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     翔んだカップル

 引き留める言葉を結局言い出せないまま、由香里と母親はジェットに乗り込んでいった。俺達クラスメートは屋上の展望台へ上がって見送ることにした。
 本当にこれでさよならだ。

 ジェット機の中で由香里は何を考え、何を思っているのだろう。
 行楽シーズンにジェット機も次々と飛び交う空港。由香里の出発まで、もう後僅かの時間だ。


 「すげー!」達幸の口の動きがそう叫んでいる。
 由香里の乗ったジャンボが機首を持ち上げ、飛び立とうとしている。
 何という轟音。いくら文明が発達したと言ったって、空を飛ぶにはこんなに大騒ぎしなくちゃいけないんだと思う。

 「由香里、行くな!」

 今さら言ったってもう遅い。それにジェットの騒音が俺の叫びを無音化する。
 でも空耳なのか、誰かが俺を呼び返したような気がした。

――――

 「由香里、さっきの子が浩介くんなのね。一人だけイジイジしてたけど、いったいどんな子なの」
 「うん、普段はあんなじゃないんだけど……いつもは冗談しか言わない不真面目な子で、ちょっとイジワル、かな」
 「あなた、その子のことどう思ってるの?」
 「どうって、べ、別に……何も」
 「ふーん……どうしてそんな子の所へ飛んじゃったのかしらね。今までならせめて身内のところだったから良かったものの……」
 「う、うん……」
 「だから、あれほどいやがっていたアメリカ行きも決断したのね」
 「……」
 「ママだってホントはアメリカになんか連れて行きたくない。あなたがアメリカでどんな目に遭うかを考えたらこのまま治らなくたっていいとさえ思うわ。せめて自分で制御さえ出来ればいい話なのにねえ」
 「……」
 「それほどまでして、その浩介くんから逃れたいのね、違う?」
 「ち、違うわ、浩介はそんなんじゃない。今日の見送りも浩介が言い出したんですって、もう会えなくなるかも知れないから、ホントの事情を知らないみんなを説得して。それにいっしょになって悩んでくれたのよ、私のこの超能力のために。それに、それに……」
 「ははあ……」
 「え?」
 「……あなた、そんな浩介くんが好きなのね」
 「え、ええーっ! どうしてそんなっ」
 「ほら赤くなった。ほんとに分かりやすい子ね、あなた」
 「そんなこと急に言われたら赤くなるわよ」
 「いいえ、あなたのことはよく分かってるわ。あなたは浩介くんに引かれているのよ。それに浩介くんの意地悪にしたって、それはあなたへの愛情の裏返しかもね。男の子って、好きな子には逆にイジワルするものなのよ」
 「あの浩介に限って、そんなことないよー」
 「あらそう? でもね、浩介くんが、あなた以外の子にイジワルするのを見たことある?」
 「それは……」
 「その顔は……無いようね」
 「うん」
 「その意味が分かる? それはね、浩介くんはあなた以外の子に興味がないと言うことなのよ」
 「……」
 「分かった、あなたきっと夢でも見たんでしょ、その浩介くんの夢を」
 「夢?」
 「夢の中で、あなた浩介くんに会いに行ったのよ。無意識のうちに飛んじゃったのよ」
 「……」
 「そうか、ママには少し分かってきたわよ、あなたの超能力の仕組みが。でもいけない、もう飛行機に乗っちゃったわね。このままだと次はもうアメリカ……そうだ由香里、また飛んじゃいなさい」
 「また?」
 「浩介くんの所へよ」
 「浩介の所と言っても、私のテレポートは思うようにいかないし、肝心の浩介が今どこにいるのかはっきり分からないわ」
 「じゃあ聞くけど、今まで行き先が分かって飛んだことがある? 大丈夫よ、今のあなたなら出来るわ。浩介くんがどこにいるかじゃなく、浩介くんのことだけを思うのよ。おばあちゃんの時だってそうだったんでしょ」
 「あ……」
 「さあ」
 「うん、やってみる。なんだか出来そう」
 「そうこなくっちゃ私の娘じゃない……でもちょっと待って。消える前に言っておかなくっちゃ」
 「なあに?」
 「その浩介くんを今度、きちんと紹介しなさいよ」
 「ウン!」

