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ROBOCO・P−2  
ロボ子リアルバージョン:ていけいえむさんからいただいたイラストです。ありがとうございます。
イラスト提供:ていけいえむさん

――――それから――――

 柔らかなスプリングのベッドから起きあがり、「ゥグァー」と文字にしがたい声を一つ発しながら、大きな伸びをして、今度はリビングにある――クッションの柔らかな上等なソファーに、俺はパジャマ代わりのランニングのまま身を放り投げる。
 台所から何かコトコトと料理をする音が聞こえる。
 俺が目覚めたのはその匂いのせいだ。
 「いい匂いだな。何を作ってる?」
 「あら起きてたの? ……ふふふ、『粉ふきいも』よ。大好物なんでしょ」
 好物なのはありがたいが、俺は目が覚めたばかりで、朝っぱらから粉ふきいもはどうかなと思う。
 「ああ、うれしいよ」
 ソファーにふんぞり返る俺に向かって、台所からの声が再び俺を呼ぶ。
 「ところで、ねえ、あなた……」
 声に振り向けば、その様子は、何か、ふと思いついたように首を傾げている。

 「あなた」と呼ばれるその俺は誰かって?
 ……久しぶりだな。本名は明かせないのでハントとでも呼んでくれ。

 それにしても、この「あなた」がいけない。これじゃあまるで夫を呼ぶ新妻だ。
 「『あなた』はやめろと言っただろっ!」
 俺の冷徹な返事に、台所からふくれっ面の表情を返すのはロボ子だ。
 「もう、いいじゃない、呼び方なんかどうだって。まったく短気なんだからあ」
 「悪かったな、短気は生まれつきだ。だいたいだな……まあいいや。それで、何が言いたかったんだ?」
 「そうよ、そうなのよ、わたしが言いたかったのは……あら、何だったっけ?」
 ロボ子は天井を見上げながら「あなたが余計なこと言うから忘れちゃったじゃない!」と、ドンと床を踏み鳴らした。
 「……まただ。頼むから『あなた』はよしてくれよ、こそばゆいんだ。でもそれくらいで忘れるなら大したことじゃないんだろ」
 一方のロボ子はお構いなし、顔を真っ赤にして思い出そうとしている。

 「あっ、思い出した。わたしが言いたかったのは、『何かが足りない』ってことなの」
 「……ええ? 何かって何だ? 塩か? 醤油か?」
 「違うわよっ。調味料じゃなくって、わたし達二人の間柄に足りないもの……感じることができてもそれがいったい何なのか、よく分からないから『何か』なのよ」
 「なお分からないぞ。何か分からない何かって、何か不満とか、か?」
 ロボ子は本当にその「何か」が分からない様子で、少し口をとがらせて怪訝な表情を見せた。
 「不満と言うものではないんだけど……この1年、あなたといっしょに暮らしてきて、私とあなたの関係には、何か大事なものが一つ欠けていると感じるの」
 ロボ子はマジな顔をして、俺を大きな瞳で見つめる。

 さてここで、
 「関係もなにも、お前はロボットなんだよ!」
 などとは口が裂けても言い出せない俺だった。
 ロボ子はロボット。しかし自分を人間だと思い込んでいる。しかも自分をロボットだと言われることをいやがる。
 それを知っていた俺もつい口が滑ってしまい、以前は大喧嘩になったことがあったんだ。
 その時ロボ子は、
 「わたしは人間よ!」
 と言い放ったきり口をきかなくなり、機嫌を取り戻すまでの三日間、サボタージュの作戦で打って返して来た。
 その間、俺の食事は朝、昼、晩とカップヌードル。たまった洗濯物はコインランドリー。
 その時は損ねた機嫌を取り戻すために、とんでもないことを言わされる羽目になっちまった。

 「……許してくれって? いいわ、許してあげる。だけど条件があるの。それは、『ロボ子、愛してるよ』って言うこと」
 「な、なにー!」
 「イヤならいいのよ、無理しなくて。まだラーメンの買い置きもたくさんあるようだし」
 「いや、分かった、言うよ言うよ。言ってあげるよ。ロボ子、……あいしてる」
 「だーめ。もっと感情を込めてぇ」
 この時まで、人間のこの俺が、ロボットに感情についてダメ出しされることがあるなんて夢にも思わなかったよ。

 「愛してるよ、……ロボ子」

 こんなセリフが俺の口から出るなんて、その時は自殺しちまいたいくらいだった。言い慣れないセリフで、その時はうかつにも顔が赤くなっちまった。
 「まあ、真っ赤になって、うふふ。わたしも愛してるわっ、ダーリン!」
 「たはは……」
 いくらうんざり顔をしてみてもロボ子には通じない。「照れ隠し」だと言ってかえって喜びやがる。
 そんなだから、ロボ子のペースに乗せられっぱなしの俺だ。

