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夢

「夢で会いましょう」 
 1日目

 <こんなに目覚めの良い朝は生まれて初めてだ>

 私の名は高木良介、26才で独身。未だ彼女はいない。
 それというのも仕事が忙しいからであって、決して奥手と言うわけではない。
 今日はあこがれの美子ちゃんの夢を見た。
 その夢は尻切れトンボで終わらずに、美子ちゃんに会ってさようならと別れるまできちんと最後まで続いた。
 目覚めた今さっきまですぐそこに美子ちゃんが居たような錯覚を起こすほどリアリティ溢れる夢だった。
 カーテンの隙間から差し込んでくる朝の日差しに目を覚まし、私は今見たばっかりの夢の余韻に浸っているところだった。

 ...ここはさっきまで見ていた私の夢の中。

 「良介君?」
 私を呼ぶ娘が居る。「誰だろう?」と私は振り返った。
 「やっぱり良介君だ、後ろ姿でわかっちゃった」
 そう言って私に声をかけてきたのは、私のあこがれのマドンナ「藤沢美子」であった。
 おしゃれな普段着を着て私に微笑みかけている。いつも会社で会う制服姿とはまた違った感じで新鮮な印象を受けた。彼女から声をかけてくるなんてラッキーだ。
 「や、やあ、藤沢さん。こんな所で奇遇だね」
 私は照れながら返事をしたが「こんな所」の「ここ」は一体どこなんだろうと周りを見回した。
 見るとそこは駅前のCDショップの中だった。私はお気に入りのアーティストの新譜を探している最中だったらしい。
 「何を探してたの?」
 彼女が気さくに聞いてきた。これは彼女とお話をする絶好のチャンスだと私は思った。
 「うん、実は『エアロスミス』の新譜『ナインライブス』なんだけど...」
 私は既にそのアルバムを持っていたが夢の中でもう一回買おうとしていたらしい。
 「わあ、良介君もなの? ますます奇遇ね、私もそうなの...そうだ、良介君、二人で同じもの買うより、一枚別のを買ってお互いに貸し合おうよ、実は私『ドリカム』の『ベスト』も欲しかったんだ」
 彼女の提案に断る理由など無い。私は無条件で賛成した。
 「あっ、それ俺も乗った」
 「じゃあ決まりね。私は『ドリカム』を買うから良介君は『エアロスミス』買ってね、そして2、3日したら交換しましょ」
 「オーケー」
 「でも、良介くんも『エアロスミス』聞くんだあ...結構ハードだよね」
 私はエアロスミスの大ファンである。エアロスミスを語らせればひとかどな人物である。決して「ドリカム」と同じ土俵に立たせるべきユニットではないのだが、それほどの思い入れがあっても美子ちゃんにそのウンチクを語るのは逆効果だと思った。
 「俺、デビューしたときからのファンなんだよ。CD全部持ってるゼ」
 そう言ってそれだけで済ませた。
 「本当! じゃあデビュー盤も? うわー、今度貸して欲しいなあ...私、ベスト盤があるからデビュー盤を買ってないの」
 「それなら明日会社へ持っていってあげるよ」
 「ありがとう、きっとね」
 「ああ、だいじょうぶ...それでさあ...」
 「なあに?」
 「せっかくだから、そこのレストランで何か取らない? ちょっと入ってみようよ」
 私は積極的であった。私が誘ったのはCDショップと同じビルにテナントで入っていた「エベレスト」と言うレストランだった。しかしそんなレストランは恐らく実在しないだろう。あくまでこれは夢の中なのだ。
 「わあ、良介君、私を誘ってくれてるんだあ。うん、いいよ」
 「ラッキー! 俺、そこのレストランの『高菜ピラフ』を食べてみたかったんだ。でもこのレストランは一人じゃ入りづらいしさあ。今日はおごるよ」
 「わあ、うれしい。実は私、今月ピンチだったの」
 そして私と美子ちゃんは「高菜ピラフ」をいっしょに食べた。
 なぜ高菜ピラフであったかは良く分からない。しかし夢の中の行動に理由なんか必要ないであろう。
 そのレストランでは「特別のお客様」として「当店自慢のワイン」のサービスが出てきた。私はアルコールが苦手だったがその演出に喜んだ。緊張のためか、夢のためか(恐らく後者なのだろう)味はよく分からなかった。しかしニコニコしながらワインを飲む美子ちゃんに「なんて幸福なひとときなのだろう」と思った。

