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2009年10月24日 (土)

  日本の「安心」はなぜ、消えたのか―社会心理学から見た現代日本の問題点
 「安心安全」はいまや行政の最優先事項ですが、その中身はあいまいです。
 著者の山岸教授は、一貫して「信頼社会」をキーワードに、社会心理学の立場から日本社会の課題を問いかけてきました。本書は、安心をタイトルに付しネット社会まで視野を広げ、これまでの総決算ともいえるものになっています。
 著者の研究手法は、心理実験や社会実験に重きを置き社会学としては異色ですが、その結論は従来の日本人論の常識を覆すものが多く、刺激的です。
・日本人はアメリカ人より、人を信用しない。
・日本人は本心では自分を個人主義者だと思っている。
・武士道はウソをつくことを正当化する。 などなど…

 しかし、何より重要なポイントは、日本人が集団主義社会で培ってきたのは本当の信頼ではなく、実は「集団に属している安心」でしかなかった、という指摘です。
 集団主義社会では、努力して「他人の信頼性を検知する能力」を磨かなくても、仲間でさえあれば安心です。結果として社会的コストは低くて済むため、日本の高度成長につながりました。しかし、現在のように社会がボーダーレス化すると、外部の人間を信頼する力がないと、新たなチャンスを作ることすらできません。それが今、日本がビジネスや国際交流で世界の流れに取り残されつつある原因となっているというのです。
 さらに、集団主義社会で上下関係を判別するために発達した「関係性検知能力」が、KY(空気読めない)者の排除などの背景にあるとも指摘します。

 著者は、「安心社会」から「信頼社会」へ移行するためには、正直者・人を信頼する人が報われることが重要で、建前支配と仲間内の武士道ではなく、本音と他人(客)を重視する「商人道」こそが日本の進むべき道だと主張します。
 人間不信に陥りがちな自治体職員ですが、時代の大転換期の今こそ、市民と行政の関係をこのような視点から再度見直す必要があるかもしれません。

 ただし、個人的には一抹の不安も。
 最近のDNA研究では日本人は脳内セロトニンが少なく、世界的にも心配性な性格だといいます。だとすると日本人は有史以前から、家族、地域社会、働く場など「集団に属して安心すること」が不可欠だったとも思えます。さて、日本人は、世界に伍して本当の信頼社会を築く力を持っているのででしょうか?
 なお、以前「ほぼ日刊イトイ新聞」に掲載された糸井重里氏と山岸教授の対談が面白いです。
 

日本の「安心」はなぜ、消えたのか―社会心理学から見た現代日本の問題点
山岸 俊男
集英社インターナショナル
2008-02
¥ 1,680
ISBN: 4797671726
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2009年10月17日 (土)

  2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる
著者は、人口減少が日本経済に与える影響についての研究の第一人者で、本書では、都市と地方の関係から人口減少社会の日本のありようを解説し、提言を行なっています。

 中でも考えさせられたのは、地域には、外部から所得を獲得する産業として製造業の確立が欠かせないのに、戦後、地方交付税などの所得移転により建設業依存の経済構造が出来てしまい、結果として製造業の自律成長を阻害してしまった、という指摘です。行政が成長の芽を摘んでしまったのかもしれません。
 さらに、高齢化に伴い今後貯蓄率が2030年には3%まで下落することから、このような構造は維持できなくなるといいます。示されるデータをたどっていくと、考えたくない「手遅れ」という言葉すら浮かんできます。

 しかしそれでも地域は生きていかなくてはなりません。
 著者は、「既存ストックを生かし(維持に)金のかからない街をつくれ」、隣接地域が安い距離コストを生かしてネットワークを作り、外部から所得を獲得できる産業を育成すべき、とアドバイスします。農業や滞在型の観光などはその候補となり得るかもしれません。
 読んで一気に光明が見えるような提言はありませんが、自治に関わる人全てに読んで欲しい1冊です。
 ※著者の研究室 →政策研究大学院大学 人口減少社会の研究プロジェクト
 

2020年の日本人―人口減少時代をどう生きる
松谷 明彦
日本経済新聞出版社
2007-06
¥ 1,890
ISBN: 4532352614
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2009年10月12日 (月)

