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2.感想文

 未央ちゃんの書いた小説は「ドキュメンタリー」だと言えるでしょう。「ドキュメンタリー」というのは、実際にあった事件をそのまま書いた小説のことです。
 しかし驚きました。ちゃんとした小説の形になっていますね。そして読んでいて面白かったですよ。飲んでいたお茶を何回も吹き出しそうになりました。
 その場にいた先生には事実とちょっと違うと感じるところもあったけど、それは表現上のデフォルメ(効果を狙って、わざと大げさに表現すること)として許容範囲内にあると思います。
 それと一つ断っておきますが、先生が脱線しているのではなく、みんなにさせられているのですからね。
 でも先生はちょっと困っています。それは、この小説が純粋にドキュメンタリーであるがゆえに、その結末が気になるということです。ドキュメンタリーである以上、結末を作るのはこの百合子先生自身になるのですからね。
 とにかく、先生の課題に体当たりで挑戦してくれてありがとう。
 私も未央ちゃんや学級のみんなが大好きです。
 そして……

 そこまで書いた感想文を読み返しながら、百合子先生は「ふうっ」とため息を吐いた。
 「困ったわあ……」
 安アパートの中、机に向かい、徹夜覚悟で児童達の書いた小説を読み、それに感想文を書いていたが、この子の書いた小説を読んだ時点で行き詰まっていた。
 そもそものきっかけは自分の出した冬休みの課題――1編の「小説」を書くこと、だった。
 夏休みと違って冬休みはゴロゴロする機会が多いから、テレビゲームばっかりしないようにと考えた。そして子供達の読書離れを防ごうという校長先生の教育指針の一環として考えたことだった。
 最初は読書感想文にしようと思ったけれど、もう一歩踏み込んでみた。
 「そうだ、読むんじゃなくて書かせてみよう」
 そう思いついたのだった。

――――
 「小学生にはまだ早いでしょうか?」
 「そんなことはないでしょう。いい考えだと思いますよ。無理と決めつける方が子供の成長の歯止めにるかも知れません。何事にでもトライさせてあげる機会を作ってあげる事は大賛成です。将来の小説家発掘になるかも知れませんし……一、教育者として大賛成です」
――――

 困ったときには同僚の鈴木先生に相談を持ちかけた。鈴木は非常に教育熱心で、色々と相談に乗ってくれた。冬休みが始まる前、この鈴木が好評価を示してくれたので決断した事だった。
 今は、3学期の始業式で回収したみんなの小説を読んで、その一つ一つに感想文を書いていたところだった。

 自分の未来をSF風に書いたストーリーや童話風の物語、学校での出来事や家族やペットのエピソードを書いたものなど、思った以上にバラエティー豊かでどれもが面白かった。百合子先生はやって良かったと思った。
 しかしこの子の小説にはただでは済まない問題があった。

 「ホントにこの小説には困ったわ、実名で私のことを書いてるじゃない、しかもこんなにありありと、未央ちゃんったら、まったくもう。これ、卒業記念の文集にするつもりなのよ。PTAも見るのよ」
 何度か読み返してみたが、文集に載せることには百合子先生としては抵抗を感じていた。

 「でも面白いわね。未央ちゃんったら才能あるわ……ハーレクインを読むくらいのおませな子だものね。でもどうしましょう。このまま文集に載せたらどんなことになるか……」
 そう思うとペンを持つ手が止まったままになってしまう。

 しばらく考え込んだあと、百合子先生は「うん」と大きく頷いてからつぶやいた。
 「そうだ、明日、鈴木先生に相談してみようっと。これを読んでもらって鈴木先生の意見を聞いてみましょう。そうよ、そうでもしないと鈴木先生ったら、まったく鈍感なんだもの……」


                        「小説の書かせ方」完


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