楽しみですよ。」
「そう言っていただけると助かります。どうも我が社のパイロットは根性が無くって。」
「・・・・根性ですか?」
言葉尻が、ふと気になって問い返すと、大きく頷く岡沢の姿があった。
・・・必要なのは根性よりも、技術力だろう?
またしても、妙な予感が頭を掠めた。
そんな僕の様子を気にもしないで、彼は僕を宿舎へと案内していった。
そこはまるで一流のリゾートホテルのような宿舎だった。
流石、天下の南部重工というべきだろうか。
思わず脳裏にかの御曹司の顔が浮かんで苦笑せずにいられない。
僕に、とあてがわれた海の見渡せる広々とした部屋で、つい先程手渡された資料に目を通していた。
開け放した窓から、心地のいい風が吹き込んでくるのを感じながら、一つ一つに丁寧に目を通す。
期間は今日を入れて12日間。
明日早朝から開発機の説明を受け、その後からテスト開始だという。
しかし、資料に目を通しながら僕は不審をますます感じずにはいられない。
資料を見る限り新型機CT−Vのテストはほぼ終了していると見て間違いがないのだ。
ざっと目を通しただけでテストパイロット達の技量の確かさが伺える。
決してさっき彼が言っていたような根性が無いなんていうレベルじゃない。皆、かなりの腕前じゃないか。
それだけに、目的がわからなくて僕は憮然としてしまう。
やっぱり、もうちょっとしつこく兄貴に食い下がるべきだったかもしれない。
読み終えた資料を、机の上に放り出し僕はゴロンとベッドの上に転がった。
しかもこのノースロップ島にいる間は、外部には連絡できないと通告された。
兵器開発をしているのだから当然といえばそうなのかもしれないが・・。
自然と今朝別れた時のユキの顔が脳裏に思い浮かべてしまう。
「ユキ、なにしてるかな・・・・。」
風にカーテンが揺らぎ、大きく採られた窓から陽が差し込んできていた。
のどかな風景が僕の目の前に広がっていた。なんてことない島の1日目だった。
新型機CT―Vのテスト開始から3日目。
何事も無くスケジュールは進んでいたのだが、
―――-それは突然起きた。
僕はCT−Vに搭乗して、計画通りのドッグファイトを演じていた。
僕の操縦するCT−V対南部重工のテストパイロット達が操縦するコスモタイガー5機という内容だった。
まだ乗りなれない、しかもクセのある機体に流石に手こずってしまったが、何とか5機全てにペイント弾を打ち込み、さぁ引き上げるかと思った時だった。
いきなり後頭部をガツンと殴られたような衝撃を受け一瞬目の前が暗くなった。
スロットルを握る手から力が抜けていく。
身体異常を察知したアラームがコクピット内に響き渡る。
その音で僕は気が付き、慌てて体制を整えた。もう少しで・・・失速する所だった。
冷や汗が全身から噴き出していく。
「一体・・・なんだったんだ。」
だが、異常はそれで収まらなかった。
目の前に漆黒の闇がゆっくりと広がり始めた。
――――ここは何処だろう。なんだか見覚えがあるけれど・・・・。
何処からか微かな泣き声が聞こえてくる。細い細い女の泣き声。
神経を引っ掻いていく不快な泣き声だ。それが僕にねっとりとまとわりついてくる
グルリと周りを見渡す。そこは・・・・宇宙空間そのものの光景が広がっていた。
そして思い出す。この宇宙空間は・・・イスカンダル消滅後に帰還する時通った、あの忌まわしいサイレンの魔女の棲む宙域じゃないか。
愛する妻を失った傷心の兄貴が捕らわれたサイレンの魔女の声。
そして、救助に向かった僕をも執拗に絡めとろうとしたあの忌まわしい声。
「そんな馬鹿な・・・・」
目を見開きレーダーを確認する。完全にぶれてしまっているレーダーには何の影も映らない。
僕は地球にいた筈なのに、何故あの時に戻ってしまっているんだ。
訳がわからない。それでも自分に冷静になれと、言い聞かす。こんな馬鹿なことがあってたまるものか。
――――あの時の絶望に支配された気分など、二度と味わいたくは無い。絶対に。
僕は、スロットルを力一杯握り締めた。
――-だが、そう願う僕の願いは一蹴された。
次々と苦くて辛い思い出が、自分の目の前にホログラフィのように映しだされていく。
両親が遊星爆弾に追われ、そして爆死する様。
ヤマトが滅ぼしてしまったガミラス星の無残な光景。
地球を目前にして逝った、尊敬する沖田艦長の顔。
