特別付録 プロのための法的リスク解説

著者 中田 誠
編集 村上 清
発行人 落合美紗
発行所 株式会社太田出版
代表 Tel.03-3359-6262 
http://www.ohtabooks.com/

ISBN978-4-7783-1115-5
(c)Nakada Makoto,2008
本書の無断転載・複製を禁じます。

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 ここでは、これまでほとんどのインストラクターに教えられてこなかった、プロのための法的ビジネスリスクを解説します。どうかこの情報をビジネスに生かして事故の防止に努めてください。

予見

危険の予見可能性
 東京地検は平成19年12月11日、業務上過失致傷罪で、ガス渇沸かし器の事故の問題で、事故を起こした欠陥商品の製造販売会社の前社長と品質管理部畏の2人を在宅起訴しました。報道によるとその理由は、事故の情報が品質管理部長を通じて社長に伝えられていたので事故は予見できた。よって2人には安全対策を施して事故を回避する立場にあったにもかかわらずそれを行わなかったから、ということでした。こういった情報を知る立場の者は、直ちに欠陥商品を回収して事故を未然に防ぐ法的な義務があるということです。
 またA社製トラソクの欠陥による事故に関しては、報道によると、平成19年12月13日、横浜地裁がトラックの会社の元部長と元グループ長に禁固1年6月(執行猶予3年)言い渡しています。両被告の過失を認定した理由を、「A社の姿勢が欠陥を隠蔽、放置した両被告の対応に現れ、悲惨な事故を招いた」「(欠陥について)容易に予測できたのに、改善措置を取らずに漫然と放置し、事故を引き起こした責任は大きい」としていました。弁護側は事故の予見可能性はなかったとして無罪を主張しましたが、それに対して裁判所は、「被告らは「欠陥の内容について)報告を受けていたのに事故防止の注意義務を怠り、強度不足の欠陥車を交通環境の中に放置した」としました。
 これをダイピングビジネスの現在の状況で見ると、ダイビング業界は、その階層的事業構造のトップから現場のインストラクターまで、ダイビングには致死的な危険があって事故が発生し続けていることを知っているというビジネス環境にあることを思い出します。
 そうするとそこには刑事・民事双方の事秦者責任が発生する可能性があります。

刑事責任
ダイビングのリスクと察者の責任  (平成19年に鹿児島県の裁判所で申し渡された、ファンダイピング中に客のダイバー2人を死亡させた事件の判決文から)
@司法が見るスクーパダイピングのリスクとは
 「スクーパダイピングは、高圧空気を充填したタンク等の重器材を利用して水中世界を散策し、一種の非日常的な体験を楽しむという スポーツであるが、周囲に空気が存在しない、潮流、風波等の海洋条件の直接的な影響を受けやすいなどの特質上、溺死等の重大な事故発生の危険性をはらむ、いわば死と背中合わせのスポーツである」
Aガイドがなすべきこととはーその注意義務について
 「このような性質上、営利目的でファンダイピングのガイドを行う者には、ファンダイピングに参加したダイバーへの危険を回避するため、ダイバーの動静を注視する義務が謀されているというべきである」
 「(ガイドは)ダイバーに不測の事態が発生した場合には即座に適切な指示又は措置を行うことができるように、絶えずダイバーのぞぱにいてその動静を注視する義務を負うというぺきである」
B何本までの経験が初級者レペルなのかーその経験値の目安について
 「「約40ないし50本の経験本数一では初級者レベルである」(※他にも目安が記されていますが、これは本数の目安です)
C潜水計画とダイビングビジネスー1自己と他者の状況を踏まえた慎重な潜水計画の立案と、そのパックアップ計画の必要性、そして賠償能力について
 「被告人は、自己のダイビング経験を過信する余り、通常のダイバーが陥りがちな心理状態や想定される危険の内容を理解せず、その回避策・防止策や適切・安全なガイド方法、万一事故が起きた場合の救助方法等を修得することもなく、また、補償態勢を整えることもなく、漫然とスクーパダイビングのガイド秦を営むうちに、被害者両名に対して、杜撰、無謀かつ危険なガイドを行った挙句、立て続けに2人の尊い生命を奪った」

