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 「テツ2号」

 留守番となった俊ちゃんはこれと言ってすることもなく、ただぼんやりとしていた。ママは夕方、子犬を入れたかごを持って帰ってきた。そのかごの中でおとなしくしているのは真っ白なマルチーズの子犬だった。テツとは色も形も、似ても似つかない、しかも血統書付きだった。
 ママはこの子犬に興味を持ってくれることをこっそり期待したが、俊ちゃんはあくまで無視しているようだった。
 <失敗だったかなあ。しょうがない、今日だけ様子を見てダメなら明日、ペットショップに引き取ってもらいましょう>

 でもその子犬は俊ちゃんが気に入ったようだった。頼りない足取りながら自分から俊ちゃんへ近づいていった。でも俊ちゃんは、死んだテツに申し訳なくて素直にかわいがれなかった。俊ちゃんなりにテツに義理立てているつもりのようであった。
 「ママの所へ行きな」そう言って乱暴に手で追い払ったりしたが子犬はそれでもしっぽを振って少年のところへ近寄ってきた。
 何度追っ払っても懲りずに寄ってくる子犬に、俊ちゃんは背を向け「ボク忙しいんだからあっちへ行ってなさい」と言って少年ジャンプを読み始めた。

 ペットショップへ行ったせいで夕食の準備が遅れ、ママは台所で大忙しだった。もうすぐパパが帰って来る時間なのにご飯も炊けていない。炊飯器がぐつぐつ言い始めたのを横目で確認しながら味噌汁の豆腐をさいの目に切るところだった。
 そこへ子供部屋からドタドタと俊ちゃんが勢い良く駆け寄ってきた。しかし勢い余ってママのお尻にドシンとぶつかってしまった。少し遅れてマルチーズの子犬も追いついた。
 「わっ! どうしたの俊ちゃん、ママお料理中よ。あっちで遊んでらっしゃい」
 「ママ、ママ、この子きっとテツの生まれ変わりだよ。だって少年ジャンプの上がお気に入りだもの。それにブラシをかけると唸って嫌がるよ。きっとファミコンもリセットする気なんだよ、だって突然ファミコンに吠えるんだもの...ねえお散歩連れていっていい? テツの首輪を見せたらしっぽ振ってるよ」
 俊ちゃんの見せた顔に、さっきまでの暗い影はなくなっていた。ママはその屈託のない笑顔に大きな肩の荷が下りた気がした。
 「お散歩はまだ早いわね。もっと大きくなってママが忙しいときは俊ちゃんにお願いしようかな」
 「うん、大きくなったらね」
 俊ちゃんの、その久しぶりに見せる心からの笑顔に、仕事から帰ったパパもびっくりした。
 「おお、こいつが新しい我が家の住人か。元気があっていいな。もう名前は付けたのかい?」
 「うん、『テツ2号』っていうんだ、いいでしょ。だってこの子、テツの生まれ変わりなんだよ」
 「ああ、きっとそうだね。パパもそう思うよ」
 パパは子供の言うことなのでなるべく夢を壊さないように気を付けたつもりだった。

 俊ちゃんが新しい子犬を気に入った事にパパもママも安心した。そして少し遅くなった夕食となった。俊ちゃんはさっさとご飯を済ませ、テツ2号を子供部屋へ連れて遊んでいる。
 「やっぱり子供だな。『鳴いたカラスがもう笑った』だ。でも喜美子、どうしてあんな色違いを選んだんだい? あれはマルチーズだろ。テツとは全然似てないし、真っ白じゃないか」
 「そうなの、私も最初はテツと同じ色を探したのよ...そのお店ではね、子犬は大きな檻の中でいっしょにされていて、でもその中に茶色は何匹もいて迷っていたのよ。ところがあの子は一匹だけ別の檻の中に入れられていたの」
 「...」
 「それでね、私が近づくと妙に愛想をふりまくので、ちょっと気になってお店の人に尋ねたら『おや、めずらしい』って言うのよ」
 「めずらしいって、何が?」
 「あの子が愛想を振りまくのを初めて見たって言うのよ。今まではずっとおとなしくて、人に愛想なんか見せなかったって。それで売れ残っちゃって、他の子犬ともじゃれ合わないから別の檻にしてたんですって」
 「ふーん...」
 「でもね、やっぱり色も違うし、もう茶色の中から一番テツに似ていたのを抱き上げたら、あの子が檻の中で悲しそうに『クーンクーン』って泣き出して...お店の人もまるで『ボクを飼ってちょーだい』と言ってるようだって。でも私、やっぱり茶色にしようとしたんだけどお店の人が檻から出して『ちょっと声を掛けてみてください、犬と人間にも相性がありますから、呼ばれて近寄ってくる子がお勧めですよ』って、あの子や茶色達を大きな檻の中に並べて置いたのよ」
 「その中から選べというんだな」
 「そうなの。あの子、その中でぶるぶる震えちゃって、もうじっとしてられないって感じだったわ。私、なんて呼ぼうかちょっと迷ったんだけど、ふとひらめいて『テツ』って呼んでみたのよ。そしたら、震えていたその子が、そりゃあもう一目散に、真っ先に飛びついてきたのよ」
 「はははは、そりゃあ俊が言うとおり、テツの生まれ変わりかも知れないな」
 「それでね、お店の人も驚いて、これは半額にサービスするから是非とも飼ってくれないか、とまで言われちゃって、気に入らなければ引き取るからって。でも俊が気に入ってくれるか不安だったわ...あの子、デリケートなところがあるでしょ。でも万事うまく行って、私ってしっかり者のいいお母さんでしょ?」
 「...なあ、この味噌汁の豆腐、おかしくないか? 形がバラバラだぞ」
 「あら、おいしいでしょ。それ『ちぎり豆腐』って言うのよ」

 子供部屋の俊ちゃんは、もうその子犬に夢中になっていた。
 「あはははは、こら、だめだよそんなとこ入っちゃ。あっ、バカだなあ、はははは、こら、やめろよテツ、あっはははは」
 その子犬は俊ちゃんの笑い声がエネルギー源であるかのように、元気よくじゃれて走り回っていた。

                           「人間合格(テツの場合)」完

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