ドヴォルザーク/交響詩「英雄の歌」

2026年 3月 25日 初版作成

 横浜フィルハーモニー管弦楽団が第93回定期演奏会(2026年6月21日(日))に演奏する、ドヴォルザーク作曲・交響詩「英雄の歌」作品111 について、あまり情報がないので、多少の情報をまとめてみました。

 なお、ドヴォルザークの生涯などの基本情報は、必要であれば第87回定期(2023年5月3日)のときに作成した記事を参照ください。

Antonin Leopold Dvorak アントニーン・レオポルト・ドヴォルザーク(1841〜1904)

Johannes Brahms ヨハネス・ブラームス(1833〜1897)





1.はじめに〜最晩年のドヴォルザーク

 この交響詩の作品番号「111」からも分かるとおり、作曲者の最晩年の作品です。
 この時期には、アメリカ時代(1892〜95)に交響曲第9番「新世界から」作品95、弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」作品96(1893年)、チェロ協奏曲・作品104(1895年)などの作品が、1895年のボヘミアへの帰国後には一連の交響詩(「水の精」作品107、「真昼の魔女」作品108、「金の紡ぎ車」作品109、「野鳩」作品110)を1896年)、これに続いて管弦楽曲の総決算として「英雄の歌」作品111(1897年)を作曲した後は歌劇の作曲に取り組み、歌劇「悪魔とカーチャ」作品112(1899年)、合唱と管弦楽のための「祝祭の歌」作品113(1900年)、歌劇「ルサルカ」作品114(1901年初演)、そして歌劇「アルミダ」作品115(1903年完成)が最後の作品となります。

 このように、アメリカ時代にほぼ最高傑作を作曲し、作曲家としてはほぼ完成の域に達し、社会的栄誉も得ていていたわけです。
 しかし、ドヴォルザーク自身はボヘミアに戻って、そのまま「ボヘミアの作曲家」で終わることをよしとせず、当時のヨーロッパを席巻していた「ワーグナー」に匹敵する作曲家であることを証明したい欲求にとらわれたのかもしれません。それまで手掛けていなかった「交響詩」(この分野はワーグナーの義父であるリストが始めた)に取り組むとともに、成功していなかったオペラの分野に意欲を燃やします。
 若い頃はワグネリアンであり、スメタナとワーグナーの影響からスタートしたドヴォルザークでしたが、1875年(34歳)のときにブラームスが審査員を務める「オーストリア国家奨学金」に当選して奨学金を得るとともに、ブラームスからベルリンの出版社ジムロックに紹介されて本格的な作曲家としての道を歩み始めます。ブラームスに直接師事したわけではありませんが(ドヴォルザークの8歳年上、生涯に会ったことも十数回程度)、そういった恩を受けたブラームスに配慮してか「交響詩」には手を出さず(類似の曲は「序曲」と呼んだ)、スメタナの後を継いでチェコ語のオペラを作曲しましたが大きな成功は収めていませんでした。

 ということで、ボヘミアに帰国後には、物語や文学的背景を持つ「交響詩」の分野、ライトモティーフなどのワーグナーの手法を取り入れたオペラの作曲に最後の心血を注いだものと思われます。
 特に最晩年オペラの最初を飾る「悪魔とカーチャ」は、フンパーディンクの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」(1893年初演)に刺激され、おとぎ話を題材にしており、ドヴォルザークの歌劇として最大の傑作とされる妖精オペラ「ルサルカ」につながります。

 オペラに先立って量産された交響詩は、ボヘミアの詩人エルベンのバラッド「花束」に収められた民話的なおとぎ話(というより「怪談」に近い)に基づいています。
 唯一それとは異なるのが、最後の交響詩「英雄の歌」です。
 

2.交響詩「英雄の歌」について

 交響詩「英雄の歌」作品111 は、作曲当時から「英雄とは誰か」ということが話題になったようですが、ドヴォルザーク自身は「精神的な英雄(芸術家)の生涯を主題の変形によって描いた作品」と語り、特定の個人を扱ったとは言っていないようです。
 ということで、おそらくは作曲者自身の自叙伝的な性格を持っているものと思われますが、恩人ブラームスのことも意識していると思われます。

 曲は、冒頭に現われる「英雄の主題」「悲嘆の主題」を構成する動機を様々に変形・発展させながら後続部分を形成していくという「変奏」「動機操作」(Thematische Arbeit:日本ではなぜか「主題労作」などと訳される)の手法を徹底して使いまわしています。
 また、「英雄の主題」を第一主題、それに対応する「悲嘆の主題」を第二主題とした「ソナタ形式」を構成してれるともみなせます。
 そういった意味で、「ソナタ形式」や「変奏・動機操作」といった恩師ブラームスが得意としたベートーヴェン以来の伝統的な音楽語法を集大成したものとなっており、ブラームスへのオマージュとなっているのかもしれません。

