−−−序−−− 「勇者、『オノくん』君よ...」 いきなり呼ばれてオノくんは驚いた。 <唐突に一体何だい? それに何だよ「オノくんくん」って> オノくんは頭を床に伏せ、深々とお辞儀をしていたので相手の顔すら判らなかった。 オノくんには良く訳がわからないまま、当面の相手は勝手に話を進めてきた。 「君がこの世界を救うために立ったことはわかった。しかしオノくん君よ、本当に君にそれが出来るのかね?」 <どうやら俺の名は「オノくん」らしいな。それに「くん」がプラスアルファされてる...しかし、こうもいきなり「世界を救えるかァ?」と聞かれても返事に困るよな、俺はそんなこと言った覚えはないし...> 「はい」 <な、なに!? 勝手に俺が返事しているぞ。ちょっと待ってくれよ> 「本当に本当か? 君にそんなことが出来る自信が本当にあるのか?」 <ああ良かった...俺にそんな大それた事は筒底できっこありません。ごめんね> 「本当」 <おいおい、俺は出来ないって言うのに何で返事が「本当」なんだ?> 「よーし君の決意は充分わかった。それほどまで言うのならもう止めはしない。この国を出るための通行符を与えよう。これを発行するのは3年ぶりの事だ」 <えええ、それほどって? 止めてくれよ、そんな「符」なんていらないよ。良くわかんないけど俺をほっておいてくれよ> 「そしてこれは軍資金だ。取っておきなさい」 オノくんは1000ゴールド手に入れた。 <...それはまんざらでもないな> オノくんはこの世界を救うために旅立った。オノくんの背後でお城の兵隊達が手を振って見送っている。 −−−城下の町−−− <ちぇっ、ついてないな。何で俺がこの見ず知らずの世界を救うために働かなけりゃならないんだ。> オノくんはこの国を旅立つ前にちょっと町の中を散策することにした。見るとなにやら中世ヨーロッパ調の古い町並みである。この町の回りは高い塀にお城ごと囲まれ、外敵の襲撃に備えているようだ。 オノくんはこの変わった風景にキョロキョロしながら歩き回った。気分は海外旅行だった。 <何だこのバタ臭さは。日本人のわびさびがないね。そう言えばさっきはどこかのお城みたいだったな。俺に「通行符」を渡したあいつは一番えらそうにしていたからこの国の王様って奴かな> そもそも名前からして日本人のオノくんに外人の顔なんて見分けがつかなかった。しかも不思議な事にさっきから出会う人はまるで絵で描いたように皆同じ顔をしている。 <おや、さっきからあいつ、同じところを行ったり来たりしているぞ。なんかヤバイ雰囲気だな、余り関わり合いにならない方がいいぞ...って言いながらどうして俺はあいつに近づいて行くんだ!?> オノくんはその意志とは裏腹にその人物へどんどん近づいていった。 <うわ、こいつも日本人じゃないぞ。えーと...ハウドゥユードゥー? それともボンジュール?> 「この国の王女様を見なくなったけど、一体どうしたんだろう? あの美しいミリンダ姫は一体何処に...」 <知らないよそんなことは、なれなれしいぞこいつ。しかも日本語うまいじゃないか> オノくんはまた違う人物のところを目指して移動した。 <おいおい、「じゃあな」ぐらい言わせろよ。俺ってそんなに無口で失礼な奴じゃあないぞ> 次に出会ったのは古井戸で水を何杯も汲み上げている女性だった。 「このペプシ王国の北に魔法の国へ行ける洞窟があるって本当かしら?」 <この国の奴は聞いてもいないことを勝手に話しかける妙な癖があるようだな> 途中で犬がすり寄ってきて「ワンワン」と言った。 <おいおい、犬がワンワン言ってるよ。