「俊ちゃん」 1年生の俊ちゃんには、毎日必ずやる日課があった。大雨の日はさすがに中止だったけど、雪の日には決行した。 それは、飼っている「テツ」を散歩させることだった。 「テツ」は老犬。短い茶色の毛で、鼻のあたりだけが黒い。一体どういった種類に属するのか、小型犬ではあるがおそらくは雑種なのであろう。テツのような種類は俊ちゃんの持っていた図鑑にも出てこなかった。 実を言えばテツは、俊ちゃんが拾ってきた犬だった。 今から2年前、幼稚園からの帰りに道端のタンポポに気を取られて道草を食っていたら、後ろの方で車が止まる音がした。その車からは一匹の犬が放り出されたが「何だろう」と立ち上がった俊ちゃんを見た運転手は大きな音を立ててすぐに発進していった。 俊ちゃんは最初、飼い主が犬に散歩をさせているのだろうと思っていた。 放り出された犬はあたりの匂いをクンクン嗅いでいたが、しばらくして走り去った車を目指して慌てて追いかけた。 「あはははは」 俊ちゃんはその犬の仕草がおかしくてしばらく笑っていた。 散歩にしてはおかしいと気づいたのは道草をやめて自分のうちへ戻る途中だった。 さっき見かけた犬が自分と同じ方角へ、とぼとぼ歩いているのに追いついたからだった。 その犬は俊ちゃんを見てしばらくとまどった様子を見せたが徐々に俊ちゃんに近づいてきた。まるで自分の身の上を察し、俊ちゃんに助けを求めるようだった。 俊ちゃんが「おいで」と手をさしのべると、その犬はしっぽを振って近寄ってきた。ひげを引っ張ってみたが嫌がらずにしっぽを振っていた。走って逃げるフリをしたらしっぽを振って追いかけてきた。抱き上げると俊ちゃんの顔をなめまわした。 そしてその犬は俊ちゃんの家まで付いてきた。 俊ちゃんは「ほら、ご主人様の所へ帰りなよ」と言ってその犬を何度か追い返そうとしたが、その犬は帰るべきご主人に捨てられたばかりであった。実はそれを薄々感づいた俊ちゃんも、それ以上その犬を追い返すことが出来なくなっていたのだ。 「その話からすると捨て犬ね。それにごらん、首の所に跡が残ってるでしょ。首輪を外してから捨てられたのね。非道い人がいたものね。さあ分かったら、さっさと追っ払いなさい」 俊ちゃんには捨てた人の非道さとそれを追っ払えと言うママの非道さの違いが分らなかった。俊ちゃんにはこの犬の気持ちが分かるような気がして、いつの間にか泣いてお願いしていた。その泣き出した俊ちゃんにその犬はしっぽを垂れて「ちょーだい」のポーズを取っていた。 困ったママはもう説得が無理と判断して、2〜3日の間だけ様子を見ようとついに折れた。どうせすぐ気持ちもさめるだろうと踏んだのだった。 「じゃあ、俊ちゃんが毎日ちゃんと世話できる? そして、もし本当の飼い主が見つかったら返してあげるのよ」 これがママの出した条件だった。 テツは老犬であったが小型犬であったため俊ちゃんにしてみれば子犬を拾ってきたと思っていた。しかしパパもママも「こんな小汚くて、しかも年寄りの犬を拾ってきて」と思っていた。 俊ちゃんは公約通り、きちんとテツの世話をした。毎日散歩もさせたし餌だってあげた。フンの始末だってすすんでやった。 テツはとても良くなついたし、行儀も良かった。「お手」や「おかわり」は最初から出来たし「おあずけ」だってきちんと守った。 2〜3日のつもりががいつの間にか1週間になり、1ヶ月となり、テツはいつのまにか家族の一員となっていた。 テツが俊ちゃんと暮らして2年になる頃、事故はそんな「ある日」に起こった。 いつものように今日も俊ちゃんがテツを散歩に連れて行っていた。その途中の道端で俊ちゃんは野球のボールを見つけた。 「きっとこの辺のお兄ちゃん達がなくしてしまったものだろう」と思った俊ちゃんは持ち主不明のボールを拝借し、ちょっと遊ばせてもらうことを決めた。 |