僕を助けるためにコスモクリーナーの前で倒れていた、青白い雪の顔。
白色彗星を前にして、アンドロメダと共に散って行った土方艦長の無念の顔。
最終決戦の中で、次々に傷つき倒れ、死んでいった戦友達の顔と、テレサの顔。
爆発四散する楽園というべきだったイスカンダルと、気高い女王だったスターシャの顔。
あの時と一緒だ・・・・。何もかもが・・・・。
忘れることは許さない、と僕を責め続ける思い出達の姿だ。
生々しい記憶と、滴る血の臭いがまとわりついて離れない。
僕を取り巻く、悲しい思い出達に飲み込まれそうになった時、不意にユキの顔が浮かんだ。
そして、声も。
押しつぶされそうな気持ちの中で、あの時のユキのアドバイスを思い出した。
あの時、彼女は自分が辛い中、必死に立ち向かい僕を助けてくれたんだ。
霞みかける頭の中に、ユキとの思い出を思い浮かべる努力を僕は続けた。
永遠と思える長い時間の中を・・・・・。
ガンッ、再びあの頭を殴られた様な衝撃が訪れた。
ハッとして、まわりを見回すと、僕はCT−Vに乗り込んだまま島の上空を旋回していた。
いつの間にか自動操縦に切り替わっている。
「今のは・・・なんだ?」
夢ではない、その証拠に僕の頭はガンガンと音をたてているし、体中から油汗が噴き出している。
身体が小刻みに震えてしょうがない。
それでも気を取り直して腕時計を確認すると、時間は10分程度しか経ってはいないかった。
その時になって、通信機が何か言っているのに初めて気づいた。
まだ震えが残っている指先で、スイッチをいれ応答する。
「古代さん、大丈夫ですか?? 応答して下さい!」
岡沢の声だ。
「・・大丈夫です、今から着陸します。」
僕の応答に、あからさまに喜ぶ声が通信機から聞こえてくる。
滑走路に着陸した機体から、僕はしばらく降りることが出来なかった。
疲れ果て、そしてまだ頭の中に残る思い出の残照達が僕を解放してはくれなかったのだ。
「あれは何だったんですか。」
僕は、まだ頭痛が治まらない頭を抱えながら、ソファへと身体を沈めた。
周りには、岡沢を始めパイロット達や整備士達が取り囲む。皆、気まずそうな顔をしている。
まるで誰が説明するのかを押し付けあっている風だった。
いらついた僕は思わず声を荒げてしまった。
「説明できないのか!!」
それに気押されたのだろう、岡沢がオズオズといったように切り出した。
「説明は、はっきりできないんです。ただ、ここにいるパイロット達全てがなんらかの異常を体験しています。ただ、全員が違ったものを見たようですが。」
「ちがうもの???」
じゃあ僕の見たものとはちがうのか。
パイロット達はそれぞれの体験を僕に説明し始めた。
ある者は、学生だった頃の辛い体験。
また、ある者は防衛軍にいた頃の辛苦の体験。等々。
ただ、共通することは本人にとって辛い体験の再現であり、しかもあの開発機CT−Vに乗っている時だけにあの現象が起きてしまうこと。幸いにして犠牲者は出ていないが、それに順ずるような事故は起きているという。
「可能性として、ここのパイロット達に何か共通することがあってそれが引き起こされている可能性も捨て切れなかったものですから、先任参謀に依頼して防衛軍の方を派遣してもらったのです。」
言いたくは無かった、という態度の僕の前に立つ岡沢の目を見据える。
僕は呆れて言葉を失っていた。道理で変な話だと思ったんだ。
「今日で、その可能性は否定されましたが・・・。」
言葉に謝罪を混じり合わせながらつぶやく彼を僕は凝視し続けた。
「先任参謀は承知していたという訳ですか。」
あのバカ兄貴の奴、何が仕事半分、遊び半分だ、僕が事故ったらどうする気だったんだ。
呟いた僕に向かって消え入りそうな声で
「古代さんの実力なら大丈夫だ、と仰っしゃっていましたが。」
僕の怒りが声に滲み出ていたのだろう、少し後ずさりしながら言い訳を口にする。
「身体の異常を感じたときには、すぐに自動操縦に移行する装置は装備しておきましたので事故にはならないよう配慮はしておきましたが。」
「何が配慮だ!!」
我慢できずに、僕は怒鳴ってしまう。全く冗談じゃない。
テストだっていうから引き受けたのであって、誰が好き好んであんな精神攻撃なんて受けたいものか。
思わず、僕は立ち上がり彼に詰め寄ろうとした、だが、まだあの衝撃が残っているのか、頭が酷く痛んだ。
