ウェーバー/歌劇「魔弾の射手」〜ドイツ国民的ロマン派オペラの創始にして最高峰〜

2015年 2月 4日 初版作成


 次回(第73回)の定期演奏会で、ウェーバー作曲/歌劇「魔弾の射手」序曲を演奏します。歌劇「魔弾の射手」は、ウェーバーの代表作であるとともにドイツ・ロマン派歌劇の代表作で、20世紀前半の音楽評論家パウル・デッカーに「ドイツの国民的ロマン主義の歌劇は創造されたと同時に完成されてしまった」と言わしめた名作オペラですが、実はまだベートーヴェンが現役で活躍中の1821年に作曲・初演されています。
 歌劇「魔弾の射手」については、こちら(第58回の「オベロン」序曲の記事)で既に紹介していますので、ここでは歌劇の中身と序曲の関係に的を絞って書いてみようと思います。



1.概要

 歌劇「魔弾の射手」のあらすじや内容全般については、、こちら(第58回の「オベロン」序曲の記事)をご参照ください。

 ドイツ語の国民オペラは、一般に「ジングシュピール」と呼ばれる、歌とセリフで演じられます。ウェーバーに先立つドイツ語オペラとしては、モーツァルトが「後宮からの逃走」「魔笛」を作曲し、ベートーヴェンも「フィデリオ」がありましたが、この「魔弾の射手」の登場で、一気にドイツ語圏のオペラの潮流を形成してしまったようです。ワーグナーも、ウェーバー自身の指揮するこのオペラを観て、オペラ作曲家を目指すようになったとか。

 ちなみに、ドイツ語の「ジングシュピール」には、モーツァルト「魔笛」、この「魔弾の射手」、そしてワーグナーの「ニーベルンクの指輪」(これはセリフ部分も歌になっている「楽劇」ムジークドラマ)、フンパーディンク「ヘンゼルとグレーテル」など、「魔法」を取り扱ったストーリーが多いので、これらを「魔法オペラ」と呼ぶことがあるようです。

参考までに、ストーリー、歌詞の対訳などは下記サイトなども参照ください。
・2012年の映画「魔弾の射手」のサイト
・オペラマニア「魔弾の射手」
・オペラ情報館「魔弾の射手」
・オペラ対訳プロジェクト「魔弾の射手」

2.序曲とオペラの関係

 この「魔弾の射手」序曲は、ほとんどがオペラの中の曲を用いて作られています。では、どこがどの部分からの引用か、調べてみましょう。
 オペラ全体が、「運命に対する不安」「悪魔を頼りたい人間の弱さ」と「清らかな愛」「神への絶対の信頼」「希望」との対比でできていることから、序曲もこの2つの対比で成り立っています。「希望の中に忍び寄る不安」も出てきますね。そして、最後は「希望」と「愛」の勝利、神への信頼と帰依、というお定まりの大団円となり、序曲もそのような作りになっています。

(1)最初のホルン四重奏による部分(日本語の歌詞を付けて「秋の夜半」として有名)は序曲のオリジナルです。オペラの中には登場しません。
 このホルン四重奏、2本のC管ホルンと、2本のF管ホルンを組み合わせ、限られた自然倍音でアンサンブルを作り上げるという高度な職人技です。
 第3幕の前奏曲、そして「狩人の合唱」では、D管ホルン3本とA管ホルン1本という組み合わせで、これまた見事なアンサンブルを作り上げています。
 どちらもベートーヴェンやメンデルスゾーンにあるような、「ファゴットを組み合わせて」という奥の手は使っていません。ウェーバーのホルンの使い方は、古今の作曲家の中で最高クラスだと思います。

(2)ホルン四重奏直後の不吉な弦のトレモロとコントラバスのピツィカートは、オペラの中で何度も出てくる「悪魔」のモチーフ。人間の弱さ、心の不安、「魔が差す」場面に登場。

(3)主部のモルト・ヴィヴァーチェから始まるのは、第1幕で狩人マックスが歌うアリアの後半で、翌日の射撃競技に対する「不安」と「神への不信」を歌う部分です。
 このアリアでは、最初アガーテへの清らかな愛の喜びを歌い、一度序奏の(2)「悪魔」のモチーフが登場し、一旦は「清らかな愛」を思い出しますが、後半でこの「不安と神への不信」を歌い、悪魔が忍び寄るきっかけを作ります。

(4)(練習番号A)次にフォルテシモの合奏で出てくるのが、狼谷で魔弾を鋳造するときに出てくる「悪魔の軍団」が疾駆する荒れ狂ったモチーフ。
 この狼谷の場面、場の始まりからピッコロを含むオーケストラと「ウフーイッ! ウフーイッ!」と魑魅魍魎が歌う出だしからしておどろおどろしく恐怖感いっぱいの音楽です。準備を済ませ呪文を唱えた後、次々と7個の魔弾を鋳造しますが、ここではドイツ語初心者でもわかる「アイ〜ンス」、「ツヴァ〜イ」と数える間に、次々と音楽が高揚して荒れ狂っていきます。このオペラの聴きどころ、見所の一つです。
 この「悪魔の軍団」は6つ目の弾丸を鋳造したところで出てきます。

