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  4.スター・ウォーズ

 「もし抜けていたらとっくに命はないわよ。ちゃんと息してるでしょ。とにかく痛くて痛くてたまらない。気を失う前に早く...その棺桶へ入れて...」
 「よし、分かった、この中にお前を納めればいいんだな」
 息も絶え絶え、瀕死な彼女を抱き上げ、俺はその巨大な金魚鉢の中にノッコの体を沈めた。
 「成仏しろよ...」
 俺はてっきり彼女がこのまま死んでしまうものだと思っていた。しかし緑の液体に浸ると、ノッコの顔には途端に血色が戻ってきた。
 「ああ、生き返ったわ。体中から激痛が消えてゆく...」
 「お前、そんな状態で大丈夫なのか? 棺桶で生き返るとはドラキュラみたいだな」
 「この装置は、こういった重傷時に生体の代わりに新陳代謝や栄養補給を代行してくれる生命維持装置なの...ふう、いい気持ち」
 「そりゃすごいや。何でもありだ。しかしあの光線は何だったんだ」
 「地球侵略を企てる野蛮な海賊船団の攻撃よ。きっと今回の交代の隙を狙っていたのね。油断したわ。月に隠れてたなんて...地球に異常を察知されないように私の船が月に隠れるのを待ってたのね。とりあえず緊急的に脱出したけど...奴らは地球の占領を狙っているのよ。今まで我が星が統治権を握っていたけどそれを無視して割り込む気なのよ。全く油断も隙もあったもんじゃない。あなたの地球は今まで我が星が親切に守ってあげていたのよ。感謝してね」
 「感謝したって絶滅させる気だろ? 今なら奴らの方に親近感が湧くな」
 「ばーか。じわじわ殺されるより一息に殺される方がいいでしょ。それが親切ってものよ。いわば親心ね」
 「それは...ありがとう?」
 「どういたしまして」
 「しかし良かった。お前、元気が戻ったな。口が悪くなったのが証拠だよ。でもちょっと待て、おい、また何かアラームが出たぞ」
 「私は目もやられて、何も見えないの。代わりに読んでみて」
 「読めと言っても日本語じゃないし、読めるわけないよ」
 「大丈夫。私の星の文字はあなたの国のカタカナによく似ているわ。一文字ずつ一番似たカタカナで言ってみて」
 「分かった、やってみるよ」
 パネルをのぞき込むと、ノッコの言う通り、確かにカタカナに似ていた。俺は一文字ずつカタカナに当てて読み上げていった。
 「ウ、ト、ツ、オ、ユ、シ、ニ、エ、ス、コ、ミ、ノ、グ、ヌ、ツ、プ、ジ、ユ...」
 「分かるわよ、ありがとう」
 「もう一つあるぞ」
 「じゃあそれも読んで」
 「オ、グ、ン、ハ、ナ、ン、ウ、ユ、ト、ニ、ツ、ケ、サ、ガ、ヒ、ケ、グ、オ、ク...と、この二つだけだ」
 「二つだけって、一つだけでも十分に厄介よ」
 「何が起こったんだ? 俺にはさっぱりだ」
 「この進路のままでは、あと10分で木星に激突するわ」
 「何いー!」
 「ほっとけばね」
 「じゃあ進路を変えなきゃあ」
 「それはやってみるけど、もう一つのアラームがさらに大変よ。さっきの海賊に追跡されていると言っている。木星にぶつかる前に、奴らの船に追い付かれてしまう」
 「じゃあ、いい考えがあるぞ。木星に激突しそうなこの船を奴らにお願いして助けてもらうってのはどうだ? 一石二鳥だ」
 「冗談なら言う時を考えてね。もし本気なら、なお悪いわ」
 「しかし今の状態でどう切り抜ける? 俺の少ないボキャブラリーによれば、この状況は『前門のトラ、後門のオオカミ』だ。しかもお前はそんな状態だし...どうする気だ?」
 「どうするって? 呑気ね、決まってるじゃない...あなたが操縦するのよ」
 「俺がぁ? 俺が操縦するのかあ? そりゃ無理だ。俺は空飛ぶ円盤どころか、自動車免許も持ってないんだぞ」
 「知ってるわ。とにかく私が指示するようにやってみて。あなたの星ではスチュワーデスだって飛行機を操縦することが出来たでしょ」
 「そりゃ、映画の中での話だろう」
 「映画でもマンガでも...何もしなけりゃどのみちアウトよ。いいこと、グリーンとレッドのパネルがいくつか並んでいるわね。そのうち両方が点滅している場所がある。そのグリーンのボタンを押すと予備の操作レバーが出てくるはず。やってみて」
 「なになに...ああ、ここだな...そしてグリーンの...おお、出たぞ! 竹の子が生えるようにレバーが出てきた」
 「そのレバーを右に回すようにしながら押し込むのよ。そうすると点滅していたパネル表示が赤の点灯に変わるはず」
 「なに、ちょっと待て。レバーは出てきたが、回しながら? 押し込む? パネルは...変だな、グリーンになったぞ」
 「ばか、左に回したでしょ! それじゃあ逆回し! 加速モードになってる」
 「うわっ、ホントだ。思いっきり加速しやがった。星が流れる! これじゃあ、あっという間に木星だ」
 「もう、世話焼けるわね。失敗したら一回レバーをゆっくり引き上げて...」
 「こうかな?」
 「あんまり引き上げすぎるとストップしちゃうから気を付けてね」
 「うわあ、それを先に言えよ。ホントに止まっちまった。奴らに追い付かれる!」
 「この役立たずのぶきっちょ! 力の加減ってものがあるでしょ! じゃあ、最初っからよ。まずレバーを...」
 「ダメだ! 俺には無理だ」
 「何よ、弱気になって。あなたの操縦にかかっているのよ!」
 「そんなこと言ったって...」
 「ああ、もう、じれったい!」
 ノッコは棺桶の中でジタバタもがいて、緑の液体に波を発生させていた。
 「じゃあ、こうなったら最後の手段よ。これから言うことを良く聞いて」
 「ああっ、船が宙返りを始めやがった!」
 「もういいったら、レバーから手を離して!」
 「ごめん...やっぱりあきらめるか?」
 「いいえ、まだあと5分の猶予があるわ。何とかなる。そのレバーの下に引き出しがあるでしょ? そこにある私のバックを開いて中のものを出して」
 「うん、あったぞ。なんだかヘッドホンみたいなものが入っている」
 「そうよ、それ。その赤い色をした方を私の頭に被せてちょうだい」
 俺は言われるままに赤いヘッドホンをノッコに被せた。
 「こう、だな?」
 「そうよ。そして、そのもう一つの緑色のヘッドホンを、あなたが被るのよ」
 「こうか?」
 「こうか、と聞かれても私には分からないわ。被ったらあなたのヘッドホンにはボタンが付いているから...右耳の上辺りよ。それを押してちょうだい」
 「これで何が...」
 「説明はあと...早く!」

