バッハ/「パッサカリアとフーガ」ハ短調の分析
〜第70回定期演奏会の演奏曲目〜

2013年 10月 20日 初版作成

 横浜フィルハーモニー管弦楽団の第70回定期演奏会で、レスピーギが管弦楽に編曲した、バッハの「パッサカリアとフーガ」ハ短調 BWV582 を演奏します。原曲はオルガン曲です。
 横フィルのバッハは、2011年11月の第66回定期演奏会で、やはり原曲のオルガン曲をエルガーが管弦楽に編曲した「プレリュードとフーガ」ハ短調 BWV537 を演奏して以来です。

 曲の構成や特徴について少し分析してみましたので、参考にしてください。



1.「パッサカリアとフーガ ハ短調」の「パッサカリア」とは?

 パッサカリアとフーガ ハ短調(Passacaglia und Fuga c-moll)BWV582は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが1710年頃に作曲したと推定されるオルガン曲です。

 では、そもそも「パッサカリア」とは何でしょうね? 「世界大百科事典」の説明を転記します。

パッサカリア【passacaglia】 (イタリア語)

 シャコンヌとともにバロック時代に特有な変奏曲形式として知られるもので,多くは荘重な3拍子である。何より特徴的なのは,たいていの場合4小節とか8小節の短い旋律が何度となくバスで繰り返され,繰り返されるごとに上声部が別の旋律となって和声を重ねていくという形の変奏曲であることである。したがって繰返しの切れ目がはっきりせず,音楽は切れ目なしに流れるので,連続的変奏曲ともいわれる。なお,シャコンヌとどう違うかの問題もいろいろ論議されてきたが,バロックの作曲家たちはその二つの名称を無差別に使ったと考えなければならない。

 また、ここに出てくる「シャコンヌ」については、次のような記述です。

シャコンヌ【chaconne】 (フランス語)

 17〜18世紀に愛好された,ゆっくりしたテンポの変奏形式による舞曲。原則として3拍子をとり,4小節ないし8小節の低音進行または一定の和声進行に支えられて,たえまなく変奏を続けていく。同時代に流行したパッサカリアもこれと類似した楽曲だが,パッサカリアでは主題ともいうべき低音進行がいっそう明白であり,しかもその旋律が上声に現れることもある。しかし両者には本質的な相違はない。シャコンヌは中南米起源の舞曲と考えられているが,17世紀初頭にスペインに入り,やがてイタリア,フランス,ドイツ,イギリスに伝えられた。

 要するに、「低音主題」を繰り返しながらその上に変奏曲を展開する、荘重な3拍子の曲、ということのようです。
 有名なところでは、「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番」ニ短調の終曲「シャコンヌ」や、ブラームス作曲の交響曲第4番の終楽章あたりが、この様式を用いた代表的なところでしょうか。

2.「パッサカリアとフーガ ハ短調」の「フーガ」とは?

 同じく、「世界大百科事典」の説明を転記しておきましょう。

フーガ【fuga】

 模倣対位法(対位法)による音楽書法および形式。〈逃げる〉を意味するラテン語fugereに由来し,〈遁走曲〉などと訳すこともある。歴史的にその概念や技法は一様ではないが,17〜18世紀の器楽曲の最も主要な形式の一つに数えられる。
 フーガは主題に対して5度および4度関係をとって模倣的に応答する書法をとり,主題に対して正確に5度および4度関係をとって模倣するものを〈真正応答〉,調的関係を維持するために,その音の一部を変えたものを〈守調的応答〉という。

 う〜ん、これは今ひとつよく分かりませんね。
 過去の2011年11月の第66回定期演奏会のときに、エルガーが管弦楽に編曲した「プレリュードとフーガ」ハ短調 BWV537 に関連して、『バッハの「フーガ」 〜「音楽の捧げもの」に見るフーガの真髄〜』という記事を書きましのたで、そちらも参考にしてください。

3.バッハの「パッサカリアとフーガ ハ短調」について

 それでは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「パッサカリアとフーガ」ハ短調(Passacaglia und Fuga c-moll)BWV582 について調べてみましょう。
 原曲のオルガン曲の楽譜は、ここ(ペトルッチのIMSP:International Music Score Project)から無償ダウンロードできます

 前半の「パッサカリア」では、8小節のパッサカリアの低音主題に対して、20回にわたって8小節の変奏が繰り返されます。パッサカリアの低音主題は、次のものです。

    