そりゃあ犬も吠えるだろうが「ワンワン」はないだろ、猫はニャーニャー、烏はカー、雀はチュンチュン、ネズミはチューってか> しばらく歩いていると何やら厳重に警備された関所みたいなところへやって来た。 どうやらこの町から外へ出ることができる関所らしい。この町で外への出口はここ1箇所だけのようだ。その門の左右に大きな槍を携えた守衛が構えている。 「この町の外は魔物の住む世界だ、出ることはならん! ペプシ王の命令だ!」 <わかった、わかりましたよ。そんなに怒鳴らなくても引き返しますよ> 「どうしても出たいと言うのならペプシ王が発行する『通行符』を手に入れよ」 <...それって、もしかしたらさっき俺がもらったやつ?> その時オノくんは懐の通行符を出して守衛に見せた。 「おお、それは王が信頼した者にのみ与えられる通行符! これを持つ勇者は1年ぶりだ!」 「さあどうぞ、勇者『オノくん』殿よ!」 <こうなるような気がしたよ。今度は「オノくん殿」と来たか。どのみち俺は危険な魔物の世界へ行く運命なんだな> 門を出るとゴルフ場のフェアウェイのような広大な平野が広がっていた。 元来、呑気で楽観的なオノくんは、鼻歌混じりで平原を北へ進んだ。 −−−死闘−−− <うわっ、脅かすなよ> そのモンスターはいきなり現れた。 しかしそのモンスターは魔物と呼ぶにはあまりに可愛らしく、つぶらな瞳でオノくんをじっと見ている。 その魔物は「スラムイ」と呼ばれるインド系のモンスターで、イスラム教会の屋根みたいな形をしている。 <おいおい魔物っておまえのことか? えらくかわいいじゃないか...おまえ、モンスターと言うよりはハムスターみたいだぞ。なあ、おい、無益な争いはやめようゼ。俺はおまえに何の恨みもないし、おまえだってそうだろう?> その説得には耳も貸さず、小さな魔物はいきなりオノくんに体当たりしてきた。 見た目と違ってそのモンスターが与えたダメージは大きかった。オノくんは自分の体力の20%ぐらいが失われたような気がした。 <いっテテテ、おまえ本当に殴ることはないだろう、こっちは和議を申し入れてるっていうのに...こいつめ!> オノくんは怒りにまかせてスラムイをげんこつで殴った。 手応えはあった、会心の一撃といったところだ、しかしスラムイはなおもその攻撃をやめようとはしなかった。相変わらずの体当たり戦法だった。 オノくんは自分の体力がまたも20%ぐらい失われたような気がした。 <あイテテ...かわいい顔して、おまえみたいに人を襲う悪い子はお仕置きだ!> オノくんが次に放ったげんこつ攻撃でスラムイはあっけなく死んでしまった。そしてその場からかき消すように消滅した。 一体いかなる根拠で消滅したのかは不明だがそれが魔物と呼ばれる所以であろう。 <なんだか悪いことしちゃったな、ちょっと大人げなかったかもな。あんなペットみたいな奴を殺すなんて残酷だったかな...おや?> 見ると20ゴールドが残されている。どうやらスラムイが消滅する間際に落としていったらしい。 <こりゃあ儲けたな、「渇しても盗泉の水は飲まず」とは言うがこれは盗んだ訳じゃないし、悪いモンスター退治の褒美として貰っておくとするか> あくまで楽観的なオノくんであった。 しばらく歩いているとまたスラムイが現れた。しかし今度は2匹でタッグを組んでいる。 <おや、仲間の敵討ちかい? でも2匹とは卑怯だぞ、返り討ちにしてやる!> オノくんは先制攻撃を仕掛けた。さすがに2匹が相手ではのんびり構えてはいられなかった。 最初の一撃で1匹だけダメージを与えることが出来たが今度は2匹だ、応酬が2倍で返ってきた。 オノくんはそのダブルの体当たり攻撃でふらふらになった。後もう一発食らったらどうなるか分からない。 <「かわいさや 甘く見たのが 敗因か」って風流に俳句をひねってる場合じゃないぞ、俺はもう死にそうだ。ここは古式戦法に乗っ取って...逃げるが勝ちだな> オノくんは逃げようとした。 しかしそのスラムイ達はオノくんよりも素早かった。オノくんの逃げる先へ回り込み、その逃げ道を断った。 <わーっ、ごめんなさい!> 二匹のスラムイはその(かわいい)顔色を変えずに襲ってきた。オノくんはここに万事休した。 <ちきしょう!こんな事なら、もう一発ぶん殴っとくんだった!> ろくな反撃もできないまま敵の体当たりがオノくんを襲った。 ...そしてオノくんは生まれて初めて死んだ。 −−−再び城下の町−−− <なんだか寒いよ...> 一体どうやって戻ったのか未だに不明だが、ここはどうやら城下の町の教会らしい。オノくんの耳元には賛美歌みたいなオルガンの音が流れている。 「迷える子羊よ、汝の魂をここに蘇らせん」 <俺は生き返るのか?> 「...それには、教会に300ゴールドの寄付が必要だがよろしいか?」 <おいおい、金取るのかよ、全く、地獄の沙汰もなんとやらだな> 「はい」 オノくんは死んで初めて生き返った。 <俺は仏教徒なんだけど、生き返らせてもらったことだし、まあ良しとするか。振り出しに戻ったようだが俺は生まれ変わって元気もりもりだ> 体力も元に戻り、元気いっぱいのオノくんだった。 オノくんが感じた寒さはその着ているものが原因だった。上下にみすぼらしい布の服をまとい、勇者と呼ぶには何とも頼りない身なりだった。 <これじゃあ魔物に勝てっこないな。だいたい素手で魔物に立ち向かうなんて無謀きわまりない、伊達の薄着じゃあないんだし> この町の中に一軒の店があった。その店では武器や防具、そして薬などが売られていた。 オノくんはその店で「青銅の鎧」と「ウロコの盾」を買った。もっと高価な防具もあったのだが今はとても手が届かない。 しかし未だオノくんは武器を持てないでいた。あと50ゴールドが足りなくて買えなかったのだ。 <あの寄付金は痛かったな、あと少しで青銅の剣が手に入るっていうのに...> この店では自分の持ち物を店へ売って換金することが出来た。 「お客様、それは大切になさった方がよいのでは? 当店では扱えません」 そう店主が言ったのはオノくんが売ろうとした「通行符」と「形見のペンダント」だった。 <何だこの「形見のペンダント」って、こんなのいらねえよ。どうして買ってくれないんだ? それが売れなけりゃ青銅の剣が買えないんだよ> 諦めきれず、すごすごとその店を去るオノくんだった。 店を出てからのオノくんは、用もなくウロウロと町の中を歩き回っている。 <こうして町中歩いていれば何か金目のものが落ちてるかも知れないってか、そんなうまい話は無いだろうな...っておいおい、人の家の中へ入っちゃったよ> オノくんはその家のタンスを調べた。 <ちょっと、ちょっと、家に人が居るよ、こんなに白昼堂々と家捜ししちゃっていいの? これって物色? 俺って泥棒?> オノくんは薬草を手に入れた! <...俺はこう見えても正義漢なんだよ。人の家のものを勝手に持ち出すなんて俺のご先祖様が見たら何と言うだろう、死んだら成仏できないじゃないか!> オノくんはさっきの店へ舞い戻り、町中のタンスからかき集めたものを売りつけることにした。 薬草などすぐに役立つもの以外は全て店に買ってもらった。 中には「絹の腰ひも」や「毛糸のパンツ」など用途不明のものがいくつかあったが全部合わせて80ゴールドほどが手に入った。 そのお金で念願の「青銅の剣」を買ってオノくんは装備万端となった。 いらなくなった布の服が10ゴールドで売れ、余裕が出来たお金で薬草をあと二つ買った。 <...