 「今日はありがとう」
 そこはいつのまにか美子ちゃんの家の前だった。私はレストランの用意したリムジンで彼女を家まで送ったのだ。
 いつの間にか私はタキシード姿になっていた。見ると美子ちゃんもナイトドレスに着飾っている。CDショップ帰りのはずがなぜかオペラ鑑賞帰りのようになっていた。
 「親がうるさいので遅くまで遊んでいると叱られちゃうの。今日はごちそうさま」
 「お嬢様、またの会える日を楽しみに」
 「ご連絡、心待ちににしております。ごきげんよう」
 そこで夢は終わった。

 <後半が不自然だったな>
 そう思いながらも、夢のひとときを彼女と過ごせたことを喜ぶ私だった。
 夢で会っただけで喜ぶのもちょっと空しい気もするが、何か得をしたような気がする。「今日は何かいいことがあるかな」と思いながら、本物の美子ちゃんに会える会社へ行くための身繕いを始めた私だった。

 私の勤める会社は神田にある電気技術サービス会社である。
 私のような技術屋さんによくあるパターンで、仕事に追われて彼女なんて作る暇がない。
 手っ取り早く会社の女の子を、と思っても共通の話題がない。サークルへ入っても行く暇がないし仕事先でナンパなどということも不可能に近い。
 従って気に入った子の有無に関わらず、何のきっかけもないまま諸先輩のように晩婚を覚悟しなくてはならなくなる。
 しかし、私にとって同僚の美子ちゃんは違った。私の境遇や妥協によるものではなく、美子ちゃんは私の理想そのものであり、私の「是非とも彼女にしたい女性」のナンバーワンなのだ。
 美子ちゃんは私の4歳年下の22歳。入社は1年後輩に当たる。ひいき目ではなく器量もなかなかで、社内の独身男性の間ではダントツの人気である。
 私の美子ちゃんに対する印象は「清純」であった。汚れを知らない乙女のような存在である。しかも気さくでもあり、少女のまま大人になったような可憐さがある。

 私はいつも通りの時間に会社へ着いた。まず、いつものようにお茶を飲んで、いつものように書類に目を通して、そしていつものように美子ちゃんをコッソリ目で探した。
 しかし今日はいつもとは違う事が起こった。
 「高木さん」
 私を呼ぶ娘が居る。誰だろうと私は振り返った。
 「高木さん、おはよう」
 そう言って私に声をかけてきたのは、私のあこがれのマドンナ「藤沢美子」であった。
 会社の地味な制服を着ながらも他の女性にはない華やかさを感じさせて私に微笑みかけている。彼女から声をかけてくるなんてラッキーだ。
 「ああ、おはよう」
 私はなるべく冷静に挨拶したつもりだったが、少し声が裏返ってしまった。
 「あのね高木さん、わたし今日、高木さんの夢を見たの」
 「!」
 美子ちゃんの言った言葉に私は「俺もそうだよ」と言いかけたが、変に口裏を合わせたと思われるのが嫌だったので「へえ、どんな夢?」と言って美子ちゃんの続きを聞くことにした。
 「それがね、すごくリアルな夢で、私がCDを買いに行ったらそこに高木さんがいたの」
 私の見た夢とよく似ている。
 「そこで二人でCDを交換しようって約束したの。それでね、あんまりリアルだったんで、私ホントの約束したみたいな気になってね...」
 「うん」
 「わたし『ドリカム』のCD持って来ちゃった」
 美子ちゃんは私の「ばかだなあおまえ」のリアクションを期待していたらしく「あははは」と照れ笑いをして待っていた。
 確かにそういう結末が一番自然であり、普通ならそういう落ちになるのだろう。しかし私は無言のまま自分の鞄を開け、中からあるものを取り出した。そして、その私の取り出したものを美子ちゃんは見た。
 「高木さん! それって!」
 「エアロの新譜とデビュー盤だよ」
 「ええっ!」
 「俺も見たんだよ、きっと同じ夢。君といっしょであんまりリアルだったから持ってきたんだよ、CDを」
 「それエアロスミスじゃない! わーっ、すごーい! 夢といっしょ!」
 驚いたのは美子ちゃんだけでなく、当然私もだった。

 その後はどんな夢を見たのかお互いに答え合わせをしてみた。
 驚くべき事に美子ちゃんの見た夢は私の夢と隅々まで一致していた。レストランでの「高菜ピラフ」や「リムジン」までが全ていっしょだった。
 こんなことが「偶然」の一言で片づけられるべきものなのかは判断できなかったが
 「私と高木さんで『夢』の波長が一致したのかしら? なんだかすごーい」
 その美子ちゃんの言葉がその日の二人の一致した見解だった。


