バルブ付金管楽器の音程論

1999年9月12日作成
2001年5月5日改訂(表を見やすくしました)



 ホルンやトランペットなどのバルブロータリーでもピストンでも)付金管楽器の音程について考えてみましょう。バルブを押せば、正しい音程が出せる、と思っている人はまさかいないと思いますが、どの程度狂うものか、ということを理論的に解明してみました。

 ここでは論じませんが、金管楽器の場合、同じ指で出せる倍音列については、「純正率」と「平均率」による音の高さの違いもありますので、これについては同じくこのホームページ上での「純正律と平均律について」をご覧下さい。


1.バルブの役割
 金管奏者にはいうまでもないでしょうが、それ以外の方もいるかもしれないので、一応解説しておきましょう。
 「バルブ」は、金管楽器の途中にあって、管を分岐管につなぎ、全体の管の長さを変える仕組みです。これが発明されるまで(19世紀前半)、すなわちシューマンなどのロマン派の前半ぐらいまでは、金管楽器にバルブはなく、従って管の長さから決まる自然倍音しか出せませんでした。音の高さを変えられる金管楽器は、トロンボーンだけでした。
 バルブは、19世紀前半に発明され、いろいろ改良されました。要は、通常はストレートにつなげ、動作させると迂回管を経由してつなげる、というメカであればよいので、現在では、トランペットで使われる「ピストン」(上下運動)や、ホルン、ロータリートランペットで使われる「ロータリー」(回転運動)が代表的です。ウィンナ・ホルンで使われる「ウィンナ・バルブ」というのもあります(私は詳しい構造を知りませんが)

 バルブは、普通3つあります。
 第1バルブは、「全音」に相当する長さをプラスします。(管が長くなるので、全音低くなる。以下同様)
 第2バルブは、「半音」に相当する長さをプラスします。
 第3バルブは、「全音半」に相当する長さをプラスします。

 半音に相当する長さを「1」とすると、

  第1バルブ=2
  第2バルブ=1
  第3バルブ=3

ということになります。これの組合せで、

  2全音 =4=「第2バルブ + 第3バルブ」
  2全音半=5=「第1バルブ + 第3バルブ」
  3全音 =6=「第1バルブ + 第2バルブ + 第3バルブ」

 これで第2倍音から上の全ての半音が出せるようになります。(基本音からそのオクターブ上の第2倍音までの間は、上半分しか出せない)
 倍音については、次の図を参照下さい。(1)が基本音、(2)が第2倍音です。

倍音列の楽譜

図1.自然倍音列(番号は何倍音かを示す。カッコ付きは不正確な音程)



2.バルブを使ったときの管の長さ
 それでは、バルブを使ったときの分岐管の長さと、その音の高さについて調べてみることにします。

 まず、分岐管の長さを考えてみましょう。

 平均率のところで説明したように、平均率とは、オクターブ(周波数が2倍になる関係)を、「数学的に」12等分したものです。「数学的に」とは、単純に12で割るのでなく、「指数関数的に12等分」ということです。
(数学に強くない人でも、440Hzのオクターブ下は220Hz、そのまたオクターブ下は110Hz、更にオクターブ下は55Hz、ということで、均等でないことは分かりますよね?弦楽器では、ハイポジションになるほど半音の間隔が狭くなってくるわけです。弦の長さ(=波長に比例)は、周波数の逆数ですから。)

 つまり、基準音の周波数をF、オクターブを12等分する半音をn(=1〜12)、それに相当する音の周波数をfnとすると、

 fn=F×2(n/12)

ということになります。何の音から始めても、半音を12回繰り返すとオクターブ上になる、ということです。(半音上の周波数を求めるには、「21/12」=1.05946309 をかける)

 このことから、基準の管の長さLに対する各バルブの分岐管の長さを求めてみましょう。

 第2バルブは半音低くなるので、周波数は基準の管長Lの周波数をFとして、

  f(第2バルブ分岐時)=F × 2(-1/12)
             =F × 0.9438743 

このときの管の長さは、この逆数になって、

  L(第2バルブ分岐時)=L × 2(1/12)

要するに、「管の長さ(=波長に比例)」×「周波数」=一定(音速に比例)です。

 これで計算すると、次のようになります。

第1バルブ:半音2つ分
   L(第1バルブ分岐時)=L × 2**(2/12)
              =1.122462 L

   分岐管の長さは、0.122462 L ということになります。
   (元々の長さ L を差し引く)

第2バルブ:半音
   L(第2バルブ分岐時)=L × 2**(1/12)
              =1.059463 L

   分岐管の長さは、0.059463 L ということになります。

第3バルブ:半音3つ分
   L(第1バルブ分岐時)=L × 2**(3/12)
              =1.189207 L

   分岐管の長さは、0.189207 L ということになります。
  (ただし、第3バルブの分岐管は、後で別なチューニングにします)



3.バルブを組み合わせたときの管の長さ
 それでは、バルブを組み合わせたときの分岐管の長さについて調べてみることにします。

 きちんと、平均率の半音、全音に合わせたのだから、正確ではないか、と思われるかもしれません。でも、それは単独の場合であって、組み合わせたときにどうなるのでしょうか。

 普通の金管奏者は、全音半のときに、第3バルブを使うのではなく、「第1バルブ + 第2バルブ」を使うと思います。「第3バルブと同じジャン」と思うかもしれません。比べてみて下さい。

「第1バルブ + 第2バルブ」の分岐管の長さ
  =0.122462 L + 0.059463 L
  =0.181925 L

 あれあれ、第3バルブの長さ(0.189207 L)とは違いますね?

