消費者への情報開示と事業者の社会的責任感覚の必要性


情報の隠蔽がもたらす消費者の苦難

  一般ダイバーやダイビングを習おうとする者、体験ダイバーは消費者です。インストラクターになれるという広告を信じてその講習や試験を受ける者も消費者です。そういった消費者に対して、彼らの生命身体の安全にかかわる情報、またこれらの役務商品を購入しようとする者がその購入を決断する際に必要な情報を隠蔽して行う商売は、はたして公序良俗に沿った社会的責任経営による商売と言えるでしょうか。

 ある有名な旅行会社が平成18年12月時点で店頭で配布していた、ダイビングを行うことを販売するパンフレットで紹介されていたショップは、平成15年にはダイビング中の客が意識不明となる事故が、平成17年には客がパニックとなる事故が発生し、平成18年には2度の人身事故が発生した結果2人が死亡していました。
 このような連続して発生している人身事故をすべて偶然と考えるには無理があります。百歩譲って偶然だとしても何かおかしい。つまり同じ地域で同じく商品ダイビングを販売して実行している他のショップではこのような事故が起きていないからです。これはつまり、ショップ側に業務上の責任である安全管理の不備ないしは軽視する文化、しかもその責任に無関心ないしは責任転嫁を平然と行うことができる文化が存在し、それが継続する人身事故の原因となっているから事故が続いているのだと考えるのが自然です。事実、事故の状況を見ると、安全管理のレベルは相当に低かったことが分かります。
 こういった、消費者の安全を脅かす可能性の高い事実に関する説明もないパンフレットを見た消費者は、リスクの情報を提供されないままにその購入の判断をさせられることになります。過去にこうしてこの商品を購入して事故に遭った消費者たちは、どのような苦痛と困難に直面し、遺族はどのような悲しみにくれているのでしょうか。こういった事態が起きていることを平然と無視して情報を隠蔽している商売は、明らかに消費者基本法に反する商行為ではないでしょうか。

 某年、旅行会社Aを通じて一般ダイバー甲乙が某県で行われるファンダイビング(商品ダイビング)の購入契約を行いましたが、彼らが現地ショップ丙で行わされたのは契約時の条件とは異なる、深度の深い海中洞窟でのダイビングでした。しかもサバチ洞窟事件(注参照)で最高裁が示した洞窟ダイビングを行う際の安全対策は取られず、そのために生じる、あるいは高まる危険についての事前の警告も行われませんでした。また水中でのガイドによる監視義務の履行は十分ではなく、結局甲は水中で減圧症を発症し、ガイドはそれを乙によって知らされるまで認知できませんでした。そして最終的に甲は重度の後遺障害を負うこととなっています。事故後業者丙は乙に対してこれまで事故はなかったとの説明を行いましたが、実際にはこのショップでは、その3年前にダイビング客を見失って死亡させ、翌年にはスノーケリングツアーの客の1人が流され、溺死した事故がありました。両方の事故とも、危険の予見に基づく十分な安全対策を取っていれば最悪の事態を避けられた可能性が高い事例でした。さらにこのショップは、ガイドを無免許(潜水士免許不所持。ダイビングにおけるいわゆるCカードとは、インストラクター用ですら個人でも自由に作成・発行あるいは宣言・自称できる私的な任意資格であり、潜水業務を行うための法的根拠ではない。)で業務に従事させていました。実は丙は以前から地元の警察から無免許者の潜水業務をさせないようにとの指導をされ、それを約束する誓約書まで警察に提出していたのですが、それを無視して違法に事業を行っていたのです。このため丙とそのオーナーは労働安全衛生法違反で、事故後、それぞれ罰金刑が課されています。
 旅行会社はこれらの、消費者の安全にかかわる重大な情報を、事前にも事後にも甲乙に説明していないし、事故後は仕事ができなくなっている甲に対して医療費すら支払っていません。彼らはその筆舌に尽くしがたい困難を無視しているようにも見られます。
 
