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                3日目

 今日も私は夢を見た。
 今日の夢の舞台は、いつもの見慣れた私のオフィスの中だった。
 「こんにちわ、また会えたね」ニコニコ微笑みながら美子ちゃんが言った。
 「こんばんわ」私は照れながら返事をした。
 今夜の夢はなぜか「夢を見ている」事をあらかじめ意識した始まりであった。私は「今、いっしょに同じ夢を見ているぞ」と意識していた。
 まず、私が遠慮がちに切り出した。
 「ちょっとやりすぎかなあ」
 「えっ? なにが?」
 「いや、いい加減俺と同じ夢ばっかり見るのは美子ちゃんにとって迷惑かなあ...と思ってさあ」
 「そんなことないよ、私ずっと楽しいよ」
 「そう? ホントに?」
 「うん、またどこかへ私を連れていって下さい。良介さんの夢って奇想天外でおもしろいもの!」
 その言葉を聞いて私は俄然勢いがついた。夢の中で夢を見るような(まさしくそうなのだが)気持ちであった。
 「その言葉を信じて...ではお嬢さんいいですか、これから僕といっしょにデートをしましょう、これからご紹介するのは夢のような世界です」
 「あはははは、これって『夢』じゃないの」
 「そう『夢』です。しかし『夢』の中では何をするのも自由、何でもやりたいことが出来る、そして...」
 「そして?」
 「そして、現実の世界ではなかなか言えないことも言える」
 「言えないこと?」
 「はい、私良介は以前から美子ちゃんのことが大好きでした...ほら、言えた」
 「えっ!」
 「美子ちゃん、どうやら僕のペースに付いてこれないみたいだね、ここは夢の中なんだよ、言いたい放題言った者勝ち、美子ちゃんも今まで人に言えなかったこと、言ってもいいんだよ」
 「言えなかったこと?」
 「そう...『美子は今まで人には言えませんでしたが、実は良介さんのことをずっとずっと、好きだったんです』って」
 「えーっ」
 「この際もう言っちゃおう『私も良介のこと大好きでーす、毎日夢に見るくらいでーす』って」
 「あはははは」
 美子ちゃんは無理に言わせようとする私を見て笑った。夢の中では多少強引なこともできる私だった。
 「ほら、言ってみなさい、『美子は良介が好きです』って」
 「えーっ、言うの?」
 「そうだよ、勇気を出して。それが言えたら、いいところへ連れてってあげましょう」
 「でもお...じゃあ...私、美子は...」
 「美子は?」
 「良介さんのことを...」
 「ことを?」
 「...ずっと前から...」
 「前から?」
 「...うう」
 「おっと、嫌いだったの?」
 「いいえ!大好きでした!」
 「わお、よくぞ言った! ウソでもえらい!」
 「いいえ、本当よ!」
 「はっはっはっはっ...はあ!?」
 「...(真っ赤)」


 今日...夢の中ではなく現実の今日、会社で美子ちゃんはおとなしくしていた。いつものように見た夢の話題を持ち出して来なかった。
 また、私も彼女になかなか声を掛けられずにいた。
 私が美子ちゃんに声を掛けられなかった理由は夢の中で彼女を好きだと告白したからだ。夢があまりにリアルだったので本当に告白してしまった気になっていた。
 一方彼女はどうなのであろう。彼女が夢の中で言った「本当よ」は本当なのであろうか。もし本当ならこんなに嬉しいことはない。
 彼女が今日何も話しかけてこないのはどうしてなのだろう。私は四つの仮説を立てた。

1.美子ちゃんは昨日夢を見なかったか、全然別の夢を見た。
2.美子ちゃんは昨日私と同じ夢を見たが、忘れてしまった。
3.美子ちゃんは昨日私と同じ夢を見たが、夢の中で言ったことはウソなので申し訳ない。
4.美子ちゃんは昨日私と同じ夢を見たが、夢の中で言ったことは本当なので恥ずかしい。

 3番が正解なら私にとってはショックとなる。これが美子ちゃんに話しかけられないもう一つの理由であった。

 その日は会社が終わるまで美子ちゃんとは一言も話せなかった。
 もう終業のチャイムが鳴り、美子ちゃんが退社の準備をしている。このまま「もやもやした気持ち」でいることに耐えられず、私は意を決して、美子ちゃんの所へ行った。
 「美子ちゃんお疲れさま...あのさあ...」
 私は何とか切り出そうとしたが先に続く言葉が出てこない。二人に妙な間が出来てしまった。 しかし美子ちゃんがその間を断ち切ってくれた。
 「良介さんのうそつき」
 「?」
 「きのう、どこへも連れてってくれなかったじゃない」
 少し怒っているようだがどうやら彼女も同じ夢を見ていたことが判った。その言葉が1番の可能性を消した。しかもちゃんと覚えているようだから2番でもない、あとは3番か4番だ。これが私の運命の分かれ道である。
 「君の言葉に感激して、びっくりして目が覚めちゃったんだよ...ごめん」
 「勇気を出して告白したのにぃ...」
 「えっ、告白って、あの言葉はもしかして、本当?」
 「じゃあ良介さんはウソだったの?」
 「いや、俺の言葉は本当、本当の本心、あの夢のまんまさ」
 「うれしい、私もよ...今日は朝起きたら顔が真っ赤だったんだから」
 <なんて夢のような話だ、いやこれは夢じゃない、現実だ>
 夢がきっかけとなってはいるが彼女から思わぬ告白を受けてしまった。
 <夢ならさめないでくれ、いやこれが現実であってくれ>と私は思った。
 私はほっぺをつねってみたが確かに痛かった。そしてそれは間違いなく現実であった。
 「4番が正解! おめでとう!」
 どこからか司会者が祝福の言葉を投げかけてくれそうな、私は天にも昇る気持ちだった。
 「イヤッホー!」
 私の歓喜の叫びに美子ちゃんは「クスクス」と笑っていた。

