「くるみ割り人形」のメルヘンの世界
〜第62回定期演奏会 演奏曲をめぐって〜

2009年 7月 2日 作成


 次回(第62回)定期演奏会で演奏するチャイコフスキー「くるみ割り人形」は、通常の組曲版ではなく、バレエ全曲の中からの抜粋版となります。
 ということで、徹底して楽しむための、バレエについての情報です。

 指揮者のお話では、ヨーロッパでは、子供が最初に観に行くオペラがフンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」、そして最初に観に行くバレエがこの「くるみ割り人形」だそうです。



1.くるみ割り人形とは

 くるみ割り人形とは、もともと「胡桃(くるみ)」の硬い殻をかち割るための道具で、本来、工具の「ペンチ」みたいなものでよいわけですが、それを人形の口にしたものです(背中のレバーを使って口をぱくりとあけ、そこに胡桃をはさみ、レバーを梃子として使って殻を割る)。この人形、何故か軍人(兵隊)の姿をしているのが特徴です。日本人の感覚からは、お世辞にも「可愛い」とはいえず、むしろグロテスクで怖いという印象です。日本でいえば、伝統的な「こけし」に近いのでしょうか。
 その後、「胡桃を割る」という本来の機能から離れ、単なる人形として愛好されるようになったようですが、軍人の姿かたちをしているところはそのままです。また、何故かクリスマスとも結びついているようです。

 昔、クリスマス直前の頃にドイツに行った折、ニュルンベルクのクリスマス市で、この人形がたくさん並んでいて、くるみ割り人形がこういうものであることを知りました。そして、思わず1つ買って帰りました。

 先日、ドイツを観光旅行した際、「ロマンティック街道」の中世の面影を残すローテンブルクの街に「一年中クリスマス用品を売っている店」があり、そこにもくるみ割り人形がたくさん並んでいました。店の前には、「ペコちゃん」「カーネル・サンダースおじさん」ばりの、巨大な客寄せ「くるみ割り人形」が立っていました。(ただし、この人形はひょうきんな表情の癒し系・ゆるキャラ系なので怖くはない)

 ローテンブルクのクリスマス用品のお店

 リューデスハイム(ライン川下りの船着場)にあった同じ店の支店

 チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」も、クリスマスの夜に、プレゼントとしてもらったくるみ割り人形が、ねずみの軍隊と戦う、という「クリスマス」と「軍人」というキーワードが関係しています。

 
2.バレエ「くるみ割り人形」のあらすじ

第1幕

 クリスマス・イブの夜。
 クララの家ではクリスマス・パーティが催され、客人が次々と到着します。パーティ会場である居間では、大人、子供それぞれが楽しそうに踊ります。
 そこへ人形使いドロッセルマイヤーが登場し、子供達に次々と手品を見せたり、人形達を踊らせて見せたりします。ドロッセルマイヤーは子供達にクリスマスプレゼントを渡し、クララにはくるみ割り人形を贈ります。

 やがてパーティはお開きとなり、静かになった真夜中の居間。クララは、くるみ割り人形が気になって、起きて居間へやって来ます。
 時計が12時を告げると、突然クララは人形の大きさになり(舞台ではクリスマスツリーが大きくなる)、ねずみの大群がおもちゃの軍隊と戦争を始めます。くるみ割り人形がおもちゃの軍隊の指揮をとり、ねずみの王様とくるみ割り人形の一騎打ちとなります。
 クララはねずみの王様にスリッパを投げつけて応援し、くるみ割り人形に勝利をもたらします。
 すると、くるみ割り人形は魔法が解けて王子の姿になり、クララにお礼を言って、クララをお菓子の国に連れて行くことになります。
 松林の中、雪の精の舞う道すがらは、とても幻想的。

