学習指導要領の改訂 どうなの 本文へジャンプ



授業時数は、10%増か、「現状」維持か


――「審議の概要」の表と裏――


学習指導要領の改訂で「授業時数10%増」になるという報道から、授業時数が増えると思っている人が多いようです。

 しかし、改訂方針案が示す授業時数は、「10%増」もある意味で事実であり、「現状」維持でほとんど増えないともいえる、というものになっています。
 そのカラクリをみてみます。


  カラクリその1  10%増のつじつまあわせ

 報道の根拠は中教審の初等中等分科会の教育課程部会の文書です。しかし、その、10月発表めざして審議中の「教育課程部会におけるこれまでの審議の概要(検討素案)」は、明確に書いています。小学校でいえば、増えるのは、低学年で週2コマ、中高学年で週1コマです。

 「審議の概要(検討素案)」は、「総授業時数」の結論で、「小学校の各学年の総授業時数は、低学年で年70単位時間(週2コマ相当)、中・高学年で年35単位時間(週1コマ相当)程度増加させることが適当」だと書いています。6年間で週8コマ分です。

 すなわち、6年間だと、
70コマ×2学年(1,2年)+35コマ×4学年(3,4,5,6年)=280コマ
という計算になります。これが、時数が増える分です。

 一方で、授業時数を350コマ増やすという、つぎの記述があり、それがわかりにくくさせているようです。

 「国語、社会、算数、理科及び体育に関して、これらの各科目を通じて6年間で350単位時間(週10コマ相当)程度増加させる」。350コマ増やすと書いてあります。プラスです。(5教科それぞれどの学年で増やすかは略します)

 もうひとつプラスがあります。教科でない教科なので、上記の350コマとは別なのでしょうか。それは「活動」です。英語です。「小学校段階における外国語活動(仮称)」という名前です。高学年で週1コマです。35コマ×2(5,6年)=70コマです。

 5教科の増加分350コマと、英語の70コマをたすと、420コマになります。こんなに増える、とも思ってしまいます。

 しかし、マイナスもあるのです。総合の時間を週1コマ減らします。総合は1,2年はもともとないので、3〜6年の各学年で週1コマ減です。35コマ×4=140コマです。

 これで材料はそろいました。
 350+70−140=280

 やっぱり増えるのは、280コマです。低学年で週2コマ、中・高学年で週1コマです。(これが純増時間といえるかどうか、はあとで言及します)

 このように、増える時間と減る時間をプラスマイナスすれば、350時間増えるという誤解もうまれません。しかし、5教科で350時間増やすこと、それは5教科の現行の時数の10%にあたること、5教科では授業時数が10%増になること、をとりたてて説明するので、わかりにくいのです。

 なぜそうなるか。考えられることは、ひとつだけです。教育再生会議が2次報告で学力向上の目玉として打ち出し、経済財政諮問会議も決めた「授業時数10%増」方針との関係です。それを実現したことにしないとまずいという政治的配慮からでしょう。

 純増「10%増」は、道理にも実態にも合わないが、さりとて無視もできないので、「主要」教科と体育の授業時数で「10%増」を果たしたという計算を目立つようにしたのでしょう。

 (なお、9月10日段階の「審議の概要(検討素案)」3次案段階までは、5教科の授業時間増350コマは、5教科の現在の標準授業時数3481コマの10%にあたる、と本文で記述していましたが、9月18日の第4次案では、脚注に「格下げ」しています)

 カラクリのひとつはこれです。この段階でいえることは、もしそうだとしたら、そんな数あわせのために、低学年の子どもたちに、週2コマも増やすというのは、ひどい話ではないか、ということです。

 低学年の授業時数の必要数や、子どもの発達を検討せずに、中高学年に比べたらまだ増やしやすいとターゲットにされたのなら、子どもたちがかわいそすぎます。


  カラクリその2 圧力下の学校の「現状」を追認

 カラクリはまだあります。
 結論からいうと、中学年、高学年では、改訂後も授業時数は「現状」維持だといえなくもない、ということです。

 「現状」とはなにか。まず、現行の規定について、「審議の概要(検討素案)」はつぎのように紹介します。
 「○ 現在の各学年の総授業時間数は、児童の発達段階等を踏まえ、第1学年は782単位時間(週23コマ相当)、第2学年は840単位時間(週24コマ相当)、第3学年は910単位時間(週26コマ相当)、第4学年から第6学年までは945単位時間(週27コマ相当)となっている」

 これはすでにきつい数字です。このうえ週1コマ増やすのはきびしいのです。教育課程部会の審議のなかでも、総授業時数増を批判する発言があいつぎました。

 ではどうするのか。
 「審議の概要(検討素案)」は、つぎのような、もうひとつの「現状」をあげます。

 「9割程度の公立小・中学校において」「各教科等の授業が標準授業時数を上回って行われている。そのうち、標準授業時数を年35単位時間(週1コマ相当)程度以上上回っているのは、公立小学校(第5学年)で63.1%、公立中学校(第2学年)で53.9%、同様に年間70単位時間(週2コマ相当)程度以上上回っているのはそれぞれ16.1%、10.4%となっている」
 