「つぅ・・・。」
こめかみを押さえながら、再び座り込んだ僕に向かって
「と、とにかく、今日はもうお休みください。詳しいことは明日またお話しますので。」
取り繕っているのがありありとわかる。
治まらない痛みと、怒りが残るが、身体のほうが僕に自由を許してはくれなかった。
あてがわれた部屋に戻り、明かりもつけずにベッドに大の字になって天井を睨む。
収まらない怒りが、沸々と湧き上がってしょうがない、言い換えれば怒りの感情がないと、あの光景を思い出してしまいそうになるからとも言えるが・・・。
外部と連絡が取れないのが、もどかしい。
連絡さえ出来れば、兄貴に文句の一つも言えるし、ユキの顔を見て安心できるだろうに。
もっとも事故りそうになったなんて、彼女には口が裂けても言えないけれど。
「・・・やっぱりユキの言うことを聞いとけばよかったかな。」
一人きりだと、ついつい愚痴がでてしまう。
僕はベッドの上に胡坐を組んで座りなおす。
しかし、何故だ?何故あんなことが起きるんだ。
不思議な現象が起こるのは、バミューダトライアングル等の報告もあるしすべてを否定できるものではない。
しかし、この海域での報告なんて聞いたことは無い。
ベッドに座り込んだまま、開け放したカーテン越しに暮れゆく風景を見やった。
あんなことが自分自身に起こったとは思えないほど、穏やかな南の島の光景が広がっている。
夕暮れに近い陽の光が、波を彩っているのが美しい。
そんな穏やかな風景に引きずられて、ふと、このまま日本へ戻ってやろうか、なんて考えが頭をよぎった。
けど、僕は慌ててその考えを否定した。
やっぱり、冗談じゃない。このままやられたままで引き下がれるものか。
こんなことで逃げ帰ったら、ヤマト乗組員として失格じゃないか。
頭を2、3度強く振り、頭痛がなくなったのを確認して僕は勢いよく立ち上がった。
岡沢の所在を尋ねると、彼は開発研究室に居るという。
僕は、これから行く旨を伝えると早足でそこへ向かった。
厳重に警備管理された廊下を歩き、チェックゲートをいくつも潜って僕は研究開発室へと訪れた。
ドアが開いた途端に、そこにいた者達全員の視線が集中する。
「古代さん。」
声を掛けられたほうに顔を向けると、困惑しきった岡沢の顔があった。
僕がここまで尋ねてきた理由がわからないのだろう。
「申し訳ないのですが、これまでの詳細データをすべて見せて頂きたいんです。
口頭説明だけでは納得出来かねますので。」
ますます、困惑の色が深くなる。まさか、僕があんな説明だけで納得したと思っていたのだろうか?
「しかし・・・・。」
「自分には聞く権利があると思いますが。」
じっと見据える僕の視線に耐えかねたのか、彼の方が視線をそらす。
「岡沢さん。」
もう一度、呼びかける。内心、余りイライラさせてくれるなと思いつつ。
「判りました。お見せします。」
しばらくの沈黙の後、彼は溜め息交じりに答えた。そして、視線のみで僕を誘った。
開発研究室の一角にしつらえられたコンソールに腰掛けてモニターをじっと凝視する。
横には、岡沢が立ち僕を見下ろしている。
僕は頷き、先を促した。
モニターに、次々とデータが現れ消えていく・・・・。
何時間それを見続けたのだろうか。ふと気がつくと既に時間は翌日となっていた。
一通りのデータを確認した僕は、益々わからなくなっていた。
見せられた中で、納得できることなど何ひとつ無かったのだ。わずかな共通項でもあればと思ったのだが、先刻の説明と同様何も共通項など無い。
しかも、先程の口頭説明ではなかったが、この島上空のポイントだけではなく、日本の専用施設や、その他のポイントでも同じような現象が起きたらしい。
このノースロップ島は、いわば最終確認地点という位置づけになっていた。
・・・つまり、共通項はあの開発機に乗っているということだけだった。
機体が、この不可思議な現象を引き起こすなんて、僕にはどうしても信じられないけど。
真田さんがここにいてくれれば、きっと的確なアドバイスなり答なりを導いてくれるのに、と考えずにいられない。
長時間酷使し続けた目が辛くて瞼を閉じて、その上に手のひらを乗せた。
それでも、閉じた瞼に今まで見ていたモニターの残像がチラチラと浮かび上がってしまう。
ふと、コーヒーの香りが漂い、そちらを振り向いた。
「お疲れでしょう。一休みして下さい。」
