ここでは論じませんが、金管楽器の場合、同じ指で出せる倍音列については、「純正率」と「平均率」による音の高さの違いもありますので、これについては同じくこのホームページ上での「純正律と平均律について」をご覧下さい。
1.バルブの役割
金管奏者にはいうまでもないでしょうが、それ以外の方もいるかもしれないので、一応解説しておきましょう。
「バルブ」は、金管楽器の途中にあって、管を分岐管につなぎ、全体の管の長さを変える仕組みです。これが発明されるまで(19世紀前半)、すなわちシューマンなどのロマン派の前半ぐらいまでは、金管楽器にバルブはなく、従って管の長さから決まる自然倍音しか出せませんでした。音の高さを変えられる金管楽器は、トロンボーンだけでした。
バルブは、19世紀前半に発明され、いろいろ改良されました。要は、通常はストレートにつなげ、動作させると迂回管を経由してつなげる、というメカであればよいので、現在では、トランペットで使われる「ピストン」(上下運動)や、ホルン、ロータリートランペットで使われる「ロータリー」(回転運動)が代表的です。ウィンナ・ホルンで使われる「ウィンナ・バルブ」というのもあります(私は詳しい構造を知りませんが)
バルブは、普通3つあります。
第1バルブは、「全音」に相当する長さをプラスします。(管が長くなるので、全音低くなる。以下同様)
第2バルブは、「半音」に相当する長さをプラスします。
第3バルブは、「全音半」に相当する長さをプラスします。
半音に相当する長さを「1」とすると、
第1バルブ=2
第2バルブ=1
第3バルブ=3
ということになります。これの組合せで、
2全音 =4=「第2バルブ + 第3バルブ」
2全音半=5=「第1バルブ + 第3バルブ」
3全音 =6=「第1バルブ + 第2バルブ + 第3バルブ」
これで第2倍音から上の全ての半音が出せるようになります。(基本音からそのオクターブ上の第2倍音までの間は、上半分しか出せない)
倍音については、次の図を参照下さい。(1)が基本音、(2)が第2倍音です。
図1.自然倍音列(番号は何倍音かを示す。カッコ付きは不正確な音程)
まず、分岐管の長さを考えてみましょう。
平均率のところで説明したように、平均率とは、オクターブ(周波数が2倍になる関係)を、「数学的に」12等分したものです。「数学的に」とは、単純に12で割るのでなく、「指数関数的に12等分」ということです。
(数学に強くない人でも、440Hzのオクターブ下は220Hz、そのまたオクターブ下は110Hz、更にオクターブ下は55Hz、ということで、均等でないことは分かりますよね?弦楽器では、ハイポジションになるほど半音の間隔が狭くなってくるわけです。弦の長さ(=波長に比例)は、周波数の逆数ですから。)
つまり、基準音の周波数をF、オクターブを12等分する半音をn(=1〜12)、それに相当する音の周波数をfnとすると、
fn=F×2(n/12)
ということになります。何の音から始めても、半音を12回繰り返すとオクターブ上になる、ということです。(半音上の周波数を求めるには、「21/12」=1.05946309 をかける)
このことから、基準の管の長さLに対する各バルブの分岐管の長さを求めてみましょう。
第2バルブは半音低くなるので、周波数は基準の管長Lの周波数をFとして、
f(第2バルブ分岐時)=F × 2(-1/12)
=F × 0.9438743
このときの管の長さは、この逆数になって、
L(第2バルブ分岐時)=L × 2(1/12)
要するに、「管の長さ(=波長に比例)」×「周波数」=一定(音速に比例)です。
これで計算すると、次のようになります。
第1バルブ:半音2つ分
L(第1バルブ分岐時)=L × 2**(2/12)
=1.122462 L
分岐管の長さは、0.122462 L ということになります。
(元々の長さ L を差し引く)
第2バルブ:半音
L(第2バルブ分岐時)=L × 2**(1/12)
=1.059463 L
分岐管の長さは、0.059463 L ということになります。
第3バルブ:半音3つ分
L(第1バルブ分岐時)=L × 2**(3/12)
=1.189207 L
分岐管の長さは、0.189207 L ということになります。
(ただし、第3バルブの分岐管は、後で別なチューニングにします)
きちんと、平均率の半音、全音に合わせたのだから、正確ではないか、と思われるかもしれません。でも、それは単独の場合であって、組み合わせたときにどうなるのでしょうか。
普通の金管奏者は、全音半のときに、第3バルブを使うのではなく、「第1バルブ + 第2バルブ」を使うと思います。「第3バルブと同じジャン」と思うかもしれません。比べてみて下さい。
「第1バルブ + 第2バルブ」の分岐管の長さ
=0.122462 L + 0.059463 L
=0.181925 L
あれあれ、第3バルブの長さ(0.189207 L)とは違いますね?
