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Xeelee : Endurance

  • 著者:スティーヴン・バクスター (Stephen Baxter)
  • 発行:Gollancz (2015)
  • 2016年2月読了時、本邦未訳
  • ボキャブラ度:★★★★☆
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

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  本書は、2004年から2015年にかけて書かれたジーリー・クロニクルの短編集です。


 ジーリー・クロニクルは、日本では『時間的無限大』や『虚空のリング』を含む長編4冊と短編2冊が翻訳されましたが、現在いずれも絶版状態です。しかし、バクスターはその後もジーリー・クロニクルを書き続けていて、未訳の長編が3冊、短編集が本書を含め2冊出版されています。


 これらの中には、新たなアイディアの独立した作品であるもかかわらず、便宜上ジーリーを借景したとおぼしき作品も多く含まれています。ところが日本においては、ジーリー・クロニクルを冠したがゆえに翻訳されにくいという、ファンにとっては不幸な状況が続いているようです。早川書房様には、なんとかバクスター作品の扱いの再考をお願いしたいところです。


 さて、本書のお勧めは、『天の筏』の世界のその後を描いた「Gravity Dreams」と、本書の半分を占める「オールド・アース」シリーズの連作5本です。


 特に「オールド・アース」は、なんでジーリー・クロニクルに入れたのかと思うほど独立した作品世界を作っています。標高が高いほど時間が早く流れ、数百メートル下の最下層では時間の流れは100分の1になる不思議な世界。人類はこの世界に適応し、標高による時間流の差を利用した社会を作り上げています。しかし、〈恐るべき愛撫〉と呼ばれる大変動が間欠的に襲い、そのつど、以前の知識や歴史が失われてしまいます。

 第一話「PeriAndry's Quest」をアナログ誌掲載時に読んだときは、バクスターがファンタジーかと勘違いしてしまいましたが、5本を読み切れるとまぎれもなくゴリゴリのハードSFです。なお、バクスター自身の解説によれば、この作品のアイディアを思いついたきっかけは、オーストラリア旅行でカンガルーと遊んだことだそうです。


●ストーリー●  ※ネタバレあり。ご注意ください


○Return to Titan (AD 3685年) [タイタンへの帰還]

 未来へのワームホールを作る以前のマイケル・プールのエピソード。

 3685年、マイケル・プールと父ハリーは、ワームホール交通網で巨万の富を築いていたが、未来につながるワームホールを作るという夢を実現するには、さらに資金を必要とした。彼らは、ワームホールの稼働率を上げるため、土星の衛星タイタンの開発を目論む。しかし、タイタンは知性環境保護法で着陸が制限されているため、彼らは元保護官のジョビック・エムリーを過去の汚職をネタに脅迫し、極秘に有人調査を行おうとする。


○Starfall (AD 4820年) [スターフォール]

 『時間的無限大』で、マイケルプールが未来へのワームホールを破壊した後の地球。

 未来のクワックスの侵攻後、太陽系は女帝・シラの帝国による支配が千年以上続いている。女帝は外部星系からの攻撃を恐れ、他の恒星系とのワームホールを取り壊わしたため、近傍の恒星の植民地との飛行は数年を要するようになっている。しかし、帝国の支配に不満を抱くタウ・セチの植民者たちは、長い時間をかけ、光速以下の飛行による反乱を着々と準備していた。


○Remembrance (AD 5071年) [記憶]

 人類がスクウィームの支配を脱して間もない5071年。 土星の衛星レアの地下海洋で、スクウィームの生き残りが発見され、戦艦ジョーンズの艦長ローダにその処分が一任される。悩むローダに、地球からある老人の告白の映像が送られてくる。それは、人類の記憶から抹消されたスクウィーム支配の真実の記録だった。


○Endurance (AD 5274年) [忍耐] (本書書き下ろし)

 『時間的無限大』で、クワックスがタイムトンネルを作った時のエピソード。

 5274年、クワックスの占領下の地球。プールの時間ワームホールを抱えたGUT船が間もなく地球に帰還しようとしている。それを知ったクワックスは、人間側のパーズ大使に、新たな時間ワームホールを建造し、500万年後に飛ぶように命ずる。その目的とは……。


○The Seer and the Silverman (AD 5819年) [預言者とシルバーマン]

 『クォグマ・データ』に登場した技術ブローカー・ワイマンの子孫が主人公。

 地球から5000光年の白鳥座OB2星団の空域に、多数の廃船が集まった居留地〈リーフ〉が浮かんでいる。ここは、戦争の最中にあっても人間とシルバーゴーストが共存する唯一の場所だったが、徐々にそのバランスも崩れつつある。〈リーフ〉では最近、人間が突然消失する事件が相次ぎ、シルバーゴーストの関与が噂されている。

 貿易商のドン・ワイマンの弟のベンジが消失したとき、シルバーゴーストのシンク大使が出現し、ドンに助力を求めてくる。しかし、それは〈リーフ〉とシルバーゴーストの運命を変える出来事のはじまりだった。


