ということで、「真夏の夜の夢」に関するあれこれを少しだけ。
フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ(1809〜1847)
Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy
1.「真夏」とは?
一般に、メンデルスゾーンのこの曲は「真夏の夜の夢」と呼ばれます。
もちろん、シェイクスピア原作の戯曲の上演にあたっての「付随音楽」として作曲されましたから、タイトルはシェイクスピアによります。
ところが、シェイクスピアの原作は「夏の夜の夢」と呼ばれることが多いです。
ウィリアム・シェイクスピア(1564〜1616)
William Shakespeare
この違いはいったい何だ?
実は、文学界でも、昔は「真夏の夜の夢」と訳されていたようです。
シェイクスピアの原題は
A Midsummer Night’s Dream
であり、これを昔は「真夏の夜の夢」と訳していました。
でも、ここでいう「Midsummer」とは、日本でいう「真夏」(7月後半の梅雨明けから8月の旧盆のころ)とは異なり、「夏至」のことです。つまり6月20日ごろ。(しかも下敷きになっているのは魔女たちが宴会を開くといわれるいわゆる「ワルプルギスの夜」(4月30日〜5月1日ごろ)のことのようです)
この「語感の食い違い」「和洋の感覚の違い」を避けるため、文学界ではかなり前から「真夏」をやめて「夏の夜の夢」と訳すようにしたようです。
そこで取り残されたのが音楽界。
「音楽界」では、なかなか旧来の伝統・言い伝えが修正されません。徒弟制度のせいか、「先生・先輩の教えを金科玉条として受け継ぐ」ことが当たり前のように繰り返されているようです。
なので、音楽界ではいまだに「真夏の夜の夢」でまかり通っています。浴衣を着て、蚊取り線香をたいて、スイカを食べながら花火に興じるイメージでしょうかね。
ということで、ここは音楽関連のサイトなので、時代遅れながら「真夏の夜の夢」と呼ぶことにします。
2.メンデルスゾーンの生涯
交響曲第3番「スコットランド」のときにまとめましたので、そちらを参照してください。
3.「真夏の夜の夢」のお話
シェイクスピアの原作です。
原作が「戯曲」(演劇として舞台上で上演される)ですが、これを「あらすじを小説仕立て」にしたラム姉弟の「シェイクスピア物語」がお勧めです。
ただし、こと「真夏の夜の夢」に関しては、登場人物が多すぎるのと、話の進展に脈絡がないことから、「シェイクスピア物語」で読んでも何が何だかよく分かりません。
シェイクスピアにしては珍しく、「心理劇」とか「人間の深層心理」には関係しない「ドタバタ喜劇」で荒唐無稽だしあまり面白くありません。
ということで、下記のような「あらすじ」を読んで済ませればよいと思います。
ストーリーや登場人物と音楽との関連もそれ程ないようですので。
4.ストーリーと音楽の関係
戯曲のストーリーとメンデルスゾーンの付けた音楽との関係は下記のようです。
(1)序曲 作品21
もともとは「劇付随音楽」ではなく、独立した管弦楽曲としてメンデルスゾーン17歳の1826年に作曲されています。
ドイツ語訳されたシェイクスピアの「夏の夜の夢」を読んだメンデルスゾーンは、姉のファニーとピアノ連弾をするための曲を作り、それを管弦楽に編曲したものがこの「序曲」だそうです。
その17年後の1843年に、プロイセン国王のフリートリヒ・ヴィルヘルム4世からの求めに応じて戯曲のための付随音楽を作曲することになり、17年前の序曲はそのまま使うことにしました。
追加された曲たちは「作品61」となっています。
(2)スケルツォ 作品61-1
第1幕と第2幕の間に使われる間奏曲で、第2幕に登場する妖精パックの描写です。
(3)情景と妖精の行進 作品61-2
第2幕・第1場に登場する妖精たちの場面に流れる音楽。簡素曲スケルツォの断片も。
その後、ホルンの合図で妖精たちの行進が始まる。
(4)歌と合唱「まだら模様のお蛇さん」 作品61-3
第2幕で、タイターニア妃にかしずく妖精たちによって歌われる独唱と合唱。
ソプラノ独唱が蛇やネズミやイモリやトカゲに「出て来るな」と歌い、合唱がナイチンゲールに「子守歌を歌っておくれ」と歌う。
(5)情景 作品61-4
第2幕で、劇中のセリフのバックに流れる音楽。
媚薬をふりかけて「目を覚まして最初に見た者を好きになる」という呪文。
(6)間奏曲 作品61-5
第2幕と第3幕の間の間奏曲。いかにもメンデルスゾーンらしい憂いに満ちて揺れ動く。森の中をさまよう恋人たちの不安。
後半は村人たちの素朴でコミカルな踊り。
(7)情景 作品61-6
第3幕でセリフのバックに流れる弦のトレモロと管楽器の響き。序曲の冒頭の和音のいびつな変形も登場。
媚薬によって混乱している恋人たち。
(8)夜想曲 作品61-7
第3幕と第4幕との間奏曲。
第3幕の最後で、4人の恋人たちに媚薬によるねじれ関係を解消する薬をたらして夜の森の中で眠りに就かせた後の幕間に流れる。
(9)情景 作品61-8
第4幕の森の中の夜明け。恋人たちは正しい関係に戻って幸せに目を覚ます。
森に狩りのホルンが響き渡る。
(10)結婚行進曲 作品61-9
第5幕の前奏曲として、大公の館で行われる2組の若いカップルの結婚式に先立って演奏される。
(11)プロローグ〜葬送行進曲 作品61-10
第5幕の結婚式の場で演じられる村人たちのシロウト劇。劇の始まりを告げるファンファーレと、劇の中で演じられるわざとらしい滑稽な葬送行進曲。
(12)道化師たちの踊り 作品61-11
やはり結婚式の中で演じられる村人たちによる粗野でコミカルな踊りで、序曲に出て来る旋律を用いている。
(13)情景 作品61-12
結婚式が終わり、結婚行進曲の余韻の中に序曲の回想が現れる。
(14)終曲「ほのかな光」 作品61-13
序曲冒頭の和音から始まり、序曲のヴァイオリンの旋律の上で合唱が精霊や妖精たちに「来ておくれ」と歌い、そして序曲の最後の部分で全体の幕を閉じます。
まるで、17年前の序曲の最後の部分が、この戯曲の幕を閉じるために作られたかのように。
5.全曲の音源
CDもいろいろ出ていますが、YouTube でも視聴できます。
パーヴォ・ヤルヴィ指揮 フランクフルト放送響のライブ(組曲)
アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィル(CD録音。ほぼ全曲だが Op.61-4, 61-6, 61-8 なし)
アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団(CD録音、完全な全曲)