トレイに載せたままのコーヒーを差し出している岡沢の姿がそこにあった。
「・・・ありがとうございます。」
そのまま受け取りながら、礼を言う。
それを受けて、ニコリと笑いながら彼もコーヒーを手に傍のイスに腰掛けた。
そのまま二人とも黙ったままだった。
しかし、口火を切ったのは彼のほうだった。
「迷惑をおかけしてしまって、申訳ありません。」
「・・・・岡沢さんは、どう考えてらっしゃったんですか。」
「私は研究者ですから、パイロット達の感覚よりも目に見えるデータを重視していました。だから正直な話、パイロット達に問題があるんだと・・・思っていました。」
データ重視か、道理で妙な発言をしていると、思ったんだ。
「今は、どうです?」
「・・・・理解できない、というのが正直な感想ですね。あと一歩の所までこぎ着けた機体ですが、この計画の中止を進言したほうがいいとも今は考えています。」
「あのCT−Vは、すばらしい機体だと思います、ですが原因究明できない限り危険だ、としか僕にも言えませんね。」
僕の脳裏に、あの時の情景が浮かび上がる。それだけで胸が締め付けられる感覚が甦る。
唇をかみ締めたまま、うつむいた僕の様子に、ますます彼は恐縮したようだった。
「古代さんも、辛いことを思い出されたんですね。」
彼はその内容を今後の為にも聞き出したかったのだろうが、僕はそれには答えなかった。
何も言いたくなかったのだ。
「そろそろ終りにしませんか?・・・決定は朝になると思いますが、おそらく、これからの予定はすべて白紙になると思います。古代さんは待機していてもらえますか?」
僕はゆっくりと、彼の顔を見つめた。
どんな顔をしていいのやら見当もつかなかったのだが、やはり納得できない思いがむくむくと込み上げる。
こういう諦めの悪い所が僕の悪い癖だ。
「・・・もう一度、あの機体に乗り込ませてください。」
あまりにも意外な発言だったのだろう、彼があんぐりと口をあけて僕を見ていた。
そして次第に顔つきが厳しく変わっていく。
「正気ですか?」
ようやく、といった風情でかすれた問いをしてきた。
「僕はしつこい性質なんです。原因がわかる可能性があるのなら、もう一度やってみる価値はあると思います。」
「今日はうまく自動操縦に切り替わりましたが、今度は原因究明どころか、本当に墜落するかもしれないんですよ。」
「・・・許可を取ってください。」
静かに要求する僕の態度に呆気に取られたらしく、しばらく彼からの返答は無かった。
だが、彼も研究者だ、精魂込めた機体のテストが原因不明のまま中止というのは納得できないところがあったのだろう。腕組みをしながら難しい顔をして考え込んでいたが、
「・・・・一応、やってみます。しかし期待はしないでください。」
硬い表情のまま彼はそう言った。
僕はニコリと笑って、すっかり冷めたコーヒーを一息に飲み干した。
緊張しきった声が通信機から流れている。
僕は再びCT−Vに乗り込んでいた。南部重工側では様々な問題があったようだが、後1回だけ、という条件でフライトが許可された。
と、いうよりも彼がもぎ取った最後のチャンスと言うべきかも知れないが。
今回のフライトは、昨日のドッグファイト形式ではなく運動性能テストの形で行われることとなった。
(仕方ないか、昨日の今日で事故られたりしたら、たまらないだろうからなぁ。)
心の中で他人事のように嘯きながら振り向くと、遠くから僕の乗り込んだCT−Vを見守り続けるパイロット達と整備員達が見える。
乗り込む前は、皆一様に止めた方がいい、なんて言って僕を止めようとしていたけれど。
彼らにとって、この機体はすっかり縁起の悪いものとされてしまったようだ。
こいつのせいじゃないだろうに・・・・、心の中で溜め息を一つ吐き、僕は遠巻きに見守る彼らに敬礼をし、滑走路へと機体を向けた。
今日も、昨日と同様に南国特有の透通った青空が広がっていた。
ふと僕はここへ来る前に司令本部のカフェテリアから見た空を思い出した。
そして、あの時の島とのやり取りまでもが、鮮明に思い出されてしまった。
――-俺達を信用しろよ。――――−
「・・・・信用ならしてるさ。」
ボソリと口に出し、僕はやたらとお節介で愛すべき仲間達の姿を思い出した。
そんなことを考えているうちに、CT―Vは昨日のあのポイントへと着実に近づいていく。
