エスプレッソ

私がはじめてエスプレッソを飲んだのは、時代は1980年代半ば。私がまだ駆け出しの貧乏OLだったころのことです。場所もはっきり憶えています。普段着姿のまま、友人達と都心のシティホテルの最上階のバーに行ったところ、入口でマネージャーさんとおぼしきオジ様にさりげなく誘導されて行き着いた1階ラウンジでした。つまり、私達は上のフロアの店では入店を拒否されて下のフロアに回されたってわけです。

時代はバブルがまさに始まらんとしていた頃で、ホテルでお茶をいただくというのは、まだ高嶺の花だったわけですね。ホテル側も今よりずっと気取っていたような気がします。まあ、それはともかく、1階ラウンジでも充分、私達は特別なところに来たという満足感に浸れたわけですから、私達をこちらに回したマネージャー氏の判断は正しかったわけです 。

そんなわけで、とにかくその時の私はまさにおのぼりさんで「特別な気分」です。メニューにも普段行く喫茶店ではお目にかかれないカタカナ名前のものがずらり列記されているので、「特別な気分」はさらに盛り上がります。

ほかの皆は確か紅茶を注文したと記憶しています。それも、ダージリンとか茶葉を指定したような気がします。それも始めての体験でした。トワイニングのティーバックで茶葉の名前くらいは知っていましたが、それが美しいポットで恭しく出されるとなると話は別です。特別なイベントに参加している気分はますます高まります。

で、その時私が選んだのがエスプレッソでした。その名と小さいカップで供されることは知っていましたが、実際にいただくのはこれが始めて。期待と緊張で、体を硬くして待っていると、出されたのは想像のさらに半分くらいしかない小さなカップ。ちょっとびっくりしたものの、そんな怯んだ様子は出したくない、とにかく「特別な気分」ですから、精一杯気合を入れていただきます。

一口飲んでみて、その苦さにぶっとびました。それに続けて、こめかみを金槌で殴られたような衝撃が・・・。気取ってこんなもの頼むんじゃなかった、と思っても後のまつり。味なんてもうわかりません。ただただ、苦くつらい罰ゲーム気分を味わったその代金が千円とは、貧乏OLだった私にはまさに苦い思い出となりました。

さて、それから数年後に行ったフランス旅行では、コーヒーと言えば出されるのが、この思い出のコーヒーばかり。さらに、その後に行ったイタリア旅行でも同様のありさま。それでもコーヒーが飲みたい飲まずにはいられない悲しい性・・・だったはずが、だんだんとこれが止められなくなっていくのが不思議です。今では「コーヒーが飲みたい」イコール「エスプレッソが飲みたい」となってしまうまでになりました。もう、かつて受けた衝撃を感じることはできません。慣れるとは恐ろしいことですね。

さて、スターバックスばやりの昨今は、エスプレッソなぞ珍しくもありませんが、私がオススメするのはスタバではなくタリーズです。ここの、香り立つ爽やかなエスプレッソはわざわざ探して飲む価値があります。エスプレッソが苦手な方は、ここのアメリカーナをぜひお試しください。コーヒーってこんなに香ばしく軽やかな飲み物だったんだ、ってことを思い出させてくれる美味しさです。


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