第2幕

 クララは、お菓子の国の女王(王子さまの母親)、金平糖の精を始めとしたたくさんの住民に迎えられます。そして、祝宴で次から次に繰り広げられるいろいろなお菓子の踊りを楽しみます。
 そして、最後に全員で華麗なワルツを踊り、突然我に返る・・・。(ここは、音楽としては第2幕初めのお菓子の国(魔法の城)の回想ですが、ほとんどの演出では、「そこはお菓子の国ではなく自分の家の居間のソファの上、すべてはクリスマスの夜のクララの夢でした・・・」ということのようです)

 
3.チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」

 曲名を原語のロシア語で書くと、

 Чайковский ”Щелкунчик” ←「シェルクーンチク」と発音

です(どうでもよいけど)。
 英語では「The Nutcracker」、ドイツ語では「Der Nussknacker」です。スコアやCD/DVD情報を調べるときのご参考まで。

 バレエ音楽「くるみ割り人形」全体の構成は次のとおりです。

  小序曲
第1幕
  第1曲 クリスマスツリー
  第2曲 行進曲
  第3曲 ギャロップと両親の踊り
  第4曲 踊りの情景 - ドロッセルマイヤーの贈り物
  第5曲 情景 - おじいさんの踊り
  第6曲 クララとくるみ割り人形
  第7曲 くるみ割り人形とねずみの王様の戦い、くるみ割り人形の勝利、そして人形は王子に姿を変える
  第8曲 冬の松林の中で
  第9曲 情景と雪片のワルツ (児童合唱が入ります)
第2幕
  第10曲 お菓子の王国の魔法の城
  第11曲 情景 クララと王子
  第12曲 登場人物たちの踊り(ディヴェルティスマン)
      チョコレート(スペインの踊り)[ボレロ]
      コーヒー(アラビアの踊り)[コモード]
      お茶(中国の踊り)
      トレパック(ロシアの踊り)
      葦笛の踊り
      ジンジャーかあさん
  第13曲 花のワルツ
  第14曲 こんぺい糖の精と王子のパ・ド・ドゥ
      アントレ・アダージュ
      ヴァリアシオン I [タランテラ]
      ヴァリアシオン II [金平糖の精の踊り]
      コーダ
  第15曲 終幕のワルツ - アポテオーズ(グランド・フィナーレ)

 組曲「くるみ割り人形」作品71aは、チャイコフスキー自身がバレエ音楽から編んだ組曲で、バレエの初演に先立ち、1892年3月19日初演されました。

  1. 小序曲
  2. 行進曲
  3. 金平糖の精の踊り
  4. ロシアの踊り(トレパック)
  5. アラビアの踊り
  6. 中国の踊り
  7. 葦笛の踊り
  8. 花のワルツ

 
 バレエ音楽全曲のスコア情報は、下記のDover版が出ています。

    チャイコフスキー/くるみ割り人形 バレエ全曲スコア(Dover版)

 
 全曲版も超名曲なので、全曲版CDはいろいろ出ています。組曲には含まれない「第9曲 雪の精のワルツ」など、児童合唱が加わって幻想的です(ここを女声合唱で演奏してるものもあるので要注意。分かる範囲で注記しました)。

  ・チャイコフスキー/くるみ割り人形(全曲)プレヴィン/ロンドン(女声合唱)(2CD)

  ・チャイコフスキー/くるみ割り人形(全曲)ゲルギエフ/キーロフ (1CD)

  ・チャイコフスキー/くるみ割り人形(全曲)+オッフェンバック ボニング/ナショナル・フィル(児童合唱)(2CD)

  ・チャイコフスキー/くるみ割り人形(全曲)+眠り美女 ボニング/ナショナル・フィル(児童合唱)(2CD)

  ・チャイコフスキー/くるみ割り人形(全曲)フェドセイエフ/モスクワ放送(2CD)

  ・チャイコフスキー/くるみ割り人形(全曲)西本知美/日フィル(児童合唱)(2CD)

  ・チャイコフスキー/くるみ割り人形(全曲)組曲No.3/4 ドラティ/コンセルトヘボウ(児童合唱)(2CD)

  ・チャイコフスキー/くるみ割り人形(全曲)ヤンソンス/ロンドン・フィル(児童合唱)(2CD)