  結婚できない日本人?―「少子化克服への最終処方箋」
 共著となっていますが、渥美由喜氏(富士通総研、内閣府「少子化対策推進会議」委員ほか)が主著者のようです。
 本書で衝撃的だったのは、自治体がずっと頼りにしてきた国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の出生率推計が、実は1980年以降一度も当たったことがないという事実です。一貫して下がり続ける出生率に対して「間もなく回復する」という楽観的な予測の繰り返しは、まるで大本営発表のようです。推計にあたって「経済要因の影響」を無視していたというのは驚きですらあります。2006年以降見直しを図ったといいますが、計画や政策策定にあたっては、社人研以外の推計も参考にする必要がありそうです。
 さらに、各国と比較した日本の特殊性として「未婚率が突出して高い(30代後半男性の3割)」、「若い女性ほど子どもを生まない傾向」をあげており、出生の前提すら崩壊しつつある日本の現状が見えてきます。

 そのうえで本書では処方箋として「企業と地域社会」の取り組みの重要性を主張します。2009年現在の日本の経済状況を考えると暗澹たる思いになりますが、少子化には切り札はなさそうで、自治体もできることをひとつづつ進めていくしかないのでしょう。
 なお、渥美氏は近年ワーク・ライフ・バランスの啓発に積極的な活動を続けておられるようです。 →富山県での講演
 


少子化克服への最終処方箋―政府・企業・地域・個人の連携による解決策
島田 晴雄,渥美 由喜
ダイヤモンド社
2007-02-02
¥ 1,890
ISBN: 4478250103
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2009年 9月26日 (土)

  女性の就業が少子化の原因という神話 「少子化と日本の経済社会」
 少子化対策は、人口流出が続く地方の自治体にとって緊急かつ長期的な課題です。最近読み漁った本の中から何冊かご紹介します。

 本書「少子化と日本の経済社会」は、財務省が主導した研究をまとめた本です。こういうと硬そうに聞こえますが、研究者の熱意が覗える読みやすい本です。2つの神話=「女性の就業が少子化の原因」・「女性支援は企業競争力を低下させる」という思い込みが事実ではないことを、諸外国の事例や統計分析を基に証明していく過程は、ある意味爽快感さえ覚えます。
 さらに分析に止まらず、さまざまな政策オプションの有効性が検証されていることも本書の特徴です。
 例えば第2章・第3章では、月1万円程度の児童手当については子供数増加への効果は極めて小さいとする一方、女性が就業を継続できる支援や、夫の子育て支援は効果が大きいことが示されています。2009年の民主党政権誕生に伴う子供手当てなど、子育て支援の効果が注目されるところです。

 少子化社会白書などを読むと、本書の内容は国の政策にも相当反映されているようです。自治体で経済や少子化対策に関わっている職員の方は、政策決定の基礎として、ぜひ一読されることをお勧めしたいと思います。
 



少子化と日本の経済社会―2つの神話と1つの真実
樋口 美雄,財務省財務総合政策研究所,財務総合政策研究所=
日本評論社
2006-02
¥ 3,465
ISBN: 4535554714
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2009年 9月 5日 (土)

  「今こそマルクスを読み返す」を読み返す
 著者は、「廣松哲学」とも呼ばれる研究で知られた哲学者(故人)で、本書はペレストロイカでソ連が資本主義に回帰しようとする1990年、世論におもねることなくマルクス主義そのものの合理性を解説したものです。

 当時読んだときは、頑固なまでのマルクス擁護に「やっぱマルクス終わったな」というのが正直な感想だったような気がします(というか流し読み^ ^;)。それに、マルクスらの共産主義が目指した空想的・理念的なユートピアを称揚し、それを信じて多くの血が流され続けたことへの批判がないことも気になりました。

 しかし、現在、経済のグローバル化の中、世界信用収縮、格差の拡大、環境破壊に伴う成長の限界など、資本主義の効率性と表裏一体の負の部分が噴出しています。
 その今、本書を読み返すと、少なくともマルクスが指摘した「資本主義が根源的に抱える欠陥」は、本書が書かれた20年前以上に、世界が解決すべき現実の最重要課題として立ち現れていることに驚かされました。ここは当たってたんだ!

