とよたま愛読会27回(真善美愛:56巻序文〜8章)  塩津晴彦


日 時:平成10年12月27日(日) 午後1時〜午後4時30分
場 所:八王子市北野市民センター八階会議室2

★ 報告 
 平成一○年最後の愛読会は快晴に恵まれ、会場八階のロビーからは遠く富士山を望めました。参加者六名は『霊界物語』第五十六巻序文から第八章までの通読を無事終えました。

○第五六巻は、大正十二年三月七、一四、一六、一七の四日にわたり綾部の教主殿で聖師様が口述されたものです。

★ 拝読箇所で気のついたこと
○「序文」では、聖師様が『霊界物語』を口述される際に横臥されたことについて「実際のことを云へば、今日の(体主霊従の)世態を見て吾々は傍観することが出来ない。やむを得ず、病躯を駆つて世のため道のために犠牲的に立ち働いてをるのであります」と説明されています。

○「総説」では、人間が神様の御仁愛によって現界に創造された理由を説いておられます。『すべて人間は大神の無限の力を賦与され智能を授けられてをる以上は、日夜之を研いて啓発し、神の境域に到達し得る資質を具有してをるものである』

従って『幼たり老たり死たるも、一体の変化のみであること、人間は神が生成し玉ひし祖先来の肉体を未来まで伝承できるものである。

そして人間に死の関門があるのは神様が進化の手段として施し玉ふところの神の御慈愛である。死無きものは固着して変はることが無い。……生物は死あるをもつて生殖の機能を有するのである。故に死なるものは生物の最も悲哀とするところなれども、これまた惟神の摂理である。

しかし人間は他の動物と異なり、死後はじめて霊界に復活して天国の生涯を営むものなれば、人間の現肉体の生命は只その準備に外ならないことを知らねばならぬ』(四頁〜五頁)

 『人間社会において、往古より今日に至るまで霊魂の帰着について迷ふこと久しく、あるひは天国を説き或は幽冥を説き三界を説く宗教家は、今日まで幾万あつたか知れない。しかし未だ一として徹底的に宇宙の真相、人生の本義を説いたものはない』、だからこの『霊界物語』でその真相本義をとくのだよ、と聖師様は述べられています。 まことに有難いことではありませんか。

これまで世に出て宗教を立て、聖人救世主と呼ばれた人物で在世中、自分の教えを直接書残した人物は居ません。何れも弟子とかその教えの継承者といわれた人物の手になる物が立教者の教えとして伝わっているにすぎないのです。

○少し話はそれますが、「総説」の内容に関連して、現在の学者達の何人かはようやく、人間の死と進化とは生殖を媒介して関連性を持っていることに気づきはじめているようです。が彼等の目的が所栓、人間の遺伝子操作を行いたい(不老不死の人間を造るという口実の下で)という盲目的なものである限り、神の摂理に背反する結果をもたらすことは明らかだと思います。

○第三章 仇 花
登場人物のうち、イランと印度の国境テルモン山の神司小國別の二女ケリナ姫と元バラモン兵士で今は泥棒稼業に身を変えたベル・ヘル・シャルの三人が絡んで、四人ともエルシナ川に沈みそのまま八衢へ行く。そこでベルが守衛「赤」の説教を受けます。

その問答、赤『おまえは地獄行きだ』、ル『悪いことはしたが、知らずにした過ちだから、許してほしい。神は悪人でも天国にすくうのではないか』

赤『お前は生前より、神はきつと八衢において善悪の教えをなし、その心の向けようによつて天国地獄へ自ら行く、ということを知りながら心の中で否定していたためどうしてもエンゼルの言葉を苦しくて聞くことが出来まい。神は決して世界の人間の精霊を、一人も地獄に堕とさうとはお考へなさるのではない。

お前は現世におつた時すでに和合した悪と虚偽を愛する心の集まる場所に自分から行くのだ』ベル『人間は意志の自由を束縛されるぐらい苦しい事はありません。一層のこと地獄で力一杯活動したい』こうして守衛「赤」からエンゼルの救いの説教を聞きながらも悔い改めないベルですが神は、彼に今一度現界に寿命がある間、改心の猶予を与えます。

現世において犯した罪汚れを祓い浄めていただく生活を送り、かつ神と人との関係に目覚める以外に天国への道は開かれていないのですが、さらにこの場面を拝読すれば、神の慈愛の大きさに感謝せざるを得ません(四○頁〜四三頁)

第五章 鷹 魅
○冒頭の宣伝歌でこれまでの高姫の行状を概括されています。
いよいよ八衢での高姫さんの盲動振りが口述されてあります。高姫さんが登場すると一種の活気が『霊界物語』の展開に加わるように私などは感じます。

高姫は細谷川の脇にあるあばら屋に四人(ケリナ・シャル・ヘル・六造)を連れ込み説教とアナナイ教への勧誘(実際は高姫の子分を作るためのもの)を行いますが、『……苦労の花が咲く世の中だから……天国紫微宮から人間の姿となつて降つて来たのだ。そして苦労の手本を見せて皆に改心させる役だぞえ』と早くもその巧妙な理屈を展開します。

第六章 高 圧
○『地獄界に籍を有する精霊は最も尊大自我の心強く、他に対して軽侮の念を持し、之を外部に不治不織の間に現はすものである。自分を尊敬せざる者に対しては忽ち威喝を現はし、または憎悪の相好や復讐的の相好を現はすものである。ゆゑに一言たりともその意に合はざることを言ふ者は、忽ち慢心だとか悪だとか虚偽だとか、いろいろの名称を附して、これを叩きつけんとするのが、地獄界に籍を置くものの情態である』(七五頁〜七六頁)

 高姫はまずヘルに向かいましたが、ヘルから「その鬼面は何のこと、仁慈無限の神様はちつとばかり気に入らぬ事を言つたからとて、そんなむつかしい相好はなさりませぬぞや」と反駁され、続いてケリナからは「ご親切は有難うございなすが、妾には大先祖がどうだつたか、そんな事はテンと解りませぬ。私は私で信ずる神様がございますから、折角ながらご辞退を致します」と蹴られます。

第七章 高 鳴
○そこへベルが入ってきます。高姫が「ヤア、お前はおほかた泥坊でもやつてゐるのぢやないかな」とかまして行きますが、ベルは「吾々は泥坊といつてもただ金銭物品を泥坊するばかりだ。

それよりも大泥坊、いな天の賊がここに一人あるようだ」「変性男子厳の御魂の生宮が、大国常立尊の伝達遊ばした神示(現実には開祖出口直のお筆先)を、そつと腹に締め込み、それを自分の物として横領しているぢやないか」と鋭く詰め寄られます。

さらに高姫は六造に向かいましたが、彼は「何と仰有つても私にはテンと信用できませぬがな、お前の御面相を最前から考へてゐるが、ちつとも神様らしいところが現はれてをりませぬ。

表向きにはニコニコとしてござるが、その底の方に何とも言へぬ険悪な相や、憎悪の相が現はれておりますぞや」と切り返えされます。

 この後、高姫の教を只一人受入れたシャルのほかケリナ・ベル・ヘルは求道居士の助けで蘇生しますが、シャルはそのまま高姫と共に八衢を彷徨う事になります。

以上


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