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われは宇宙人
 <序>

 その女は人類を滅亡させるためにやってきたエイリアン。
 なぜ知ってるかというと、その女が自分でそう言ったからだ。

 「滅亡させると言っても今すぐという訳じゃあないわ。わたしはその時期を見極めるために派遣されたのよ。前任者が任期を終えたので、その交代要員なの。でもわたし、前任者ほど甘くないわ」

 みんな、無事か? 地球はまだ滅亡してないか?
 ...そうか、そりゃあ良かった。まずは安心したよ。


 1.招かざる客

 その女は宇宙人。しかし、そう教えられなければそうと気づく奴はいないだろう。
 地球の人間と違うところなんか見あたらない。人間と同じ内骨格だし、瞳に瞬膜も無ければ牙も尻尾もない。どこにでもいる普通の女の子だ。
 休暇で朝遅くまで寝ていた俺の部屋へ、その子は突然現れた。
 顔つきは愛らしいが、初対面の時には目つきが悪く、冷淡なまなざしを俺に投げかけていた。しかも見下ろしていた。
 「お目覚めかしら? 門間(もんま)君」
 それが俺の記憶に残っている彼女の最初の言葉だ。
 「ううう...あと5分寝かせて...」
 「さっきもそう言ったじゃない。いい加減目を覚ました方が良いんじゃなくって!」
 布団から飛び起きた俺の、すぐ脇にそいつは立っていた。
 「うえっ? ...誰え、君い? ...お前は誰だあ...誰だお前!」
 「一回言えば分かるわよ。私の名前は『オカシモ・ンノッコ』。発音しづらいでしょうから『ノッコ』でいいわよ」
 寝起きの焦点の合わない目をこすりながら、その女は少し微笑んだようにも見えたが、俺にはそれに微笑み返しする余裕はなかった。
 「ちょっと待て待て。俺は寝ぼけてるのか、それともまだ夢を見てるのかな。お前なんか知らないし、どうしてこの部屋に? 念のため言っておくけどさ、俺の名前は門間秀隆だぞ。部屋間違えてないか? それに、その『ンノッコ』というふざけた名前は何だ。いったいお前、誰だ!」
 俺の質問責めに、女は少しため息を吐きながら、ちょっと間を開けて返答を始めた。
 「だから『ノッコ』でいいと言ったでしょ。あなた、確かに寝ぼけてるわよ。私とあなたは初対面だけど、決して夢じゃないわ。あなたが門間君であることもちゃんと分かってる...だって、さっきそう呼んだでしょ。そして私は宇宙人。あなたの国の言葉で言えばね」
 「おまえ...何言ってるんだ?」
 俺は思った。これはきっといたずら好きの友人が仕掛けたものか、あるいは少し頭の変な奴が迷い込んだのだと。
 「何よ、ちゃんと質問に答えたでしょ。答えが悪いとすれば質問が悪いせいよ。愚問には愚答しか得られないの」
 「違うよ。今、宇宙人と言っただろ?」俺は少し眉をひそめてみたが彼女は平然としていた。「おまえ、みんなから良くそう言われるのか?」
 「変人の意味で言ったのなら違うわよ。私は正真正銘の宇宙人。証拠が欲しければカーテンを開けて外を見てちょうだい」
 俺は起きあがって彼女が言うようにカーテンを開けてみた。するとそこには朝から大きな丸い月が出ていた。
 「朝っぱらからこんなにでかい月が出やがって...」
 寝言のように言いながら俺は「いや、そんなバカな」と気づいた。なぜなら向こうのマンションがその月の陰になっていたからだ。
 「なんだこりゃあ!」
 それはエッシャーの版画を見るようだった。正しい位置関係が崩れた光景に、俺はつかんでいたカーテンを引きちぎりそうになった。
 「ね...何が見える?」
 「な、何がって? ま、丸い月が...UFOのようだ!」