 そんないきさつがあるから、さっきのロボ子の問いかけに、俺の返事は自ずと無難なものになる。
 「その『足りないもの』が思いついたら言ってくれよ。なるべくご希望に添うようするからさ……」
 俺の巧言に、彼女は目を輝かせて俺を見る。
 「それは、わたしを愛してるからあ?」
 この目は、また例の返事を待っているのだ。まったくもって扱いには手間が掛かるぜ。
 「ああそうさ、愛してるよ、ハニー」
 こんな歯の浮くセリフ、言いたくて言ってるわけじゃない。言わなきゃいけない訳があるんだ。そんな俺の苦悩も知らないで、ロボ子は図に乗ってきやがる。
 「うふふ、わたしもよ、ダーリン。ああ、……し・あ・わ・せ」
 うっとり顔で微笑みかけてきやがる。まったくロボットらしからぬロボットだ。

 愛だの幸せだの、そんなセリフが飛び交えば、普通ならここで熱い抱擁なり口づけなり、そんなシーンが始まりそうなところだが、俺達にそれはない。
 それどころか、「ちょっとスキンシップを」などと彼女の体に少しでも触ろうものなら、否応なしに制裁のビンタが飛んでくる。
 最初、こんな妙なクセを持ったロボットだとは知らなかった。それを知ったのは、実は、酔った勢い、というやつで、ついムラムラっときてロボ子のお尻を触っちまったのがきっかけだ。今までに3回ほど実績がある。
 一体このロボットは、どうやって出来てやがるんだろう。ネジが一本足りないんじゃないのか?

 俺は妥協している。このロボ子に媚びを売っている。でも、そうしなきゃいけない訳があるんだ。
 その訳とは?
 ……それは、ロボ子が握っている俺の秘密にあるのさ。

 俺は10年間、アース・ピースの裏の工作員として活動してきた。――やばい仕事ばかりだった。
 世間をにぎわす世界の重大事件には、必ずと言っていいほど首を突っ込んできた。それも合法、非合法を問わない力ずくの活動だ。
 だから、俺を牢屋へ閉じこめる理由ならいくらでもある。
 しかも、もし俺がアース・ピースの工作員だったことがバレると、今度はアース・ピースが黙っちゃいない。組織の裏側が暴露される事を恐れ、アース・ピースは俺を抹殺する手段だって躊躇せずに選ぶだろう。

 このロボ子を追い払ったりしたらどうなることだろう―――決まってる、この秘密を世間にバラす気なのだ。
 このロボットは悪びれもせずに言う。
 「わたしを追い出したりしたら分かってる? その時は、世界中に言いふらすからね」
 ロボットのくせにロボ子は俺を脅迫までしやがる。この秘密を武器に……。メシ抜きならまだいい方なのさ。

 俺がどこかに逃げ出せばいいじゃないかって?
 これがそうはいかない。なぜなら、世の中に溢れたロボキューに、一度でも目撃されたら最後、ロボット達だけの密かなコネクションが俺の居場所を元締めのロボ子に知らせる手筈になってるんだ。
 そうやってロボ子は俺の居場所を突き止め、そのまま居座り込んでいる。
 ミシビツの工場を黙って抜け出し、俺の所へ転がり込んできたロボ子。俺は世間の裏を歩いてきたからもともと世の中に素性を隠す生活。
 俺にその気はないが、これじゃあ「駆け落ち」を形成してしまう。

 なぜロボ子は俺の所に居座るのかだって?
 「ロボットにしておくにはもったいない。嫁にしたいぐらいだ」
 俺がつい言ってしまったこのセリフ。その言葉を、死んだ振りして聞いてやがったロボ子。それが俺の運の尽きだったのさ。
 何しろロボットのくせして自分を人間だと思い込んじまっている。
 それに比べりゃ、花嫁にあこがれ、新妻の生活を夢見たことは、さほど不思議じゃないと言えるかもな。

