漂流事故における事業者責任とダイバーの自己防衛について


以下はあくまでも個人的な意見です。


 平成14年、ダイビングが盛んな某地域で行なわれたファンダイビングで、インストラクターが客を見失った事故がありました。見失われた客のダイバーは漂流し、死亡しました。
 今年早々、そのときのインストラクターが、業務上過失致死罪容疑で書類送検されました。
 事故当時も書類送検の時も新聞数紙で報道されていることから、この事件は多くの方々がご存知のことと思います。
 ここであらためてプロとしてのインストラクターの責任について考えてみます。

 事件は、某県のダイビングショップが販売したダイビングツアー中に起きました。
 ツアーは、インストラクターが1名で、客が5名で行なわれました。
 この日は西風が強く、ダイビングスポットを管理する会社が注意報を出していました。
 しかし、インストラクターはこのリスク(インストラクターと客の人数比こそが決定的に危険な比率だと考えられます)を無視してダイビングを行うことを決定しました。
 この時点でインストラクターは、危険な人数比を解消することも、注意報をうけてツアーを中止する権利も持っていましたので、この時、決行を決定したインストラクターは、その結果に対しての事業者責任があることになります。
 
 なお、事業者(インストラクター)が客に対して自己責任を問う場合、以下の具体的かつ詳細な説明の、中身のある実施(やったとか、言ったとかいうだけではダメ。客に「覚悟」をもって承認してもらうこと)が不可欠です。

 この場合に行なうべきだったことを考えてみます。

@注意報が出ていることを明確に説明する。
A「あなた方が死亡する可能性がある」「事故が発生すれば、助かってもつらく長い治療や、場合によっては後遺障害を背負って生きることになる可能性がある」ということを、予想される事故の内容とその場合の最悪の結果を具体的事例を用いて説明する。
B事故発生の時、このダイビングスポットでの救急対応能力の状況の説明とその際に考えられるリスクについて説明する。
C事故が起きた場合の損害に対する保険の支払い条件とその内容、そして後遺障害が残った際の補償の有無やその額についてなどの詳細な説明を行なう。
Dこれまでの自分(インストラクター)のダイビング経験と、予想される事故に対する自分の対応能力についての説明を行い、自分の能力でどこまで対応できるかについても説明を行なう。
Eその上で辞退するかどうかを確認し、もし行ないたい客がいたなら一人に限定して事故の覚悟を要請し、その上でダイビングを実行するか否かを決定してもらう。
F以上が十分な満足を得られるものでない場合にはダイビングの中止を告げる。

 このような対応を行なうことは、客の命に係る商売をする以上、当然のことですし、また業者が危険回避のために十分な事前に準備をしないと行なえないことです。
 なお、ダイビング業界で使われている免責同意書(その他、業者の免責を求める文書)は、消費者契約法によってまず無効(違法文書)となりますし、消費者契約法施行以前の裁判でも「公序良俗に反して無効」となっています。
 つまりこのような文書を使用すること、また使用させようとする側は、違法行為を行なっているか、あるいは公序良俗に反して事業を行なっている可能性があります。

 話を事故のときに戻します。事故は次のような状況で発生しました。
 事故者(Cカード保持者・・・しかし技能的には初心者)は、インストラクター等5名とともにツアーに参加していました。
 当日の海上の天候は晴れで、西風が強く、波の高い状態でした。
 ダイビングポイントを管理するセンターでは風波注意報を出していました。
 このような中、インストラクターはこの日1本目のダイビングを行ないました。
 そのとき海面を漂流する客もいました。
 しかしインストラクターはそれでも午後に2本目のダイビングを行ないました。
 その2本目にガイドロープに沿って浮上を行なっている途中に、ツアー客の1人が海面に浮上したため、その対応をしている間(この間他の4名は事実上放置されたことになる)に事故者を見失いました。
 やがて事故者が意識を失って漂流していたところは発見されましたが、結局死亡となりました。死因は水死でした。

 捜査機関は、インストラクターが、事故が起きる前に漂流事故を防ぐための安全措置を講ずることなく、また、安全確保が困難な状況と承知しながら2回目のダイビングを行ったことを送致理由としました。