 忘れてはいけないのは、こういった手段でビジネスを行う者は、現在の「指導団体」のビジネスの下で養成されて資格が販売され、その資格を買った者が「指導団体」に年会費を支払い、その指導の下に活動を許され、講習などのビジネスを行うと客から申請料を徴収して「指導団体」に送金しなくてはならず、このようにしてピラミッド型の階層的事業構造を持つビジネスの構成要素となっている者の中にいることです。そしてこのビジネスでは、ピラミッドの上部に張り付いている業界マスコミや業界から利益を得るさまざまな団体や個人などが存在します。彼らは基本的にピラミッド自体の問題は下層に位置する者を非難することで目をそらして(インストラクターの質が悪いという点に絞っての主張など)いるように見られます。ピラミッドの収益構造の現状維持に反する行為は、例えそれをしないことが上記のように、彼らが客としている消費者の生命身体の安全に関わることであっても、情報や事実を隠蔽することに躊躇せず、共にピラミッドの上部を構成する利益の保護者となって、そこから生ずる利益の共有者になるのです。
 消費者の安全を大切にする個人的に良心的な本物のプロは少数であり、その者にはこのピラミッドは光を当てようとしません。ピラミッドでは、それを支える下層の数が大切であり、上部に位置する業者の意識が自社の利益のみを最高の価値としている場合、下層に位置する者の数はその品質(消費者の安全を確保・優先できるという品質)より優先する事態が生じるでしょう。またそういった事業者は、その責任を、市場に直接接している末端に位置するピラミッドの下層に負わせることでビジネスシステム上の致命的欠陥から社会の目をそらそうとします。このためにも下層の数とその補充は欠かせません。(→インストラクター資格の乱売)

※サバチ洞窟事件
 某県の水中洞窟で行われたファンダイビングで客のダイバー3人(うち2人は県外在住でプロ活動をしている。)が死亡した事件で、最高裁は水中の洞窟でダイビング行う際に業者は、「参加したダイバーに洞窟の状況を適切な方法で周知し、洞窟の危険性を説明し、参加したダイバー全員を十分監視できるようなチームを編成し、緊急時に備えて予備タンクを設置し、ガイドラインを張った上で出口がわかるようなマーカーを設置するなど、事故の発生を未然に防止するための措置をとるべき業務上の注意義務を負う」と規定した高裁判決を支持し、被告側業者の上告を棄却した。(中田 誠著「ダイビングの事故・法的責任と問題」杏林書院、同「ダイビング事故とリスクマネジメント」大修館書店 を参考のこと。)

パロマ工業の報告書に見る社会的責任に関する意識の変化

 連続したガス中毒事故の問題で社会的に高い注目を浴びたパロマ工業は、平成18年12月26日付け報告書(平成18年12月21日付け、パロマ工業第三者委員会「事故の再発防止と経営改革に関する提言」とは別に会社側が作成した報告書「半密閉式ガス瞬間湯沸器による一酸化炭素中毒死傷事故 事故処理対策取りまとめ報告書」)を政府に提出しましたが、同社はこれまでの社会的注目を浴びた結果、企業として行わねばならない社会的責任を踏まえて、次のように、事故発生に至った原因を列挙しました。

 (ア)情報の収集が受動的だった
 (イ)安全に対する視点が偏っていた
 (ウ)情報の管理・分析をする体制が不十分であった
 (エ)経営トップに不適切な情報の伝えられ方がなされていた
 (オ)社内の視点だけで判断をしていた

 これらは、(エ)以外は、上記ピラミッドの上部とそこに張り付いている者に存在する諸問題と恐ろしいほど一致しています。
 これを受けて同報告書では次のように事故処理体制の整備を行うとしています。

 (ア)品質保証制度の充実
 (イ)事故処理体制の充実
 (ウ)製品の不具合や事故等に関する情報の収集・分析
 (エ)製品回収等の決定
 (オ)定期的に社外の意見を聞く体制