 「4チャンネル」
 俺の声に反応してテレビのスイッチが入る。粉ふきいもが出来上がるまでのあいだ、俺は朝の情報番組を眺めて待った。
 俺がソファーにのけぞってニュース番組を見ていると、ロボ子が、
 「ふーん」
 などと言い、スリッパをパタパタ音を立て、俺の隣に座る。
 「昨夜未明、**町で起こった不審火は、町内一帯に燃え広がり……」
 「まあ、怖いわね」
 煙がもくもくと上がる火災現場の画面が流れ、それに連動したように焦げ付いた臭いが俺の鼻のまわりに漂う。
 人間型ロボットが町中を闊歩し、音声認識でテレビの電源スイッチが入る時代だ。しかし臭いの出るテレビはまだ発明されてやしない。
 「おい、焦げ臭いぞ!」
 「まあ、いけない!」
 ロボ子は慌ててバタバタと台所へ駆け戻る。

 ロボットだから正確無比、沈着冷静で絶対に失敗しない、なんて事はこのロボ子には当てはまらない。これも人並み以上に人間並みだ。よく失敗もするし、さぼったり手を抜いたりもする。
 今、燃えないゴミの中に割れた皿の破片が3枚分入っているが、こいつは、突然出てきたゴキブリにビックリして、ロボ子が落としたものなんだ。

 換気扇を回し、ガス台のレバーを戻し、ロボ子が台所でバタバタしてやがる。
 ふと目をテレビに戻すと、ロボキューのCMが流れていた。
 「きゅっ、きゅきゅっ、きゅきゅっ、きゅ、ろーぼー、きゅ!」というおどけたCMソングが流れ、「お役に立ちます、ロボットと呼べるロボットはミシビツのロボキューだけ。一家に一台、ロボキューはいかが?」とテレビタレントがロボキューを勧める。
 思えば、このロボキューだって俺にとっては頭の痛い存在だ。
 ロボ子の頭脳がコピーして作られ、同じように俺の秘密を知ったまま世の中に溢れかえっちまった。
 その中の1台が、いつ「ハントはアース・ピースのメンバーだったのよ」と言い出さないか、気が気じゃない俺だ。

 「どう?」
 「……ちょっと焦げちまったが、でもうまいよ、この粉ふきいも。朝から粉ふきいもっていうのも思ったよりいいもんだ、あはは……」
 「まあ、ありがとう。こう見えても日々が努力の積み重ねなのよ。わたしの頭脳はあなたのために、お料理のデータが満載よ。テレビやインターネットで憶えたの」
 「ほう、そうかい」

 ……幸せそうに見えるって?
 無責任な判断はよしてくれ。そうさ、そうだな……一口で言って、このロボ子との生活は、まるで子供のおままごとだ。
 俺は、逃げ出すことも追っ払うことも出来ず、この、自分を人間だと思い込んだロボットのご機嫌をうかがいながらいっしょに生活しているんだ。そんな奇妙な生活を1年間も送ってきたのさ。

 それでもまあ、こんな風に、適当に構っておけば特に大きな問題も起こさず、炊事洗濯、諸々の家事をこなしてくれ、何かと便利なので部屋に置いてやってある。
 今日もいつもの通りの、のどかな朝だ。

 「はいあなた、新聞よ」
 「ありがとう。でも『あなた』はよしてくれよな」
 「もう、そればっかり。意外とつまらない事にこだわるのね。いいじゃない、あなたはあなたであって、ヒバリでも新幹線でもないでしょ。それにあなただって私のことをお前と呼ぶじゃない。『あなた』がダメで『お前』がいいだなんて、そんなの自分勝手だわ」
 「お前なあ……」
 「ほら、また言った」
 「……」
 これ以上の口答えは無駄と判断し、俺は粉ふきいもをぱくつきながら新聞の記事へ目をやった。

 でかでかと「ミシビツ」の字が目に入る。ここでもまたロボキューの広告だ。
――――
 ご安心下さい。
 ミシビツ製ROBO−Qは……
 人に危害を与えません。
 しかも、ご主人に忠実な働き者です。
 そして、決してウソを言ったりしません。
 しかし、ご家庭の秘密は何があっても守ります。
 全世界で6千万台の実績が証明します。
 どのご家庭でもこのロボキューにご満足いただいております。
――――

 ロボ子とはまるで正反対な広告に「ホントかよ」と思う。
 ロボ子は人の言うことに反発だってするし、ビンタを張りやがる。ウソは言わないにしても、はたして秘密を守ると言えるかは疑問だ。守るとしたって、その秘密をネタに脅迫されたんじゃ、たまったもんじゃない。
 この広告が真実なら「俺もロボキューの方がいいな」と思い、広告のロボキューの写真と、その向こうに座るロボ子を見比べた。
 ロボ子は、粉ふきいもにぱくついてる俺をさっきからじっと見ている。