 パッサカリアは168小節からなり、5変奏ごとに4つの部分に分けられます。

パッサカリア
0.主題提示 :ペダルによる低音で提示される。

第1部(第1〜5変奏)
第1変奏 :シンコペーションをともなう和声で装飾する。上昇音形で明るい和音からなる。オーケストラ版では弦楽器による。
第2変奏 :同じリズムパターンだが、逆に下降音形、こもる和音からなる。オーケストラ版ではクラリネットが加わり、音色が重くなる。
第3変奏 :八分音符の上昇・下降による装飾。オーケストラ版では木管による。
第4変奏 :八分+十六分音符2個(タンタタ)の躍動するリズムパターンの上昇音形の連続。
第5変奏 :第1部の締めくくり。主題のアウフタクトが十六分音符2個の跳躍に変形。装飾は十六分音符2個のオクターヴと八分音符のリズムパターン。

第2部(第6〜10変奏)
第6変奏:再び主題が原型に戻る。装飾はアタマに十六分休符を持つ十六分音符の上昇形。
第7変奏:逆にアタマに十六分休符を持つ十六分音符の下降形。
第8変奏:十六分音符の上昇形と下降形の同時進行による複雑化。
第9変奏:主題のアウフタクトが頭に十六分休符を持つ十六分音符の跳躍パターンに変形。装飾も同様の跳躍リズムパターンを模倣する。
第10変奏:第2部の締めくくり。主題は2拍目に休符が入る四分音符のコード進行となる。装飾は1声部のみで、十六分音符の走句で上昇下降を繰り返す。

第3部(第11〜15変奏) :第3部では主題がペダルから離れる。
第11変奏:主題はソプラノ。装飾はアルト1声部のみで、第10変奏同様、十六分音符の走句で上昇下降を繰り返す。オーケストラ版では、十六分音符の走句が3度音程の2声部に増強されている。
第12変奏:主題はソプラノのまま、八分音符の声部が加わる。オーケストラ版では、ここで第一のクライマックスとなる。
第13変奏:主題はアルトに移動。十六分音符4個をアタマに置いたリズムパターンが呼応する。オーケストラ版では、ここから音量を落とす。
第14変奏:主題はアルトのままだが、上昇分散和音の中に紛れ込んで不明瞭となる。装飾のソプラノは下降分散和音で対応する。
第15変奏:主題と装飾が一体となった上昇アルペジオとなり、主題はアルペジオの中に隠れる。オーケストラ版では、原曲ではアルペジオの中に隠れた主題がトロンボーンとテューバに明示される。

第4部(第16〜20変奏)
第16変奏:再び主題がペダルに戻る。十六分音符の装飾のうち八分音符ごとに和声が積み重ねられていく進行。オーケストラ版では、この和声の積み重ねが音量を増した金管のベルトーンとなる。
第17変奏:音量を増したまま、装飾が三連符の走句となり、最も華やかな変奏となる。
第18変奏:主題のアウフタクトの頭に八分休符が入る。オーケストラ版では、アウフタクトの八分音符が、ティンパニと金管の三連符となり、第二のクライマックスを形作る。
第19変奏:主題が再び原型に戻る。装飾は2声部が同じ十六分音符の音形の応答を繰り返す。オーケストラ版では、ここで再び音量を落とす。
第20変奏:装飾はさらに4声部に増え、2声部ずつの十六分音符の三度音形の応答を繰り返す。オーケストラ版では、長いクレッシェンドで最後のクライマックスを形成して終止する。

フーガ
 パッサカリアの最終音がそのままフーガのアウフタクトとなる(演奏上の慣例として、第20変奏の最後の音をフェルマータで伸ばし、フーガの最初の音を弾き直すことが多い)。
 フーガは四声の二重フーガで、パッサカリア主題の前半4小節と、これと同時に演奏される八分音符によるリズムパターン(第1主題)、およびパッサカリア主題に続いて提示される十六分音符の華やかな走句(第2主題)から成る。パッサカリア主題の後半は用いられない。
 終盤には変奏に用いられたアウフタクトのリズムやアルペジオの呼応、半音を交えた不協和音も加わり、次第にクライマックスを形成していくが、285小節(練習番号29の5小節目)のナポリの六の和音のフェルマータでいったん仮終止する。ここからはパッサカリア主題を含まない第1主題と第2主題のみからなるコーダとなり、最後の2小節はアダージョで重々しく締めくくられる。オーケストラ版では、フェルマータ以降は「やや遅く」となり、最後の2小節はアダージョに向けて最強奏で荘重に締めくくられる。

 


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