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なんて素敵な超能力〜由香里の場合

     Bから始まるABC

 寝心地はサイコーだった。俺は睡眠中。英語で言えばスイミング……うそ。
 俺って寝相が悪いから、いつものように壁際に布団がふっ飛んでいた。

 だけど、まだ桜もつぼみになりかけの肌寒い朝に、ぽかぽかと暖かい。その理由は、抱きついていた抱き枕のおかげらしい。そいつはとても柔らかいし、いい匂いがする。

 そいつに抱きつきながら、俺は夢を見ていた。
 どこかの花畑で寝そべっている夢さ。
 俺はその花畑であまりの心地よさにうつらうつらとし、今にも眠ってしまいそうだった。
 今見ている夢がはたして本当の夢なのか、それとも夢の中で居眠りして見た夢なのか、判断しようとするとちょっとややこしい。

 さて、その花畑で、俺の目の前に二つのメロンパンが現れた。あまりにもいきなりで、しかもそのメロンパンが俺に向かって迫ってくる。みるみる迫ってきて、ついに俺の顔はその二つに挟まれてしまった。
 「いただきまーす!」
 食ってくれ、と言わんばかりのメロンパン。黙っておく手はなく、俺はまず、その左側から片づけることを決め、両手で掴んで「がぶり」と噛みついた。
 噛みついて……妙だった。そのメロンパンには弾力があったんだ。
 「いっ、たーぃ!」
 なんてこった! そのメロンパンがしゃべりやがった!
 世の中の食べ物が口を利き始めたら、気味悪くて食欲が無くなり、餓死してしまうだろう。こいつは生命の危機だ。
 そんな衝撃的局面に出くわし、そのショックで俺は目を覚ました。
 「なんだ夢か」とホッとする間もなく、次の衝撃が俺を待っていた。抱き枕が尺取り虫のように俺から後ずさりしている。しゃべったのはメロンパンじゃなく、この抱き枕の方だったらしい。
 餓死の心配はなくなったが、新たな心配が出来ちまった。世の中の枕が口を利き始めたら、うるさくって睡眠不足になっちまう。
 でも待てよ。俺は、抱き枕なんか持っていたっけ?

 視界がぼやけていたのは寝ぼけまなこのせいだ。だんだん合ってくるピントに写ったのは、一人の髪の長い女の子。どうやらこいつが抱き枕の正体だ。
 その子は壁まで後ずさりした後、ハダけたネグリジェから露出する肌を気にしながら、めくれあがった所なんかを慌てて取り繕っている。そしてさっきから負傷した場所をかばうように胸のあたりを押さえている。
 その子はいきなり叫んだ。
 「だでぃすずぎぃ!」
 そう聞こえたが「何する気」と言いたかったのだろう。美白なのか低血圧なのか、真っ白な顔で俺を見ている。その大きく見開いた目玉たるや……。
 俺には何の悪い事をした自覚もない。しかし「なんて事してしまったんだ」と自責の念が俺を襲ったのはこの目玉のせいだ。
 よく見ればその子も今目覚めたばっかりのようだった。なぜならこの場所がどこなのか、要領を得ないように部屋の中をチラチラと見回していた。そして、
 「あっ、やっちゃった」
 と一言漏らした。

 何が起こったのか。

 この状況で冷静に判断するのは難しかったが、どうやら俺は彼女の胸に噛みついたらしい。
 そして女の子もその事実に気づいたように、みるみる表情を青く変えていった。
 お互いに大きく見開いた目と目でにらめっこし合う。そんな沈黙がしばらく続いた。
 「あっ、あっ、あっ、ママーっ!」
 彼女の絶叫がその沈黙を破った。

 俺は2回ほど「ビクッ」と身じろいだ。
 1回目はこの絶叫に、2回目は、その彼女がかき消すように消滅してしまったことに。
 ……いいか、これはウソじゃない、まして誤植でもない。かき消すように消えたんだ!

 「なっ、なっ、なっ……」
 俺にはお袋も親父も呼ぶことが出来なかった。
 「こ、ここは、俺の部屋だよな……」
 ただ、しばらく呆然とし、彼女のいなくなった部屋の中を見回すだけだった。


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