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 「分かれ道」

 「ここはいったいどこ?」
 今まで見たこともない広大なお花畑に俊ちゃんはしばらく見とれていた。辺り一面、地平線の彼方まで広がるお花畑。でも俊ちゃんはお花の名前はよく分からなかったし、それ以上に展覧会の様に沢山の種類が咲き乱れていた。でもタンポポだけは知っていた俊ちゃんはその群生を見つけて駆け寄った。
 人の歩く道もなく、隙間なく敷き詰められた花の絨毯。しかしふと見ると緩やかな丘の向こうに小川が流れていた。その川ぶちで誰かが優しく手招きしていた。

 「おじさん達、だーれ?」
 そこには白髪混じりのお爺さんと生真面目そうなお兄さんがいた。並んで長机にひじをつけて座っていた。
 「こんにちは俊ちゃん、はじめまして。おじさん達は怖い人じゃないから心配しなくて良いんじゃよ。おじさんが検定長、こちらが補佐役さんじゃ」
 「ケンテーチョーさんにホサヤクさん、こんにちは...でも、ここどこ?」
 「はい、ここは、これから俊ちゃんの行く先を決める所じゃよ。パパかママに聞いたことあるかな、三途の川って」
 俊ちゃんは「三途の川」の言葉を聞いて少しドキッとし、目を丸くさせながら小さく「うん」と頷いた。

 ここは、生まれ変わりを判定する三途の川検定所。生きものは死ぬと、次は何に生まれ変わるのかを決めるため、必ずここを通らなくてはならない。犬やネコ、牛や馬だってここを通る。生前の行いがよい者は下等動物から順番に、人間を頂点とするピラミッドの頂上へのステップへ進むことが出来た。逆に人間だって行いが悪いと底辺あたりのどぶネズミへ格下げになることだってある。
 池で溺れた俊ちゃんは次の人生を決めるためここへ来ていたのだった。

 「ここがその三途の川なんじゃよ。俊ちゃんはどうしてここへ来たと思う?」
 「そう言えばボク、池で溺れて、気が付いたらこのお花畑に...」
 「そうだね、池で溺れちゃったんだね」
 「...じゃあボク、死んじゃったの? そう言えばテツは? テツはどうなったの?」
 「何とも...自分の身の上よりテツの心配とは。テツは坊やを助けようとして共倒れじゃ。残念ながら坊やといっしょにここへ来ておるよ。次がテツの番じゃ。俊ちゃんよ、短い人生であったな。何か思い残すことはあるかい? 」
 「テツがここに?! テツに会わせて、お願い! ボク、テツに謝らなくっちゃいけないんだ。あんなとこへボール投げてゴメンねって! テツって小さいけどお爺ちゃんなんだって知ってたのに!」
 俊ちゃんの脳裏に池で溺れた状況が蘇ってきた。

 道端で拾ったボール。そのボールを放り投げたり転がしたりするとテツが走って追いかけた。それが面白くてあちこちに放り投げていたら、狙いを外れたボールが木に当たって大きな池の中に落ちてしまった。それにもテツはためらわず、一直線に追いかけた。池に飛び込むテツを見て俊ちゃんは驚いた。犬が泳げるなんて知らなかったからテツが溺れてしまうと思った俊ちゃんは慌ててテツを追いかけた。池の周りはロープで仕切られていて立入禁止の札が掛かっていたけど俊ちゃんにはそんなものは見えなくなっていた。
 テツを追って池に飛び込んだ俊ちゃんは、助けるはずが逆にすがりつく羽目になってしまった。テツにもご主人の一大事だということが分かるらしく、水を掻く犬かきの足にも力がこもっていた。テツはくわえていたボールを離し、俊ちゃんのTシャツを噛んだ。しかしテツの必死の救助も藁ほどの浮力にしかならなかった。俊ちゃんはぶくぶくと沈みながら心の中で叫んでいた。
 ごめんねテツ、と。

 「...テツに会うことはならんが、坊やの気持ちはちゃんと伝えてあげるよ」
 「ありがとうございます。ホントにごめんなさいって言ってね」


 検定員の背後には川の向こうへ渡る橋が何本か架けられており、橋の先は扉になっていた。俊ちゃんは補佐役に連れられ、その中の一本の橋を渡っていった。
 「何と心の優しい子よ、また人間として生まれ変わるがよい。振り出しへ戻すようでかわいそうだが、その生き物を愛する気持ちを忘れずに、今度は天寿を全う出来るように願っておるぞ」

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