そうです、おわかりになったと思いますが、「半音に相当する分岐管の長さ」というのは、あくまで「基準長さ」に対する比率で決まるので、もともとの長さ「L」に対する半音の長さは、「L + 第1バルブ」の長さに対する半音の長さとは違うのです。
(弦楽器の左指の半音の間隔が、ハイポジションほど狭くなる、というのと同じです)
それでは、本来あるべき分岐管の長さと、バルブの組合せで作り出す分岐管の長さに、どれだけ誤差がでるかを比べてみましょう。
ただし、ここでは、第3バルブは、全音半にチューニングするのではなく、2全音で「第2 + 第3バルブ」が正しくなるようにチューニングすることにします。第2バルブは半音にチューニングしてあるので、第3バルブをこのようにチューニングします。すなわち、2全音となるためには、
L(2全音)=L × 2**(4/12)
=1.259921 L
分岐管の長さは、0.259921 L
ここから第2バルブの分岐管長さ 0.059463 L を差し引いて、第3バルブの分岐管長さは、0.200458 L 。
これを使うと、理論的に正しい分岐管長さと、バルブの組合せで得られる分岐管の長さは、次のようになります。
とりたい音程 | 正しい 分岐管長さ |
使用バルブ | バルブの 分岐管長さ | 誤差 |
---|---|---|---|---|
基準音 | 0 | なし | 0 | 0 |
半音下 | 0.059463 | 第2 | 0.059463 | 0 |
全音下 | 0.122462 | 第1 | 0.122462 | 0 |
全音半下 | 0.189207 | 第1+第2 第3 | 0.181925 0.200458 | 0.007282 -0.011251 |
2全音下 | 0.259921 | 第2+第3 | 0.259921 | 0 |
2全音半下 | 0.334840 | 第1+第3 | 0.32292 | 0.01192 |
3全音下 | 0.414214 | 第1+第2+第3 | 0.382383 | 0.031831 |
バルブの組合せでは、結構、平均率による正しい分岐管長さとは違うことが分かりました。
でも、これでは音程として「どの程度?」かが分かりませんね。
ここでは、A=440Hzとし、ホルンのB管でFから下がってくる音の高さを比較します。
平均率ではほんの少しずれますが、ここでは完全五度でE=330Hzをチューニングしたとしての周波数を求めてみます。
とりたい音程 | 平均率での 周波数 (Hz) | 使用バルブ | バルブ使用時の 周波数 (Hz) | 誤差 (Hz) |
---|---|---|---|---|
開放 =F | 349.62 | なし | 349.62 | 0 |
半音下 =E | 330.00 | 第2 | 330.00 | 0 |
全音下 =Es | 311.48 | 第1 | 311.48 | 0 |
全音半下=D | 294.00 | 第1+第2 第3 | 295.81 291.24 | 1.81 - 2.76 |
2全音下=Des | 277.49 | 第2+第3 | 277.49 | 0 |
2全音半下=C | 261.92 | 第1+第3 第1 | 264.28 259.57 | 2.36 - 2.35 |
3全音下=H | 247.22 | 第1+第2+第3 第1+第2 | 252.91 246.51 | 5.69 - 0.71 |
結果からいえば、
(1)「第1+第2」は上ずる。
(2)「第1+第3」はかなり上ずる。
ということです。
これは、「第3」を「第2+第3」のとき正しい音程となるようチューニングした場合で、「第3」を単独でチューニングした場合には、「第1+第3」の上ずり方がさらに拡大することになります。
具体的な事例を一つ。
ホルンのよく響く調性に、「Es」があります。ベートーヴェンのエロイカ、モーツアルトのホルン協奏曲の4曲中3曲、ホルン五重奏曲、R.シュトラウスの2曲のホルン協奏曲など、ホルンが最もよく響いて活躍できる調です。
この調での第3音(ドミソのミ、すなわちG)が「第1+第2」の指使いになります。
「純正律と平均律について」で述べたように、正しくハモる第3音(純正率)は、平均率の第3音よりもかなり低いものとなります。(半音を100とした「セント」という単位で約14セント)本来「低め」にとるべき「G」が、指使いの関係で「高め」になってしまいます。これは困ったことです。
そこでよく使うのが、Gを「第1+第2」ではなく、「第3」でとること。上の表のチューニングのまま「第3」で「G」を出すと、下の表のように、少し「低め」過ぎますが、オクターブ下の「G」にはよく使います。第3の分岐管を平均率の「G」に近くチューニングする、という手もあります。(先日TVで放映していた昨年のベルリン・フィルのエロイカで、第1楽章の第1テーマを、ハウプトマンは「第3」の指で吹いていました。)
平均率 | 純正率 | 楽器の音程 | |
---|---|---|---|
B | 466.67 Hz | 467.22 Hz | 466.16 Hz(バルブ不使用) |
G | 392.44 Hz | 389.35 Hz | 394.41 Hz(第1+第2) 388.32 Hz(第3) |
Es(基準) | 311.48 Hz | 311.48 Hz | 311.48 Hz(第1) |
今さらいうまでもないことですが、ぼっとしているだけでは、楽器を極めた演奏をすることはできないものなのですね。
(おしまい)