 2日目

 「やっぱり『エアロスミス』ってすごいね」

 私がその日に見た夢は美子ちゃんがそう私に話しかけるところから始まった。
 「特に『ママ・キン』ってサイコー、シュールだけどエアロスミスの原点って感じね」
 「そうだろ、俺のお気に入りなんだよ」
 「ねえ、『ドリカム』どうだった?」
 「良かったよ、あの『ジェットコースターに乗って空を飛んでみよう』ってところ、やっぱり『ドリカム』は詩がいいよな」
 「そうなの! 私もあの曲を聴いたらジェットコースターに乗りたくなるの」
 「じゃあそこの『ビッグサンダーマウンテン』に乗ってみようか?」

 私は自分で言っておいて「ここ」がディズニーランドの中であることに今更気が付いた。しかしどうも様子が変だ。周りに私と美子ちゃん以外に人影はないしディズニーランドにしてはまるで野原で『ビックサンダーマウンテン』らしき施設が見あたらない。
 「どこにあるの?」
 美子ちゃんが聞いてきたので私はあわてて答えた。
 「この『ビッグサンダーマウンテン』は作り直したばかりで、コースターもレールも、部品の一つ一つに至るまで全部透明に作ってあるんだ。だからこうして手探りで乗るとこを探して...ほらあった」
 「わあ、ほんとだ。何も見えないけどちゃんと座るところがある」
 二人は手探りでシートを探し、並んで座った。椅子もコースターも見えないけれどちゃんとした手応えがあった。
 「そしてこのスイッチを押すと」と言って私は空間を押した。
 「きゃっ、動いた!」
 「なあ、すごいだろ。今日は俺達二人の貸し切りなんだよ」
 「すごーい」
 私もすごいと思った。慌てて言った出任せが夢の中では何でも本当になるのだ。
 二人の乗ったコースターは見えないレールの上を進み、徐々に高度を上げていった。「ガタンゴトン」と機械の音もしている。
 「こわーい」
 「大丈夫だよ、安全性は保証されてるんだ、見えないけどちゃんとシートベルトも着いて居るんだよ...もうそろそろ頂上だ」
 「空中に浮いて行くみたい!」
 コースターは頂上に到着して一度大きく「ゴトン」と音を立てた。そしてそのあとすぐ二人は空中へ放り出された。
 「きゃーっ、あははははは」
 「うわーっ、うわーっ!」
 二人は空中で風を切りながら飛び出した。椅子に座ったはずなのに両手両足が自由になり、二人は手をつないで空を飛んだ。レールがどうやって引いてあるのか判らなかったが、進行方向は私の意志通りに変化した。まるで鳥になったかのようだった。
 私は夢心地で飛び続けた。美子ちゃんも恍惚とした表情でいっしょに飛んでいた。どうしてこんな長いレールが引けたのだろうと思うほど遠くまで、そして高く飛んだ。下を見下ろすと東京タワーと新宿の都庁が並んで見えた。
 BGMで「ドリカム」の曲が流れている。今のこの雰囲気にぴったりの曲だ。
 「すてき!」
 「気に入った?」

 私は「ドリカム」の曲を聴きながら目が覚めた。夕べ寝坊しないようにセッティングしておいたラジカセが目覚まし代わりの「ドリカム」を掛けていた。
 私は今朝も夢の余韻に浸っていた。私の心の中はまだ美子ちゃんといっしょの空を飛んでいた。
 <...今日も見ちゃったよ>
 二日も続けて美子ちゃんの夢を見るなんて幸運でもあるし驚きでもあった。しかしもっと驚くことが会社で待ち受けていた。

 美子ちゃんは会うなり聞いてきた。
 「透明のビックサンダーマウンテン!? やっぱり見たの? 良介君も?」
 今日見た夢をいきなり言い当てられて当惑し、美子ちゃんの問いかけに私はただ「うん、うん」と頷いた。
 「すっごーい! また同じ! これは二人の間に何かあるのかしら」
 美子ちゃんの言った言葉に「どきっ」とする私だった。
 「ねえ、ねえ、どんな夢だった? 言ってみて」
 「ディズニーランドで...」
 「ええ? あそこディズニーランドだった? ただの空き地みたいだったよ」
 「うん、俺ディズニーランドへ行ったことないから、うまくイメージが湧かなかったんだろうな」
 「あはははは」と美子ちゃんが笑った。

 昨日と同じように夢の答え合わせをしながら「これはただごとではないな」と思い始めていた。それは美子ちゃんもそうだったに違いない。またしてもディテールに至るまで二人の見た夢は一致していたのだ。
 美子ちゃんは奇妙な夢の一致にただはしゃいでいたが、私は自分と同じ夢を見たことを嫌がっていない美子ちゃんにだけ安堵した。

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