――――


 「こうすけー」という叫び声が先にやってきた。幻聴だと思ったが、その声の方に振り向くと今度はそこに幻覚を見た。それは、逆光の中から俺の方へ向かって飛び込んでくる由香里だった。
 「こうすけっ!」
 「うわっ!」
 そいつは幻聴でも幻覚でもない、本物の由香里だった。こっちへ向かってすっ飛んでくる。俺は訳も分からず、飛びつく由香里をキャッチすることになった。
 受け止めたもののその勢いたるや……ジェット機と同じ速度だ。俺は由香里を受け止めたまま、勢いに飛ばされて屋上の床を端から端まで転がった。

 回転しながら彼女は言った。 
 「わたし、戻ってきたー」

 俺も回転しながら答えた。
 「お前、俺の声が聞こえたのか!」

 やっぱり回転しながら彼女は言った。
 「ええっ? なに? 何のこと?」
 テレポートはできても、テレパシーの能力までは持ち合わせていなかったらしい。
 俺達はコロコロと転がりながら壁にぶつかって止まった。

 「いっててて、お前なー」
 「待って。ねえ聞いて、わたし分かったの。この超能力、わたし『場所』に飛ぶんじゃなくて、『人』に飛ぶの」
 「なんだって?」
 「だから行きたい場所を思い描いてもダメだったのよ。私が飛んでいけるのは、会いたい人の所だって事が分かったの!」
 「人の所……?」
 「だからいつもママとかおばあちゃんとか……」
 「そして、俺の所……」
 「うん! それが分かったらもうコントロールできるわ!」
 「それって……」
 「すごい便利でしょ、この私の超能力!」
 「え?」

 抱き合いながら、俺は今まで一つ聞き忘れていたのに気が付いた。それはずっと気にかかっていた事だった。……最初に、なんでお前は俺の所へ飛んできたのか、と。
 しかし、もう聞くまでもないような気がした。

 「ああ。それが分かったんなら、そうだな!」
 「あはははははは」
 コロコロと笑う由香里を見ていたら、俺も釣られて大笑いしていた。

 「ねえっ、どうして由香里がここにいるの!」
 何事が起こったかとクラスメートが駆け寄ってきていた。
 「超能力だって言ったわよ」
 「テレポートか?」
 「う、ウソでしょ!」
 (ホントだよ)
 そう思いながら、みんなの声も視線も気にせず、屋上の端っこで俺達はしばらく抱き合っていた。
 「やっぱりー、二人はできてたんだあ」
 (それはどうかな)

 土壇場で彼女の超能力は花開いたようだ。この先、はしゃいで、あっちこっちへテレポートしまくる様子が目に浮かぶようだ。しかしコントロール出来るのなら、まんざら悪い事じゃない。由香里が言うように便利な超能力だ。これでやっと恩恵にあずかれるというものだろう。
 しかし、クラスメートが目玉を飛び出してこっちを見てやがる。困ったのはこいつらの方だ。連れてくるんじゃなかった。どうやら由香里の超能力がバレちまったらしい。

 でもいいんだ。例えみんなから気味悪がられることになったって、そんな彼女でも俺はずっと……。
 そう思って、俺は「ずっと」どうするのか再び考えてみた。
 そしたらやっぱり照れてしまった。

 照れたことで妙に意識してしまった。抱き合う俺と由香里の状況が、無性にこっぱずかしくなってきた。でももうちょっとこうしていたい気分だ。
 「これでやっと悪の組織と戦う準備が出来たな」
 照れ隠しに、俺の使う手はいつも同じ。茶化すことだけだ。またやっちまった。
 「じゃあ、悪の組織を探しに行かなきゃ……変な話ね」
 俺を見る由香里の顔が曇った。
 「それに浩介、変な顔」
 我ながらどれだけ変だったか容易に想像が付いた。普通の顔をしようとすればするほど、俺は不自然にニヤニヤしていたんだ。

 抱きついてニヤニヤしてちゃあ悟られちまう。感動の抱擁シーンのはずが、スケベが本心だと見抜かれたくはない。表情を隠すように俺は由香里から顔を逸らした。
 そうすると、由香里が乗るはずだったボーイングが、中に母親を残して、快晴の青空の中へ吸い込まれるように、小さな点になっていくのが見えた。
 俺がそいつを凝視するものだから、由香里も、クラスメートのみんなも、釣られていっしょにその点を見つめた。……うまくいった。

 みんなに覗かれる心配が無くなって、俺の表情は溶けて、もっとニヤニヤになった。
 だって今更ながら確認する事が出来たんだ。俺の胸に感じる、あの二つのメロンパンの感触を。


                 「なんて素敵な超能力〜由香里の場合」完


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