 ですが、もはや我々は、ユートピアのファンタジーにも、自己責任のフィクションにも戻れそうにありません。当然、本書も何も答えてはくれません。
 再読して思うことは、これからの経済においては所詮理論は無力で、果てしない試行錯誤、交渉と妥協の「実務」の連続の中にしか、未来はないのではないか、ということでした。
 

今こそマルクスを読み返す (講談社現代新書)
廣松 渉
講談社
1990-06
¥ 777
ISBN: 406149001X
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2009年 8月30日 (日)

  宇宙そのものが「マトリックス」なのか
 この世界が実はシュミレーションかもしれないというネタは、映画・マトリックス以降SF読み以外にもおなじみですが、これだけ複雑な世界をシュミレーションできるコンピューターって無理っぽいと思うのが大方の感想でしょう。
 しかし、本書によると、宇宙を、開闢以来計算を続ける1台の量子コンピューターとみなす考え方が、宇宙研究の新たなパラダイムとして登場しているといいます。
 …宇宙がなぜこのような姿をしているのか、なぜこれほどまでに複雑なのか、といった問に対して、この(これまでの物質とエネルギーを基礎とする)パラダイムは満足な答えを与えてはくれない。 それを知る最も確実な方法は、劇の作家に直接尋ねてみることである。…それが計算という概念である。
(訳者あとがきより)

 著者の研究によると、この宇宙コンピューターは、ビッグバンの瞬間のたった1ビットから計算を開始し、以来データ量と複雑さを増加してきており、そのパワーは10の92乗ビットに対して10の122乗回の演算の実行できるまでに達しているのだそうです。著者は「これっぽちかい」と思ったそうですが。
 著者はMIT教授で、現在もIBMやNECなどで量子コンピューター研究に携わる第一人者ですが、本書は量子の基礎から最先端の研究まで、個人的なエピソードを交えて分かりやすく説明してくれます。(「分かった」とはいいませんよ…^^;)
 百数十億年にわたってこつこつと計算を続けるさまを想像すると、私たちの住む宇宙コンピューターが少し愛しくなりました。でも、このコンピューター、誰が Enterキーを押して、どんな結果を得ようとしているんでしょうね。
 


宇宙をプログラムする宇宙―いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?
セス・ロイド
早川書房
2007-11-10
¥ 2,310
ISBN: 4152088729
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2009年 7月18日 (土)

  ヒトのオスはポストと賞賛を渇望する/自爆する若者たち
 少子化対策の参考にと読みましたが、人口を考える仕事をしている人は必読の一冊ではないでしょうか。

 アルカイダの自爆テロ、日本の高度成長、14世紀以降のヨーロッパの世界征服。 著者は、これら歴史上人類が経験した激変は、全て「過剰な若者=ユース・バジル」の発生が原因となって引き起こされているといいます。ヒト(のオス)は、15歳〜29歳の若者の時期に、本能としてポストと賞賛を渇望する動物であるということ。若者の人口比率が膨らむと、彼らはたとえ教育や衣食が満たされても、社会にポストと受容の機会がないと、それを求めて極端な行動に走るということを、統計と多くの事例で、くどいほどに証明してくれます。その欲望に社会が応えられれば社会の発展につながるが、応えられない場合そこには暴動しかないというのです。

 さらに、従来動乱の原因とされてきた宗教や理想、国家、民族などは、オスの本能的行動のほんのきっかけに過ぎないと言い切ります。人間を理性的存在とみなす人とっては、身もふたもなく受け入れがたい主張かもしれません。しかし、すでにアメリカや中国はこの視点で政策を進めているそうです。

 著者の予想では、中国は一人っ子政策の結果動乱が起きる可能性は減るが、イスラム圏では宗教上産児制限ができないためポストを求める若者が増え続け、問題は今後増大することが示唆されます。アルカイダがよく教育された若者であるように、教育や施しは彼らに対してはむしろ体力と理論を与えるだけとされ、明確な解決策は示されません。本書の主張が事実なら、世界の将来には暗澹たるものがあります。しかし、その課題を何としても解決しなくては、人類の未来は危いと思わざるを得ません。

 一方、本書の論旨を日本に敷衍するならば、団塊の世代の果たした役割と、少子高齢化が日本をどのような社会にするのか、十分に検討する必要がありそうです。
 


自爆する若者たち―人口学が警告する驚愕の未来 (新潮選書)
グナル ハインゾーン
新潮社
2008-12
¥ 1,470
ISBN: 4106036274

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2009年 7月11日 (土)