 全体の構造は次のようになっていると考えられます。(ネット上では諸説あるようですが)

第1部:英雄の出現(1小節〜 )
 アレグロの3拍子で、「英雄の主題」(譜例A)が B-moll で決然と登場します。ソナタ形式の「第1主題」に相当。
 調性が「B (-moll)」であることは Brahms を意識しているかもしれません。

譜例A:英雄の主題

 「英雄の主題」は、次々に変形されて行きます(譜例A1、A2) 。

譜例A1:英雄の主題の変形

譜例A2:英雄の主題の変形

 

 これに続いて、後半部分が低下音形に変わった「英雄の嘆きの主題」(譜例A’)も登場します。

譜例A’:英雄の嘆きの主題

 

 合間合間に、英雄の主題に基づく「合の手」(譜例A3)が挿入されます。

譜例A3:英雄の主題に基づく合の手

 

第2部:苦悩、悲嘆、試練(127小節〜 )
 アダージョの3拍子で「悲嘆の主題」(譜例B)がやはり B-moll で登場します。調は同じですが、ソナタ形式の「第2主題」に相当します。
 主題の3小節目に「4拍子」が現れるのは、まるで「ため息、嘆息」のようです。この部分には低音部に「忍び寄る不幸」(譜例Bの低音部)の主題が重なります。
 ドヴォルザークは3人の子供を亡くしていますので、作曲家としての人生だけでなく、そういった実生活上の苦悩や悲しみも込めているのかもしれません。

譜例B:悲嘆の主題

 
第3部:希望、自信(171小節〜 )
 初めて長調(Des-dur)の「希望の主題」(譜例C)が現われ、明るく素朴に盛り上がります。
 ブラームスに認められ、楽譜出版社とも契約して、作曲家としての道が開けたということでしょうか。
 調性が「Des (-dur)」であることは Dvorak であることを意識しているかもしれません。( D-dur ではなく半音下げて半歩下がったたところがドヴォルザークらしい奥ゆかしさか?)

譜例C:希望の主題

 

 ここまでがソナタ形式でいう「主題提示部」でしょう。
 205小節からの第4部(展開部)への経過部は、「目覚め」「自我の確立」「自然、故郷」というイメージです。
 

第4部:展開部(あるいは中間部):個性の確立、活躍、充実(253小節〜 )
 いよいよ芸術家・作曲家としての本格的な活動の開始です。
 まずは第1部と同じ「英雄の主題」(譜例A)で始まりますが、303小節(練習番号「14」)からは、英雄の主題から派生したボヘミア歌謡風の旋律(譜例D)が木管楽器に登場します。いかにもドヴォルザークらしい部分です。旋律は弦楽器に引き継がれ、しばらく安定した幸福な時間が流れます。
 405小節からは、木管の「ボヘミア歌謡」に重ねて「希望の主題」が弦楽器に加わります。

譜例D:ボヘミア歌謡風の旋律(「英雄の主題」から派生)

 

第5部:再現部:回想、苦難、挑戦(441小節〜 )
 441小節からの A-moll の主題(譜例E)は「悲嘆の主題」の変形です。譜例Bの低音主題も現われます。
 「第2主題の再現」とも考えられます。

譜例E:悲嘆の主題の再現


 545小節からはアレグロの B-moll に戻って金管に「英雄の主題」(譜例A)が再現されるとともに、「英雄の嘆き主題」(譜例A’)が弦・木管によって演奏されます。「第1主題の再現」といえます。
 

第6部:終結部(フィナーレ、コーダ):勝利、成就、完成(575小節〜 )
 英雄の主題を引き伸ばした明るい弦のユニゾン(譜例F)で終結部に入ります。

譜例F:終結部の始まり(「英雄の主題」から派生)

 どんどん加速して 591小節からは軽快なロンド風の主題(譜例G:これも「英雄の主題」から派生)が始まります。

譜例G:軽快なロンド風の主題(「英雄の主題」から派生)

 729小節からは、「悲嘆の主題」が長調になって登場します(譜例H)。

譜例H:長調の悲嘆の主題


 791小節からは「勝利の凱歌A」ですが、これも「英雄の主題」の変形です(譜例J)。

譜例J:勝利の凱歌A

 814小節からは、「悲嘆の主題」が長調となった「勝利の凱歌B」(譜例K)です。合いの手の826小節からは低音金管の引き伸ばした「英雄の主題」に木管に「希望の主題」も現れます。

譜例K:勝利の凱歌B


 そのあたりからずっと最後の大団円まで突き進み、894小節から4小節間だけテンポを落として金管が堂々と「勝利の凱歌」をファンファーレ演奏し、そこから一気に最後に駆け込みます。


 
 このように、ほぼ全体が「英雄の主題:譜例A」と「悲嘆の主題:譜例B」からできていることが分かります。
 


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