覚悟を決めているとはいえ僕の背中に、冷たい汗が流れるのが感じられる。
通信機からも、緊張に張り詰めた声が響き渡る。
「気をつけてください。古代さん。」と。
「了解。」
短く答えた後、僕は前方を凝視した。
いつ何が起こるのか予想がつかないのだから、僕の緊張も最高潮を迎えていた。
「テストを開始します。」
予定のポイントに到着すると、僕は早速打ち合わせ通りのプログラムを開始する。
心の中でユキの笑顔を忘れるな、とつぶやきながら。
そして、それはまたしても突然やってきた。
昨日と同じ衝撃を受け、ねっとりとした空気が僕を包みだした。
しかし、昨日とは違う。
あの細くて不快な女の泣き声は一緒だけれど、僕が今いる空間は昨日の様な宇宙空間ではなかった。宇宙の暗い闇の空間とは対象的な薄ぼんやりとした白くて何もない世界だった。
そこを、ゆっくりとした今にも停止しそうな速度で僕は飛んでいた。
こんな所を僕は知らない・・・・・。
何故かぼんやりとしてきた頭の中でそうつぶやいていた。
白いだけだった世界の一角が、うっすらとわかるくらいの人の形をかたどり始めていた。
顔も何もわからなかったけど、少し長めの髪と纏っている白い衣服だけがやけに印象深い。
「だれだ・・・。」
不快な空気はまだ僕を包んでいる。そして、あの影が僕に好意的ではないのは直感でわかってしまう。
ひょっとして、アレは死神なのだろうか?ふとそう思った時にそれは聞こえた。
( 裁かれるべきなのはお前だ。 )
前方の白い影の指先は、間違いなく僕を指し示していた。
( 罪深いのはお前だ。 )
心のど真ん中が射抜かれたように激しく痛んだ。
僕の今までの愚かな行いを真正面から非難されたような気がして体と心が震えた。
(お前はなんの価値もない卑しい存在だ。)
グルグルと鋭く尖った言葉が僕を襲い続ける。ふと目に入った両腕はどす黒い血の色に染まり、その血は生き物のように蠢き、僕の体をゆっくりと包んでいく。
僕は耳を塞ぎ、眼をきつく閉じて叫ぶしかなかった。「やめろぉっ!!」
・・・・・そして、僕の記憶はそこで途絶えた。
僕はその空間に、抵抗らしい抵抗をすることもできずに、飲み込まれてしまったのだ。
僕が目覚めたのは、あの時から既に半日が経った時間だった。
あの時、僕の異常を感じた為、今回も自動操縦に切り替わり管制塔の誘導電波でCT−Vはかろうじて着陸したのだという。
そして僕の目が覚める前に、当然この計画はとりあえず中止という決定が出されたそうだ。
―――そう、僕が駄目押しをしてしまったのだ。
目覚めた僕を見舞った岡沢は、残念です。と少し笑って言葉短にそれを伝えた。
無念そうな表情の彼に僕は掛けるべき言葉が見つからずただ、頭を下げただけだった。
格納庫に収容されたCT−Vは丁寧に磨き上げられ、鈍い光を放っていた。最後の餞として、整備員達が磨き上げたのだろう。
僕は、そっとその機体に手を添えた。重量感のある手ごたえが伝わってくる。
確かにクセはあったけれど、とてもいい機体だったのに、こんなわけもわからない理由でお蔵入りにされるなんて、こいつが可哀想だった。
大空を飛んでこその飛行機なのに、こいつはもう二度と飛ぶことは無いのかもしれない。
二度も痛い目にあってしまったが、僕にはこの機体が原因の一部かもしれない、なんてことは今も考えられなかった。
きっと原因は他にあるはずなのに、僕は突き止めるどころか、こいつに引導を渡してしまった。だから・・・・申し訳なかった。
「ごめんな・・・。」
僕は機体をもう一度撫でながらつぶやいて格納庫を後にした。
島を離陸する飛行機の小さな窓辺に寄りかかりながら、僕はずっと考えていた。
1度目は記憶にある事柄だった。すべて僕の中に罪や傷として留められている事柄ばかりだった、だから辛かった。
だけど、2度目は余りにも抽象的過ぎた。
僕を責めたあの影が誰なのか、色々と思い悩むのだか結局わからない。
ただ、抽象的といっても自分に向けられたあの憎しみの矢は間違いなく僕を射抜き、気持ちを落とし込んでいた。
意識して自分の感情に蓋をし、耳を塞いでいた事柄が、目の前に突きつけられてどうにも離れてくれなかった。
僕は誰 何のために生まれ
僕は何故 生きてる。
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