(5)(練習番号Bの13小節目)次のホルン4本の雄叫びは、狩人マックスのモチーフなのでしょう、第2幕後半の狼谷の場面でマックスが登場するときに使われます。

(6)(練習番号C)それに続くクラリネットのソロは、第2幕で、恋人アガーテが夜更けにマックスの帰りを待ちわびているときに、マックスらしい足音を聞きつけ、高鳴る胸のうちを歌うアリア。序曲の最後のクライマックスにも再現する希望のモチーフです。

(7)(練習番号E)(4)の「悪魔の軍団」が戻ります。

(8)(練習番号G)再度(6)の希望のモチーフが戻りますが、伴奏形にトロンボーンの下降する半音という「不吉」なものが紛れ込んでいます(これはモルト・ヴィヴァーチェ冒頭の「不安」モチーフの10小節目にホルンの低音に出る動きに対応しています。「希望」の中に忍び寄る「不安」を暗示しているかのように。

(9)(練習番号Hの11小節目)再度モルト・ヴィヴァーチェの冒頭(3)の「不安」のモチーフが再現します。

(10)続けて(練習番号I)(4)「悪魔の軍団」、(練習番号K)前奏(2)「悪魔」の再現。

(11)そして、急に明るいハ長調になって、アガーテの希望のアリア(6)が高らかに歌い上げられます。すべての「不安」や「悪魔の誘惑」を振り払った心からの喜び(でも「とりあえず逃れた」だけて「克服」はしていない・・・)。オペラによくある「大団円」というやつです。実際に、この部分はオペラの最終部分そのままです。
(こんなハッピーエンドでよいのか? ということで、最近では、この部分は皮肉たっぷりに演出されることが多いようです。ハンブルクの上演も、チューリヒの上演も、そんな感じです)

3.オペラ全曲の映像

 参考までに、現時点で手に入るオペラ全曲の映像ソフトをいくつか挙げておきましょう。

(1)私は観てはいませんが、2012年に劇場公開された映画「魔弾の射手」が、音楽・映像ともによいようです。DVDも出ているようなので、これから観ようという方はこれがよいと思います。
 第2幕後半の「狼谷の場面」で「魔弾」を鋳造する場面など、舞台上演では十分な視覚的な効果を出すことが難しいのですが、映画なら思い切ったことができるのでしょう。私も、機会があればぜひ観てみたいと思っています。

  演奏は、ダニエル・ハーディング指揮のロンドン交響楽団。

 歌劇場での舞台上演の映像としては、参照先の記事でも挙げている下記のものがあります。

(2)ペーター・コンヴィチュニー(指揮者フランツ・コンヴィチュニーの息子)の演出による、相当に変わった舞台。その意味で初めて観るのには不向きです。
第3幕のエンヒェンのアリアでは、オブリガートのヴィオラが舞台上の女性奏者によって演奏されます。

メッツマッハー指揮/ハンブルク国立歌劇場(1999年)

(3)古楽の雄アーノンクールによるロマン派オペラ。オーケストラはモダン楽器使用ですが、序曲を見る限りホルンはナチュラルホルンを使っています。他に、トランペット、トロンボーンもピリオド楽器を使っているように見えます。
 演出は極めて「抽象的」で、具体的な舞台装置は登場しないので、こちらも初めて観るには意味不明かと思います。

アーノンクール指揮/チューリヒ歌劇場(1999年)

 YouTube上に、1968年の映画版の全曲の映像がありました(レオポルト・ルートヴィヒ指揮ハンブルク国立歌劇場)。英語字幕ですが、興味があればのぞいてみてください。主要な部分の時間は下記のようになっています。

・序曲:0:00
・マックスのアリア:25:30(序曲に出てくるのは、28;40あたりと30;40あたりから)
・アガーテのアリア:50:40(序曲に出てくるのは、56:30あたりから)
・狼谷の場面:1:06:30あたりから。
・アガーテのアリア(チェロのオブリガート):1:22:00
・エンヒェンのアリア(ヴィオラのオブリガート):1:28:00
・狩人の合唱:1:38:10
・最後の7発目の魔弾が白鳩に撃たれた瞬間:1:41:00
・マックスの魔弾を使ったことの告白(ファゴットのオブリガート):1:47:45
・領主からの追放宣言:1:48:45
・森の隠者(聖者)のとりなし(後半でフルートのオブリガート):1:51:30
・最後の大団円:1:58:40

 この映像は、字幕付きでDVDとしても出ています。

 ちなみに、オペラ全曲のスコアはこちら。
(Dover版スコア)



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