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Starship Century

  • 編著者:グレゴリー・ベンフォードほか(アンソロジー)
  • 発行:Kindle版:2013 / \977
  • 2015年9月読了時、本邦未訳
  • ボキャブラ度:★★★☆☆
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

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■ 恒星間ロケット研究熱、再び?

 本書は、恒星間宇宙飛行について最新の科学解説、未来予測、SF短編をまとめたアンソロジーです。ノンフィクションとSFが混然一体となった構成で楽しめました。
 編者は、SF作家のグレゴリー・ベンフォードとその双子の科学者のジム・ベンフォードで、科学界からはスティーブン・ホーキングやフリーマン・ダイソン、SF界からスティーヴン・バクスター、ジョー・ホールドマンなど、そうそうたるメンバーの作品を揃えています。


 しかし、内容よりもっと興味深いのは本書が編纂された背景です。

 今、欧米ではSFファンダムの域を超えて、専門家による恒星間航行の研究が再燃しているようなのです。この件についての紹介記事を見かけないので、レビューの域を越えますが、調べて分かった最近の動向についてまとめておきます。(素人のメモです)


■ その前に:冷戦期の原子力ロケット開発ブーム

 冷戦期の1950年代から1970年代にかけ、欧米では、アポロ計画の陰に隠れながら原子力ロケットの研究・開発が行われ、恒星船についても真剣に検討されていました。SFに登場する植民船など亜光速の宇宙船は、この時期のアイディアが元ネタです。
 当時のSF小僧は、少年マガジンに掲載されたこれらの計画の大図解を舐めるように眺め、来るべき未来に胸をときめかせていたものです。(泣)


 まず、NASAや英国惑星間協会(BIS)を中心に、多くの科学者が参加して実現可能な原子力ロケットの構想が練られました。その後、アメリカでこれらのアイディアを実現するための実験が開始され、オリオン計画として核パルスロケットの研究が行われ、またNERVAプログラムでは火星探査船用の熱核ロケットが実用寸前まで達しました。
 英国惑星間協会のダイダロス計画(上図)では、恒星間航行を目指して2段式レーザー核融合パルスロケットが考案されました。


 しかし、アポロ計画と冷戦の終結で宇宙開発熱が冷めると、開発資金が一気に途絶え、研究は廃棄されてブームは終わりを告げます。原子力ロケットや恒星間航行をまじめに考えるのは、一部のハードSFファンだけになりました。


 ところが、それから30年以上が経過した今、突然、恒星間航行研究の第二次ブームが始まったのです。本書はその流れの中の一冊といえます。


■ 2009年〜:イカロス・インターステラー・プロジェクト

 放置されていた恒星間航行に再び関心が集まったのは、いうまでもなく、2000年以降新たな観測手法の登場で太陽系外惑星が次々と発見されたためです。飛行の目的地の姿が具体的になったことが、旧世代はもちろん新世代の科学者の心にも火をつけたのでしょう。

 

 まず、2009年にヨーロッパで英国惑星間協会(BIS)のメンバー有志が「プロジェクト・イカロス」をスタートさせます。2011年にはこのプロジェクトを発展させた「イカロス・インターステラー」がNPOとして設立されました。ミッションは、2100年までに恒星間航行を実現することで、そのための基礎技術を研究開発し、現実性、大衆の関心興味の喚起、投資の勧奨を行うとしています。イカロス・インターステラーには、2015年現在100名を超える科学者・技術者、経済や経営、心理学などの専門家がメンバーとして参加し、複数のプロジェクトに分かれて作業を進めています。SF系ではスティーヴン・バクスターとジム・ベンフォードの名前があります。
 プロジェクトの成果発表と論議の場として、2013年に第1回のStarship Congress シンポジウムがアメリカのダラスで開催され、250人以上の参加者がこれからの100年について論議を交わしました。また、2015年8月にはフィラデルフィアで第2回会議が「インターステラー・ハッカソン」と名付けて開催され、さらに広範な論議が行われています。

 

 →イカロス・インターステラー

 