  アンドロイドは資本論の夢を見るか?/「資本」論
 本書は、少子化対策の参考に「人口、労働力」のキーワードで漁っていて引っかかった1冊ですが、ちょっとサプライズだったのでご紹介。
 著者は「経済学の教養」で脚光を浴びた気鋭の社会学者ですが、その一方「ナウシカ解読」「オタクの遺伝子」など日本のサブカルチャーを社会学の視点で分析する著作もあります。
 本書は、近年、格差社会として問題になっている資本と労働力の関係を、経済学の歴史をたどりつつ説き起こしています。いきなりホッブズから始まり、ロック、ヒューム、アダム・スミス、マルクスの思想の紹介が続きますが、語り口は口語調で復習的な解説もあり読みやすく、楽しくお勉強できました。
 著者の結論は、労働力を「個人が所有する財産=資本」と捉えると、健全な労働市場維持のためにその脆弱性は保護対象となりえるので、新古典派経済学(市場自由放任)の立場からも労働者のセーフティネットの必要性は説明できるということのようです。
 しかし…仰天は、最終章のエピローグ。唐突に語られるのは「法人・ロボット・サイボーグ」! 人工知能ロボットが働き始めたら、社会は彼らをどう扱うのか。労働者か?奴隷か? お金持ちが自分の遺伝子の改良を始めたら、社会的階層はどうなるのか?「共感」など感受性の部分まで改良したら、資本主義社会は成立するのか?等々。ハードSFファンならネタが想像できる題材を元に、妄想ともマジとも付かない思索実験が続きます。
 あとがきで著者は、マル経派のセーフティネット論への批判が本書のきっかけ、とか書いていますが、ほんとはSF妄想の理論化だったのでは、などと思ってしまいます。なお、ホッブズは著書リヴァイアサンの序説で、人間は人工動物や人工人間を造ることができるし、国家もまた人間が造り上げた人工人間なのだ、と述べているそうです。へぇぇ。
 


「資本」論―取引する身体/取引される身体 (ちくま新書)
稲葉 振一郎

筑摩書房
2005-09-06
¥ 903

ISBN: 4480062645
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2008年 2月 9日 (土)

  民主制のディレンマ−市民は知る必要のあることを学習できるか?
アーサー・ルピア、マシュー・D・マカビンズ著
山田真裕 訳 (木鐸社 2005)

 「衆愚政治」という言葉が示すように、民主主義制度に対しては、必要な知識や判断能力を持たない民衆は、政治的に正しい判断をすることができないという、抜きがたい批判が存在します。
 確かに(私も含め)多くの国民は、政治的問題についていちいち詳細な情報を収集し分析している訳ではありません。それでは、民衆は政治家に踊らされているだけなのでしょうか? さらに、大臣も知識面では素人ですから、判断の帰結が分からないままに、専門家である官僚に丸投げ委任しているだけなのでしょうか?これらの問題は、これまで概念的・哲学的にしか語られてきませんでした。

 情報の詳細な分析によらず、行為の結果を瞬時に予測する能力を「ヒューリスティクス」といいます。著者らは、素人の政治的判断において、なんらかのヒューリスティクスが有効に働いているのか否かについて、「学習=説得」−「委任のディレンマ」という観点から、最新のゲーム理論、認知心理学を応用した数理モデルによる分析を行いました。その結果は驚くべきものです。
 人間は、専門外の複雑な問題に対しては、情報そのものより「誰が・どう語ったか」を重要な判断材料にしており、その判断結果はおおむね正しい場合が多い、という結論が導き出されたのです。衆愚政治批判の、暗黙の前提が誤りらしいのです。
 しかし、9.11直後のアメリカや日本の「刺客」選挙などを見ると、混乱時においてはこれらの分析があてはまらない場合もあるような気がします。より深い研究が待たれるところです。

 なお、本書は、訳者の熱意は分かるものの、翻訳はちょっとひどいです(その意味で原著が読みたくなった)。内容が面白いだけに、編集者の方の今後の精進に期待して苦言を呈しておきたいと思います。

■雨読日記をブログ風に
 雨読日記のレイアウトを、今日からブログ風に変えてみました。
 ただし、見た目だけブログ"風"の手抜きなので、トラックバックもコメント機能も今のところありません。(^ ^;)
 



民主制のディレンマ―市民は知る必要のあることを学習できるか?
アーサー ルピア,マシュー・D. マカビンズ,Arthur Lupia,Mathew D. McCubbins,山田 真裕
木鐸社
2005-08
¥ 3,150
ISBN: 4833223643
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2008年01月14日(月)