 俺はノッコの指示に従いボタンを押した。
 途端に気を失いそうになった。平衡感覚が突然消え失せ、立ってなどいられない。意識を失う前に「ズシン」という音が響き、ノッコが「ごめんなさい、ボタンを押す前に寝かせるべきだったわ」と言っていたから、恐らくぶっ倒れたのだろう。
 しかし痛さの感覚を感じる間もなく、突然夢が始まったような、何だか妙な気分だった。

 二、三分して意識が戻ったとき、俺の頭はまだボーっとして夢心地だった。
 「早く目を覚まして!」
 ノッコの声で俺は意識を戻した。意識を戻しても船内の状況に変化はなく、相変わらずがれきの山だ。
 しかし俺の内部では劇的な変化が現れていた。
 「わかる! わかるぞ! 船の操縦の仕方がわかる! それにこの兵器の使い方もだ。なぜだ?」
 「それでよし、これでやっと手間が省ける。いちいち説明するのが面倒だから私の記憶をあなたに移植したのよ...私があなたの記憶をコピーしたようにね。こんな逆のケースは初めてだわ。とにかく奴らをやっつけてちょうだい。奴らは数で勝負する下等星人。こんな小さな船だけど、戦力火力はこっちが上。相手が何隻でも対等以上に戦えるはずよ。もうあまり時間がない。あとはあなたに任せたからね!」
 「まかせとけ。ゲームなら得意さ。さあ反撃だ!」

