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     7.静かなマイホーム

 引っ越しの片づけもほとんど終わり、仁木谷家のマイホームは家としての機能を充分発揮出来るようになっていた。
 幽霊事件の解決から4日経ち、博史の取った休暇も今日で終わりとなる。
 今日博史が東京へ戻るのを待たず、昨夕に陽子夫妻は札幌へと帰っていった。義昭は今頃休みボケに苦しみながら仕事をしている事だろう。

 博史は5日ばかり前に出迎えられた空港へ、今日は父と母と友子の3人に見送られることになった。
 「聞いたぞ、俺が帰ったあといっつも泣いてるんだって」
 「えっ?...ばーか、私はそんなブラコンじゃないですよだぁ。そんなウソ言うのは誰かしら、もう」
 友子はこの時ばかりは目が泳がないように精一杯注意した。
 「あれ、おまえ全然可愛くないな。兄妹思いのいい子だと思ったのに、もうプレイステーションのソフト送ってやんないぞ」
 「私、もう働いてるんですからね、それくらい自分で買えるわよ。お兄ちゃんたら、いつまでも私中学生じゃないんだよ」

 博史は搭乗手続きを終え、もう飛行機に乗り込んでしまったので仁木谷家族は空港の展望台へ上がって見送ることにした。ここへ上がるのはこれが初めてのことである。
 屋上にある展望台へ上がる途中、一人50円払って通る自動改札があり「ええーっ、お金取るの」などと友子がぼやいたがその50円を払ったのは父であった。
 しかし50円を払う以上の価値はあった。目の前を博史の乗った飛行機が大音響をあげて飛び立って行くのをなんの障害物もなしに見られるのだ。長いこと田舎暮らしであった仁木谷家にとって、空港で飛行機を見送ることは都会生活のちょっとしたステータスのように感じた。
 そしてその迫力はなかなかの物だった。目の前を轟音を上げながら機首を持ち上げて飛び立つシーンは迫力満点のショーだった。
 博史は窓側の席に座ったので空港の屋上で父と母と友子が並んで手を振っているのが少しの間だけ見えた。窓に近づいた博史の顔が分かったのか友子の振る手が一層激しく動いたのが確認できた。羽田までの1時間半は大好きな天藤真の小説を読んで過ごした。

 博史の見送りを済ませた後、その足で今度は友子をアパートへ送る事になっていた。友子は騒々しくて、狭くて、日当たりだけは良い部屋へと戻っていく。トランクには母が友子のために、あれもこれもと詰め込んだ生活物資で一杯になっている。
 「もう親に甘えてばかりいられないわ。社会人として一人立ちしなくちゃあ」
 そう言って友子が自活することを一念発起したのが半年前。その理由を知ってか知らずか親は反対しなかった。
 「新しい家から通って良いんだぞ。一人暮らしじゃ金もかかるだろう」
 父も心配でそう声を掛けたのだが友子の決心は変わらなかった。
 「うん、でももう少しがんばってみる。今くじけたらいつまでたっても自立出来ないわ」
 そしてそんな我が娘を見て、父と母はこんな会話をしていた。
 「あなた、友子もずいぶん成長しましたね」
 「うむ、子供だ子供だと思っていたが...送る月日に関守無しだな」
 せっかくみんなで住める我が家が建つという頃に子供達は巣立っていく。親にしてみれば嬉しいことではあるのだが寂しくもあった。

 アパートへ向かう車中、友子は一言もしゃべらなかった。
 こんな場合、普通は息子との別れを悲しむ母親がついほろりと涙を流すものであろうが、その母は逆に慰め役に回っていた。母はポロポロと涙を流す友子の肩をずっとなでながら「まだまだ子供ですね」などと感じていた。

 友子を送って仁木谷家のマイホームは父と母の二人だけになった。子供達がいなくなって我がマイホームはしんと静まり返っている。昨日まであれほどにぎやかだったのがウソのようだった。
 「もう孫もできたことだし、そろそろ私達、爺さんと婆さんですね」
 「うむ、父さん母さんはもう卒業だな」
 そんな二人だけの会話には広すぎるマイホームの中、今日父は博史の部屋で寝てみることにした。子供達が嵐のように訪れ、何ともにぎやかなこの一週間であった。そして嵐のように去って行き、そのにぎやかさが無くなった今、この部屋の幽霊の正体が逆に置きみやげのように感じて一度確かめてみたくなったのだ。
 
 いつもの時間がやってきた。壁の中のラジオはまだ電池が切れておらず、相変わらずあのにぎやかなディスクジョッキーの声を壁の中から鳴らしていた。
 ウー、イヤッホー...

 「今年の正月もまたにぎやかなことだ...」
 しかしそんな夢を見ていたのだろうか、父はそのにぎやかな幽霊に起こされることもなく、大きないびきをかいていた。

                             「にぎやかなマイホーム」完

おしまい

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