  公務員辞めたらどうする?
山本直治 著 (PHP新書)
 30歳で国家T種のキャリアを辞め民間の人材スカウト業に転じた著者による、公務員の転職マニュアルです。
 あなたはなぜ公務員を続けているのか。公務員を辞めるとするなら、何ができるのか…。公務員バッシングが続き公務員制度改革もなし崩しに進んでいきそうな今、志ある公務員こそ、自分の原点を確認するうえでも読んでおいて損はない1冊だと思います。
 特に最終章の「『役人廃業』を目指す人の普段からの心がけ」には、自省させられるものがありました。
  • 公務員としてもそれなりの仕事をし、それなりのものを達成した自負がある
  • 「損して得とれ」の意識を持っている
  • 公務員を辞めた後のキャリアを意識した行動をしてきた

 著者自身が国Tからの転職成功者であるため、中央省庁の国家公務員が想定の中心であること、失敗例がほとんど載っていないのは物足りないところです。
 


公務員、辞めたらどうする? (PHP新書)
山本 直治
PHP研究所
2006-12-16

¥ 756
ISBN: 4569659373
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2007年12月12日(水)

  心はプログラムできるか 人工生命で探る人類最後の謎
有田 隆也 著  (サイエンス・アイ新書)
 名古屋大学院教授である筆者の専門は「人工生命」です。
 なじみのない方にはキワモノのように聞こえるかもしれませんが、コンピュータ上で自己複製・進化するプログラムを動かし、その挙動から生物や群れの進化の本質を探ろうという、情報工学の一分野です。(コンピュータ・ウイルスもその一種といえる)
 本書は、蟻や鳥の群れのシミュレーションから始まり、感情や心の進化を射程に入れるまでになった人工生命研究の今を「できるだけ」やさしく解説しています。「できるだけ」というのは、所詮プログラムの世界の話なので、理詰めにパズルを解くつもりで読んでいかないと、この研究の面白さにたどりつけないかもしれないからです。
 第6章「計算機の中で心を進化させる」では、話題の心の理論を、再帰アルゴリズムにより実装するという記述には、やはりそうかと、わくわくして読みました。
 ん? 何のことか分からない?
 ぜひ本書をお読みください。複雑だと思い込んでいた人間の心が、実は他の生き物と共通の単純かつ精巧な仕組みで動いているかもしれないのです。
 



心はプログラムできるか 人工生命で探る人類最後の謎 (サイエンス・アイ新書 31)
有田 隆也

ソフトバンククリエイティブ
2007-08-16
¥ 945
ISBN: 479734024X
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2007年12月08日(土)

  ウェブ時代をゆく −いかに働き、いかに学ぶか
 関心のある人ならすでに読まれたと思いますが、ベストセラー「ウェブ進化論」の完結編です。
 ウェブの進化が「組織で働く」、「飯を食う」ということ、あるいは生き方そのものに与える影響まで考察しています。著者自身の半生を明かしつつ、人生を踏み出そうとする若者への応援歌にもなっています。20代の方にはぜひ読んでいただきたいと思います。
 ところで、著者は第5章で次のように述べ、日本語圏が流れから取り残される可能性を危惧しています。
 英語圏では、誰もが実名で参加するSNSが数千万規模で普及し、仕事にも大いに活用されるようになってきた。実名でこそ意味が出る「人間関係の地図」が、壮大なスケールでネット上に構築されつつある。

 この分析に異議はありませんが、おそらく日本では、日本人のDNAが突然変異しない限り、SNSもBBSも匿名の文化が続いていくのではないでしょうか。しかし、そのときは、明治に輸入されたポンチ絵が「MANGA」として変容したように、日本独自のネット文化が現れてくるような気がします。それは、まさに「ネット鎖国」なのかもしれませんが・・・
 

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)
梅田 望夫
筑摩書房
2007-11-06
¥ 777
ISBN: 4480063870
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2007年12月01日(土)

  国家の罠−外務省のラスプーチンと呼ばれて
 毎日出版文化賞特別賞。
 外務省官僚であった筆者は、2002年に鈴木宗男事件により逮捕されます。本書はその背景と「国策捜査」の実像を拘留中の体験の中から描いています。いまさらですが、文庫版が出たのを期に読みました。
 組織から放逐されてなお、外交と周囲の人々への配慮を怠らず、陥った苦境を分析する筆者の胆力には驚かされます。しかし、法令に携わるものとして考えさせられるのは検察官との次のやりとりです。
 「…評価の基準が変わるんだ。何かハードルが下がってくるんだ」
 「僕からすると、事後法で裁かれている感じがする」
 「しかし、法律はもともとある。その適用基準が変わってくるんだ」