 この事例で最も重要な問題は、1名のインストラクターが5名もの客を扱っていたことです。
 これは危険なことです。
 実際にこの事故も、一人の客のトラブルに対応していたときに、残りの4名に対する注意義務がゼロとなったことによって起きています。
 どんなに自分が”できる”インストラクターだと思っていても、またどんな指導団体が「一人のインストラクターは●●人までガイドできます」などと決めても、人間には限界があるのです。この事故の場合には、このインストラクターが認定された指導団体の基準が1対2人以上であれば間違っていることになり、本来はこのような基準を作って、またこのような基準に問題があることが理解できないインストラクターの養成(認定)しかできない指導団体にこそ根本的責任があると考えるのが常識だと考えられます。
 5名も客がいる場合は、その対応のために、最低でもプロとして2000本以上の経験を持ち、常時プロとして活動しているスタッフをあと4名用意することは、商品(ツアー)の安全性を高めるために最低限必要なことです。(命がかかっている側の消費者には当然のことです)
 また、そもそもこのような天候下でダイビングを行なう決定を行なった(繰り替えしますが、ツアーとしてのダイビングを中止するかどうかは、このインストラクターが決定権をもっていたのです)ことに、プロとしての責任があると考えるのは当然のことです。そして特に忘れてはならない根本的な責任は、明らかに物理的に安全確保措置が取れない状況において、また注意報が出されている状況下でダイビングを決行する判断をするという人をインストラクターと”認定”した指導団体にこそある可能性です。

 例えばこのような状況下で、注意報を無視してもダイビングをやりたいという客がいたとしたならば、インストラクターはツアー契約を解除し、その客も自分でタンクを手配するなどして行なえばいいのであり、そうすれば当然ながらそのダイビングの結果は客の自己責任であると言えるのではないかと考えます。

 話を戻します。
 この捜査機関では、この送致理由を「安全措置を講ずることなく」としていました。
 この場合の安全措置とはどのようなことと考えるべきでしょうか。それは先に書いたように、あと4名の、最低限2000本程度の経験を有するインストラクターをつけるということではないでしょうか。この天候下でダイビングを決行して利益を上げようとするならば、消費者の視点と立場から見れば当然のことと考えます。手を抜かれれば消費者には最悪「死」という結果が待ち受けている訳ですから。
 指導団体が客に書かせるように指導している(指導の法的責任もあると思うのだが)免責同意書を何枚書かせても、安全措置を講じていたかどうかの「事実」は、特に民事裁判では重要なことだと思います。

 ところで昨年もいくつも発生した漂流事故ですが、客を漂流させて恐怖を感じさせた場合には、業者はその客から訴えられて、裁判で負ける可能性があります。
 実際に、講習生を漂流させてことによる「恐怖」に対して損害賠償が認められています。ダイビング商品を購入した客には少なくとも訴える権利はあります。(多くの人が訴えることで、業界は初めて自分たちが訴えられるような手抜きをしていることを知ることになるのでしょうか?)
 では業者が訴えられないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。あるいは訴えられた場合に、少しでも責任が免ぜられるようにできるのでしょうか。それは当然、安全のための措置を、「事実」として講じていたか否かによります。
 漂流の端緒で、それを事故にするかどうかは、漂流者をいかにすばやく発見するかにかかっています。一般的には、フロートや海面着色剤、ダイブホーンなどが有効とダイビング雑誌などにありますが、それでも漂流事故は数多く起っています。
 つまりいかに事故になる前に防ぐ(つまり見失ってもすぐ発見して収容する)かの対策こそが必要なのです。
 それは業者側(インストラクターやガイドなど)にとっても、消費者(体験・講習生・一般ダイバー)にとっても等しく重要です。

 このホームページでは、以前、漂流事故対策のためにレーダー波に反応する携帯可能な丸いボールとその有効性を紹介しました。(※漂流事故防止用レーダー派反射試験(実験)報告参照
 その実験を行なった会社がレーダー波を反射するフロートを開発しました。(つまり漂流していてもレーダーで発見できるフロート=今までのフロートはレーダーでの感知はできなかった)
 私の知る限りこれは世界初で、かつ世界唯一だと思います。


   ※興亜化工ホームページ
(画像使用許可有り)

 漂流事故を防ぐために措置の「事実」として、悪天候や海面での光の反射、夜間などに有効ではない通常のフロートなどに依存してしているかどうかより、このフロートの装備は非常に重要な措置の「事実」だと思います。
 こういったフロートと、海面で使える携帯電話をセットで装備していくことは、ダイビング業者の事業者責任として間違いなく必要なものと言えるでしょう。
 一般ダイバーが、このような装備を用意していない業者を避けることは、ある意味で自己防衛とも言えるのではないかと思います。
 当然、ダイバーたちが自分たちでダイビングを行う際には、自らの責任でこの装備を用意すべきだと思います。

 漂流事故における事業者責任とダイバーの自己防衛とは、こういった「事実」にこそあるのではないかと感じます。


平成16年3月9日

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