 このように、事故は油断や慢心から発生し、そしてダイバーの命を奪うことにもなるのです。「ダイビングは自己責任だから、事故に遭った側が悪い、業者は運が悪かっただけ」などと思う人がいるかもしれませんが、それが商品ダイビング中(体験・講習・ファンダイビングとして、役務商品=サービス商品として販売されたもの)での出来事であれば社会には通用しません。そのことを忘れないでください。
 なおこの事件で被告人となったガイドに言い渡された刑期は、執行猶予なしの禁固1年4ヶ月でした。この判決は確定しています。

情報の開示があってこその自己貴任
 消費者基本法や消費者契約法という法律にもあるように、商品ダイビングを購入するダイバーの安全に関わる情報は、彼らに専門知繊がなくてもわかるように、またいつでも自由に入手できる方法で開示されていなければ、その事業は、公平に正しく行っているとは言えないのです。一般ダイバーの「自己責任」とは、十分な情報開示の後にくるものです。

消費者基本法の紹介
〈第二条からの抜粋〉
 消費者の利益の擁護及び増進に関する総合的な施策(以下「消費者政策」という。)の推進は、(略)、消費者の安全が確保され、商品及び役務について消費者の自主的かつ合理的な選択の機会が確保され、消費者に対し必要な情報及び教育の機会が提供され、消費者の意見が消費者政策に反映され、並びに消費者に被害が生じた場合には適切かつ迅速に救済されることが消費者の権利であることを尊重するとともに、消費者が自らの利益の擁護及び増進のため自主的かつ合理的に行動することができるよう消費者の自立を支援することを基本として行われなければならない。
2 (略)消費者の安全の確保等に関して事業者による適正な事業活動の確保が図られるとともに、消費者の年齢その他の特性に配慮されなければならない。
(第五条から事秦者の責任についての抜粋〉
 事秦者は、(略)その供給する商品及び役務について、次に掲げる責務を有する。
 一 消費者の安全及び消費者との取引における公正を確保すること。
 二 消費者に対し必要な情報を明確かつ平易に提供すること。
 三 消費者との取引に際して、消費者の知識、経験及び財産の状況等に配慮すること。
 四 消費者との間に生じた苦情を適切かつ迅速に処理するために必要な体制の整備等に努め、当該苦情を適切に処理すること。
 五 国又は地方公共団体が実施する消費者政策に協力すること。
2 事業者は、その供給する商品及び役務に関し環境の保全に配慮するとともに、当該商品及び役務について品質等を向上させ、その事業活動に関し自らが遵守すべき基準を作成すること等により消費者の信頼を確保するよう努めなければならない。

民事責任

民事判決から見る、インストラクターの法的責任
  「インストラクターは、参加者の技術レペルに応じて、その生命、身体に対する危険を回避する措置をとるべき注意義務があり、特に水中における行動及び器材の取扱いに習熟していない初心の受講生に対して指導を行う場合においては、インストラクターは、当該受講生の動静を常に監視し、受講生に異常が生じた場合には直ちに適切な指導・介助を行うべき義務を負う」(京都地方裁判所判決 平成15年)

 この法的責任は、インストラクターが購習時に、1人で同時に複数人を相手にするとしたらまず達成できないのではないでしょうか。つまり、1人で何人もの講習生を相手にすることの不適切さと、そのビジネスリスクの高さを、この判決は物語っているのです。そしてインストラクターは、物理的に複数の講習生(受講生)に対して「受講生の動静を常に監視」するということの困難さと、「受講生に異常が生じた場合には直ちに適切な指導・介助を行う」という責任の重さをよく自覚すべきでしょう。
 私は何度か「受講生は見ているよ」という話をインストラクターから聞いたことがあります。そこで彼らが「常に監視」しているかという確認を取ると、レベル宣言されるような方を除いては、まずしている人はいませんでした。そして過去の講習時の事故事例を分析すると、これができていなかったことで事故が起きたり、さらに死亡を含む重大事故に発展していました。
 講習時の人数比は、レベル宣言にもあるように1対1が原則です。
1対1を超えるどんな人数比の基準が「指導団体」から示されても、第一義的な法的責任は現場のインストラクターが負うことになります。最近はそのインストラクターを雇用しているショップやスポーツクラブなどの責任も問われ始めてきているようです。

