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     空港

 由香里が両親と飛行機の手続きで話し合っている。

 由香里は今日アメリカに発つ。現地で叔父が迎えてくれる手筈になっているらしい。
 父親は空港の見送りまでで、アメリカへは母親が付き添うらしい。
 両親と由香里と、もう一人の家族が由香里の姉で、今年でハタチだそうだが驚くほどの美人だった。

 由香里は母親と共に10時54分発、ロサンジェルス行きに搭乗する。テレポート出来るならわざわざ運賃を払ってまで行くことはないと思ったが、今の由香里にはコントロールが出来ない代物だ。なんとも、やっかいな上に歯がゆい超能力だと思った。

 今日は春休みの初日で、俺達も成田へ見送りに来ていた。
 友人の女子が6人、お供の男子が4人。クラスメートの仲間達が、俺を含めて10人集まっての見送りだった。その中に達幸もいる。
 「なあ浩介、由香里の姉貴って、ナイスバディだな。由香里もあと2、3年経てばああなるのかな?」
 「……」
 脳天気なコイツには、返す言葉が見あたらない。
 「おい、由香里になんか話しかけてこいよ。そしてお別れのチューを見せてくれ。由香里とお前はラブラブなんだろ」
 「ばか、そんなんじゃねえよ」
 「そうか? 体験留学って言ったって、春休みを利用した海外旅行じゃないか。たかがお遊びに見送りはないだろう。お前が言い出さなきゃ無かった話だ。どうせ一人じゃ心細いから俺達をダシにしたんだろうけどな」
 「悪かったよ」
 「浩介、お前なんだか変だぞ。もっと言い返せよ、お前らしくない」
 「悪い……今日は冴えねえや」

 冴えない理由は由香里の今後を思ってのことだ。
 ペンタゴンで、由香里はどんな目に遭うのだろう。ペンタゴンと言えばアメリカの軍事中枢だ。治療とは言え、その施設が超能力を持つ由香里を調べ始め、その能力の解明が進めば、いずれ軍事利用に発展するに違いない。
 由香里は戦争兵器としてモルモットにされやしないだろうか。こんな秘密兵器をペンタゴンは黙ってほっときゃしないだろう。そうなると由香里がいつ日本に帰ってこれるかなんて分からない。これが永遠のさよならになるかも知れないのだ。
 だからそうなる前に、本当の事情は伏せたまま、みんなを連れて見送りに来たんだ。

 搭乗手続きが終わった後、由香里は俺達の所へ駆け寄ってきた。
 「みんな、来てくれてありがとう」
 「由香里、写真いっぱい撮ってきてね」「英語、勉強した?」「おみやげなんて要らないわよ、一つしか」「電話してもいい? 一度国際電話を掛けてみたかったの」
 女の子達が由香里を囲んでわいわい騒いでいる。
 「なあみんな、浩介に気遣えよ。二人っきりにしてあげようぜ」達幸がその囲みの中から由香里の手を引いて、俺の所へ引っ張り出した。
 「きゃー、やっぱりそうだったの!」
 「やだー、そんなんじゃないわよ」と由香里が手の平を振る。
 「いいのよ由香里、私達ちょっと買い物にでも行ってくるね。私達、成田は初めてだし、隅々まで探検しとかなきゃ」
 「そうだ、さっきSMUPのキマタクが歩いているのを見たぞ。探しに行かないか」
 「ほんとー! 行く行く」

 余計な気遣いだと迷惑そうな表情を装う俺だった。でも達幸のこの計らいには内心ありがたかった。
 俺はどうしても由香里に言いたい一言があったんだ。
 それは「行くな」の一言。いつ言い出そうか、今まで機会をさがしていたんだ。

 広いロビーの真ん中に俺と由香里が並んで立つ。
 「ちぇっ、あいつら、変に気を回しやがって」
 「ホント、みんなには私達が付き合ってるように見えてたのかしらね、あははは」
 「なに喜んでるんだよ」
 「いえ……ただ、お見送りありがとう。浩介がみんなを誘ったんだって?」
 「あ、ああ……このあと昼飯をおごる約束なんだ」
 「本当の事情は言えないものね。ホントにありがとう」
 「いいんだよ」
 「しばらくさようならだね」
 「ああ……ホントに行くんだな」
 「ええ」
 「……」
 沈黙。
 由香里もばつが悪くなって余所を向いている。あの言葉を言うのは今しかないと思った。
 「由香里……」
 「なあに?」
 振り返る仕草が可愛かった。この可愛さがなぜか俺の本心を奥にしまい込んでしまった。
 「……おまえ、ペンタゴンで何されるか分かってるのか」
 「まだよく知らないけど、きっと脳波を調べたり、CTスキャンやMRIで検査されたり……」
 「甘いね」
 「じゃあ浩介は知ってるの?」
 「ああ、教えてやるよ。麻酔無しで脊髄液を採取したり、生きたまま臓器解剖されたり、頭蓋骨を割って、電極を埋め込まれるんだぞ!」
 「ウソ!」
 「本当さ。おまえエクソシストとかゾンゲリアとか見たこと無いのか」
 「それって、映画の話……。お、おどかさないでよ!」
 「はっはっはっは」
 また茶化してしまった。俺にはどうしても、上手に切り出す事が出来なかった。
 「でも平気よ。いざとなったら瞬間移動しちゃえばいいんだもの」
 「だけど自分じゃコントロールできないんだろ」
 「……でも今までの経験則では、何か感極まったときに移動しちゃうみたい。その法則に従えば、私の身に何か危険が迫れば、その時はきっと本領を発揮するはずよ」
 「まるで人ごと……呑気だな」
 「呑気でなんかないわ。この病気が治ってくれなければ私だって困るもの。いつどこへ飛んでしまうか気が気じゃないの」
 いつにない真剣な反応に驚いたが、俺の茶化しはそれくらいで止まらない。
 「……そりゃそうだな。シャワーを浴びてたら東京駅にテレポートしちゃったとか、トイレに座ってたら横浜アリーナの舞台のど真ん中に……」
 「やめてっ! 想像しちゃうじゃない!」
 この冗談は由香里には冗談が冗談で通じなかったようだ。耳と目をふさいで座り込んでしまった。

 「あーああ、泣かせちゃったよ」
 そんな風に言ったのだろう。柱の陰でこっちの様子を伺う達幸に気づいた。
 あいつは今、俺達がホントはどんな会話をしているのか、きっと想像もつかないだろう。

 「すまない。悪い冗談だったよ」
 しゃがみ込む由香里に俺は謝った。
 由香里にしてみりゃ、自分を軍事利用されようがされまいが、なりふり構ってられない状態にあるらしい。

 なんだか由香里が可哀想に思えてきた。
 そしてそれ以上に自分自身が情けなく思えてきた。
 学校ではずいぶん意地悪をしちまったが、せめて何か罪滅ぼしをと思っても俺には何の手助けもする事が出来ない。事が超能力とあっては慰めてやる資格もない。茶化すのが精一杯だ。
 言葉に出来ない悔しさが込み上げてきた。
 俺はまったく、なんて頼りないやつなんだ。由香里にとってみればクラスメートで唯一の相談相手であるはずがだ。

 突然テレポートしたっていいじゃないか。みんなから気味悪がられたって、そんな彼女でも俺はずっと……。
 せめてそう思ってみたものの、「ずっと」どうするのか考え直してみた。
 そしたら何だか照れてしまった。


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