 厳密であるはずの刑法の世界でさえそうならば、条例や規則の場合はどうなるのでしょうか。地方自治法が施行されてから半世紀以上、その適用基準はどう変わってきたのでしょうか。
 

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)
佐藤 優
新潮社
2007-10
¥ 740
ISBN: 4101331715
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2007年11月10日(土)

  原理主義とは何か―アメリカ、中東から日本まで
 21世紀のキーワードであろう「原理主義」。
 本書では、アメリカ、エジプト、イラン、インド、インドネシア、そして日本という、異なった地域において、原理主義が発生した歴史的経過をたどります。いずれの場合も、原理主義は、単に宗教自体の問題ではなく、外部からの侵食により傷ついた誇りを取り戻すための、極めて同時代的な運動として立ち現れているという事実には考えさせられます。
 それゆえに、善悪二元論に立った武力制圧や、経済援助などでは解決が難しい問題であることが示されます。
 国際交流基金の現場で働く著者は「異なる文化、価値観を持つ人間の徹底した対話しかない。」といいますが、対峙するアメリカがキリスト教原理主義的な立場を変えない以上、燎原の火のように広がる宗教原理主義が怒りの矛先を納める日は来るのでしょうか。
 

原理主義とは何か―アメリカ、中東から日本まで (講談社現代新書)
小川 忠
講談社
2003-06
¥ 777
ISBN: 4061496697
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2007年10月28日(日)

  心理学化する社会−なぜ、トラウマと癒しが求められるのか
 最近、コーチングの研修を受け、その考え方に何か居心地の悪いものを感じていたとき、本書と出会いました。
 事件が起きるたびに「心の闇」やトラウマが専門家によって語られたり、映画やアニメのヒーローもトラウマなしでは活躍することができなくなっています。現職の精神科医である著者は、この状況を「社会の心理学化」ととらえ、精神医療の前線からその理由と問題を探っています。
 現代社会は、近代が紡いできたみんながが共有できる「社会の物語」が崩壊してしまいました。その心の荒野で、心理学的な言説が、トラウマ語りやカウンセラーの隆盛という形で、個人の虚構の物語を消費するための媒体となっているといいます。本書は、エッセイのつなぎ合わせのような構成ですが、かえって答えのないこの状況のさまざまな側面を見せてくれます。
 今、コーチングの全盛など、心理学的知識を前提として現実との衝突を回避したまま、逆に即物的に他人の(自分の)心を制御しようとする傾向がさらに加速しているようです。
 人は何かの物語の一部にならなければ、安定を得ることはできません。古き共同体が崩壊し、自分語りの物語が去った後、我々は何にすがって生きることになるのでしょうか。
 

心理学化する社会―なぜ、トラウマと癒しが求められるのか
斎藤 環
PHPエディターズグループ
2003-09
¥ 1,470
ISBN: 4569630545
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2007年06月16日(土)

  健康・老化・寿命―人といのちの文化誌
 著者は、日本の癌研究の草分けで、70歳を前にして本書の執筆を思い立ったそうです。
 人間の一生の脱糞回数は3万回だがこれは線虫と同じとか、古今の分各作品からの抜粋を散りばめ、なるほどと思わせる内容で始まりまります。
 しかし・・・、それは最初の5分の1。残りは書名を裏切って、医学研究の裏側の暴露の連発です。特許料目当ての研究者の先陣争いや、部下の手柄を横取りしたボスがノーベル賞受賞などが、これでもかと紹介されます。これが面白い!
 本書でも55歳退職者より65歳退職者のほうが健康で長生きというデータが紹介されていますが、人間、死ぬまで煩悩満開のほうが幸せなのかもしれないな、と思わせる一冊でした。
 

健康・老化・寿命―人といのちの文化誌 (中公新書)
黒木 登志夫
中央公論新社
2007-05
¥ 924
ISBN: 4121018982
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2007年06月02日(土)