 俺の頭脳の中には今まで知らなかったこの船の操縦方法や武器の使い方が手に取るように分かった。あれだけの損傷を受けていながらこの船の機能は何一つ失われていない。船には大きな穴があいたが、何重にもバックアップされた回路の一部が破壊されたにすぎなかった。
 この船の最大の武器は「重力弾」と呼ばれる大砲で、人工的に作った重力のタマを発射する。
 無理矢理に重力のゆがみを作り出し、そのプラスのゆがみとマイナスのゆがみを時間差で放出する仕組みだ。その「重力弾」一発の威力たるや、月の4分の1ほどの重量物を放出させるに匹敵する。例え命中しなくてもこんな重力波が近くを通り過ぎればひとたまりもない。
 あまりに強力で、そしてどこまでも突き進むので、適当なところでプラスマイナスが打ち消し合って消滅するように調節してある。先に打ち出されるプラスのひずみを、あとからマイナスが追い付くように初速に違いを持たせているようだ。そうしないとどこかの天体を破壊するまで飛び続けるからだ。
 この武器は船の推進方法からあみ出した副産物で、船は進行方向にプラスの重力場、後方にマイナスの重力場を作り出し、その重力場の傾斜をスノー・ボードで滑るように進行する仕組みだ。空間ごと滑るので中の人物にGはかからない。

 奴ら海賊達にはこの船の武器の存在を知っていたのか遠巻きに構えていたようだが俺の運転がめちゃくちゃで油断したらしく、いつの間にか射程内に入って来ていた。
 ノッコは下等星人と言ったが奴らの技術力だって地球のそれの数段上を行っている。あの強力な光線弾でこの船に穴が明いたが、地球の核兵器ではこんな穴は明けられない。
 しかしノッコの星の方が更に上を行っている。
 奴らはさっきみたいな奇襲作戦以外に手がないらしい。もしノッコの星の警護がなければ地球は奴らの侵略を免れなかっただろう。

 俺は、奴ら海賊の逃げ回る行動も予測し6発ほどの重力弾を撃った。奴らは慌てて逃げ惑ったようだが回避不能だ。さっきと同じ光線弾で何発か応酬してきたけれど、どれも簡単によけることが出来た。
 ノッコが言う通り奴らは数にものを言わせるタイプのようで、その船数は30ほどもあったが一隻も残らなかった。日本の風物詩の時期にはまだ早いが、木星に30発の打ち上げ花火が上がった。

 こんな武器があれば地球なんかこの船一隻でも十分に滅亡させることが出来ちまう。ものすごい兵器だ。


 船は俺の操縦で木星衝突コースを回避し、安全なルートをゆっくりと飛んでいる。
 「ありがとう。良くやってくれたわ」
 「危機一髪だった。これからどうする?」
 「まず私の体を再生しなくちゃ。この船の設備では無理だわ。遺伝子分析再生装置はどんなにコンパクト化してもこの船には大きすぎて積みきれない。私の星へ一度帰りましょ。操縦の仕方は言わなくても大丈夫よね。目標座標は...」
 「それもわかるよ。不思議なほど鮮明にね。こんなに離れた星でも星間航法を使えば四日で到着だ」
 「そ...その通りよ」
 自分で自分の記憶に驚いた。ノッコは説明が出来なく、優越感を得られないのがしゃくなのか、少し不愉快そうだった。
 彼女の手足は蒸発してしまったが、ル・モア星の技術で完全再生することが出来る。進んだ遺伝子技術のたまものだ。
 こんなきゃしゃな女の子が、たった一隻の船に乗って一人っきりで地球へやって来る。こんな無謀にも思える危険な任務が彼女の星の技術力の裏付けがあってのことだと納得できる。

 「しかし、あんたの星の技術はたいしたもんだ。良くこんな状態で飛んでいられるな、この船。明いた穴から外の宇宙が丸見えだ」
 「この船は...言うまでもないと思うけど、船体を囲む空間ごと移動しているのよ。船に穴は明いたけど、空間に明いたワケじゃない。宇宙空間にはいろいろな障害物があって一つも当たらずに航行するなんて確率的にも無理ね。この船はそんなときでも無事に航行が続けられるように出来てるの」

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