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     登校

 気づけばまだ6時じゃないか。目覚ましにセットした7時には、まだ1時間もある。
 こんなに早く起きることは滅多にないが、今見た不思議な光景に目が冴えて、もう一度寝る気にはなれなかった。
 おかげで、いつもなら始業ギリギリに駆け込む高校も、この日は悠々と登校できた。

 「めずらしいな浩介、俺より先に来ているなんて。始業時間を間違えたのか?」
 悪友の達幸が俺を冷やかす。
 「何だか今日はよく眠れなくて睡眠不足なんだ。授業が待ち遠しい……熟睡したい」
 「おまえ、学校に寝に来たのか?」

 教室へ入ってもあの妙な体験は俺の脳裏から離れなかった。
 どうもあの子には見覚えがある。とは言っても長い髪じゃない。普段学校で会うポニーテールとは印象が違っていたが、あのマルチーズのようなドングリまなこに思い当たるフシがあった。
 クラスメートの由香里だ。
 しかし腑に落ちないのはあのメロンパンだった。
 なぜなら由香里だとしたらあのメロンパンはあり得ない。あんなに手応えがあるはずがないからなのだ。だって、由香里はペチャパイだから。
 しかしあのしっかりとした感触は俺の手と歯にまだ残っている。
 全くの別人だったのだろうか。

 その由香里が教室に入って来るのに気が付いた。
 俺は右手の肘を机につき、指先をおでこに構え、考え事をするポーズをしながら指の隙間から由香里の胸を観察した。
 (あの平面のような胸板に、あんなメロンパンが二つも入るスペースは無いよなあ…… あんな胸のまま、これからのあいつの一生を思うと、不憫に思うぜ)
 もし聞こえたら「余計なお世話よ、ほっといて!」と言われるだろう、などと考えながら、俺はなおもその胸の観察を続けた。そのセーラー服がだんだん近づいてくる。
 (遠くから見たって、近くから見たって、誰が見たってペチャパイだ。俺の信念は覆されないぞ)
 その細い足が俺の前で止まった。その止まる動作の時に、胸が少し上下に揺れたのを俺は見逃さなかった。
 (おやっ、こいつは……見かけによらず……)
 その胸が、サッと両手で覆われた。
 「ちょっと、どこ見てるのよエッチ!」
 俺はハッとした。さりげなく見ていたはずが、いつの間にか俺の首は亀のように伸び、覆った手とその目は今、由香里の胸のすぐ寸前にあったのだ。
 「そうですよ、そこまで近づかなきゃ見えない胸ですよーだ。何よ、また、ペチャパイとか言って、私をバカにする気でしょ!」
 「何言ってやがる。俺はこう見えても紳士なんだぜ。そんな女性を侮辱するようなことを言うはずが無いだろ」
 「ウソばっかり!」

 いつもなら「ウソとは何だ、このドブス」とか言ってオチを付けるところだったが、俺を睨みつけているドングリまなこが口を塞がせた。
 間違いない、「この目」は「あの目」だ。
 またあの朝の光景が目に浮かび、俺は何も言い返せなくなっていた。そんな俺の様子に怪訝そうにしながら、由香里もそれ以上食ってかかってこなかった。

 とにかくあのドングリまなこは由香里以外には考えられない。しかしあの朝の体験は何だったのか。それが俺を悩ませた。
 授業も上の空(今日に限った事じゃないが)で、それは俺を悩ませた。


 しかしその悩みも睡魔には勝てなかった。いつもより1時間不足した睡眠時間も、おかげで午前中だけで取り戻すことが出来た。
 あっという間にもう昼休みだ。

 「ちょっと由香里、来てくれないか」
 昼食も取り終わって仲間でわいわい雑談している中、俺は彼女を手招きして呼んだ。
 「キャー、なになに!」
 由香里の回りにいた女の子達が変に勘ぐって騒いだが、彼女はイヤな顔をしながらも黙って俺に付いてきた。


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