あああ、おれのプライドはずたずただ> 門の守衛に通行符を見せ、魔物の潜む平原へオノくんは再び踏み出した。 <...皆さんのご厚意を決して無駄には致しません> オノくんは北の洞窟を目指し意気消沈しながら再出発を切った。 −−−学習−−− <ああ、ここが魔法の国へ行けるという洞窟だな> 努力の甲斐あってついにオノくんは魔法の洞窟へたどり着くことが出来た。 オノくんはここへたどり着くまでもう1回死んでいた。 しかしその死に方は最初とは違い勇敢な死に様だった。 最初の死が「自滅」「自爆」「自業自得」などで形容される「無駄死に」あるいは「犬死に」であったのに対し2回目は「刺し違え」「玉砕」「討死」などの表現が適した。 無理をせず、危なくなったら途中で町へ帰って旅館で休むことも学習した。 そしてモンスターが残していく小銭をこつこつと貯め、防具や武器もグレードアップさせていた。 <なんだか俺がどんどん強くなってくのを感じるぞ> オノくんは自分の持つレベルがどんどん高くなっていくような気がした。 <そうだな、最初の俺は7級だったが今はもう4級ぐらいの腕前だ> 武道のことを良く知らないオノくんは「そろばん」に例えながら思った。 洞窟に入るや否や、モンスターが現れた。 しかも洞窟の中のモンスターはスラムイとは比較にならないほど強かった。ゾンビやミイラのように元々死んでいるようなモンスター達であり、なかなか死なない上に攻撃力が強かった。 オノくんは一旦洞窟を脱出しようとしたが抜け出す前にまた襲われてしまった。 <ちきしょう、一体俺を何回殺せば気が済むんだ。だいたい人間は一回死んだら普通はずっと死んでるもんだぞ。こんなに何回も死ぬ苦しみを味わうくらいなら、死んだ方がましだ> オノくんはまた死んだ。これで通算3回目の勘定になる。 −−−もう一人の勇者−−− 「おい、君は誰だ?」 そういう甲高い声がエコーを伴って聞こえた。ここは洞窟の中程である。 オノくんは「三度目の正直」でやっとここまで辿り着いていた。 洞窟の中程まで来ると少し開けた空間があり、そこには不思議な泉があった。その泉の水を飲むと体力を復活させることができた。 <地獄に仏とはこのことだ> そうホッと一息ついていた時に突然声をかけられたのだ。 オノくんは一瞬びくっと身じろいだが、相手がモンスターではないことに安心した。どうやら向こうは今までこちらの様子を伺っていたらしい。その声の主に向かってオノくんは返事を返した。 「私か? 私はこの世界を救うために立った「オノくん」という者だが、君こそ一体何者だ、こんな所で何をしている?」 「ほう、良くここまで来られたな、さては名のある勇者か?...私は1年前にペプシ王国を出てからこの洞窟を抜けられないで困っていたのだ、早く魔法の国へ行かねばならないと言うのに...」 「魔法の国へだと...君は魔法の国への行き方を知っているのか?」 「この洞窟の行き止まりにあるらしいことは知っているのだが、ここのモンスターは手強くてなかなか進めないのだ...ところで提案なのだが、同じ勇者ならば一つ手を組まないか? オノくん殿も魔法の国へ行くのが目的なのだろう?」 「うむ、私に異論はない、その提案に乗ろうではないか」 「よし、これからは仲間というわけだな。私はミリ...いや、ファンタという者だ、よろしく頼む」 勇者「ファンタ」はオノくんの仲間になった! <こんなとこに1年も足止め食らってた奴が頼りになるものか、きっと足手まといになるぞ。全くこんな得体の知れない野郎じゃなく、かわいい女の子が出てこないのかよ> その時オノくんは不思議な声を聞いた。それは言葉ではなく、直接脳の中に響くような声だった。 <ビンゴ! 私は女よ> |