○Gravity Dreams (AD 978,225年)  [重力夢]

 ジーリーは恒星を破壊不能の殻で覆う〈天罰〉戦法で、人類を徐々に追い詰めつつあった。人類の〈第二連合〉は、退却する人々を支援しながら、ジーリーに反攻できる武器を過去の遺物から発掘しようとしていた。

 少年コトンは〈達人〉の家系に生まれ、重力波を感知して数分先の未来を予知できる能力を持っていたが、最近、悪夢に悩まされていた。

 コトンの祖母で科学者のヴァラは〈第二連合〉のサンド司令官に召喚され、ジーリー撃退のための究極兵器開発への協力を命じられる。しかし、ヴァラは意外な申し出を行う。孫のコトンの悪夢は、重力定数が10億倍の世界に逃げ込んだ人類の子孫からの救難信号であり、彼らの救出が協力の条件だとだというのだ。


■Old Eath シリーズ

 ジーリーに包囲され、奇妙な惑星に逃げ込んだ人類のその後を描く5つの物語。

 〈オールド・アース〉と呼ばれるその世界は、標高が高いほど時間が早く流れ、数百メートル下の最下層では時間の流れは100分の1になる。人類はこの世界に適応し、標高による時間流の差を利用した社会を作り上げていた。しかし、〈恐るべき愛撫〉と呼ばれる大変動が間欠的に襲い、そのつど以前の知識や歴史は失われた。

 また、人間の何割かには、〈肖像:Effigy〉と呼ばれる共生体が寄生していて、人間が死ぬと体内から幻影のように飛び去っていく。

 なお、タイトルに記された年数が非常に大きいが、これは外部の宇宙における経過時間である。


○PeriAndry's Quest  (AD 38億年ころ) [ペリアンドライの探求]

 〈オールド・アース〉を統治する貴族たちは、岸壁の中ほどに突き出た〈棚〉と呼ばれる台地に居住し、時間が数十倍早く流れる高地に住むアティック族を奴隷として使役していた。貴族の息子ペリアンドレイは、父の葬儀の日、手伝いのため〈棚〉に降りてきていたアティック族の美しい娘ローラに恋をしてしまう。

 アンドレイは、数日後、兄や妹の警告を振り切って壁の階段を上りアティックの村にたどり着くが、村ではすでに1年が経過していた


○Climbing the Blue (AD 40億年ころ) [青を登る]

 貴族支配が崩壊した後、〈棚〉は都市化し、 少しずつ科学が発達しつつあった。

 自然哲学者ヒューロエルドンは、〈オールド・アース〉は人工的に作られたという創造論説を立て、解剖により人間と六本足の家畜スピンドリングが全く異なる進化の産物であることを示す。少年セリは、講演に大きな衝撃を受け、医師の道を目指す。

 セリは、やがて幼馴染のクワイアと結婚し、信頼される医者となるが、妻が治療方法のない〈枯れ病〉を発症する。セリは、妻の命がある間に治療方法を開発するために、崖を登り、高速で時間の流れる高地で独り研究に没頭するが……。


○The Time Pit (AD 45億年ころ)  [時間穴]

 〈棚〉で、創造論者と機械論者のグループによる内戦が勃発する。

 創造論者軍は、機械論者軍が投入した熱気球からの攻撃に大敗する。追い詰められた将軍ベロは、士官のタイラとともに、かつて犯罪者の追放に使われていた穴―〈タイム・ピット〉に飛び込む。原野に放り出された彼らは、ティーグという粗暴な男に捕らえられ奴隷になる。ティーグは、地面に浮かぶ銀色の箱―〈兵器〉を従えて、群れを恐怖で支配していた。


○The Lowland Expedition (AD 48億年ころ) [ローランド探検]

 アンナは、自然哲学者の父ベイルが率いる調査隊に加わり、時間がゆっくりと流れる未踏の低地―ローランドを探検していた。不毛の大地の中に、彼らは都市のような建造物群を見つける。そこに住むシラという女は、かつて追放された人間の子孫だといい、父ベイルはシラの話に夢中になる。しかし、アンナは、建物とシラに不信を抱く。翌朝、探検隊の数人が建物とともに忽然と消え失せていた。


○Formidable Caress  (AD 50億年ころ) [恐るべき愛撫]

 意識を持った〈兵器〉は、浮遊建物を繋いだ空中いかだを作り、その上で千人の人間と家畜を何世代にもわたって管理していた。10歳のテルニは、世界について疑問を抱く思慮深い少年だったが、〈兵器〉がやってきて彼の質問に答え始める。そして、世界に何度も災厄をもたらしてきた〈恐るべき愛撫〉の正体を探ることこそ、テルニが研究すべきテーマだと告げ、一個の時計を手渡す。

 テルニは、数十年の研究の果てに真実を突き止めるが、それは人類を絶望に突き落とすものだった――。


●覚えたい単語● --電子書籍のハイライト記録から

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