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  5.地球は無事か

 ノッコの星まで800光年。光速の何百倍ものスピードで飛ぶ船でも、その星までには四日間を要した。
 俺はスクリーンセーバーの様に流れる星を眺めて過ごし、ノッコは棺桶の中で延びをしたりアクビしたりして暇をつぶしていた。
 あまりに退屈で寝て過ごす時間が長かったが、天井からハンモック状のベッドが出現してソファーにごろ寝は免れた。

 そしてついに四日目。惑星への接近を船のアラームが知らせた。

 「あれが君の星か。以前見たことがあるようだ」
 「当たり前じゃない。あなたの頭の中には私の記憶が入ってるんだから」
 「そういやそうだな。しかし、俺はこれからどうなるんだ。地球へ帰れるのか?」
 「お望みなら帰ってもいいわよ。みんなといっしょに滅亡するのも選択肢の一つね。でもあなたは恩人だから、ホントにどう、私の星で暮らさない? 功労者は優遇されるわよ」
 「功労者? 海賊から地球を守ったからか? でも滅亡させるはずの地球を守って、何が功労なんだ?」
 「よその星に占領されちゃあメンツがつぶれちゃうのよ。地球を滅亡させる最後の判断は私の星の役目。だからこの役目は他の宇宙人に取られちゃいけないのよ。宇宙人にも見栄やプライドはあるのよ。奴らをやっつけて、これでやっと落ち着いて地球を滅亡させられるわ」
 「何だよ、せっかくあいつらの侵略から守り抜いた地球を、結局滅亡させるのか?」
 「あなたには悪いけど私の決意は変わらない。名誉の負傷で早々の凱旋となっちゃったけど、地球の荒廃ぶりは十分に分かったわ。地球は救いがない星だと報告して滅亡させるプログラムをスタートしてもらう」
 「あの戦いはいったい何のためだったことやら...なんてこった」
 「ね、このまま私の星で暮らしましょ。地球へ戻ればあなたも滅亡よ。悪いことは言わないわ。私の星でいっしょに暮らしましょ」
 「まるでプロポーズみたいだな...お誘いはうれしいが、それは出来ない」
 「何言うの。あの秘密、全部バラすわよ。そんな地球では住みづらいでしょ」
 「ああ、バラすならバラせ。でもな、地球が滅亡するのなら俺を笑ってるどころじゃない騒ぎだ。そうすりゃ俺は気にならない。全然平気さ。そんな脅しなんかきかないぞ」
 「あら、開き直ったわね」
 「そうさヤケクソ...でもそういうことなら俺にだって奥の手があるぞ」
 「なによ? 奥の手って」
 「ああ、言ってやろう。俺の奥の手は、だな...」
 俺はこれから言う言葉を、低く押し殺しながらドスを利かせてみた。
 「...俺だって、バラすぞ」

 なんだか彼女には今まで一方的だった状況を逆転したような感覚が湧いてきたんだ。そうさ、俺にだってこの手が使える。ドスを利かせた上に「にやり」と不敵な笑みを浮かべてやった。
 その笑みが見えたかのように、ノッコは不安な表情を隠さなかったさ。
 「バラすって、な、何を?」
 「忘れてないか? 俺にも君の記憶がコピーされたんだぞ」
 「...どきっ」
 「その記憶をひもとくと...ほほう...君は地球へ来る前は別の惑星の大使館にいたんだな...」
 「ななな、何? 何を突然言い出すの?」
 「おや、うろたえたな...そこで行われた記念パーティーで君は体調が悪くなり、***の+++が出来なくて...」
 「ああっ、イヤ。それは言わないでぇ!」
 「×××を@@@の代わりにしてはみたものの」
 「きゃーっ!」
 「再び襲った###に耐えられなくて...」
 「やめてーーっ!」
 彼女は顔を真っ赤にして緑の液体の中に顔を埋めた。
 「ははっ...これを出迎える連中に話したらさぞや笑いを取れるだろうなあ...しばらく君に抵抗は出来ないようだし?」
 「卑怯者っ」
 「卑怯者? 俺が? それはないだろう。君が俺を卑怯者呼ばわりするなんて説得力が無いなあ。君が俺にしたのと同じ事をしたまでだぞ」
 「...もう」
 「それだけじゃない。君は...あれっ、そうだったの? 君はそれが理由で失恋か。その痛手の末、地球の監視役を買って出た...地球の言葉で言えば、動機が不純、だね。精神的に破れかぶれになっている。こんな子に地球の運命がまかされていたとは...」
 「いやねっ、失礼しちゃう。ぷんぷん!」
 「はっはっはっ...さてと、話は変わるが、今日からお前は俺の手下だぞ。いいな」
 「もう、立場逆転して、さぞいい気分でしょうね!」
 「おや、どうも態度が反抗的だなあ」
 「まあ! もう...分かったわ、降参よ。私はあなたの命令に従います」
 「うむ...まあ、いいだろう。じゃあ、まず最初の命令だ」
 「何よ」
 「とりあえず、地球はまだまだ大丈夫だと報告してもらおうか」
 「もう、記憶を移植するんじゃなかったわ!」
 「返事は?」
 「はい、分かりました!」