スクーバダイピングにおける注意義務
  「参加者との間の契約上の債務であると同時に、一定の危険を伴うダイビングツアーを営業として行い、これにより利益を得ている者として負うべき不法行為上の注意義務である」(大阪地方裁判所 平成12年判決)
 この判決は、ダイビングにおける注意義務の背景を説明したものです。
 以前、あるペテラン女性インストラクターが、「困ってるのよ。講習生やダイバーたちはあたしたちを救助員のように思ってて。自己責任なのに」というように語っていたことがありました。この方は、インストラクターとしてはべテランですが、ダイピングビジネスには向かないようです。
「自己責任」を「事業者責任」「契約履行責任」より上位にあるかのように、軽く見るような教育を受けていた方は、一刻も早くその学んだ内容を改めてください。

免責同意書の法的効果とは
  「身体及び生命に侵害が生じた場合にまで被告の責任を免除することを内容とする合意は、公序良俗に反し、無効である」 (大阪地方裁判所 平成12年判決)
 免責同意書が万能の名罪符かのように思っている方は注意してください。

ファンダイビング(ツアー)と講習を同時に行う、混載ダイビングについてのインストラクターの責任
「(メインインストラクターである丙は)ツアーの参加者及び受講生の全員に対して監視義務を負う」
 これに対して丙が、自分はツアー全体のガイドを行っていたにすぎず、事故で死亡した丁の講習担当者は、ツアー中に丁を指導していたアシスタントの乙であると主張しましたが、「丁は、被告会社とダイビングの指導及び技術の認定などの購習を内容とする契約を締結したものであって、前記の被告内の地位、技能、本件講習に関与していた程度に照らせば、上記役割分担は被告丙及び乙の内部的関係にすぎず、これをもって同被告が監視義務を免れるということはできない」(京都地方裁判所 平成15年判決)

ツアーガイドの法的責任
  「ガイドダイパーが、ダイビングを開始するに当たっては、事前にファンダイピングに参加するダイバーの能力や海況等を十分に把握し、これに応じた的確な潜水計画を策定して、その計画に沿った適切な監視態勢を採った上で必要かつ十分な監視を行い、万一異常な事態が発生し、あるいは発生の危険を予見した場合には、直ちに重大な事故の発生を回避すべく適切な措置をとるべき注意義務を負う」(東京地方裁判所 平成16年判決)

 これは、客のダイバーが経験者だから「すべて自己責任だ」とすることの無意味さを物語っています。責任は、ガイド側、潜水計画を立てた側にあるのです。
 誤ったインストラクター教育や、意図的にこの責任を教えられなかったインストラクターたちは、今すぐ、その間違いを正してビジネスを行いましょう。

旅行代理店の、履行禰助者としての注意義務
 平成16年7月30日に東京地方裁判所で出されたダイビング事故裁判の判決を読むと、消費者に対して注意義務をはたさなくてはならない権限を有するのは、ダイビングショップや現場のスタッフだけに限らず、そのショップの商品を販売し、あるいは下請けに出した旅行代理店などにも存在すると考えられます。その場合には、履行補助者としての注意義務があると考えられます。
※「履行補助者」とは、人的物的諸条件を整備する任務についている者、つまり、被用者の秦務についての管理支配権限を持った者です(最高裁判決、昭和56年)。

情報開示と観明責任
 商品スポーツ(ダイビングなど)の安全に関して、特にその商品によって、過去、消費者の安全に関わる事故があった場合にはなおさら、販売者がその事故の説明責任を果たさなかった場合には、「原因究明義務及び情報開示・説明義務違反がある」(東京地方裁判所 平成16年判決)と考えられます。
 これについて、さらに具体的な判決事例を紹介します。
 ダイビングの事故の裁判で、被告となった案者が、「朝食後、Hが経営する民宿において、本件ツアーの参加者に対し、一般的な注意事項を伝違し、本件現場付近の状況、潜水時間、ダイバーのグループ分け、エントリー位置で浮上することなどが打ち合わされた」という、現在一般的に行われているブリーフィングの内容で説明責任を果たしていると主張したのですが、裁判所はこの主張について、次のように判断をしました。
「参加者に対して被告らが主張するような説明をしていたとしても、それだけで直ちに、被告らが、参加者に対する安全を確保する義務を免れるものとはいえず」(後略、東京地方裁判所 平成16年判決)
 つまり現在一般に行われているようなブリーフィングのレペル程度では、その説明責任が果たされたとは見なされない可能性があるということです。
 インストラクターの皆さんが、「ちゃんと説明したよ」と言っても、それが各自に間違いなく徹底されていない場合には、した、とは見なされない01能性があるということです。
 これは形式的に流されてしまうブリーフィングのリスクを物語っています。


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