 そして、それらは、週の授業のコマを増やしたり、長期休業期間を短縮したりして確保しているのでなく、年間200日(40週相当)授業をしているなかで、結果として上回っている、と説明します。

 いまでも、かなり増やしてやっている、6割の学校は標準時数を1コマ以上上回る授業をやっている、それが「現状」だというわけす。

 そして、つぎの方針を示します。

 「増加した年間の標準授業時数をどのように増加するかについては、これまでどおり、特定の方法を学習指導要領等において示すのではなく、それぞれの学校や児童の実態等を踏まえ、多様な取組により対応できるようにする」

 その「多様な取組」について、つぎのように例示します。
「 例えば、週当たりの授業時数の増加、教科教育の一環として朝の10分間等に行われる読書活動、ドリル学習の活用、1単位時間を変更したモジュール学習の活用、長期休業日の短縮、学期区分の変更などの取組が考えられる」

 まず、授業時数増の確保の方法は一律にはしません、学校の裁量にまかせます、といっています。
 そして、週当たりの時数を増やしてもいいけど、朝の10分間のドリルや読書をカウントしてもいいですよ、夏休みを削ってもいいんですよ、多様なやり方を認めますよ、というのです。すべて学校の責任でやってください、というわけです。

 これは、文科省や教育委員会の指導のもと、授業時間をやりくり算段して確保している、多くの学校の現実を追認することでしかないと受け取られてもしかたないです。もっともらしく授業時間増方針として打ち出すようなことか、と思ってしまいます。

 しかも授業時数の項のなかで、時数増の確保の方針を示す直前に、「教職員定数の改善をはじめ指導体制の整備を進める必要がある」と「審議の概要(検討素案)」は書きます。授業時数の項に、突然、定数改善が飛び出してくるのです。

 中学校部会などで、授業時数増への反対が多く、それを認める条件として、定数改善をうたうことを確認したためです。

 こうまでして、教育再生会議の「10%増」圧力に応えないといけないのか、と思います。逆に、そういうなかでも現場の負担をなるべく増やさないよう、知恵をしぼったといえなくもないのですが。

 なお、中学も同様の展開です。国語、社会、数学、理科、英語、体育を増やし、総合と選択を減らし、各学年で週1コマ増やし、小学校と同様の取組で確保する、というものです。


  これで学力は向上するのか

 根本問題は、授業時数を増やすことと学力とは、直接は結びつかない、ことです。しかし、教育再生会議は、勉強する時間を増やせば学力が向上するという貧しい発想を隠しません。政府はそれを閣議決定(経済財政諮問会議方針)して、強権的に押しつけます。

 ことの道理は明らかです。中教審「審議の概要(検討素案)」ですら、つぎのようにのべています。

 「国際的に授業時間が少ないフィンランドの子どもたちが高い水準の読解力等を有するなど学力の水準と授業時間には明確な因果関係があるとは言えない」

 これは、教育再生会議が10%増を打ち出すなかでも、教育課程部会で委員たちがそういう趣旨の発言を繰り返ししたことの反映です。

 たとえば、5月26日の発言から紹介すると―

 □ 時間数を増やせば、子どもに学力がほんとうにつくか。フィンランドはちがうではないか。いまは底辺のほうの子が増えている。書く力が落ちている。内容・時間数と、条件整備は、対として考えている。条件整備は成否を左右するものだ。
 2期制は頭打ちになっている。2期制にしても授業時間増には思ったほどならない。夏休みを短縮しても子どもの意欲がついてこない。モジュールは賛成だが、きちんとして、認めようにしないといけない。長期休業を短くするというが、それでほんとうに効果があがるか。

 □ 安易な時間増には注意すべきだ。専門的観点からしっかり検討しないといけない。

 □ 5日制前提にしたうえで、授業時間を増やすとか、土曜の活用とかいうが、それが、労働法制上許されるのかを、前提としてしっかり検討しないといけない。

 □ (教師の労働時間は)週40時間が原則だ。
 (学力向上には)クラスサイズを小さくすることだ。ゆきとどいた、わかる授業ができる条件整備が必要だ。

 □ 授業時間のありかただが、週あたりの時間は現行でいってほしい。朝とモジュールを認めればやっていける。
 長期休業を短くすることは、休業中はすでに学校ごとにいろいろ教育活動を組んでやっていることがある、労働関係法とも関係する。慎重にしなければいけない。

□ 学力が、時間を増やせば、増すのか、そうでもない。相関は、国際比較でもいえない。条件整備と効果的指導が大切だ。


  子どもと学校はどうなるか

 このように、今回の改訂方針は、10%増をねらう人たちの要求にも応え、一方で、現場の実態も無視できないというものになっています。

 競争的環境が強まるもとで、こういうシステムにすると、学校格差がさらに広がるのではないか、というのが最大の問題ではないでしょうか。

 子どもたちがどうなるのか心配です。勉強を苦役とうけとめる子どもたちが増えるのではないでしょうか。それでは「生きる力」としての学力はつくはずがありません。

                                             (ver.1 9月24日 知里保)


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「授業と学びの性格を変える学習指導要領の改訂」