 「あんまりじろじろ見るなよ。俺が物を食うのが珍しいのか?」
 「だって、もりもり食べてる姿って、見ていて気持ちがいいもの」
 「……」
 俺は新聞を大きく広げて顔を隠す。ロボ子は「もう!」などと言ってその新聞を取り払おうとする。
 「やめろよ、読めないじゃないか」
 「ニュースならさっきテレビを見てたでしょ」
 「新聞って言うのはだな、そう言うもんじゃないよ。文字としてのメディアが、だな……おい、やめろよ。……おや、この記事……こら、やめろったら! ちょっと待て、おい、この記事!」
 「また、すぐにそうやって誤魔化すんだから」
 「違うよ。この記事、お前にも関係ありそうだぞ」

 なぜその記事が俺の目を止まったかは、それは、そのタイトルに「ロボキュー」の文字が太いゴシックで書かれていたからだ。広告欄ではなく、三面記事の欄だ。
 「――お前も読んでみろよ」
 「ええ? なになに……まあ、『ロボキュー失踪、相次ぐ』ですって!」

 その記事を読むと、町から次々とロボキューが失踪する事件が頻発しているらしい。
 サブタイトルに「謎の連続失踪。誘拐ならば、さらわれる時も笑顔?」と書かれていた。
 最後に「?」が付いている理由は、誰もロボキューが失踪した理由を知らないからのようだが、誰もが納得の文句だ。それほどロボキューはいつも笑顔を絶やさない。優しそうなお袋顔でいつもニコニコ。失踪の原因が誘拐だったとしてもきっとニコニコしてるに違いない、と俺でさえ思う。
 それに引き替え、ロボ子の表情は豊富でなおかつ複雑だ。俺の見せた新聞記事を読みながら眉間にしわを寄せて、さも不愉快そうな顔つきをする。
 「まあー、なんて事かしら。ロボキューをさらうとしたら、いったい目的は何? おまけにこの記事、ロボキューのことをまるで間抜けのように書いてるわ……バカにしないでちょうだい。ロボキューには盗難防止機能がちゃんと備わっているのよ。もしさらわれそうになったら、その機能が働いて未然に防止するの。こんな具合に……」
 「えっ? こんなって、 おい!」
 深呼吸を始めたロボ子に、何か良からぬ事を予知した俺だ。
 「キャーーッ!」と、いきなりロボ子が悲鳴を上げた。その耳をつんざく高周波の悲鳴。俺は思わず耳を塞いだ。
 「ばか! やめろっ! ご近所中が目を覚ます!」
 階上の部屋でゴトンという鈍い音が響いた。
 「あはははは、驚いたでしょ」
 「ばか! そんなのただの悲鳴じゃねえか! 今のを聞いて誰かが駆けつけて来たらどうする!」
 そんな俺の狼狽に、ロボ子はニヤと不適に笑いながら、
 「ゴキブリー!」と、また大声で叫んだ。
 ……俺はまた耳を塞いだ。
 「どう? 『キャー』が聞こえたなら、『ゴキブリー』も聞こえたはずよね。きっと、ゴキブリ嫌いの若奥様がゴキブリと対面して驚いた声、と思うはずだから不審には思われないわ。いわば、どこのご家庭にでもあるような、微笑ましい朝の一コマね」
 「お……お前ってヤツは……」

 「――お前も誘拐されちまえ」俺はロボ子に聞こえないように小さな声でつぶやいた。
 「なんですって!」
 「うわっ!」
 しまった、こいつの耳は筋金入りの超高感度だったのを忘れていた。
 「――悪い悪い、言葉が足りなかった。『お前も誘拐されないように気をつかっちまえ』を短くしたんだ」
 「あら、それならいいけど。あんまり耳慣れない言い回しねえ……」
 すぐに引き下がったロボ子に俺はホッとしながら、
 「しかし、目撃者がいないのなら誘拐とは言えないな。この記事にも書いてあるが、電池切れが原因の、単なる失踪なんだろうさ」
 「あり得ない事はないけど、どうかしら?」
 「お前だってこの間、帰りが遅くなっただろ。あのときはお前がミシビツの人間にでも捕まったんじゃないかと思ったが、理由は『道に迷っただけよ』ときた。……何もそんなとこまで人間らしくする事はないんだがな」
 「わざとやってるわけじゃないのよ」
 「はは、まあそのうち行き倒れになったロボキューが次々と見つかるだろうさ。お前もそうならないようにせいぜい気をつかっちまえ」
 「まっ、失礼しちゃう」