  人体 失敗の進化史
 私たちが学校で習った進化とは「環境に適応した合理的な形態への変化」というイメージだと思います。しかし、動物解剖学者である著者は、脊椎動物の進化は「行き当たりばったり、その場しのぎの設計変更」と言い切ります。
 本書では、ナメクジウオから始まる脊椎動物の設計変更の歴史を、成功例や失敗例の現物を示しながら説明しています。肺呼吸を始めたとき適当に心臓を1個で間に合わせたため、以来内臓は非対称になった、という解釈には驚きました。なぜ、ヒトに月経が進化したのかという謎解きも衝撃的です。
 行間からは、幾多の動物を解剖してきた末に著者が到達した、生き物への深い共感が感じられます。生物研究が、利益を生みそうなDNAからしか語られなくなった今こそ、重要な視点かもしれません。
 最後に、本書の隠されたテーマとして、人間の知に貢献してきた解剖学や博物学(動物園も含む)が行政改革の名の下に経済効率だけで切り捨てられようとしている現状への警鐘が語られます。通読して著者の動物解剖にかける情熱と諦観を感じましたが、その源泉はここにあったようです。
 「明らかにホモ・サピエンスは成功したとは思われない。どちらかといえば、化け物の類だ。」や、「翼に神の意匠など何も無い」という言葉は刺激的です。
 

人体 失敗の進化史 (光文社新書)
遠藤 秀紀

光文社
2006-06-16
¥ 777
ISBN: 433403358X
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2007年05月20日(日)

  記憶と情動の脳科学 「忘れにくい記憶」の作られ方
 一般読者向けですが、監訳者あとがきで「脳の研究者にも、大いに読んでいただきたい」とあるように、よくある記憶術ノウハウ本ではありません。
 1950年代から情動記憶に取り組んできた、ジェームズ・L・マッガウが、記憶研究の歴史から最先端の取組みまで本気でまとめた解説書です。
 MRIやPETによって脳活動が目で見られるようになり、徐々に記憶の仕組みが明らかになってきました。強固な記憶は、ストレスホルモンにより脳の扁桃体という部位が活性化し、大脳の記憶領域へ固着を促進させるのだそうです。
 記憶と脳のシステムは、ようやくその扉が開きかけたというのが現状のようです。とはいえ、本書は、記憶と脳の進化の不思議さを垣間見せてくれます。
 なお、記憶は寝ると定着する、というのは本当のようですよ。
 

記憶と情動の脳科学 (ブルーバックス)
L.J. マッガウ
講談社
2006-04-21
¥ 1,029
ISBN: 4062575140
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2007年04月04日(水)

  職場はなぜ壊れるのか−産業医が見た人間関係の病理
 成果主義の導入により、人間関係と心が壊れていく労働の現場を、豊富な事例で分析していきます。産業医ならではの冷静な筆致ですが、萎え壊れていく働く人々を前にして、軋轢しか残さない成果主義への深い不審が感じられます。
 郷原信郎著「『法令遵守』が日本を滅ぼす」もそうでしたが、平成不況に特効薬を求めて、安直にアングロサクソンの発想を導入した結果広がる精神の荒野が、そこには見えるようです。
 本当は働きたいというニートの青年たち。それなのに、普通に働く者を不幸にする制度にまい進する社会とは、いったい何なのでしょうか。
 「未来を楽観するのは危険かもしれぬが、さりとて規範を忌避する悲観論者に徹する必要もなかろう。」という、著者の淡い希望がはかなくさえ感じられます。
 

職場はなぜ壊れるのか―産業医が見た人間関係の病理 (ちくま新書)
荒井 千暁
筑摩書房
2007-02
¥ 735
ISBN: 4480063463
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2007年03月18日(日)

  「法令遵守」が日本を滅ぼす
 著者は長崎県の政治献金事件の指揮を取った元検事で、日本を席巻する「コンプライアンス=『法令遵守』」について疑問を投げかけています。
 書名は少し誇張ぎみかと思います。しかし、誰もが「なんか変だぞ」と思いつつある、日本版コンプライアンスの問題点を指摘した、最初の本として注目したい1冊です。
 著者は、高度成長期までの日本は、実態と法令が乖離する中、社会の真の要請を行政指導や業界の談合により解決してきており、その意味で法治国家ではなかった、と主張します。しかし、コンプライアンスを「法令遵守」と訳した結果、「象徴としての存在」でしかなかった法令を墨守しさえすれば問題なし、とする態度を生み、法令の背後にある真の社会的要請や、組織の社会倫理を見失わせているといいます。
 十分な整理とはいえませんが、日本における(条例も含めた)法令の存在意義を考えさせてくれます。
 

「法令遵守」が日本を滅ぼす (新潮新書)
郷原 信郎
新潮社
2007-01-16
¥ 714
ISBN: 4106101971
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