 俺は勝った。この、技術でも文明でもかなわない宇宙人に俺は勝った。いささか卑怯な手ではあったが俺の弱い立場上致し方ない。ノッコは水槽の中でふくれっ面をしている。
 「ああ、もう! くやしいーっ!」
 その水槽で水しぶきが上がる。
 「コラ、おとなしくしてないと治りが遅くなるぞ」
 俺のこの言葉にノッコは「コクリ」とうなずき、素直におとなしくなった。主導権はすっかり俺の方に移ったようだ。
 「そうね、こんなひどいケガは初めてだわ。おとなしくした方が身のためね...ねえ、お願い。私の体の損傷状態を教えて...」
 「そうだな、肘と膝から先以外は特に...痛むのか?」
 「ここから出たらショック死ね。でも大丈夫。それよりも、その...私の顔...どうなってる?」
 「顔ね、やっぱり女の子だな、気になるのか? そうだな...ううんと...ちょっと笑ってみなよ」
 「こう?」
 「そう...ははは、いいスマイルだ」
 「ねえ、そうじゃなくって、損傷はどれくらい?」
 「そうだな、初めて会ったときより良くなってるかな」
 「ええ? どういうこと?」
 「そうだな、つまり...お前、笑ってさえいれば、ずいぶんかわいいよ」
 「えっ」
 ノッコは驚きながらも少し顔を赤らめたようだ。

 「わたしね...どうせ知ってると思うけど、言われる前に言っておきたいことがあるの。それは...」
 「ちょっと待った」
 俺はノッコの口を止めた。
 俺にコピーされたノッコの記憶には、なぜ俺が選ばれたかも漏れていなかった。どうやら俺は、彼女の好みのタイプのようだ。それが理由で選ばれたのなら悪い気はしない。
 宇宙人とはいえノッコも年頃の女の子。行動を共にする人間を選り好みするのは罪にならないだろう。痴漢に遭ってあんなに怒ったのも俺の態度がクールすぎたからのようだ。
 そんなノッコの思いが何だかいじらしく思えた。
 「分かってるさ、言わなくてもね。それを君に言わせては男として失格だ」
 「ああ、優しいのね...エノヌラオモトクカサナホニオカ、ラキホノサッタエモチフ...」
 またノッコはル・モア星の言葉でしゃべり始めた。でも今では俺にだって理解できる。
 「そんな表現、今時誰も使わないぜ」 
 「しょうがないでしょ、あなたのボキャブラリーから引用したんだから」
 「悪かったな、ボキャブラリーが貧弱で。じゃあお返しだ...実はな、俺もお前のことが、オユリエチケッタニニクス」
 「まあ! うれしいわ。アウィイソハゴモドクナスカツ」
 「おやおや、お前の星の女は、積極的だからマケソウだよ」

 俺は、ノッコに対して一つの感情が芽生えていくのを感じていた。ノッコも俺と同じだろうと確信できる。
 その感情とは「愛」
 そう言えばノッコが言ってたっけ。理解し合えば自ずと愛は芽生えるものだ、と。
 お互いの記憶を交換し合い、これ以上の理解なんてあるだろうか。お互いを深く知り合えば、そこにある結末は愛。二人に愛が芽生えるのはごく自然な結末なのさ。
 ふと、この感情は例の機械の副作用じゃないか、と考えがよぎるが、そうであってもなくても、芽生えちまったら止められない...

 丸い盆のような惑星が、明いた宇宙船の穴から見えた。見えたと思ったら手を伸ばせば届きそうなほど眼前に近づいてきた。あっという間だった。
 俺は操縦レバーを右にゆっくり回しながら徐々に押し込んだ。自動操縦が解除された船を減速させ、その惑星の大気圏をゆっくりと降下させた。その間、上空からの眺めをゆっくり鑑賞することができる。
 何となく地球に似てはいるが陸地の形が地球の地図に載っているどの大陸にも当てはまらない。当然ながら、俺には見たことのない星だが、しかし彼女の記憶が知っていた。
 そしてこの船をどこに着陸させれば良いのかも、そしてそこで受ける歓迎も、俺には分かっていた。

 −−−−−−−


 この星へ来て何ヶ月になるだろう。
 今じゃあ俺は、この異国の星に住民権を得るに至った。晴れて宇宙人の仲間入りだ。そしてノッコとはアツアツの関係だ。
 ちなみにこの星では「アツアツ」を「ウタウタ」と言う。

 彼女は、この星の機械で自分自身を再生し、今リハビリ中だ。もう半年もすれば元通りになるだろう。俺が付きっきりでサポートしている。
 サポートマシンはいくらでもあるが、俺が付き添った方が治りが早いとデータが打ち出した。
 完全に回復したら、しばらく「ル・モア星」でノッコとバカンスだ。

 ところで、みんな無事か? 地球はまだ滅亡してないか?
 ...そうか、そりゃあ良かった。まずは安心したよ。
 そうなら地球の延命に成功したようだな。ならば、この俺の活躍と機転に感謝しろよ。

 この宇宙人が本気で地球を滅亡させる気だったか否か、真意は分からない。でも万が一のために覚悟しとけ。彼女にはすぐに代役が当てられたらしいからな。
 地球人達に一言言っておこう。もし見知らぬ宇宙人が訪ねてきたら、せいぜい優しく応対するんだ。
 俺に出来たのは、ほんの少しの時間稼ぎだった、なんてことのないように...


                          「われは宇宙人」完

 

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