 さて、のどかだった朝もここまでだった。
 この日は珍しく、俺の部屋へ来訪者があった。その来訪者とはロボキュー。
 最近、俺の部屋への来客といえば、決まってロボキューだ。しかも俺に会いに来るんじゃない。ロボ子へ会いに来るんだ。
 今回の大騒ぎのネタを携えてやって来たんだ。

 玄関口でなにやらひそひそ声でロボ子とロボキューが話し込んでいた。
 10分ほど話し込んだ後、「分かったわ、どうもご苦労様」そう言うロボ子の言葉を受けて、ニコニコと笑顔を振りまきながら、そのロボキューは帰っていった。
 「今のは誰だ?」
 「4丁目の山田さんちのロボキューよ」
 「また密告か? 悪巧みか?」
 「ずいぶんな言い方ね。まるで私が悪の組織の親玉みたいな言い方じゃない」
 「ははっ、確かにそうだな」

 俺のイヤミに、いつもならもっと言い返してきそうなロボ子が、この時はおかまい無しにバタバタと身支度を始めた。
 「どうしたんだ? 急に何を慌ててる? どこか出かけるのか?」
 「これから町に出るわ」
 「買い物か?」
 「わたし、決めたの」
 「決めたって、何を?」
 「わたしが見つけだす」
 「見つけ出すって、何をだ?」
 「何をって、あの犯人よ。ロボキューの誘拐犯。このまま私の分身達がさらわれていくのを黙って見てはいられないわ。できればあなたにも手伝って欲しいのだけれど……」
 「ちょっと待てよ。さっきの新聞記事か? しかし、そもそもまだ誘拐事件と決まった訳じゃないだろう」
 「いいえ、誘拐事件。今来たロボキューが教えてくれたの。誘拐現場を目撃した別のロボキューがいて、その子から口伝えの情報が入ったのよ」
 「なに! そんな事……俺んちに言いに来ないで、さっさと警察へ届け出ろと言ってやれ」
 「警察にはきちんと説明したと言ってたわ。でもあなたも知ってるでしょ、故意に記憶を書き換えられる可能性を考慮し、現在の日本ではロボキュー達の発言に証拠能力はないの。それを考えると警察がちゃんと捜査に乗り出してくれたか疑問だわ。じっとしてなんかいられない。この気持ち、分かってくれるでしょ?」
 「まあ、分からないことはないが……何しろロボキューとお前は分裂した細胞の片割れみたいなものだからな……しかしあんまり派手に動き回られると俺としては困る。お前は奈美ちゃんに似てるから目立つし、それによく考えてみな、お前も俺もお尋ね者だ。犯人を見つけ出すどころか、下手すりゃ俺達が先に捕まっちまう」
 「でも放っておけない。こうしているうちにも改造されて悪用されるかも知れないわ。そんなことになっちゃいけないと言ったのはあなたよ。……いいわ、あなたがイヤならわたし一人でもやってやる。手伝ってなんかいらないわ」
 「手伝うも手伝わないも、まず、もうちょっとロボキューの話を聞かせてくれよ」
 「……いいわよ」
 すぐにも部屋を飛び出しそうだったロボ子を落ち着かせ、一旦ソファーへ座らせた。
 「その時の状況はこうよ。まず、ゆっくりと走る1台のワゴン車が通りかかり、突然ロボキューのわきに止めて、あっという間にさらわれた……」
 「ほう、ずいぶん簡単な説明だ……しかしそれが本当なら確かに誘拐だ。言い方なら他にも拉致や略取、でもロボキューが相手ならどうなる? ロボットを『誘拐』とは言わないだろう。これは窃盗か強奪が正しいのかな。ところでロボキューはそのときどうだった? やっぱりニコニコしてたのか? お前は初めて会った時、随分と抵抗したから推して知るべし、かな」
 「それが、何の抵抗もしないまま、まるでマネキンを抱き上げるかのようにさらわれたらしいの」
 「そりゃ不思議だな。ロボキューらしくないぞ」
 「それが不思議じゃないのよ」
 「不思議だよ。だって悲鳴を上げるはずなんだろ? そう言ったのはお前じゃないか。催眠術か魔術でも使ったのかな、ロボット相手に? どっちか知らないが無抵抗だったなんて不思議だよ。それを不思議じゃないと言うなら……おい、何か知ってるな? そうなら、もったいぶらずに教えろよ」
 「いいわよ。でも……」
 ロボ子は「ここだけの話よ」と、右手を口に添え、ひそひそ話を始めるそぶりだ。
 「おお、なんだい?」

 そのロボ子の口から出た最初の言葉に、クールな俺でさえ、たまげて2メートルほど吹っ飛んじまった。
 なにしろその言葉というのが、
 「わっ!」
 だった。

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