 その日、私は美子ちゃんにさよならをした。「仕事帰りにお食事でも」といきたいとこだったが、残業で帰れなくなってしまったのだ。早速の初デートはお預けとなってしまった。
 美子ちゃんもすこし残念そうにしていたが「じゃあまた明日」と微笑みを返してきてくれた。 しかし、しばらく考え込む様子を見せてこう言い直してきた。
 「今夜、夢で会いましょう」


 4日目

 「今日はコンサートへ行こう」
 「わあ、誰の? ドリカム? エアロスミス? それともユーミン?」
 「美子ちゃん、君一つ忘れてるね、ここをどこだと思ってるの」
 「どこって、夢の中でしょ?」

 今日の夢にも美子ちゃんは出てきた。恐らく美子ちゃんも同じ夢を見ていることだろう。今日の夢は昨日私が夢の中で約束した「いい所へ連れてってあげる」の続きのようである。舞台も昨日といっしょで会社の中だった。
 「昨日も言ったけど夢の中では何をするのも自由、何でもやりたいことが出来るんだよ」
 「うん、だからビッグアーチストのコンサートを二人で貸し切るんでしょ」
 「いいえ、はずれです。もっとすごいことさ」
 「もっとすごいこと?」
 「そう、もっとすごいよ。何と、俺たちがビッグアーチストになって大観衆の前でコンサート開くんだ」
 「私たちがあ!? きゃーっ無理無理っ」
 「さあもうすっかり準備は出来てるんだ、行こう」
 「えーっ、えーっ」
 私は美子ちゃんの手を引いてエレベーターに乗り込んだ。中へ入って目的の階のボタンを押そうとしたが、そこにボタンは一つしかなかった。「コンサート」と書かれたボタンだ。
 「さあ美子ちゃん、どれを押す? 好きなのを押していいんだよ」
 「いじわる、一つしかないじゃない」
 そう言って美子ちゃんは「コンサート」のボタンを「えいっ」押した。
 私は胸が高鳴っているのを感じた。これから行き着く先にはどんな観客が待ち受けているのだろうか。自分が演出しているくせにこの先どんな展開になるのか自分でも分からないのだ。
 ふと気が付くと二人の姿はいつの間にかコンサート衣装になっていた。それに美子ちゃんも気がついて「あっ」言った時にはもうエレベーターは到着していた。

 わっと沸き上がる大歓声、強烈なスポットライト、全てが私と美子ちゃんに向けられていた。
エレベーターを降りるとそこはもうコンサートホールだった。
 私は美子ちゃんの手を引いてステージへ出た。その中央にセッティングされたマイクへ向かって私は叫んだ。
 「みんなー、リョウスケ&ヨシコのコンサートへようこそ!」
 観衆から「ウオー」という津波のような歓声が上がった。
 私が「美子ちゃんも何か言えよ」と促すと美子ちゃんもマイクに向かっておそるおそる口を開いた。
 「みなさん、...いらっしゃいませ!」
 大きな笑い声が上がって美子ちゃんは照れて真っ赤になった。それを見た観衆が「かわいいー」とまた歓声を上げた。
 私と彼女のアクション一つ一つに観客が大きく反応した。

 ステージでは二人が歌を歌った。デュエットやそれぞれのソロなど10曲ほど歌った。
 悲しい曲では観客も涙ぐみ、楽しい曲では観客もコーラスをし、その全てが今までに経験したことのない新鮮な感激であった。
 ソロの時はもう一人がギターを弾いたりピアノを弾いたりして伴奏を付けた。楽器なんか一つも出来ない私だがこのコンサートの中では上手に演奏できた。
 「すごい! スーパースターになったみたい!」
 「俺も感激しちゃったよ! やって良かった!」
 アンコールも終わって大盛況の中、二人のコンサートは無事終了した。


 「おはよう!」
 美子ちゃんが私に元気よく声をかけてきた。私も「やあ、おはよう」と返事を返した。
 「昨日はすごく楽しかったあ、ありがとう。私、昨日の興奮が忘れられなくて、エレベーターの中でスイッチを探しちゃった...『コンサート』の」
 私にとって美子ちゃんと同じ夢を見ることはいつの間にかごく当たり前の事になり、日常生活の一部とまで感じるようになった。
 また、美子ちゃんもそうであったらしくいつものように夢の答え合わせはしなくなっていた。
 今や二人には「今日何の夢を見たか」は問題ではなく「夢の結果」だけが話題となっていた。

コンサート

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