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Newton's Aliens

  • 著者:スティーヴン・バクスター (Stephen Baxter)
  • 発行:Roadswell Editions (2015)
  • 2016年1月読了時、本邦未訳
  • ボキャブラ度:★★★★☆
     ※個人的に感じた英単語の難しさです。

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 本書は、長編 "アンチアイス"からスピンアウトした短編集です。

 "アンチアイス" は、1994年に出版されたスチームパンクSFですが、あまり評判を呼ばず、邦訳もされませんでした。しかし、バクスターには心残りがあったようで、十数年後スチームパンクSFの賞の審査を引き受けたことをきっかけに、本書の短編を執筆したそうです。

   →"アンチアイス" のレビューはこちら


 元となった"アンチアイス"では、18世紀のヨーロッパを舞台に、反物質と思われるエネルギー源・アンチアイスによる急激な技術革新が引き起こす騒乱が描かれました。

 本書の3編のうち、冒頭の"The Phoebean Egg"は、長編 "アンチアイス" の物語の数十年後のエビソードです。一方、"Ice War"と"Ice Line"の2編は、アンチアイスとは別の時間線の前編・後編で、反物質アンチアイスは直接登場しない代わりに、地球に落下してきた氷結生物「フィービアン」との戦いが描かれます。スチームパンクとしての出来はともかく、バクスターの技術的な細部へのこだわりは十分堪能できます。


 なお、バクスターの過去モノには実在の人物がちょいちょい脇役で登場しますが、欧米の読者もよく知らない人物のマニアックな小ネタが伏線だったりするので、調べるのが大変です。下の解説では少し紹介しておきます。


●ストーリー●  ※ネタバレあり。ご注意ください


○ The Phoebean Egg  (初出 Postscripts誌2009年)


 19世紀末、英国はアンチアイスのパワーでヨーロッパ内の覇権を確立したが、中国との緊張が高まり新兵器の開発が急務となった。このため、天才少年たちを集めて教育する「アカデミー」が設立され、14歳の少年セドリックはその一員として選抜される。

 セドリックは、級友となった天才少年メレルから驚くべき秘密を打ち明けられる。数十年前、月面でアンチアイスをエネルギー源に生きる巨大な蟹のような生物「フィービアン」が発見されていたが、その卵を手に入れたというのだ。

 折しもアカデミーでは、20世紀の新年を記念して、初の大陸間弾道弾の試射の準備が進んでいた。セドリックらは、それを自分たちの秘密の計画に利用しようと思いつく。


○ Ice War  (初出 アシモフ誌2008年9月号)


 1720年のイギリス。ジャック・ホッブズは、高い知能に恵まれながら放蕩無頼の生活を続けていたが、痴情の騒ぎから逃亡する途中、エディンバラ近くの農村で巨大な火球の落下に遭遇する。落下できたクレーターが冷えたとき、レンズ形の蟹のような小さな生き物が出現する。さらに、地鳴りとともに、城ほどの大きさのレンズの怪物が地中から現れ、村々を破壊する。

 かろうじて脱出したホッブズは、逃げ惑う群集の中で、ロンドンから避難してきたアイザック・ニュートンと作家のダニエル・デフォーらと出会う。デフォーはホッブズに、氷の怪物・フィービアンの防御への協力を求める。


 ・ダニエル・デフォー 1731年没。ロビンソン・クルーソーの作者。スパイとの噂も。

 ・ジョナサン・スウィフト 1741年没。ガリバー旅行記の作者。晩年、神経を病む。


○ Ice Line   (初出 アシモフ誌2010年2月号)


 Ice Warから85年後。イギリスはフィービアン対策に国力を奪われ、ナポレオン率いるフランス軍にトラファルガー海戦で手痛い敗北を喫する(史実では勝利)。フランス軍は、今やアメリカをも制圧し、イギリス本土に迫っていた。

 アメリカ人の技術者、ベン・ホッブズは、フランス軍に徴用されイギリスとの海戦に参加させられていた。隙を見て逃亡したホッブズは、イギリス海軍の船でコリンウッド提督とその娘アンに救出される。

 提督らは、秘密裏に対フィービアン作戦を指揮していたが、技術の中心人物だった発明家フルトンが急死し、その弟子のホッブズを救ったのだ。作戦には、他にもジェームズ・ワットなど当時の名だたる研究者が参加していた。

 フランス軍の追跡をかわしながら、彼らはイングランド最北部にある地下工場に向かう。そこでは秘密裏に有人ロケットが作られていた。


 ・ロバート・フルトン 1815年没。アメリカ人発明家で手漕ぎ潜水艦や蒸気船を設計

 ・カロライン・ハーシェル 1848年没。女性天文学者。功績を兄に奪われたとの話も。

 ・カスバート・コリンウッド提督 1810年没。ネルソン提督とともにナポレオン戦争で英国を勝利に導く。


●覚えたい単語● --電子書籍のハイライト記録から

lenticular レンズ状の、vallum 土塁、Ogre 小鬼(ナポレオンの別称:l'Ogre de Corse「コルシカの小鬼」)、bugbear 悩みの種、infirmity 虚弱




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