■ 2011年〜:DARPAが主導する100年スターシップ

 一方、アメリカでは少し遅れて、2011年にDARPAがNASAと共催で「100年スターシップ・シンポジウム」(100YSS:100 Year Starship)を開催し、400人を超える科学者や技術者、SFファンたちを集めました。ミッションは、100年以内に太陽系外への飛行を可能にする技術的・社会的ブレークスルーを達成することです。
 DARPA(米国防高等研究計画局)の基本任務は国防ですが、これまでもさまざまな未踏技術に投資しており、インターネットなど数多くの技術を実現してきました。近年ではロボティクス・チャレンジX37シャトルなど、投資の範囲を広げています。そのDARPAがコミットするなら恒星間航行の実現味が増すというわけで、一気に関心が高まりました。DARPAのディレクター、デビット・ネイランドは「実行の伴わないビジョンは、白日夢にすぎない」と言っているそうです。

 

 DARPAはシンポジウムに併せて研究プロジェクトの提案を募集し、受賞したNPOが資金援助を得て今後の恒星間航行研究のサポートを担うことになりました。(NPOのの名称は同名の〈100 Year Starship〉、理事長は医師で女性宇宙飛行士のメイ・ジェミソン)
 100YSSのシンポジウムは、同NPOが主催して毎年開かれることになり、毎回NASAの現役技術者を含む一線級の専門家の参加して、最新の研究を踏まえた発表と論議が行われています。今後、国際的には100YSSが恒星間航行研究の中心となっていきそうです。


 なお、2013年に、一部の参加者からちょっとした不満が出ました。前述したイカロス・インターステラーのシンポジウムが8月に開かれ、翌月9月に100YSSのシンポジウムが開催されたのですが、100YSSはステージや招待者、食事などに金をかけすぎているのではないか、また、2つのシンポジウムを開く意味があるのか、などという声が上がったのです。2つ団体はお互いに尊重していると言っていますが、ミッションと参加者が被っていることもあり、微妙な関係にあるようです。やはり軍関係の資金が入ってくると、話がややこしくなるのかもしれません。

→100YSSホームサイト
→100YSS:ウィキペディア解説(日本語版なし)


■ 2013年:ベンフォード兄弟のシンポジウム

 さて、本書 Starship Centuryの話に戻りますが、編者のベンフォード兄弟は、2013年に出版に先立ってスターシップ・センチュリー・シンポジウムを開催しました。
 科学者のジム・ベンフォードはイカロス・インターステラーの正式メンバーであり、100YSSでも理事を務めるなど、一連の動きに最初からコミットしている人物です。また、作家のグレゴリー・ベンフォードは、SF側から恒星間航行の伝道活動を積極的に行っています。このため、100YSS等と比べればささやかなイベントですが、フリーマン・ダイソン、ピーター・シュワルツなどが講演し、けっこうな人が集まったようです。


 また、欧米では多くの大学やアカデミックな組織で、独自の研究活動が始まっています。国際プロジェクトから草の根活動までが一つにつながっていることに、欧米における宇宙開発の人材の層の厚さと歴史を実感させられます。

 

 このような現状の中で、本書は、現時点での恒星間航行研究を概観できる情報源として最適の一冊だと思います。

 →イカロス・スターシップ(シンポジウムのビデオあり)
 →フェイスブック

 

■ 日本の姿はどこに?

 もし違っていたらご容赦いただきたいのですが、今回の恒星間航行研究ブームには、残念ながら日本からのコミットは見当たりません。

 

 冷戦期の日本には技術力も発言力もありませんでしたが、「はやぶさ」や「こうのとり」で世界的な評価が高い現在なら、恒星間航行についても日本の発言はそれなりに注目されるのではないでしょうか。

 一方、マスコミ報道を見る限り、日本の専門家の間には、有人宇宙船を含め将来展望を具体的に語ることはタブーのような雰囲気が感じられます。まして恒星間航行のように100年単位の目標を掲げ、本気で論議するというのは、人の和と季節の移ろいに重きを置く日本人には苦手な分野なのかもしれません。

 しかし、100YSSの発表の中では、日本発のソーラー・セイル実験機「IKAROS」が度々引用されています。恒星間推進の有力な候補としてセイル・シップが検討されていますが、IKAROSの成功が現実的なイメージを与えているようなのです。これ一つとっても、日本からの参加が研究に貢献できる部分は多そうです。

 

 「言霊」という言葉があるように、口に出した言葉は思いを現実化する力があります。100年後も日本が宇宙開発で名誉ある立場にあるために、専門家の皆さんが今から勇気をもって発言して政治を動かし、国際的な議論の場に加わってほしいと思うのですが、無理なお願いでしょうか?

●覚えたい単語●

 Kindleのハイライト記録から、気になった単語の記録です。

teeming うようよいる、jeer やじる、rigor 厳しい

 



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