はじめまして。
彩乃といいます。37歳です。
私は11年前に結婚しましたが、
4年前に夫を病で亡くしました。
夫がもともと病弱だったせいもあって、
子供もいません。
住まいは地方都市の郊外ですが、
1年半ほど前、父が体調を崩したので、
今は週に一度住まいと実家を往復しています。
夫の喪が明けてから、何の楽しみもないので、
ノートパソコンを買いました。
パソコンの知識は勤めていたパート先で
使った程度なので深くありませんが、
ネットの世界で遊ぶことはできました。
依存、というほどでもありませんが、
結構いろいろ巡り歩きました。
『赤い薔薇たちの館』も、そんな折に知りました。
すごいですね、驚きました。
寡婦の私には目にも体にも毒でしたが、
巡り合った理由を問われると、
恥ずかしくて答えづらい思いです。
投稿の内容は、先に記したとおり、
実家の父が体調を崩してから、
実家との間を週に1度行き来するうちに
体験した事柄です。
それは今も進行中で、
もう止めようと思うのに止められません。
夫を失った諦めはつきましたが、
もし今も健康だったら顔向けできない体験ですし、
父が健康であれば有り得なかった体験です。
端からその体験の要因を私以外に求めたりするのが
いけないのは、充分理解しているのですが・・・
実家は、今でこそ市に編入されて市政ですが、
しばらく前までは町で、
父が幼少の頃は小さな集落でした。
工場誘致などで過疎化の憂き目は免れたようですが、
住民環境は私の住む街中とは違います。
説明しましたように、私は夫を亡くした身ですが、
そんな私が実家に行き来するのが知れると、
『出戻り』のような噂が広がったようです。
ただ自然環境は素敵です。
見渡せば田圃と畑で、ところどころに鎮守の森が見えます。
昔の小学唱歌のような環境です。
実家もそうです。母屋と納屋があって、
今でこそ牛や馬はいませんが、チャボは放し飼いです。
そんな土地柄なので、
母も私の変な噂が立ったら困ると言いました。
当の私があまり拘らないので
「困った人ね」と言うだけでしたが、
今思えば、母の心配を心に留めておいた方が、
良かったかもしれません。
住まいと実家を往来して
3か月ほど過ぎた夏の午前でした。
母の運転で父が病院へ行っている間のことです。
洗濯物を干していたとき、
実家に隣接したお隣のご隠居が自宅の前で
私を手招きしているのが見えました。
子供の頃からよく知っている耕平おじさんでした。
干す手を止めて、
「どうしました?」と声を掛けました。
二、三歩近づいた耕平さんの表情が歪みました。
「いやいや、ちとばかし腹が痛くてな・・・
置き薬が切れてしまって・・・
済まんが、胃腸薬なぞあるかの?」
と言いました。
父のこともあるので不安になり、
「分かりました。
すぐ探しますから、あったらお持ちしますわ」
そう答えて、すぐ家に入りました。
この辺りはドラッグストアもほとんどないので、
置き薬の常備が普通でした。
私は今に行き、箪笥の上を探しました。
案の定、薬箱があって、
腹痛止めの薬もありました。
私はそれを手にしてお隣へ行きました。
「お爺さん、私です。薬、ありましたよ」
と声を掛けました。
お隣のご夫婦は共働きなので
家にはお爺さん一人でした。
居間の庭に面した縁側で
おじさんは座り込んでいました。
「大丈夫ですか? これお薬、
あ、お水持ってきますね」
勝手は分かっていました。昔のままの間取りです。
お茶碗にポットの湯を注ぎ、水を差しました。
縁側に戻ってお茶碗を手渡し、
錠剤も手渡しました。
「いやいや、すまんのぉ。
急に腹が痛くなってな」
薬を飲んで安心したらしく、
少し頬の色が明るくなったように見えました。
「お腹の、どのあたりが痛いんですか?」
「うむ、このあたり・・・臍の下くらいかな」
「じゃあ、腸ですね。食べ過ぎかしら」
「う〜ん、そうかもしれんな。
ははは・・・いてて・・・」
耕平おじさんには子供の頃、
ずいぶん面倒を見てもらいました。
父は農業、母は農協の事務員でした。
だから田圃仕事が煩雑な時は
耕平おじさんの家で多くを過ごしました。
「ワシも年を取ってしまったよ。
まあ、彩さんがこんな別嬪さんに
なったんだから、
年を取るのは当たり前だがな」
「でも、子供の頃は兄ともども
本当に迷惑を掛けましたね」
「なに、迷惑とは思わんさ。
ワシも楽しかったしな。
いや、やっぱり年だな、ワシは」
「そんなことないわ。お幾つになったんですか?」
「彩さんの親父さんと同じだから、63だよ」
「ああ、そうでしたね」
田舎に住んでいる人たちは街中の人よりも
案外老け顔になるようです。
でも、父より体格は良いし、
腹痛なのでそう見えたのかもしれません。
「最近はな、足腰も弱くなったようだし、
それに肩や脹脛も張り気味でな」
「それじゃ、全身じゃないですか。
困りましたね」
「嫁っこに揉んでくれと頼むとな、
マッサージでも行ってきたらどうですか、
などと言いおってな・・・話にならん」
嫁っこというのは、息子さんの奥さんのことです。
「まあ・・・」
「あいつは愛嬌も愛想もない、
つまらん女だ」
「・・・」
「そこへいくと、彩さんは別嬪さんで
気は効くし・・・。
今も彩さんがいてくれて助かったわい。
別嬪で、愛嬌があって、愛想もいい
彩さんの爪の垢を煎じてやりたいわ」
耕平さんが憎々しく言う表情が可愛かったし、
褒められたのも嬉しくて、
「それって、私に肩揉みしろってことですか?」
と首を傾けて言いました。
「うん? そういうつもりじゃないが・・、
揉んでくれれば嬉しいさ」
「お口がお上手ですね、おじさん。
時間はありますから、お揉みしますよ」
私は耕平おじさんの背に回って膝立ちしました。
麻の甚兵衛の感触が新鮮でした。
おじさんの肩は割合凝っていましたが、
それより見た目より筋肉質なのに感心しました。
「おじさん、筋肉隆々じゃないですか」
「何をばかなことを言う。
使い物にならん筋肉だよ」
「いえいえ、そんなことないですよ。
だって、ほら、腕だって太いし」
肩から腕にかけて揉みましたが、
私の手では掴みきれないんです。
盆の窪の両側を指先で圧してあげると、
「おぉ・・効くなぁ・・・」
とおじさんは気持ちよさそうに唸りました。
「おでこに手の平当てて、いいですか?」
手の平でおでこを支えながら
盆の窪の両脇を押すと、
なお効果的と知っていました。
「いいとも、いいとも。
どこでも触ってくれ」
おじさんの声は上機嫌でした。
だから、そのすぐ後で、
まさかのことが起きるなんて
信じられませんでした。 |