この映像を見ると、当時の楽器についていろいろと興味深いことが分かります。(映像として女性弦楽器奏者をアップで映している暇があったら、珍しい管楽器をもっと映してほしかった!)。 金管についていえば、当然ホルンは4本ともナチュラルホルン(バルブなし)、ラッパは2本のトランペット(バルブなし)と2本のピストン付コルネット、トロンボーンはアルト1本とテナー2本(バストロなし)、低音金管はオフィクレイドOphicleideとセルパンSerpent(写真1、2参照)です。4楽章ではオフィクレイドとセルパン各1本、5楽章はオフィクレイド2本で吹いていました。どうみても大きな音は出そうもないので、5楽章の「怒りの日」のテーマをなぜ2本で吹いているのか納得できます。(これ、現在のチューバでも2本で吹くべきなのでしょうか?)
(写真1)オフィクレイド
(写真2)セルパン
(注)この原稿は7月末の夏休みに書いていたのですが、8月半ばに届いた「パイパーズ」9月号にオフィクレイドの記事が載っていました。途中に穴の開いた金管なんて、スカスカな音しか出ないような気がしますが、意外としっかりした音が出るそうです。
木管楽器については、かなり現代楽器に近いものを使っているようです。フルートは、木管(金属製でなく)ですが結構複雑なキーメカニズムが付いていて、少なくともバッハ時代のトラヴェルソとはかなり違うようです。オーボエ、クラにも結構キーメカニズムが付いています。既にベーム(1794〜1881)による改良メカニズムが登場していたのでしょうか。(この辺に詳しい方、ご意見を!)なお、ファゴットを4本使っている(楽譜どおり)のは、音量の点からでしょうか。
打楽器は、いかにも「本皮」を使っていますが、形は現在とほぼ同じ。ただし、ティンパニのスティックはかなり硬いものを使っているようです。5楽章の「鐘」は、映像には出てきませんので何を使っているのか不明です。
弦楽器については、外見上は現在と同じ。でも、おそらくガット弦を使っているのでしょう。 面白いのはステージ上の配置で、これも初演当時を再現したものなのでしょうが、これは映像で見るほかありません。
演奏もなかなかのものです。(CDとしても単独で出ています)
面白いのは、1楽章の提示部を楽譜どおり繰り返していることで、この曲がまがりなりにも「交響曲」であることを思い出させてくれます。また、4楽章の断頭台への行進も、途中で突然アタマに戻り、ドキッとしますが、確かに楽譜にはリピート記号が付いています。
どうやら、リピートの省略や曲の一部カットという演奏上の慣習は、オーケストレーションの改変と並んで19世紀後半から20世紀前半の巨匠指揮者時代に確立されて、現代の演奏もこれをかなり踏襲していますが、オリジナル楽器による演奏やHIPでは、これを原典に戻そうという意図が強いようです。そういえば、私の持っているアーノンクール/ベルリン・フィルのブラームス交響曲全集では、1、2、3番で1楽章提示部を繰り返しています。(1番の繰り返しは衝撃的。なお、4番はもともとリピートの指定なし)作曲者が楽譜に指定した「繰り返し」を勝手に省略してよいのか(作曲者は明らかに繰り返されることを意図して作曲したはずだ)、初演のときは間違いなく繰り返されたはずだ、というのがその根拠と思います。
ということで、ガーディナーの映像は、是非一度ご覧になることをお勧めします。
以上、2回にわたって“HIP”について考えてみました。オリジナル楽器による演奏や歴史的背景を考慮したHIPは、歴史的意義だけでなく音楽的にもすばらしいものが多いので好きです。最近は「初演時の演奏人数まで含めて再現する」といった重箱の隅をつつくような傾向もあるので、ちょっと考え物ですが。私の吹いているホルンなどは、オケの中でもオリジナル楽器から最も遠くまで来てしまった楽器なので、特に「オリジナル」へのあこがれが大きいのかもしれません。(ホルンの歴史的変遷なんて、ホルン吹き以外には興味はないでしょうねえ・・・)
こういうオリジナル演奏とフルトヴェングラーなどの巨匠指揮者時代の演奏の両方を聴いて楽しめるのは、大変ぜいたくなことのですが、我々の演奏の基盤をどこに置くか、というのは意外に難しい問題なのだと思います。