−世にはばかる−
<3年後の某月某日某場所>
年月の流れは早いものだ。あの事件はもう3年前のことだ。
おっと失礼...俺は誰かって?
そうさ、あれほど大騒ぎしたのに新聞には片隅にも載りはしなかった、俺はあのロボット誘拐事件の犯人さ。本名は明かせないのでハントとでも呼んでくれ。
俺はあの仕事を最後に組織を離れることになった。
失敗したから追い出されたのかって?
いいや、とんでもない。俺は与えられた以上の任務をこなしたはずさ。仲間達だって俺との別れをずいぶん惜しんでくれたよ。
しかしもう危険な真似はまっぴらだ。俺は自分から脱会を申し出たのさ。そして真っ当な生活に戻りたかったのさ。
だが相変わらず人目を忍ぶ日陰の生活だ。
今は蓄えを食いつぶしながらの生活だ。しかしその蓄えは結構なものだ。やばい仕事にはそれだけの実入りがある、ハイリスク・ハイリターンってヤツだ。
「まあ、ハントじゃない!」
「誰だい俺をハントと呼ぶのは...何だよ、またロボキューか」
「そんなあ、私をただのロボットみたいに言って。忘れてないわよ、あなたのこと」
「ああ、もういい。かんべんしてくれ」
この3年で、世の中ずいぶん変わっちまった。
町にはロボキューが溢れかえっている。今日もちょっとした買い物で町中を歩くとすぐに出くわす。
ロボキューとは家事用ロボットで『ROBO−Q』が正式名だ。初期型のロボ子をベースにした量産型で、当然「ミシビツ」製だ。
これは聞いた話だが出所は確かだ。それは、ロボ子が幕僚長を前にしてのデモンストレーションで「戦争反対」と大声で唱えたらしい。おまけに「私は戦争兵器になりたくない」とまで言い放ったそうだ。この話を聞いたとき「こりゃ傑作だ」と俺は笑い転げてしまった。全くロボ子のやつ、良くやってくれたぜ。
その後、ロボットの存在と軍事利用目的が内部告発されて、アースピースの表の部隊もやっと動くきっかけがつかめたのさ。そいつが世界で物議を醸して、ついには国連で人間型ロボットの軍事起用に対する禁止法案が可決されるまでになっちまいやがった。
天下の「ミシビツ」も目論見が外れて地団駄踏んだことだろう。
ところが開発費回収に困ったミシビツが家事用に機能を絞って売り出してきやがった。その中年女性型ロボットは「ロボキュー」と呼ばれ、オフクロ的な味がウケて世の中に溢れかえった、というのが事の成り行きだ。
しかし機能を絞ると言っても元々たいした機能はなかったからその発表は怪しいもんだ。マスコミ向けにカッコつけただけだろう。なぜならロボキューのどいつもが俺のことを知ってやがる。
「ミシビツ」め、新たな開発費をケチって、手っ取り早くロボ子の頭脳を丸ごとコピーしたに違いない。
おかげで俺はロボット達の注目の的だ。どこへ行っても俺はロボキューに声を掛けられる。
「まあ、ハントじゃない。また会えたわね!」
また別のロボキューが鼻をヒクヒクさせながら話しかけてきやがった。
有名人の顔に似せては肖像権侵害になるので、ロボキューはどいつもハンで押したように(確かに量産だからそうなのだが)太ったおばちゃん顔だ。絞られた機能というのがこのことだったなら納得がいく。
そのおばちゃんロボットが町を歩く度に俺に近づいて来やがる。通りすがりの通行人もロボットと仲良しの俺を見て不思議そうな顔を投げかける。おかげで俺は孤独な一匹狼を気取れない。町を歩く度にこの始末だ。俺はそのロボットを適当にあしらって足早に通り過ぎるしか方法はない。
この世の中からあのロボット達を消し去る方法はないものだろうか。そうなりゃあ俺も枕を高くして寝られるというものだ。
しかし世の中は皮肉に出来ている。アパートへ帰る俺を、また別のロボットが待っている。
「おかえりなさい。お使い、ありがとう」
