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みかきもりの気ままに小倉百人一首

2009/05/10 「なげけとて」

小倉百人一首86番「なげけとて」は月前恋として竹取物語を連想することで深い愛が描かれています。
「来ぬ人を」〜「ももしきや」では日本最古の史書である古事記、「世の中よ」では中国最古の詩集である詩経、
そして「なげけとて」では日本最古の物語である竹取物語と、小倉百人一首は古典のポータルサイトですね(^^)

No. 作者 竹取物語
86 西行法師 なげけとて月やは物を思はする
かこち顔なるわが涙かな

千載集恋五 926 詞書「月前恋といへる心をよめる」
■かぐや姫の昇天
かやうに、御心をたがひに慰め給ふほどに、三年ばかりありて、 春のはじめより、かぐや姫、のおもしろく出たるを見て、 常よりも物思ひたるさまなり。人まにもを見ては、いみじく泣き給ふ。 七月十五日のに出でゐて、切に物思へる気色なり。
 竹取翁 「なんでふ心地すれば、かく、物を思ひたるさまにて、を見たまふぞ。うましき世に」
 かぐや姫 「見れば、世間心ぼそくあはれに侍る。なでふ物をか歎き侍るべき」

かぐや姫のある所にいたりて見れば、なほ物思へる気色なり。
 竹取翁 「あが佛、なに事思ひたまふぞ。思すらんこと何ごとぞ」
 かぐや姫 「思ふこともなし。物なん心ぼそくおぼゆる」
 竹取翁な見給ひそ。これを見給へば、物思す気色はあるぞ」
 かぐや姫 「いかでを見ではあらん」 とて、 猶、出づれば、出でゐつつ、歎き思へり。

八月十五日ばかりのに出でゐて、かぐや姫いといたく泣き給。人目も、いまは、 つつみ給はず泣き給。これを見て、親どもも「なに事ぞ」と問ひさわく。
 かぐや姫 「おのが身はこの国の人にもあらず。の都の人なり。いまは帰るべきになりにければ、 この月の十五日に、かのもとの国より、迎へに人々まうで来んず。 さらずまかりぬべければ、思しなげかんが悲しき事を、この春より、思ひ歎き侍る也」
 竹取翁 「こは、なでふ事のたまふぞ。竹の中より見つけきこえたりしかど、 菜種の大きさおはせしを、わが丈たち並ぶまで養ひたてまつりたる我子を、 なに人か迎へきこえん。まさに許さんや」 と言ひて、「われこそ死なめ」とて、 泣きののしる事、いと耐へがたげ也。

■ふじの山<むすび>
かぐや姫が月へ帰った後、 竹取翁と老女は血のを流して嘆きまどうがむだであった。 かぐや姫が書きおいていった手紙を読んで聞かせても「何のために命が惜しかろうか。誰のためか。 何事も用はない」と、不死の薬も飲まず、そのまま起き上がりもせず病み臥せってしまった。
頭中将は帝に天人と戦ってかぐや姫を引き留めることができなかったことを報告し、 不死の薬の壺とかぐや姫の手紙を差し上げた。 帝は手紙を読むとひどく悲しみ、物も召し上がらず、 御遊びなどもなくなった。帝は大臣や上達部を呼んで聞く。
「いずれの山が天に近いか」
大臣「駿河の国にあるという山が、この都からも近く、天にも近うございます」
「逢ふこともにうかぶ我身には死なぬくすりも何にかはせむ」
山の頂で手紙や不死の薬を火をつけて燃やすように言い、勅使を出した。 士(つわもの)を多く引き連れて山に登ったので、その山を「ふじの山」と名付けた。 その煙、いまだ雲の中に立ち上っていると言い伝えている。

【参考】古今集仮名序
そのはじめをおもへば、かかるべくなむあらぬ。いにしへの世々のみかど、春の花のあした、 秋の月の夜ごとに、さぶらふ人々をめして、ことにつけつつ、うたをたてまつらしめたまふ。 (略)、ふじのけぶりによそへて人をこひ、(略)

[みかきもり] かぐや姫に、これまで育ててもらった竹取翁夫婦や手紙で心を通わせていた帝との別れのときがやってきます。 かぐや姫は迎えの来る月を見て物思いをし、そのお別れをなげきます。
→なげけとて月やは物を思はする
竹取翁夫婦や帝は悲しみにくれ、涙を流します。 不死の薬を飲まないことで永遠の命よりも永遠の権勢よりもかぐや姫を深く愛していることがわかります。 そして、ふじの煙がいまだ立ち上っていることでその愛の永遠を伝えています。
→かこち顔なるわが涙かな
定家は小倉百人一首の中で日本最古の物語の竹取物語(作者不詳)を取り上げるべく、 この西行の歌を選んだのではないでしょうか。
■参考文献
・竹取物語            阪倉 篤義 校訂(岩波文庫)
・百人一首 全訳注        有吉 保  (講談社学術文庫)
・古今和歌集(一) 全訳注    久曾神 昇 (講談社学術文庫)
・全訳古語辞典(第二版)     宮腰 賢、桜井 満(旺文社)

■参考URL
・古典に親しむ/竹取物語
 http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/kotenpeji.htm

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