  ・チャイコフスキー/くるみ割り人形(全曲)アシュケナージ/ロイヤル・フィル(児童合唱)(2CD)

  ・チャイコフスキー/くるみ割り人形(全曲)テミルカーノフ/ロイヤル・フィル(児童合唱)(2CD)

  ・チャイコフスキー/くるみ割り人形(全曲)スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立(児童合唱)(2CD)

 3つのバレエ音楽の全曲盤セットもあります。

  ・チャイコフスキー/くるみ割り、白鳥湖、眠り美女(全曲)プレヴィン/ロンドン (6CD)

  ・チャイコフスキー/くるみ割り、白鳥湖、眠り美女(全曲)スラトキン/セントルイス (6CD)

 
4.バレエのDVD

 あらすじもわかった、音楽も聴いた、となれば、あとはバレエそのものを楽しんでみましょう。

 いくつかの映像がDVDになっています。

ロンドン・コヴェントガーデン・ロイヤル・バレエ団2001年
スヴェトラーノフ指揮/コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団

国内盤\3,780


こんぺい糖の精を、ロイヤル・バレエのプリンシパルだった吉田都さんが踊っています。


ベルリン国立歌劇場1999年
バレンボイム指揮/ベルリン国立歌劇場管弦楽団

国内盤\3,313


キーロフ劇場1994年
ヴィクトール・フェドトフ指揮/キーロフ劇場管弦楽団

輸入盤\2,986

 
 こんぺい糖の精は登場せず、こんぺい糖の精はクララが踊ります。そのせいか、「こんぺい糖の踊り」が中間部なしで省略されているのが残念。
 全体としてテンポが遅めです(踊りに合わせた?)。  


 DVDに解説本が付いた「小学館DVD BOOK」というのもありますが、「くるみ割り人形」は2009年9月発売だそうです。
    「華麗なるバレエ 10:くるみ割り人形/チャイコフスキー」(小学館DVD BOOK)価格:¥ 3,360(2009/9/21発売)

 私は、ビデオに録ったNHK製作のボリショイ劇場バレエ(伝統的な演出)と、イギリスのバーミンガム・ロイヤル・バレエ(モダンな演出)の2種類を持っていますが、現在はDVDとしては出ていないようです。

 ボリショイ劇場のものは、1989年5月の収録なので、ソヴィエト連邦の時代、ベルリンの壁崩壊の直前ごろのものです。バレエの妙技・華麗なテクニックの誇示が多く、音楽の途中でもかまわずに拍手が入るという、音楽を聴くには向きませんが、バレエ好きにはたまらないのでしょうね。ちなみに、トランペットを吹いているのはドクシツェル氏ではないかと思われ、「チョコレート(スペインの踊り)」の華麗な吹奏は聴きものです(昔レコードで持っていたロジェストヴェンスキー指揮の演奏も同じように素晴らしかった。でも1989年まで吹いていたのでしょうか)。また、「アラビアの踊り」が「インドの踊り」になっていたり、「こんぺい糖の精と王子のパ・ド・ドゥ」がクララと王子によって踊られる(こんぺい糖の精は登場しない)など、若干の特殊な演出があります。

 バーミンガム・ロイヤル・バレエのものは、1994年12月のバーミンガムでの公演の録画で、子供向けにストーリーを分かりやすく展開する方に重点が置かれ、全体の流れと音楽を楽しむにはなかなか良いと思います。「こんぺい糖の精」を、当時バーミンガムでプリンシパルだった吉田都さんが踊っています(経歴を見たら、翌1995年からロンドン・コヴェントガーデンのロイヤル・オペラのプリンシパルになったそうなので、その直前の公演だったようです)。このバレエ、ストーリー上はクララと王子様(くるみ割り人形)が主役ですが、踊りの点からはこんぺい糖の精が最高の役であることがよく分かります。
 吉田都さんは、上に挙げたコヴェントガーデンの2001年公演のDVDでもこんぺい糖の精を踊っています。

 



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