Ancillary Mercy
アン・レッキーのスペースオペラ、ラドチ帝国シリーズの第3巻・完結編です。
シリーズ第1巻の Ancillary Justice(邦訳「叛逆航路」)は、生身の人間として生きることを強いられた人工知能を主人公に、独自のスペオペ世界を構築し、ヒューゴー賞など2014年のSF賞5冠に輝きました。
さて、2巻目の Ancillary Sword のレビューの際、主人公ブレクが万能になりすぎた、と批判的に書いてしまいました。しかし、本書3巻目で、実はその問題が伏線であったことが明らかになりました。ゲートウェイ惑星に渦巻く陰謀をきっかけに、ブレクは手に入れた偽りの身分や能力を捨て、真の敵に立ち向かいます。
3巻を通して読むと、アン・レッキ―が描きたかったテーマは、性別はもとより、種族、有機知性・機械知性の別さえもフラット化するような、ジェンダーフリーな宇宙だったようです。主人公が人工知能でもあり肉体的には女性でもあるということ、さらに言語に性別がないことなどは、その象徴なのかもしれません。1巻で期待されたようなスペースオペラにはなりませんでしたが、ジェンダーSFとしてはひとつのエポックとなる佳作だと思います。
なお、最後まで違和感がぬぐえなかったのは、登場人物のメンタルの弱さです。特に戦艦の副官であるセイヴァーデンとティサーワットは、重要な任務を担っているにもかかわらず、些細な失敗やストレスで涙を流し、軍医のカウンセリングや治療を受けます。ミリタリーSFとしてはありえない設定ですが、弱者も含んだ多様性をテーマにした作品と考えれば、これも有りなのかもしれませんね。
本シリーズはKindle版は出ていませんが、電子書籍としてはKobo版とGoogle Play版で読むことができます。
●ストーリー● (ネタバレあり。ご注意を。)
ベレクは、惑星ヴァルスカイで発生した内紛を鎮静化したが、ステーション・アソエックにはまだ隠された謎があった。
一方、敵対種族プレスガーの「通訳者」が内紛の最中に死亡したため、その後任者・ゼイアットが、ステーションに赴任してくる。また、ステーションに拘束されていた、異民族ノータイの属体・スフィーンもベレクの管理下に移される。ベレクの周囲には、徐々に様々な種族や知性体、階層の人々が集まり始めていた。
ベレクは、知己になった人々の力を得て、惑星ヴァルスカイとステーション・アソエックの管理体制を少しずつ民主化していく。その試みがようやく実を結ぼうとしたとき、 突然皇帝ミアナイのクローンの一人が現れ、彼女は拘束される。
ベレクの最後の戦いが始まる。
●覚えたい単語● --電子書籍のハイライト記録から
stoppage 休業,ストライキ、mutinous 反抗的な、corrective 矯正具、reticence 寡黙、outstation 支所,駐屯地