 またこれに続けて、「3.リコール基準等の策定」と「4.情報公開体制の整備」が明記されました。
 この3では、この基準を「消費者の安全を最優先した最適対応を迅速かつ的確に判断するため」として、同一原因の重大製品事故が複数回発生した場合、それが一件であっても、今後複数回発生する恐れがあった場合、それがなかったとしても、事故情報を調査・分析した結果、今後同一事故が複数権発生する恐れがある場合、そしてこれら以外でも、「消費者の安全確保のために必要と判断した場合には、リコールを実施」と宣言しています。
 4のAの2)では、「製品の不具合で反復性が高く、消費者に物的損害を発生させるものについては、消費者の安全に関わらないものであっても、この情報を公表することを社長に報告し」とあります。また同3)では、「リコールが必要ではないと決定した場合でも、公表することが適切であると判断した場合は、この情報を公表することを社長に報告し」として、同4)で、「公表の方法としては、消費者への周知を原則とし」「注意喚起の効果が不十分であると判断した時は、新たな方法による注意喚起に努める」としています。

トヨタが語る欠陥品・不用品の発生原因
 これまではダイバーの質が落ちたと語っていた業界及びその周辺から、最近はインストラクターの質が悪いと語られ始めています。これは欠陥・不良品の発生原因から目をそらすための方法と考えられるのですが皆さんはどうお考えでしょうか。
 一般ダイバーからインストラクターまでのダイビングやその指導と技量の評価の能力の教育とその習得の承認と保証は、その育成プログラムを作って販売し、流通させ、その指導者に看板の使用の許可を与え、講習後の認定(資格販売)によってこれら一連の過程のほぼすべてから利益を得ている「指導団体」によって行われ、その周辺のマスコミや団体・影響力のある個人などによってこのビジネスシステムが正当化されています。そういった背景があるにもかかわらず、これら一連の商行為(過程)の結果としてのインストラクターの未熟を非難することは、例えば製造された欠陥のある電化商品自体を非難して、何故それが市場に存在するのかを考えないことと同じです。こういった製品の品質がどこで作られるかについて、トヨタ自動車の社長が「品質は工程で作り込む」ということを基本としていると語っていることが参考になります。これは誰でも理解できる本当のことですね。どうしてダイビング業界は工程の問題に決して目を向けようとしないのでしょうか。あるいは目を向けられることを望まないのでしょうか。工程の各段階をコントロールしてそこから同一者が何度も利益を得ているということは、そこにこそ根源的な結果に対する責任があると考えるのですが、いかがでしょうか。

暗黒面を日のあたる場所に

 パロマの報告書の内容を見て、トヨタの品質の生成過程への意識を見ると、それと比較して消費者の致死性にかかわるビジネスを展開しているピラミッド型のビジネスの中で販売されている資格商品の品質の問題を考えざるを得ません。彼らの認識と対応を、ダイビング業界とその取り巻き、業界に出資して経営に多大な影響力を行使し、配当金をたくさん送らせている某大手企業などにも今すぐ直ちに行って欲しいと思います。特に、市場で起きている消費者の損害を知りながら(知らないと主張しても免責はされないが)、自分は関係ないとしてその出資先にできるだけ多額の利益を計上(安全管理面のコストは下げざるを得なくなる可能性が高い。実際はそうなっているが。)させて配当をするようにと要求している大企業は、社会的イメージをどんなに美しく装っていても、その経営上の暗黒面はより深くなっていることを忘れないで欲しいと思います。またこの世界に天下ってきている方々も、これまでのように暗黒面に居場所を求めないようにしていただきたい。そして一般社会の識者と言われている方々には、現在の業界からの便宜の提供は少なくなるかもしれませんが、この事態に無関心を決め込んだり知らん振りをしないで、消費者が生命や健康に関わる損害を回避できるように、またその救済がなされるように取り組んでいただきたいと希望するものです。

参 考


平成19年1月6日

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