 俺はホントに驚いたが、叫んだりわめいたりは出来なかった。ただ、目が皿になっていたはずだ。何しろUFOだ。丸さはいっしょでも、ダイエーの看板を見間違えたんじゃない。全体が銀色で、二次元的看板とは異なる立体的な物体だ。
 「ふふふ、目障りかしら?」
 女は少し自慢げに笑いながら、肩に掛けたバックをごそごそさせて何かを操作したようだった。途端に月形UFOが「ふっ」と消え失せた。
 「わっ、消えた! ど、どうして消えた?」
 「私が消したのよ。もう一度見たい?」
 気のないフリをしてまたも女は自慢げだ。驚くしかない俺を手玉に取ったように余裕の笑みを浮かべている。そして女はまたごそごそし始めた。
 「ポン」という効果音があればこれほどぴったりくるものは他になかっただろう。銀色の玉がまた目の前に出現した。こんなことが出来るのは、この女を置いては他に、カッパーフィールドぐらいだろうか。
 このUFOの出現と消失には、演出的な面ではカッパーフィールドの方に分がありそうだったが、俺はこの時点で気づいていた。この女のなす技が、マジックショーのトリックの域を越えていることを。
 「お、お前...さては宇宙人か?」
 「あら、言わなかったっけ」
 「ど、どこから来たんだ?」
 「そんなに動揺して、これから言うことをちゃんと聞けるかしら? 私は地球から800光年離れたアンゴ星団から来たの。わたしの住む星はその星団の中にあるル・モア星。この地球によく似た惑星」
 「はっぴゃく...光年?」
 俺はUFOには驚いたがこの途方もない距離には驚けない。なぜなら800光年と聞いてもピンとこないからだ。
 「そんなSFみたいな事、今ひとつ信じられない。それに『アンゴ星団』なんて聞いたことないな」
 「あらそう? じゃあ『アンゴ』と『ル・モア』をつなげたらどうなると思う? きっと聞いたことあると思うんだけど...」
 「『アンゴ』に『ル・モア』?...アンゴ、ル・モア...アンゴル...あれっ、アンゴルモア? 聞いたことあるぞ、アンゴルモア...ええっと何だっけかなあアンゴルモア...えっ、アンゴルモアってあの、アンゴルモアか!」
 「どうやら気づいたようね。そうよアンゴルモア。地球じゃこの時分、さぞかし有名でしょ」
 「すると、お前が恐怖の大王か。目的は人類の滅亡か!」
 「まあ失礼しちゃう。こんなかわいい子をつかまえて大王とは何よ。私の任務は地球を監視すること。宇宙全体に悪い影響を及ぼさないうちに手を打つことなのよ」
 「影響?」
 「文明を持つ星は地球だけではないのよ。宇宙はみんなのもの。そして地球の環境破壊は宇宙全体の環境破壊でもある...」
 「それで、打つ手って、どんな手だ?」
 「そうね...手の施しようがないと判断できたら、結局、人類滅亡かしら」
 「やっぱりそうじゃないか!」
 「それはあなた達、地球人次第よ。滅亡させると言っても今すぐという訳じゃあないわ。わたしはその適正な時期を見極めるために派遣されたのよ。前任者が任期を終えたので、その交代要員なの。でもわたし、前任者ほど甘くはないわ」
 「しかし宇宙人とはねえ...今一ピンとこないのは君のしゃべる流暢な日本語のせいかな」
 「流暢? そうかしら。ちょっとボキャブラリーが貧弱だし、文法もめちゃくちゃだと思うんだけど...」
 「そんなことないよ、立派な日本人だ。たいしたもんだ、どう見ても宇宙人と言うことはないなあ。まあいいや...でも、どうしてまた俺の所へなんか来たんだ?」
 「あなたにはこの私の活動に協力して欲しいの。地球上の生活には不慣れだし、私はたった一人でやって来たか弱い宇宙人...」
 「ヤだよ。地球滅亡の片棒を担ぐなんて」
 「あっ...でも協力してくれたらあなただけは救ってあげる...それならどう?」
 「それでもイヤなものはイヤだ。そんな悪魔に魂を売るような真似は出来ないんだよ」
 「イヤなの? ホントにイヤなの? 困ったわ。きっとうなずくと思ったのに...じゃあ、仕方ない、あのことみんなにバラしちゃおうかな...おもらしくん」
 彼女はニヤリと不敵な笑みを俺に投げかけた。事態は意外な方向へ展開してきたようだ。
 「ななな、なに? 今なんて言った? おもらし君とは何だよ?」
 「うろたえたわね。あなた、中学校の時の授業中...」
 「なな、何を言い出す?」
 「日本語禁止の英語の授業中に...」
 「わわっ、そ、それは...」
 「『トイレへ行きたい』の英語が言えずに...」
 「やめろっ! それ以上言うな!」
 俺の慌てふためく姿が滑稽に見えたのか、その女は「ククク」と笑っていた。
 「...どう? 協力する気になった? あなたのことは全て知っているわ。あんまりいい体験してないようだけど」
 「へん、ほっとけ」
 「知ってるのはそれだけじゃないわよ。あなた、ずいぶん悪い子だったのね。学校のバザー券を偽造してタダで焼きそば食べたり、自宅で110番にいたずら電話して、あとで親にこっぴどく叱られたり、理科室のエチルアルコールを水割りにして飲んだり、同じく理科室から盗んだアンモニア水を女の子にこっそりふりかけたり...その子はそのあと1週間、学校を休んだのね。女子更衣室の跳び箱の中に隠れて着替えを覗いていたらその子に見つけられて、先生に報告されたその仕返しだったとは...でもその子のことをホントは好きだった。哀れ門間君、初恋も自業自得の大失恋...ふふふ。ざっと言って、中学生の時だけでもこんなに。高校に入ってからは...」
 「分かった分かった、全部言うな。そんな秘密をバラされるよりは地球ごと無くなってくれた方がマシだ」
 今となっては耳をふさぎたくなる俺の秘密を、この女はなぜか知っている。
 「じゃあ交渉成立ね。良くって、あなたは今から私の手先よ。いい事」
 「ちぇっ、仕方ないな。しかし、何だってそんなことまで知ってる?」
 「理由が知りたい? いいわ、教えてあげる。わたし、あなたが寝ている間に、あなたの記憶をコピーしたのよ。今、わたしの頭の中にはあなたの今までに蓄積された経験や知識と同じものが入っている...もっとも理由は、この国の言葉を手っ取り早く習得するためであって、決してあなたの過去の過ちを知るためじゃないわ。女の私にとって、想像を絶するようなおぞましい経験もしてるようだし、そんなことまで知りたくはなかった」
 「人の記憶を盗んでおいて、そんなこととは何だ!」

 俺は逃げ出したかったけど、相手は宇宙人だ。その進んだ科学力を持ち出されては、俺は圧倒的に不利だろう。
 それに俺の弱みを全て握っていやがる。例え強みがあったとしても、それさえ知られて手の打ちようがないのは明らかだ。なにしろ俺の脳の中を隅から隅まで見られちまったらしい。俺が忘れかけていたことまで言い当てやがる。情けないが素直に降参するしかないだろう。

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