 そうです、おわかりになったと思いますが、「半音に相当する分岐管の長さ」というのは、あくまで「基準長さ」に対する比率で決まるので、もともとの長さ「L」に対する半音の長さは、「L + 第1バルブ」の長さに対する半音の長さとは違うのです。
(弦楽器の左指の半音の間隔が、ハイポジションほど狭くなる、というのと同じです)

 それでは、本来あるべき分岐管の長さと、バルブの組合せで作り出す分岐管の長さに、どれだけ誤差がでるかを比べてみましょう。
 ただし、ここでは、第3バルブは、全音半にチューニングするのではなく、2全音で「第2 + 第3バルブ」が正しくなるようにチューニングすることにします。第2バルブは半音にチューニングしてあるので、第3バルブをこのようにチューニングします。すなわち、2全音となるためには、

   L(2全音)=L × 2**(4/12)
         =1.259921 L

   分岐管の長さは、0.259921 L 

 ここから第2バルブの分岐管長さ 0.059463 L を差し引いて、第3バルブの分岐管長さは、0.200458 L 。 

 これを使うと、理論的に正しい分岐管長さと、バルブの組合せで得られる分岐管の長さは、次のようになります。 

とりたい音程正しい
分岐管長さ
使用バルブバルブの
分岐管長さ
誤差
基準音0なし00
半音下0.059463第20.0594630
全音下0.122462第10.1224620
全音半下0.189207第1+第2
第3
0.181925
0.200458
0.007282
-0.011251
2全音下0.259921第2+第30.2599210
2全音半下0.334840第1+第30.322920.01192
3全音下0.414214第1+第2+第30.3823830.031831

 バルブの組合せでは、結構、平均率による正しい分岐管長さとは違うことが分かりました。
 でも、これでは音程として「どの程度?」かが分かりませんね。



4.バルブを組み合わせたときの音の高さ
 それでは、バルブを組み合わせたときの音の高さについて調べてみることにします。

 ここでは、A=440Hzとし、ホルンのB管でFから下がってくる音の高さを比較します。
 平均率ではほんの少しずれますが、ここでは完全五度でE=330Hzをチューニングしたとしての周波数を求めてみます。

とりたい音程平均率での
周波数
(Hz)
使用バルブバルブ使用時の
周波数
(Hz)
誤差

(Hz)
開放  =F349.62なし349.620
半音下 =E330.00第2330.000
全音下 =Es311.48第1311.480
全音半下=D294.00第1+第2
第3
295.81
291.24
1.81
- 2.76
2全音下=Des277.49第2+第3277.490
2全音半下=C261.92第1+第3
第1
264.28
259.57
2.36
- 2.35
3全音下=H247.22第1+第2+第3
第1+第2
252.91
246.51
5.69
- 0.71

 結果からいえば、
(1)「第1+第2」は上ずる。
(2)「第1+第3」はかなり上ずる。
ということです。
 これは、「第3」を「第2+第3」のとき正しい音程となるようチューニングした場合で、「第3」を単独でチューニングした場合には、「第1+第3」の上ずり方がさらに拡大することになります。

 具体的な事例を一つ。
 ホルンのよく響く調性に、「Es」があります。ベートーヴェンのエロイカ、モーツアルトのホルン協奏曲の4曲中3曲、ホルン五重奏曲、R.シュトラウスの2曲のホルン協奏曲など、ホルンが最もよく響いて活躍できる調です。
 この調での第3音(ドミソのミ、すなわちG)が「第1+第2」の指使いになります。
 「純正律と平均律について」で述べたように、正しくハモる第3音(純正率)は、平均率の第3音よりもかなり低いものとなります。(半音を100とした「セント」という単位で約14セント)本来「低め」にとるべき「G」が、指使いの関係で「高め」になってしまいます。これは困ったことです。
 そこでよく使うのが、Gを「第1+第2」ではなく、「第3」でとること。上の表のチューニングのまま「第3」で「G」を出すと、下の表のように、少し「低め」過ぎますが、オクターブ下の「G」にはよく使います。第3の分岐管を平均率の「G」に近くチューニングする、という手もあります。(先日TVで放映していた昨年のベルリン・フィルのエロイカで、第1楽章の第1テーマを、ハウプトマンは「第3」の指で吹いていました。)

平均率純正率楽器の音程
  B466.67 Hz467.22 Hz466.16 Hz(バルブ不使用)
  G392.44 Hz389.35 Hz394.41 Hz(第1+第2)
388.32 Hz(第3)
Es(基準)311.48 Hz311.48 Hz311.48 Hz(第1)



5.まとめ
 以上に述べたとおり、バルブ付き金管楽器では、一生懸命チューニングしても、楽器のメカニズムそのものが音程のズレを生み出す宿命を持っていることがおわかりと思います。
 従って、正しい唯一のチューニング、というものはあり得ず、一人一人のプレーヤーが、許容範囲で、しかも補正可能な範囲で妥協できるチューニングする必要があるわけです。補正が妥当かどうかは耳からのフィードバックで確認し、さらに最終的な補正をかける必要があります。これを経験的に先回りして行うために、替え指を使ったり、アンブシュアを工夫したり、(ホルンの場合)右手を使ったり、(トランペットの場合)第3スライダーを動かしたり、といったことをするわけです。

 今さらいうまでもないことですが、ぼっとしているだけでは、楽器を極めた演奏をすることはできないものなのですね。

(おしまい)



HOMEにもどる