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RAINBOWS END

  • 著者:ヴァーナー・ヴィンジ
  • 発行:(2006) Tor Book $7.99(マスマーケット版)
  • 本邦未訳 (2008年1月読了時)
  • ボキャブラ度:★★★★☆
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

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 2007年ヒューゴー賞/ローカス賞受賞作ということで読んでみました。ヴィンジは、邦訳では遠き神々の炎最果ての銀河船団などのスペースオペラでおなじみですが、本作はぐっと趣を変えて高度に進化したネット社会を描いた近未来物です。

 ネットを描くSFといえばニューロマンサー、攻殻機動隊などのサイバーパンクが思い出されます。サイバーパンクは、サイボーグや意識の電子化、AIなど古くからあったテーマに、当時普及し始めたネットのイメージで現実味を与え、爆発的にヒットしました。しかし、20年足らずの間に陳腐化し、飽きられてしまったようです。後追い作品がなんでもありのアクション物として乱造されたこともありますが、最大の理由は、現実のインターネットやサービスがコモデティ化(日用品化)してきたことでしょう。

 その中で、2007年に放映され(一部に)衝撃を与えたアニメ、電脳コイルは、暴力や破壊ではなく、ネットが普通に定着した「日常」の中に潜むスリラーを描き切り、サイバーパンクの先の電脳SFの姿を見せてくれました。私としては、2007年の世界のSF大賞を総なめにしてもいいアニメだと思っています。

 さて、本作を読み始めたとき、一瞬電脳コイルの元ネタはこれかと思ってしまいました。現在と地続きの近未来、電脳メガネ(本作ではコンタクトレンズ)で視界の上に画像をかぶせることで現実とバーチャルが並存し、ジェスチャーでネットを操作する生活がコモデティ化した日常を舞台に、謎の陰謀を子供たちが防ごうとするスリラーです。謎の電脳生物も出てくるし、似てるなあ・・・

 しかし本作が2006年初版で、電脳コイルが2000年から企画されたことを考えると、全くの同時進化のようで、興味深いところです。(両作品に共通の元ネタがあるのかもしれませんが)

 という訳で、電脳コイルを見た日本人なら、すぐになじめるでしょう。どうも「不思議の国のアリス」を下敷きにしている節がありますが、主人公の少年(ティーンエイジまで若返えった元アルツハイマーの爺さんですが)の成長物語としても楽しめます。邦訳されれば、そこそこ売れるんじゃないでしょうか。

 ただ、作品としてどっちが上かといえば、当然断然、電脳コイル! (^o^)/

●ストーリー●

 世界がいまだテロの脅威にさらされている2025年、協力関係にあるインド・ヨーロッパ連盟と日本の諜報機関は、何者かが、ネットとウイルスを使った集団マインドコントロールの実験を行った兆候を察知する。発信源として疑われるカリフォルニア大学の研究所をアメリカ政府にも内密に捜査する必要を感じた彼らは、インド代表のバズの提案で、「ラビット」と称する正体不明の凄腕のフリーの工作員に依頼することとする。しかし、ラビットとバズはそれぞれに、残りのメンバーには明かせない意図を隠していた。

 

 元カリフォルニア大学教授で世界的な名声を得た詩人でもあったロバート・グは、アルツハイマー病により屍同然となって暮らしていたが、最新の抗老化治療が適合し、肉体的にはティーンエイジャーと見まがうばかりの若返りを果たす。しかし、意識が戻った彼の前から別れた妻は姿を隠し、息子も彼の復活を心からは喜んでいない。かつての彼は、天才的な言語能力で家族さえ傷つける性格破綻者だったのだ。

 ロバートは、抗老化治療を受けた老人が社会に適合するための特殊学校に入学させられる。彼がアルツハイマー病だった20年間にネットは進化し、電脳コンタクトレンズや電脳布などのウェアラブル・コンピューティングにより、常時現実とバーチャルが融合した生活が日常化していた。彼は、学校で、高校生たちに混じってそのノウハウを一から学ばなくてはならない。また、長期間の病気は彼の詩的能力を奪っていた。

 高いプライドを傷つけられ自暴自棄になるロバートに、同級生のジュアンと孫娘のミリだけは助けの手を差し伸べ、少しずつ彼は変わり始める。

 

 そんなとき、かつての同僚から、図書の廃棄が迫る大学の図書館を救う抗議行動への参加を求められる。しかし、それは、あの「ラビット」が研究所をハッキングするために彼を利用しようと仕組んだ巧妙な罠だったのだ・・・

 

 GoogleやYouTubeが究極まで進化したネット社会がリアルに描かれますが、その世界は、アリスが訪れた不思議の国かもしれないと、作者はほのめかしているようです。



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