「ほら、充電キットとバイオバッテリー2リットル缶。ずいぶん安くなったな」
「ああ良かった。もう少しで貧血になるところだったわ」
「...しかしお前、バッテリーを補充しないほうがいいんじゃないか。補充すると胸がでかくなるぞ」
「あら、どうしてダメなの。基準量以下では動作不良を起こすわ。それとも私を貧血で失神させる気!」
「いや、そういう訳じゃないが...」
細身なボディに巨大な胸はどうもアンバランスだ。決して口にはしないが、俺はスレンダーな方が好みなんだ。
「ねえそんなことより、わたし、新しいワンピースが欲しいの。今度買ってくれない?」
「おいおい、お前でも人並みにおしゃれがしたいのか?」
そいつはどこをどうやって探し当てたのだろうか。今朝、俺の部屋を訪ねて来やがった。ドアを開けると、あの時のロボ子のまんま「奈美ちゃん」の顔がいやがった。
その時の俺の仰天ぶりを見せてあげたかったね。死んだバアさんが化けて出たってああは驚かないぜ。
聞けば博士の所を家出してきたらしい。金も持っていないので俺の所へは歩いて七日もかけたらしい。電池切れ寸前で余裕もないくせに「また会えたわね」と「ニコッ」と笑いやがった。
こんな所を人に見られちゃまずいから、俺は部屋の中へ引き入れたのさ。
...そう、出所が確かな情報とはこのロボ子本人から聞いた話なのさ。
「ところで、お前はいったい、何しに来たんだ?」
「あら、私を追い出そうったってダメよ。約束はきちんと守ってもらいますから。そうじゃなきゃ例の秘密を世界中にバラしちゃうから。秘密を握っているのは私だけじゃないんですからね」
「ちょっと待てよ、その約束って一体何だ? 俺、何か特別な約束したっけ?」
「おや、とぼけちゃって憎たらしい...まあいいわ、どうせ私から逃げられっこないんだし。私には世界中に分身達がいるから、その情報網はインターネット並よ」
「お前、それで俺の居場所を嗅ぎ付けたんだな!」
「その通りよ。ずいぶん捜したんだから...でもロボキューがこれだけ普及しても、伝達を口伝えに頼ったから3年もかかっちゃった」
「なんだよ、科学の寵児の割にはずいぶんと原始的じゃねえか」
このロボ子は何が目的なのかは知らないが人の家へ居候を決め込みやがったようだ。それに俺を脅迫までしやがる。いったい何を考えているのか一度頭の中を(分解して)覗いてみたいものだ。
今の俺にとってこのロボ子の口がどれだけ堅いか気がかりだ。ロボットとはいえ人間並な心を持っていやがる。ロボットなら信用できるが人間ほど信用できないものはないからな。
秘密をバラされては俺の人生もおしまいだ。俺はいまだに公安と防衛庁とミシビツから付け狙われているんだ。しかもその秘密を知った分身達が世界中にばらまかれてしまっている。
全く、世の中からこのロボット達を消し去る方法はないものだろうか。そうなりゃあ俺も枕を高くして寝られるというものなのだが...
(...でも世の中平和だし、まあ良しとするか)
「ええっ? 何を『良し』とするの?」
「おいおい、地獄耳だな。俺のつぶやきが聞こえたのか? 全くお前の前じゃあまり下手なことは言えねえ」
「まあそんなこと言って、あの言葉も『下手』で済ませる気!」
「あの言葉?」
その時、ロボ子の表情が気のせいか少しうっとりとしやがった。知らない間に表情にもバラエティーが増えちまっている。
しかしそこで初めて俺は気づいたのさ。
こいつは...自分を人間だと思い込んだロボットは、どうやらあの別れ際に俺がつぶやいた言葉をこっそり聞いてたみたいだ。
それを真に受けてロボ子のやつ、本気で俺の嫁になりに来たんじゃあないかと!

「ROBOCO・P」完 <1999年4月吉日>
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